【EPO Technical Board of Appeal / 2026年06月30日】T 1283/24 - 特許権者のテキスト同意撤回に基づく特許取消決定(EPC113条(2))

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

当事者:
・特許権者(審判手続における被抗告人):RTX Corporation
・異議申立人(審判手続における抗告人):Safran Aircraft Engines

事実経過および審理の推移:
欧州特許第3557000号(発明の名称:「Auxiliary oil system for geared gas turbine engine」)に対する異議申立てにおいて、欧州特許庁(EPO)異議部は予備的請求3(Auxiliary Request 3)に基づく補正後の特許維持を認める中間決定(Interlocutory decision)を下した。これに対し、異議申立人および特許権者の双方が審判(Appeal)を請求した。

審判手続の口頭審理(Oral proceedings)において、特許権者は自らの審判請求および予備的請求3より上位の請求を取り下げ、被抗告人の立場となった。さらに口頭審理の終結時、特許権者は唯一残されていた請求である予備的請求3を自ら取り下げるとともに、特許維持のためのいかなる特許テキストに対する同意(approval)も撤回した。異議申立人は、原決定の取消しおよび本件特許の取消し(revocation)を求めていた。

2. 判決の主文

1. 原決定を取り消す。
2. 本件特許を取り消す(The patent is revoked)。

3. 主な争点

  • 争点: 特許権者による特許テキストの同意撤回および全請求取り下げに伴う手続的帰結(EPC第113条(2)の適用)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1)法的規範の定立(EPC第113条(2))
欧州特許条約(EPC)第113条(2)の規定に基づき、EPOは特許権者によって提出された、あるいは同意されたテキストにおいてのみ、欧州特許の審査および決定を行うことができる。特許権者が特許のテキストを最早承認しない旨を表明し、係属中のすべての請求を取り下げ、維持のためのテキストを一切提案しない場合、かかるテキストへの「同意」が存在するとはみなされない(理由1)。

(2)本件事実への当てはめおよび結論
本件において、特許権者がすべての請求を取り下げ、テキストへの同意を撤回した結果、審判部が審理の基礎とし得る特許テキストが存在しない状態となった。したがって、審判部は特許性(新規性・進歩性等)に関する実体審査を行うことなく、特許を取り消す(revocation)決定をもって手続を終了させなければならない(理由2)。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

・確立された判例実務(Case Law of the Boards of Appeal)の再確認
本判決は、特許権者が手続中に特許テキストへの同意を撤回し全請求を取り下げた場合、審判部は実体的な特許性を判断することなく直ちに特許取消決定を下すという、EPO審判部における確立された定型実務(Case Law of the Boards of Appeal, 11th ed. 2025, IV.D.2)を忠実に適用したものである。

・実務上の留意点(特許権者の訴訟戦略・撤回手続)
異議審判手続において特許権者が特許の防衛を念頭から外し、権利を放棄・失効させたい場合、無用な口頭審理の継続や実体判断を回避し、最速で特許を取り消させるための有効かつ確実な手続的手法(EPC 113(2)に基づくテキスト同意の明確な撤回)として機能する。

【EPO Technical Board of Appeal / 2026年05月26日】T 0228/24 - 情報保持装置に関する特許の新規性(EPC 54条(2))及び抗告審における訂正請求の不審理(RPBA 12条(4), (6))

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、特許権者(抗告人:Infotoo International Limited)が所有する欧州特許第3224766号(発明の名称:「情報保持装置」)に対する異議申立手続の控訴審(抗告審)判決である。異議申立人(被抗告人:Leonhard Kurz Stiftung & Co. KG)は、EPC第100条(a)(新規性・進歩性欠如)、(b)、(c)に基づき特許の取消しを求めた。
欧州特許庁(EPO)異議部は、主請求(特許クレーム)および補助請求1, 2, 6, 7が先行技術文献D1(JP 2013-39726 A)に対して新規性を欠くこと、補助請求3, 4がEPC第84条および第123条(2)に違反すること、並びに補助請求5を不認容(Art. 114(2) EPC)とすることを理由に、本件特許を取り消す決定を下した。
特許権者はこれを不服として抗告を提起し、特許の維持(主請求、並びに抗告審において初提出された24件の請求を含む計31件の補助請求)を求めた。口頭審理において特許権者は主請求を取り下げ、抗告審における補助請求9を新たな主請求とし、補助請求1〜8C, 10〜16を予備的に主張した。

2. 判決の主文

本件抗告を棄却する(抗告人の請求はすべて退けられ、特許取消決定が確定した)。

3. 主な争点

  • 争点1: 主請求および補助請求11〜13, 15, 16のクレーム1に関するD1に基づく新規性(EPC第54条(2))
  • 争点2: 異議部が補助請求14(異議審における補助請求5)を審理不認容とした裁量判断の当否(RPBA第12条(6))
  • 争点3: 抗告審段階で初めて提出された補助請求群(補助請求1〜8C, 10)の受容性/審理対象性(RPBA第12条(4), (6))

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) 争点1:D1に基づく新規性の欠如(EPC第54条(2))

