1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
当事者: 控訴人(第一審原告)は、スロージューサー市場で事業を展開する韓国法人Hurom Co., Ltd.(以下「HUROM」)。 被控訴人(第一審被告)は、韓国法人NUC Electronics Co., Ltd(以下「NUC Korea」)、そのドイツ現地法人NUC Electronics Europe GmbH(以下「NUC Europe」)、およびフランスの販売代理店WARMCOOKの3社(以下、併せて「NUC側」)。
事実経過および請求内容: HUROMは、ジューサー用搾汁モジュールに関する欧州特許(EP 3 155 936、以下「本件特許」)の特許権者である。HUROMは、NUC側が欧州で販売するスロージューサー(EVO820, REVO830等)が本件特許を侵害しているとして、UPCパリ地方支部(Court of First Instance: CFI)に対し、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、およびポーランドにおける特許侵害差止および損害賠償等を求めて提訴した。
NUC側は、特許無効反訴(Counterclaim for revocation)を提起し、特許クレームが新規事項を追加(EPC第123条(2)違反)しており、また先行技術(D1: 中国実用新案、D2: 韓国特許出願)に基づき進歩性を欠く(EPC第56条違反)と主張した。これに対しHUROMは、手続規則(RoP)30条に基づき特許クレームの補正請求(Main RequestおよびAuxiliary Request)を行って訴えを変更した。
第一審判決(2025年5月23日): CFIは、HUROMの補正請求を適法と認めたものの、補正後のクレーム1〜6(オランダ、フランス、ドイツ、イタリア指定国分)は先行技術D1およびD2に基づき進歩性を欠くとして無効とし、侵害請求を棄却した。また、ポーランドにおける侵害主張については、UPCに裁判管轄権はあると認めつつも、侵害事実の立証が不十分であるとして棄却した。HUROMはこの第一審判決を不服として控訴し、NUC側は補正の許容性等を巡り附帯控訴(Cross-appeal)を提起した。
2. 判決の主文
- 第一審判決の特許無効決定(オランダ、フランス、ドイツ、イタリア指定分)に対するHUROMの控訴を、控訴審における主請求(New Main Request)については理由なし(unfounded)として棄却し、控訴審で新たに提出された予備的補正請求(New Auxiliary Requests 1 & 2)については不適法(inadmissible)として却下する。
- HUROMの侵害請求棄却に対する控訴を理由なしとして棄却する。
- NUC側の附帯控訴を一部不適法として却下し、一部を理由なしとして棄却する。
- 控訴費用はHUROMの負担とし、附帯控訴の費用はNUC側の負担とする。HUROMに対し、NUC側へ100,000ユーロの訴訟費用仮払いを命じる。
3. 主な争点
- 争点1: 特許補正請求の「許容性(Admissibility)」(RoP 30.1(b)条)の審査基準
特許権者が提出した補正請求が適法とされるための疎明・説明の要件範囲。 - 争点2: 控訴審で新たに提出された予備的補正請求の許容性(UPCA 73条、RoP 222.2条)
第一審で提出し得た補正請求を控訴審で初めて提出することが許容されるか否か。 - 争点3: クレーム解釈の原則および未補正明細書の參酌(EPC 69条)
クレーム補正がなされた場合における未補正の明細書の参酌度合い、および構成要件(「パワーコネクタ」等)の解釈。 - 争点4: 先行技術(D1・D2)に基づく進歩性(EPC 56条)の有無
当業者(Skilled person)を基準とした、D1からの容易課題到達性の有無。 - 争点5: UPCA非締約国(ポーランド)における侵害主張に関するUPCの国際裁判管轄権および手続(RoP 19条)
被告が予備的異議(Preliminary objection)を期日内に提出しなかった場合の効果、および非締約国における特許侵害に対するUPCの管轄権。 - 争点6: 外国法(非締約国法)が適用される場合における侵害事実の主張・立証責任(UPCA 54条)
ポーランドにおける侵害の成否を判断するにあたり、原告がなすべき主張立証の程度。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
(1) 特許補正請求の許容性の審査基準(争点1)
RoP 30.1(b)条に基づく補正請求の許容性(Admissibility)の審査は、特許権者がEPC第84条および第123条(2)(3)の要件を満たす理由の説明を実際に提出したか否かの形式的審査に限られる。その説明の内容が補正後の特許の有効性の観点から「十分に説得的か否か」は、許容性の判断ではなく、実体審理(Merits)において判断されるべき事柄である。HUROMは明細書および図面を特定して説明を提出しており、New Main Requestの補正請求は適法である。
