1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、原告SYPOX GmbH(以下「SYPOX」)が、被告Topsoe A/S(以下「Topsoe」)の保有する欧州特許(EP 3 802 413 B1)に対して提起した特許取消訴訟(Revocation action)における、手続上の諸問題(裁判所手数料の減額資格、訴訟物価額の評価、回収可能費用の最高限度額の引き下げ、および訴訟費用担保の提供)に関する手続命令(Procedural order)である。
原告SYPOXは、欧州統一特許裁判所手続規則(UPC RoP)第370.8条に基づく中小企業・小規模企業(SME)に該当するとして裁判所手数料の50%減額(13,250ユーロ)を適用して提訴し、訴訟物価額を1,250,000ユーロと算定した上で、敗訴時の回収可能費用の最高限度額(Ceiling for recoverable costs)の大幅な引き下げを申し出た。
これに対し被告Topsoeは、原告の10%の株式・議決権を保有する戦略的投資家(European Energy A/S)が重要な意思決定に対する拒否権(Veto rights / Blocking rights)を有しており、欧州委員会勧告(2003/361/EC)上の「関連企業(linked enterprise)」に該当するため、数値を合算すると原告はSME資格を充たさないと反論。手数料の残額支払命令、訴訟物価額の4,000,000ユーロへの引き上げ、費用上限引き下げの却下、並びにRoP第158.1条に基づく訴訟費用担保(Security for costs)の提供命令を求めた。
2. 判決の主文
1. 原告SYPOXはRoP第370.8条に基づくSME資格を有し、既納の減額裁判所手数料は適正である。
2. 本件訴訟の暫定的な訴訟物価額を2,000,000ユーロと定める。
3. 回収可能費用の最高限度額を引き下げる旨の原告の申立てを却下する。
4. 被告の訴訟費用担保提供の申立てを却下する。
3. 主な争点
- 争点1: SME(中小企業)資格の有無および「支配的影響力」に基づく関連企業データの合算可否
少数株主が有する拒否権が、欧州委員会勧告2003/361/EC第3条(3)の「支配的影響力(dominant influence)」を行使する権利に該当し、当該株主が関連企業として合算対象となるか。 - 争点2: 暫定的な訴訟物価額の評価および回収可能費用の上限引き下げ要件の充足性
対象特許の価値に基づく訴訟物価額の適正評価額、ならびにSME資格等の事情が費用上限引き下げ事由(経済的生存の脅威)を構成するか。 - 争点3: 原告に対する訴訟費用担保(Security for costs)提供命令の適否
費用上限引き下げ請求において原告が行った主張が、将来の費用償還における回収不能リスク(実質的支払不能リスク)を示す客観的根拠となるか。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
1. SME資格の認定(争点1について)
RoP第370.8条に基づくSME減額資格の判断は、欧州委員会勧告(2003/361/EC)附属書第I編の基準に従う。従業員数および財務数値を算出する際、パートナー企業や関連企業(linked enterprise)のデータを加算する必要がある(同附属書第3条および第6条)。
被告は、10%株主であるEuropean Energyが定款上、利益処分や役員選任等に関する拒否権を有するため「支配的影響力」を行使できる関連企業であると主張した。しかし、裁判所は、同社が有する拒否権は初期投資段階における少数株主保護目的の限定的な決定権限(reserved matters)に過ぎず、原告の日常的な技術・商業・事業運営・訴訟上の意思決定を決定づける権利を付与するものではないと認定した。
したがって、European Energyは関連企業にあたらず、同社の数値を合算する必要はないため、原告単体でSME要件を満たす。原告が支払った50%減額後の裁判所手数料(13,250ユーロ)は適正である。
2. 訴訟物価額および回収可能費用上限の引き下げ(争点2について)
訴訟物価額は提訴時における原告の客観的利益を反映すべきであり(RoP第152.3条、第370.6条)、特許の残存期間における当事者の売上高に基づく適正ライセンス料等を考慮して決定される。本件特許が2039年まで存続し、UPC締約国6カ国で有効であること等を鑑み、裁判所は訴訟物価額を暫定的に2,000,000ユーロ(これに伴う回収可能費用の最高限度額は200,000ユーロ)と定めた(最終決定は中間協議後に実施)。
また、回収可能費用上限の引き下げについて、申請者がSMEであることは考慮要素の一つであるが、それ単独では引き下げを正当化するに十分ではない(控訴審判例La Siddhi Consultancy v Athena Pharmaceutiques, UPC_CoA_48/2026 参照)。原告は「満額の費用負担が経済的生存を脅かす」と主張するものの、これを裏付ける十分な主張・立証を行っていないため、引き下げ申請は却下された。
3. 訴訟費用担保の提供命令(争点3について)
費用担保(UPCA第69条(4)、RoP第158.1条)の目的は、将来の費用償還命令が回収不能となるリスク等から相手方を保護することにある。費用担保命令を発するには、申請者(被告)が客観的かつ実質的な回収不能リスクの存在を立証・疎明する責任を負う(控訴審判例AMYCEL, UPC_CoA_935/2025 参照)。また、SMEであること自体は担保提供義務の免除事由にはならない。
被告は、原告が費用上限引き下げ請求の中で「満額の費用負担は経済的生存を脅かす」と述べた発言を根拠に担保提供を求めた。しかし、裁判所は、費用上限の引き下げを求める申立て自体は費用負担能力の欠如を直接自白したものとは解されないと判断した。さらに、被告自身が「原告は2024年の財務諸表上、100万ユーロを超える流動資産と自己資本を有している」と認めており、実質的な支払不能リスクや著しい回収困難性が客観的に立証されていないため、費用担保請求を却下した。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- SME認定における少数株主拒否権の解釈格付け: 戦略的投資家等の少数株主(本件では10%)に与えられた特定の決議事項に対する拒否権(Veto rights)が、直ちにEC勧告(2003/361/EC)上の「支配的影響力(dominant influence)」を構成し合算対象(関連企業)となるわけではないことが明確にされた。実務上、定款や投資契約上の拒否権の性質(少数株主の保護目的か、経営の具体的支配か)を精査する必要がある。
- SME資格と費用上限引き下げ申請の分離要件: 当事者がSME資格を充たし裁判所手数料の減額(50%)を受けられる場合であっても、成功当事者に支払うべき「回収可能費用上限の引き下げ」が自動的に認められるわけではない。上限引き下げを認めるには、実際の財務データに基づき「支払いが経済的生存を脅かす」旨の高度な疎明・立証(Substantiation)が不可欠である。
- 訴訟費用担保(Security for costs)の立証責任と請求戦略の注意点: 相手方がSMEであることや、費用上限引き下げ申請において「経済的生存の危機」に言及したことのみを捉えて訴訟費用担保を請求することは認められない。担保を請求する側は、対象企業の実際の財務状態や回収不能リスクを具体的に疎明しなければならない。相手方に相応の自己資本・資産が存在する場合には、担保提供命令が認められないリスクが高い。
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