審判部は、主請求のクレーム1がD1に対して新規性を欠くと判断した。

  • クレーム解釈とD1の対比: 主請求のクレーム1は、空間周波数領域における極座標(周波数振幅 $f_i$ および角度 $\theta_i$)で定義される複数の「周波数データ要素(frequency data elements)」のグループを含むパターンを要件としている。D1の図10b(図7bに対応)には、周波数領域において同心円弧状(196 LPI, 254 LPI, 318 LPI)の周波数データが開示されている。
  • 特許権者の主張の退け: 特許権者は「D1の円弧は1つの連続した要素であり、クレームが要求する『個別に識別可能な複数の離散的要素のグループ』ではない」「要素間の角度離隔やS/N比の要件を満たさない」と主張した。しかし審判部は、クレーム文言上、各周波数データ要素は座標上の「点(point)」として定義されるにとどまり、要素が離散的であることや連続線分を排除する記載、あるいは個別の識別性や最小角度離隔、強度の閾値に関する明示的な限定は存在しないと判示。D1の円弧(点の連続体)上の任意の2点は、クレーム上の第1および第2の周波数データ要素グループの要件を満たすため、新規性が否定される。
  • 補助請求11〜13, 15, 16について: 数値限定(LPIの範囲等)を追加したこれらの請求についても、D1に開示された数値(196 LPI, 318 LPI等)の範囲内であり、同様に新規性を欠く。

(2) 争点2:異議部による不認容裁量判断の維持(RPBA第12条(6))

異議審で提出され不認容となった補助請求14(旧補助請求5)について、特許権者は異議部の初見(一見明白なEPC 123(2)違反および新規性欠如の評価)が不合理であったと主張した。
審判部は、新規性の初見評価(フーリエ変換によるミラー像・アーティファクト円弧の考慮)を含め、異議部の審理不認容決定の裁量行使プロセス全体が不合理であったとは言えないと認定。審判部は異議部の裁量判断を覆さず、本請求を抗告審の審理対象から除外した。

(3) 争点3:抗告審で初提出された補助請求(1〜8C, 10)の審理不認容(RPBA第12条(4))

抗告審手続規則(RPBA 2020)第12条(4)に基づき、審判部は抗告審で新たに提出された補助請求の受容性を検討した。

  • 提出の機会と時期: D1に基づく新規性欠如の不服(「周波数データ要素」の解釈論点)は異議申立当初から存在しており、異議審口頭審理での口頭説明や異議部の見解変更は「不意打ち」には当たらない。特許権者は異議審手続においてこれらの予備的請求(Fallback positions)を提出し、異議部に判断させる機会を与えるべきであった。
  • 構成の不適切性と新たな主張(Fresh Case):
    • 補助請求10(プリアンブルの変更のみ)および補助請求1〜3(角度離隔の追加)は、クレーム解釈上、D1に対する新規性欠如を克服できていない。
    • 補助請求4〜8C(第3・第4の周波数群の追加等)は、異議審で審理されていない全く新しい事実関係(Fresh Case)を抗告審に持ち込むものであり、審判機能(Review機能)の枠組みを逸脱する。
したがって、これらの新たな補助請求はすべて審理対象から排除(不認容)された。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

1. クレーム文言の広範な解釈(Broad Construction)リスクと明細書の限界
特許権者は明細書の作用効果(手ぶれ補正、認証時の識別性等)に基づき「周波数データ要素=離散的な点」であると狭義解釈を試みたが、審判部はクレーム文言の文脈を厳格に適用し、「連続線(円弧)上の点の集合」も包含すると判断した。特許出願・権利化実務においては、先行技術の「連続的なパターン/信号」との差別化を図る際、単に「要素(elements)」とするだけでなく、「離散的(discrete)」「独立して配置された」等の構造的限定を直接クレーム上に明記しておく重要性が再確認された。

2. RPBA 2020下における抗告審での新請求(補助請求)排除の徹底
本判決は、EPO抗告審手続規則(RPBA 2020)第12条(4)および(6)の厳格な運用例を示すものである。異議審段階で提示されていた主たる争点(D1に基づく新規性)に対し、異議審で十分な予備的請求(Fallback options)を出さず、抗告審に至ってから大量の新たな補助請求(特に新たな構成要素を付加する「Divergent requests」や「Fresh Case」)を出す戦術は、審判部の職権裁量により一括して却下されるリスクが極めて高い。実務上、異議審の段階で想定されるすべての拒絶・取消理由に対するガードを補助請求として網羅的に構築しておくことが必須である。

【EPO Technical Board of Appeal / 2026年4月30日】T 0964/24 - 抗真菌化合物SCY-078のクエン酸塩結晶形に関する特許有効性控訴審判決

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

【当事者および手続の背景】
本件は、Scynexis, Inc.(特許権者・被控訴人)が保有する欧州特許第3247711号(発明の名称:「NOVEL SALTS AND POLYMORPHS OF SCY-078」)に対する異議申立手続の控訴審案件である。異議申立人であるSynthon BV(控訴人)は、異議部が本件特許に対する異議を棄却(特許維持)した決定を不服として控訴を提起した。