(2) 控訴審における新予備的補正請求の却下(争点2)
RoP 222.2条に基づき、第一審で提出されなかった新たな請求や事実は原則として無視できる。問題となった構成要素(パワーコネクタと第1軸ギアの分離性)は第一審手続で十分に議論されており、HUROMが第一審段階で当該補正請求を提出できなかった合理的な理由を証明できていないため、控訴審で新たに追加されたNew Auxiliary Requests 1 & 2は不適法として却下する。
(3) クレーム解釈と進歩性の判断(争点3・4)
- クレーム解釈:特許クレームが補正された場合であっても、補正されていない明細書全体をクレーム解釈の補足的手段(explanatory aid)として使用できる。クレーム1の「パワーコネクタ」は回転力を伝達する機能的構成であり、明細書の特定の実施形態に限定されず、第1軸ギアやスクリューと別体の独立部品であることまでを要求するものではない。
- 進歩性(D1に基づく検討):ジューサー技術分野の機械エンジニア(当業者)にとって、D1は現実的な出発点(Realistic starting point)となる。D1はクレーム1の大部分の構成を開示している。開示されていない構成(ブラシ回転手段のカバー:構成[1.6.2], [1.6.3])は、ギヤの損傷や汚染を防止するという共通の課題に対し、当業者が通常行う設計変更(ルーティンワーク)の範囲内であり(D2の教示によっても補強される)、進歩性を欠く。したがって、New Main Requestに基づく請求項1〜3はEPC第56条に基づき無効である。
(4) ポーランド(UPCA非締約国)に関する国際裁判管轄と侵害の立証責任(争点5・6)
- 管轄権(Jurisdiction):EU裁判所(CJEU)のBSH Hausgeräte v Electrolux判決(C-339/22)およびEU裁判管轄規則(Brussels Ia Regulation)第4条・第8条に基づき、被告(WARMCOOKおよびNUC Europe)の住所地がUPCA締約国にある以上、UPCはUPCA非締約国(ポーランド)における特許侵害主張についても国際裁判管轄権を有する。ポーランド裁判所が特許の有効性に関して専属管轄(BR Ia第24条(4))を有していたとしても、UPCが侵害の有無を判断すること自体は妨げられない。
- 準拠法と立証責任:Rome II規則第8条およびUPCA第24条(2)(a)に基づき、ポーランドにおける特許侵害の成否はポーランド実体法(登録国法)に従って判断される。UPCA第54条により、主張する事実および適用法下の侵害性を立証する責任は原告(HUROM)にある。 HUROMはフランスのウェブサイトからポーランドへの配送が可能である旨の表示等の事実を提出したのみで、それらの行為がポーランド特許法上どのような構成要件を満たし侵害を構成するのかについての主張・立証(専門家意見等)を怠った。したがって、第一審がポーランドにおける侵害請求を棄却した判断に誤りはない。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
1. 特許補正手続(RoP 30条)の審理ルールの明確化
本判決は、補正請求の「許容性(Admissibility)」と「実体的な理由の有無(Merits/Validity)」を明確に区別した。特許権者は、RoP 30.1(b)条の形式的説明義務を果たしていれば許容性のハードルをクリアできるが、第一審で主張可能であった補正案を控訴審で安易に予備的請求として追加することはRoP 222.2条の裁量により厳格に排除(inadmissible)されるため、第一審での補正戦略の構築が極めて重要となる。
2. UPCA非締約国(およびEU加盟国)における侵害訴訟の可能性と限界
UPCは、被告が締約国内に居所を有する場合には、ポーランドやイギリス等のUPCA非締約国(またはEU非加盟国)における特許侵害に対しても裁判管轄権を行使できることが再確認された(BSH Hausgeräte判決の適用)。これにより、UPCでの一括訴訟の利便性が高まる。
3. 外国法(非締約国法)に基づく侵害主張における実務上の留意点(重要)
非締約国における特許侵害をUPCで追及する場合、「適用される外国特許法の下で、当該行為が侵害にあたること」を原告側が緻密に主張・立証しなければならない。単にウェブサイトの仕様やECでの配送可能性といった「事実関係」を示すだけでは不十分であり、当該国の弁護士による法的意見書(Legal Opinion)等を提出して現地法上の侵害構成要件への当てはめを証明しなければ、立証不十分として請求が棄却されるリスクがあることが実務上強く示唆された。
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