【UPC Court of Appeal / 2026年08月27日】UPC-COA-76/2026 - 統一特許裁判所手続規則(RoP)190条に基づく証拠提出命令に対する控訴および条件付き附帯控訴に関する控訴審決定

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、特許権者である原告(被控訴人・附帯控訴人:Avient Protective Materials B.V.)が、被告(控訴人・被附帯控訴人:Xingi Technology Co., Ltd.およびJiangsu Jiuzhou Xingji High-Performance Fiber Products Co., Ltd.)による超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)マルチフィラメント糸および弾性複合パネルに関する特許(EP 2 791 402)の侵害を主張して統一特許裁判所(UPC)ハーグ地方部に提訴した特許権侵害訴訟に端を発する。

原告は訴状において、被告製品の公開データに基づく推計・計算によりクレーム13〜15の侵害可能性を示した。これに対し被告は答弁書において、「クレーム13〜15の侵害は計算や推計のみでは立証できず、実際の弾性試験(ballistic testing)が必要であるにもかかわらず試験報告書が提出されていない」と反論した。これを受け、原告は自ら保有するサンプル量では必要な弾性試験を実施するのに不十分であるとして、UPC手続規則(RoP)190条に基づき、被告が保有するUDファブリック製品(J280, J300, J400, J500等の製品群)のサンプル、内部試験報告書、および会社紹介ビデオ等の証拠提出命令(Order to produce evidence)を裁判所に申請した。

原審の受命裁判官(Judge-rapporteur)は、原告が主張の蓋然性(plausibility)を疎明していると認め、過剰な要求を制限した上で、予備的に請求されていたJ300シリーズのファブリックサンプル2種類(各30kg)および英語の会社紹介ビデオの提出を被告に命じ、引渡場所をオランダの原告指定場所とする決定を下した(2026年5月11日付決定)。被告はこの決定を不服として控訴し、原告は控訴棄却を求めるとともに、「認容された2種類のサンプルのみの試験で侵害・損害賠償立証に十分か否かを控訴審が判断すること」を条件とする条件付き附帯控訴(conditional cross-appeal)を提起した。

2. 判決の主文

1. 被告(控訴人)による控訴を棄却する。
2. 原告(被控訴人)による条件付き附帯控訴を不適法として却下する。
3. (本控訴審決定の送達に伴い、控訴審手続中に付与されていた原審決定の執行停止効(suspensive effect)は失効する。)

3. 主な争点

  • 争点1: RoP 190条に基づく証拠提出命令の成立要件および控訴審における審査基準(第一審の裁量権の範囲)
  • 争点2: 原告が既存証拠で十分と主張しつつ追加証拠提出を求めることの可否(「必要性」要件の成否)
  • 争点3: 証拠提出申請の適時性(訴状提出時に同時に申し立てる義務の有無)
  • 争点4: 控訴審において初めて提出された新事実・新証拠の許容性(RoP 222.2条の適効)
  • 争点5: 裁判所が証拠の引渡場所(オランダ国内への納入)を指定する権限の有無(RoP 190.4(a)条)
  • 争点6: 将来の証拠力の先行評価を条件とする「条件付き附帯控訴」の適法性
  • 争点7: 欧州連合司法裁判所(CJEU)への先決裁定申請(TFEU 267条)およびUPC全体合議体(Full Court)への移送(RoP 238A条)の必要性

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) RoP 190条の法的枠組みと審査基準

RoP 190条およびUPC協定(UPCA)59条(指令2004/48/EC第6条に基づく)は、当事者間の「情報の構造的非対称性」を解消し、当事者対等の原則および効力ある司法裁定(effective judicial protection)を保障するための制度である。探索的証拠調べ(fishing expeditions)は禁止され、(i) 侵害主張の蓋然性を示す合理的な証拠の提示、(ii) 特定性(specificity)、(iii) 必要性(necessity)、(iv) 比例性(proportionality)の要件を累積的に満たす必要がある。

証拠提出命令の要件適合性の判断は原則として第一審の裁量に委ねられており、控訴審は「法の解釈適用上の誤り」「明白な事実誤認」または「RoP 190条の固有の限界逸脱」が存在する場合にのみ介入する。

(2) サンプル提出命令の必要性・不争執・遅延の成否(争点1, 2, 3, 4)