【特許発明の概要および請求内容】
本件特許は、抗真菌化合物であるSCY-078(化合物1)のクエン酸塩およびその特定の結晶形に関するものである。

  • 主請求項(特許設定クレーム): SCY-078のクエン酸塩(SCY-078 citrate)全般を権利範囲とする。
  • 補助請求項1〜3: 主請求項と実質的に同一の範囲。
  • 補助請求項4: SCY-078のクエン酸塩のうち、特定のX線粉末回折(XRPD)ピーク(d値または2θ値)で特定される10種類の結晶形(Type A, B, E, F, M, N, O, Q, R, S)のいずれかを含むものに限定した請求項。
控訴人(異議申立人)は、D6(米国特許第8,188,085号)等の先行技術に基づき、新規性欠如(EPC第54条)、進歩性欠如(EPC第56条)、明確性違反(EPC第84条)、新規事項追加(EPC第123条(2)項)、および実施可能要件不備(EPC第83条)を主張し、特許の取消しを求めた。

2. 判決の主文

1. 原決定(異議部決定)を取り消す。
2. 本件を異議部に差し戻し、控訴答弁書と共に提出された補助請求項4(請求項1〜10)に基づく修正された請求項並びに適宜修正される明細書及び図面をもって特許を維持するよう命ずる。

3. 主な争点

  • 争点1: 新規性(EPC第54条) - 先行技術文献D6において「SCY-078またはその薬学的に許容される塩」と「代表的な塩のリストの中のクエン酸塩」が開示されている場合、主請求項(SCY-078クエン酸塩全般)の新規性が否定されるか。
  • 争点2: 新規事項追加(EPC第123条(2)項) - 補助請求項4における特定の結晶形(Type A等)のXRPDピーク選択・組合せ("and/or"規定等)が出願当初の明細書の開示範囲を超えるか。
  • 争点3: 実施可能要件(EPC第83条) - 結晶形の動的溶解度(kinetic solubility)の測定分散・ばらつきや、多形の重複・混合物が含まれる可能性により、当業者が補助請求項4の発明を実施できないか。
  • 争点4: 進歩性(EPC第56条) - 最近接先行技術(D6等)に対し、特定のクエン酸塩結晶形を選択すること、およびそれに伴う擬似腸液中での高い動的溶解度・生物学的利用能(bioavailability)の向上が、常套的な塩スクリーニングから当業者に容易に予測可能であったか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) 主請求項および補助請求項1〜3の新規性(EPC第54条) - 肯定(新規性欠如)

D6のクレーム49にはSCY-078およびその薬学的に許容される塩が開示され、明細書本文(col. 21, l. 54 - col. 22, l. 21)には「代表的な塩」としてクエン酸塩(citrate)が列挙されている。 特許権者は「SCY-078の塩の選択」と「クエン酸の選択」および「アミン塩の選択」という複数階層の選択が必要であるため新規性があると主張した。しかし、審判部(Board)は以下の通り判示し、新規性を否定した。

  • D6の「すべての化合物は塩として投与可能」「代表的な塩としてクエン酸塩を含む」という記載により、当業者はSCY-078のクエン酸塩を直接かつ一義的(directly and unambiguously)に導き出し得る。
  • 塩基性アミン基での塩形成か酸性カルボン酸基での塩形成かという分類は塩形成機構の反映に過ぎず、対イオンとして「クエン酸」を選択した時点で自動的に決定されるため、独立した追加の選択(further selection)とは言えない(T 636/10参照)。
したがって、主請求項および補助請求項1〜3はD6により新規性を欠く。

(2) 補助請求項4の明確性(EPC第84条)および新規事項追加(EPC第123条(2)項) - 適合

【明確性】 XRPDピークの相対強度(relative intensities)を特定せずピーク位置(d値/2θ)のみで結晶形を特定することは、結晶多形分野における確立された実務慣行であり、不明確とは言えない。
【新規事項追加】 出願当初の明細書(段落[0176]〜[0185]および表I)には、相対強度の高い主要6ピークのd値および2θ値が記載されている。これらを"or"または"and"で組み合わせることは当業者にとって明らかであり、原出願の開示範囲内である。

(3) 補助請求項4の実施可能要件(EPC第83条) - 適合

出願当初の明細書(実施例4, 6, 21, 24, 26等)には、Type A等の製造方法および動的溶解度の測定手順が具体的に記載されている。控訴人は水における溶解度測定のばらつき等を理由に非難したが、請求項で規定された緩衝液・各種擬似腸液(FaSSIF/FeSSIF)において同様の不都合が生じる証拠を提示していないため、当業者が発明を実施するのに十分な開示がある。

(4) 補助請求項4の進歩性(EPC第56条) - 肯定(非容易推考性あり)

審判部は、D6(SCY-078またはその塩)を最近接先行技術(closest prior art)として以下の通り判断した。

  • 相違点: 補助請求項4は、SCY-078の10種類の特定のクエン酸塩結晶形に限定されている点。
  • 技術的効果の立証(G 2/21の基準適用): 出願当初の明細書中の実験データ(表18, 41)において、Type Aクエン酸塩結晶形は、他のSCY-078塩(ヒプリン酸塩、フマル酸塩、塩酸塩等)と比較して、空腹時擬似腸液(FaSSIF)および食後時擬似腸液(FeSSIF)中で著しく高い動的溶解度を示した。擬似腸液中での高い動的溶解度が経口生物学的利用能(bioavailability)の向上に結びつくことは技術常識であり、出願当初の開示から直接導き出せる。
  • 課題の定立: 「生物学的利用能が向上したSCY-078塩の提供」。
  • 非容易推考性(Obviousness): 先行技術のいずれも、クエン酸塩を選択することで他種の塩よりも生物学的利用能が向上することを示唆していない。常套的な塩スクリーニング(routine salt screening)において「課題解決を期待して試みる(hope to find)」ことと「成功の合理的期待(reasonable expectation of success)」があることは同義ではない(T 1684/16参照)。本件のクエン酸塩は他の塩に対して優れた動的溶解度・生物学的利用能を有しており、単なる恣意的な選択(arbitrary selection)には当たらない(T 777/08参照)。
したがって、補助請求項4に係る発明は進歩性を有する。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 多重選択(Multiple Selection)と新規性の判断枠組み: 先行技術文献において一般的な塩のリストが開示されている場合、特定の化合物と特定の塩(対イオン)との組み合わせが「直接かつ一義的」に開示されているとみなされるか否かは、文献全体の技術的文脈(technical link)に依存する。対イオンの性質上、反応部位が必然的に決まる場合(例:クエン酸=塩基性アミンとの塩形成)、反応部位の選択は独立した選択肢としてカウントされない(T 636/10の法理を再確認)。
  • G 2/21に基づく事後提出データおよび技術的効果の評価: 明細書中の初期データ(FaSSIF/FeSSIFにおける動的溶解度)から生物学的利用能の向上という定量的・定性的効果が技術常識を介して導き出せる(derivable)場合、その効果は課題設定の基礎として有効に認められる。
  • 塩および多形(Polymorph)の特許性とルーチンスクリーニング: 単に新しい塩や多形を取得したというだけでは進歩性は認められにくいが、一般的な塩スクリーニングにより得られる他の塩と比較して顕著な技術的効果(本件では擬似腸液中での動的溶解度および生物学的利用能の明確な優位性)を立証できれば、常套的な実験の範囲内であっても進歩性が肯定される(T 777/08およびT 1684/16の定着した基準の適用)。

【EPO Technical Board of Appeal / 2026年05月20日】T 0768/24 - 僧帽弁置換用人工心臓弁装置に関する特許異議控訴審判決

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、特許権者(Twelve, Inc.)および異議申立人(Abbott Cardiovascular Systems, Inc.)の双方が、欧州特許庁(EPO)異議部の決定(欧州特許第2750630号を補助請求30に基づく補正された形で維持する旨の間接決定)を不服として提起した控訴審事件である。

【対象特許の技術概要】
本件特許は、経カテーテル(intravascular)で移送可能な僧帽弁置換用の人工心臓弁装置に関する。僧帽弁輪は解剖学的に不規則かつ非円形であり、周位漏れ(perivalvular leak)を防ぐために生体組織に適合(conform)する柔軟性が求められる一方、弁自体の機能を維持するためには弁サポートが過度に変形しないことが要求される。本件発明は、心臓組織に適合する拡張可能リテーナー(110)と、リテーナーが変形しても形状が「実質的に変化しない(remains substantially unchanged)」弁サポート(120)とを組み合わせることで、上記課題を解決しようとするものである。

【当事者の主張】

  • 特許権者の請求・主張: 原審決定を取り消し、特許査定時のまま特許を維持すること(主請求)、または補助請求30〜64に基づく補正維持を請求。主請求クレーム1は、引用文献D26(WO 2006/113906 A1)に対して新規性を有すると主張。
  • 異議申立人の請求・主張: 原審決定を取り消し、特許を完全に取消すこと(revocation)を請求。主請求および補助請求30は、D26により新規性・進歩性を欠き、かつ新規事項の追加(EPC 123条(2))や実施可能要件違反(EPC 83条)が存在すると主張。

2. 判決の主文

特許権者および異議申立人双方の控訴を棄却する(双方の控訴棄却により、補助請求30に基づく補正維持とした原審決定が確定)。

3. 主な争点

  • 争点1: 主請求(特許査定時クレーム1)のD26に基づく新規性(EPC 54条)
  • 争点2: 補助請求30における新規事項追加の有無(中間的一般化の成否 / EPC 123条(2))
  • 争点3: 補助請求30の実施可能要件・開示の十分性(EPC 83条)
  • 争点4: 補助請求30クレーム1のD26に基づく新規性(「extend from」の解釈 / EPC 54条)
  • 争点5: 補助請求30クレーム1のD26に基づく進歩性(EPC 56条)
  • 争点6: 審判部による異議部への事件差し戻し(Remittal)の要否(RPBA 2020 11条, EPC 111条(1))

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

1. 主請求の新規性(EPC 54条)について:新規性否定(欠如)