  • 既存証拠との関係(必要性): 当事者が既存の証拠で侵害主張が支持されると考えている場合であっても、相手方が「特定の方法(本件では実際の弾性試験)によらなければ立証できない」と争う場合、その試験を行うための追加証拠請求には正当な利益が認められる。RoP 190条は原告に「手元に証拠が全くないこと」を要求するものではなく、主張の蓋然性を示す証拠が提示されていれば足る。
  • 適時性: UPCA 59条およびRoP 190条は、証拠提出申請を訴状と同時に行うことを義務付けていない。申請の要否・適時性は、被告答弁書での反論など手続の進展状況に照らして判断されるべきであり、被告の反論を受けて提出された本件申請は遅延したものではない。
  • 市販チャネルからの入手可能性と失権効(RoP 222.2条): 原告は第一審で「試験に必要な大量のサンプルは通常の市販ルートでは入手不能」と疎明し、被告はこれに実質的に反論しなかった。被告が控訴審で初めて主張した「中国の特定代理店を通じて入手可能であった」等の新事実・新証拠は、遅延の正当な理由が示されていないため、RoP 222.2条に基づき却下(排斥)される。

(3) 証拠の提出場所・納入方法の指定権限(争点5)

RoP 190.4(a)条は、裁判所に対して証拠が提出されるべき条件、形態、期間を定める権限を明確に付与している。原告が弾性試験を実施するためにサンプルを要求した以上、裁判所が実効的な履行方法としてオランダの原告指定場所への配送・納入を命じたことは、請求の範囲を超えるものではなく、同条の権限に基づく適法な実施手続の設定である。

(4) 会社紹介ビデオの提出命令(争点1, 4)

被告が控訴審で主張した「ビデオはYouTube等で公開されており、被告の専属的管理下にない」「事実関係は不争執であり法的価値のみが問題である」等の抗弁は、第一審において展開されなかった新主張であり、RoP 222.2条により排斥される。第一審受命裁判官の要件判断に明白な誤りは認められない。

(5) 条件付き附帯控訴の不適法性(争点6)

原告の附帯控訴は、「認容された2種類のサンプルの試験結果が、本案訴訟や将来の損害賠償請求において証拠上十分か否かを控訴審が先行して判断すること」を条件としていた。しかし、将来得られる証拠の「証明力の十分性(sufficiency of evidence)」の判断は本案の審理を行う裁判官の専属的管轄であり、控訴審の審判対象外である。したがって、成就し得ない条件を付した条件付き附帯控訴は不適法として却下される。

(6) CJEU先決裁定申請および全体合議体移送の拒絶(争点7)

第一審の決定は「通常の手続で必要量が入手不可能」という事実認定に基づいており、EU指令の解釈問題(「相手方の管理下にある証拠」の定義)は判決の結論に影響しないため、CJEUへの先決裁定申請(TFEU 267条)は不要である。また、既存判例の解釈の範囲内であり、全体合議体への移送要件(RoP 238A条)も満たさない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • RoP 190条(証拠提出命令)における控訴審の審査密度の明確化: 控訴審は第一審裁量を尊重し、「法的誤り」「明白な評価の誤り」「手続規則の限界逸脱」がない限り、事実評価や比例性判断に介入しない姿勢を明確にした(Polytechnik v Dall事件判決を追認)。
  • 「攻撃防御の進展」に応じた提出申請の適時性: 訴状提出時に同時に証拠提出命令を申し立てなくとも、被告答弁書における反論の内容(「推計ではなく実測・試験が必要」との主張など)を受けてから申請を行うことが適時と認められる。実務上、被告の反論パターンに応じた機動的なRoP 190条の活用が可能である。
  • 第一審における主張・立証の厳格な失権効(RoP 222.2条の実効的適用): 「通常の商業チャネルでの入手可能性」や「代替的なアクセス手段(YouTube等)」などの具体的反論を第一審で怠り、控訴審で新たに主張・立証しても理由なく排斥される。第一審の段階でRoP 190条に対するすべての事実的・技術的抗弁を網羅的に主張しておくことが不可欠である。
  • 条件付き附帯控訴(Conditional Cross-Appeal)の条件設定の限界: 控訴審に対し「将来得られる証拠が本案の立証として十分か否か」の先行判断を条件とすることは、本案裁判所の管轄を侵すものであり許されない。条件付き控訴を提起する際は、手続的条件の成否の設計に十分な留意が必要である。

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