審判部は、D26が特許査定時クレーム1の全構成要件を開示していると判断した。

  • 構成要件1.2(弁サポートの延伸): D26のワイヤーサポート126(ループ146)は、ステンツ112の下流端(downstream edge)を超えて延伸しており、弁サポートがリテーナーから下流方向に延伸する構成を満たす。
  • 構成要件1.3(実質的に変化しない弁サポート): 「実質的に変化しない(substantially unchanged)」との文言は、軽微な変形まで排除するものではない。D26のワイヤーサポートも弁の閉鎖性(coaptation)を保つために機能的形状を維持する構造であり、本件要件を満たす。
  • 構成要件1.4(経カテーテルデリバリー構造): D26の段落[0049]および[00102]には、経カテーテル(intravascular)によるアプローチが明確に開示されている。D26に記載されたテザー(tether)は選択的な構成(optional)に過ぎず、経血管的デリバリーを阻害しない。
したがって、主請求はD26により新規性を欠く。

2. 補助請求30の新規事項追加(EPC 123条(2))について:適合(違反なし)

異議申立人は、元出願に開示されていた特定の具体的構成(経皮的アプローチの細部、弁サポートの「機械的隔離」等)がクレーム1から省略されたことが不当な中間的一般化(unallowable intermediate generalisation)に該当すると主張した。しかし審判部は、確立された判例(T 824/23, T 1888/22等)に基づき、省略された構成がクレーム構成要素と「不可分に結合(inextricably linked)」していることを異議申立人が証明できていないと指摘。また、「機械的隔離」などの機能的関係は構成要件1.3に実質的に包含されているため、新規事項追加にはあたらないと結論付けた。

3. 補助請求30の実施可能要件(EPC 83条)について:適合(開示は十分)

異議申立人は、「弁サポートがリテーナーから機械的に隔離されていない非作動的な実施形態」までクレーム範囲に含まれるため実施不能であると主張した。審判部は、構成要件1.3(弁サポートが実質的に変化しないという機能的限定)自体がクレームを限定しているため、弁サポートが過度に変形して機能しない態様はクレームの範囲外であると反論。当業者は明細書の記載に基づき過大な負担なく発明を実施可能であると認めた。

4. 補助請求30の新規性(EPC 54条)について:新規性肯定(充足)

補助請求30クレーム1は、「複数の柔軟な弓状リブ(ribs)が弁サポートから外側かつ上流方向に延伸する(extending outward from the valve support and in an upstream direction)」という限定を含む。

  • 「extend from」の法解釈: 審判部は、クレームにおける「〜から延伸する(extend from)」という表現は、単なる空間的・相対的な位置関係(spatial orientation / relative positioning)を意味するのではなく、構造的な結合関係、すなわち「その構造の起点・発生源(point or region of origin)」であることを要求すると解釈した。
  • D26との比較・当てはめ: D26に開示されたカフ116のセグメント122は、ワイヤーサポート126の周囲にオフセット(離隔)して配置されているに過ぎず、ワイヤーサポートから直接「発生・延伸」している構造ではない。
したがって、D26はこの追加構成を開示しておらず、補助請求30はD26に対して新規性を有する。

5. 補助請求30の進歩性(EPC 56条)について:進歩性肯定(充足)

D26に対する相違点は「リブが弁サポートから直接発生・延伸している点(オフセットがない点)」である。仮に課題を「代替構造の提供」と低く設定したとしても、当業者が事後解釈(hindsight)なしにD26を改変して本件構成に到達する動機付けはない。なぜなら、D26のようにセグメント122とワイヤーサポートの間にオフセットを設けることはカフの変形が弁サポートに伝わるのを防ぐ合理的な構造であり、これを直結させる改変は弁機能を損なうリスクを高めるため、当業者はあえてそのような改変を行わないからである。したがって、進歩性が認められる。

6. 原審への差し戻し(RPBA 2020 11条)について:差し戻し不認可

異議申立人は「審判部が採用した『extend from』の解釈が原審異議部の理由付けと異なるため、差し戻して更なる証拠提出の機会を与えるべきだ」と求めた。しかし審判部は、「extend from」の解釈自体は異議手続段階から当事者間で議論されていたものであり、控訴審手続中で証拠を補充する機会は十分にあったことから、RPBA 11条に定める「特別な理由(special reasons)」は存在しないとして、差し戻し請求を拒絶した。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

1. クレーム用語「extend from(〜から延伸する)」の解釈規範
本判決は、装置の構造クレームにおける「extend from」という表現の解釈について重要な実務的指針を示した。単に別の部材の周位・外側に配置されているという相対的な位置関係(例:同心円状の配置)だけでは「extend from」を満たさず、構造的にその部材を起点として生出・接続している(point/region of origin)必要があると判示された。権利化実務においては、部材相互の幾何学的・構造的接続関係を規定する際の用語選択に留意する必要がある。

2. 中間的一般化(Intermediate Generalisation)における主張立証責任
EPC 123条(2)(新規事項追加)に基づく中間的一般化の異議において、単に「上位概念化されたクレームから元の実施例の具体的構成要素が省略されている」と指摘するだけでは足らず、「省略された構成要素が、クレーム記載の構成要素と不可分に結合(inextricably linked)していること」を異議申立人側が具体的に主張・立証しなければならないという判例(T 824/23, T 1888/22等)の規範が再確認された。

3. 機能的限定クレームと実施可能要件(EPC 83条)の関係
クレーム内に「〜である間、実質的に変化しない」といった望ましい技術的結果を規定する機能的限定(functional feature)が含まれている場合、その機能を奏しない「不機能な実施態様(non-working embodiments)」は定義上クレーム範囲外となるため、不機能な態様が存在することのみを理由として実施可能要件違反を認めることはできないという法理が示された。

4. 控訴審手続における差し戻し制限(RPBA 2020 第11条)の厳格運用
EPO審判制度改革(RPBA 2020)以降、審判部による原審(異議部・審査部)への差し戻しは「特別な理由」がある場合に厳格に限定されている。原審と審判部で争点に対する判断ロジック(解釈)が異なる場合であっても、当該争点が原審で議論されていた以上、当事者は控訴審の初期段階で主張・証拠を尽くすべきであり、差し戻しの口実とはならないことが明確に示された。

【EPO TBoA / 2026年7月10日】T 1400/24 - ソルリアムフェトル高配合即放性錠剤処方の進歩性(EPC56条)に関する控訴審判決

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、特許権者(被控訴人:Axsome Malta Ltd.)の有する欧州特許第3509581号(発明の名称:「(R)-2-アミノ-3-フェニルプロピルカーバメートの処方」)に対し、異議申立人(控訴人:SANDOZ AG)が欧州特許条約(EPC)第100条(a)項/第56条(進歩性欠如)を理由として提起した異議申立控訴審事件である。

本件特許のクレーム1(確定クレーム)は、ナルコレプシー等の治療薬である有効成分ソルリアムフェトル((R)-2-アミノ-3-フェニルプロピルカーバメート)を90〜98重量%という極めて高い薬物配合量(drug loading)で含み、特定の結合剤(HPC、HPMC、ポビドンから選択)を1〜5重量%、特定の滑沢剤(ステアリン酸Mg、ステアリン酸Ca、ステアリルフルマル酸Naから選択)を0.1〜1.4重量%含み、かつ投与後15分以内に85%以上の薬物を放出する圧縮即放性錠剤に関するものである。

異議申立部は本件特許の進歩性を認め異議申立を棄却したため、異議申立人がこれを不服として控訴した。控訴人は、最接近先行技術(D1:ソルリアムフェトルの臨床試験用カプセル剤を開示)から本件発明の錠剤処方に至ることは、技術常識(D6, D12, D15等)および他文献(D3)に照らして当業者が「成功の合理的期待(reasonable expectation of success)」をもって容易に想到し得たものであり、また最接近先行技術に対する直接の比較実験データも示されていないため進歩性を欠くと主張した。

2. 判決の主文

本件控訴を棄却する(原決定維持・特許維持)。

3. 主な争点

  • 争点1: 最接近先行技術との差異点および技術的効果の認定(直接比較実験の要否)
    D1に記載されたカプセル剤との直接の比較データが存在しない場合に、明細書記載の他比較例(デンプン使用例等)に基づき、高薬物配合・物理的安定性(錠剤硬度)・迅速溶解性の「最適化されたバランス」という技術的効果を客観的技術的課題の設定に参酌できるか。
  • 争点2: EPC第56条に基づく進歩性の有無(「成功の合理的期待」の有無)
    構成要素(錠剤化、高薬物配合量、公知の結合剤・滑沢剤の一般的数値範囲)が個別に技術常識として知られている場合において、それらを組み合わせることで相反する特性(硬度と迅速溶解性)を両立・最適化できることについて、当業者に「成功の合理的期待」が存在したか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1)最接近先行技術および差異点の特定
EPO審判部の確立した判例に従い、最も近い先行技術は、抽象的な一般的開示ではなく同じ目的を有する具体的実施例である「D1の実施例1(150mg ADX-N05を含有するカプセル剤)」であると認定された。 本件クレーム1とD1実施例1との差異点は、①圧縮錠剤という投与形態、②90〜98重量%という高薬物配合量、③特定の結合剤および滑沢剤の選定と数値範囲、④15分以内に85%以上を放出するという溶出プロファイル、の各点である。

(2)技術的効果および客観的技術的課題の定立
明細書の実験データ(実施例2、表3〜7)によれば、特定の結合剤・滑沢剤を規定の範囲で用いることで、高薬物配合でありながら十分な錠剤硬度(物理的安定性)と迅速な薬物放出(15分以内85%以上)が同時に達成されている。一方、デンプンを結合剤とした比較例や、規定範囲外の量を用いた場合には、硬度不足または溶解速度低下が生じている。 控訴人はD1のカプセルとの直接比較実験がないことを理由に上記効果を無視すべきと主張したが、審判部は以下のとおり説示してこれを退けた。

  • 先行技術文献(D1)が最接近先行技術(カプセル)の具体的組成(添加剤の有無等)を開示していない場合、直接の対照実験を行うことは不可能であり、直接比較がないことのみをもって効果を排除することはできない(T 2342/19参照)。
  • 確立した判例(T 254/86, T 1442/18, T 526/21等)に基づき、差異点に起因して技術的に関連する有利な特性が実証されている以上、先行技術との直接比較がなくても客観的技術的課題の定立において考慮されるべきである。
したがって、解決されるべき「客観的技術的課題」は、「ソルリアムフェトルを経口投与するための利便性の高い固形経口投与形態であって、有効用量の迅速かつ一貫した放出と投与形態の物理的安定性との間の最適化されたバランスを達成する構成を提供すること」と定義された。

(3)当てはめと進歩性の判断(成功の合理的期待の否定)
審判部は、以下のロジックに基づき、当業者が成功の合理的期待をもって本件構成に到達できたとはいえないと判断した。

  • トレードオフ関係にある特性の最適化: 高薬物配合下における「錠剤硬度」と「迅速な溶解性」は、製剤学上、相互に相反する(competing formulation requirements)関係にある。
  • 個別の構成要素の公知性と全体としての予見可能性の区別: 錠剤化、ならびに特定の結合剤や滑沢剤を一般的な濃度範囲で使用すること自体が技術常識(D6, D12, D15)であったとしても、それらを組み合わせることでソルリアムフェトルの高配合錠剤における相反する要求特性の「最適化されたバランス」が得られるか否かは、技術常識から予測不可能であった(T 728/21の法理を適用)。
  • 要素の人工的切り離しの不許: 進歩性の評価において、錠剤化、薬物配合量、放出プロファイル、添加剤の選択などを個別の独立した要素に人工的に分離して自明性を論じることは不適切であり、相互に関連する特性の全体的なバランスとして評価されるべきである。
  • 他文献(D3)の無関連性: D3はナトリウムオキシベートの錠剤処方に関するものであり、化学構造・性質の異なるソルリアムフェトルへの適用において成功の合理的期待を与えるものではない。
以上の結果、本件クレーム1に係る発明はEPC第56条の規定する進歩性を有すると結論付けられた。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 最接近先行技術の組成不明時における比較実験(Comparative Tests)の許容性:
    最接近先行技術の具体的な組成が開示されていない場合、特許権者に当該先行技術との直接対照実験を義務付けることは不可能を強いることになる。このような場合、明細書内で「特定の構成要素を除外した比較例(本件ではデンプン使用例や範囲外の量)」によって技術的効果(トレードオフの克服・最適化)が立証されていれば、直接比較データがなくても課題・解決アプローチにおける「技術的効果」として認定される(T 2342/19, T 1442/18等の判例実務の再確認)。
  • 「個々の構成要素の公知性」と「複合的特性最適化の予測不可能性(T 728/21の適用)」:
    医薬品製剤分野において、使用する添加剤(結合剤・滑沢剤等)の選定や数値範囲が業界で一般的に用いられる範囲内(conventional ranges)であっても、高薬物配合(High Drug Loading)という制限下で「物理的安定性(硬度)」と「迅速溶出」という**互いに相克する複数パラメーターの最適バランス(optimised balance)**を達成した場合は、「単なる代替物の提供(routine change)」ではなく進歩性が肯定される。異議申立実務において、相手方が構成要素を個別に分解して「自明の組み合わせ」と主張してきた場合に対抗する有効なロジックとなる。

【EPO審判部 / 2026年7月09日】T 1008/25 - 非地上系ネットワーク(NTN)におけるサービス時間推定方法に関する特許出願の明確性判断(EPC 84条)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

【当事者および出願の概要】
出願人(審判請求人・Appellant)はDeutsche Telekom AGである。対象出願(欧州特許出願第22170704.5号)は、非地上系ネットワーク(Non-Terrestrial Network: NTN)を含む移動通信システムにおいて、衛星に搭載されたアンテナを有する基地局とユーザ装置(UE)との間の「個別サービス時間間隔(specific service time interval)」または「個別サービス時間情報(specific service time information)」を計算・推定する方法、UE、システムおよびプログラムに関するものである。

【手続の経過】
EPO審査部門(Examining Division)は、本件出願の主請求項(Main Request)および副次的請求項1〜4(Auxiliary Requests 1–4)について、用語の不鮮明さ(vague and ambiguous claim features)および技術的導出プロセスの不明瞭さを理由に、欧州特許条約(EPC)第84条(明確性要件)および第83条(開示の十分性)を満たさないとして拒絶査定(Refusal)を下した。
出願人はこれを不服として控訴審判(Appeal)を提起し、原拒絶査定の取消しおよびいずれかの請求項セットに基づく特許査定を求めた。

【請求の骨子】
主請求項のクレーム1は、移動する衛星セルにおいて、基地局から送信される「参照位置情報(reference location information)」および「一般的サービス時間情報(general service time information)」に基づき、UEが自身の位置(GNSS等で取得)とセル中心部との「横方向距離(lateral distance)」を決定し、これらに基づいて当該UEに対する「個別サービス時間(間隔/情報)」を推定・計算する技術構成を規定している。出願人は、当業者であれば明細書の記載(段落[0034]、[0039]等)や図面(図2等)、および一般的な技術知識(三角測量や標準規格)を参照することで計算・推定手法を明確に理解できるため、EPC第84条に違反しないと主張した。

2. 判決の主文

本件控訴を棄却する(The appeal is dismissed.)。

3. 主な争点

  • 争点1: 主請求項(Main Request)におけるクレーム構成要件の明確性(EPC第84条)
    「参照位置情報」、「一般的サービス時間情報」、およびこれらに基づく個別サービス時間の計算・推定の技術的ステップが、クレーム自体の文言において当業者に明確に理解可能か。
  • 争点2: 明細書・図面によるクレームの不明確さの補正・救済可能性(G 1/24判決の解釈)
    拡大審判審決 G 1/24 に基づくクレーム解釈の際、クレーム文言自体の不鮮明さを明細書の開示によって補完・許容できるか。
  • 争点3: 副次的請求項(Auxiliary Requests 1–4)における補正による明確性欠如の解消の有無(EPC第84条)
    「終了時点(termination point in time)」、「中央軌道パス(central trajectory path)」、「LEO衛星」、「円形セル」等の技術的限定を追加した補正により、不服理由が解消されたか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

技術審判部(Technical Board of Appeal 3.5.05)は、審査部門の判断を支持し、すべての請求項セットについてEPC第84条の明確性要件を満たさないと結論付けた。ロジックの要旨は以下の通りである。

(1) 主請求項(Main Request)に関する判断(EPC第84条違反)

  • 用語の不明確性:
    • 「カバーされている現行エリアの特定の部分に関する参照位置情報」(構成要件d)は極めて曖昧であり、その「特定の部分」の地理的位置や地理的範囲を特定することができない。
    • 「一般的サービス時間情報」(構成要件d)についても、セル自体が地球表面上を移動しているため、確定した地理的参照基準(area reference)がない限り、セル全体に対するサービス時間は「瞬間的なもの(instantaneous)」に過ぎず、意味が不明確である。
    • 横方向距離と一般的サービス時間情報からどのように「個別サービス時間間隔/情報」を具体的に算出・推定するのか(構成要件g, k)、計算のロジックやアルゴリズムが文言上不明瞭である。
  • 明細書参照による解釈の限界と G 1/24 判決の適用:
    • 出願人は明細書の段落[0034]や[0039]、図2等を根拠に当業者であれば解釈可能と主張するが、審判部はこれを退けた。
    • 拡大審判審決 G 1/24(理由18)は「クレーム解釈において常に明細書および図面を参照する」という原則を定めているものの、「これはクレーム内の不明確さ(unclarity)をそのまま容認してよいことを意味するものではない」と判示された。
    • G 1/24(理由21)が明言するように、「クレームにおける不明確さに対する正しい対処は、クレーム自体の補正(amendment)である」。明細書に説明があることを理由に、不鮮明なクレーム表現をそのまま特許維持することは認められない。

(2) 副次的請求項(Auxiliary Requests 1–4)に関する判断(EPC第84条違反)

  • 補正の不十分性:
    • 出願人は、副次的請求項において「終了時点(termination point in time)」、「中央軌道パス(central trajectory path)」、「LEO衛星」、「円形セル」などの限定を加えるとともに、実務上の前提として3GPP標準規格の「SIB19」データ(衛星の位置・速度・軌道要素を表す ntn-ephemerisInfo)をUEが受信して衛星の位置(nadir point等)や軌道パスを導出するメカニズムを説明した。
    • しかし審判部は、出願人が主張する「SIB19」や「衛星自体の位置/正視点(nadir point)」といった根本的な技術的構成要素がクレーム1の文言中に一切存在しない点を指摘した。
    • クレーム文言は依然として「現行エリアの特定部分に関する参照位置情報」という曖昧な表現に依存しており、また「参照位置情報が中央軌道パスを提供する」という定立も、それが参照位置情報に直接含まれるのか、UEが間接的に算定するものなのかが不明確である。
    • したがって、副次的請求項1〜4における補正も拒絶理由(明確性欠如)を解消できていない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

1. 拡大審判審決 G 1/24 の実務的射程の明確化(明細書参照と明確性要件の関係)
本判決は、2024年に出された拡大審判審決 G 1/24 の実務的な取り扱いを示す重要な事例である。G 1/24 により「クレーム解釈時の明細書参酌」が全般的に義務付けられたものの、出願人側が「明細書を読めば技術的意味が解釈・補完できるからクレームが抽象的・曖昧であってもEPC 84条(明確性)を満たす」という主張をすることは認められないことが明確化された。クレーム文言自体の不明確さは、明細書の解釈に頼るのではなく、クレーム文言そのものを補正して明確化しなければならないという原則(G 1/24 Point 21)が厳格に適用されている。

2. 通信規格・アルゴリズム関連発明におけるクレーム作成上の留意点
標準規格(3GPP等)の技術概念(本件ではSIB19や衛星軌道要素)や数学的アルゴリズムを利用してパラメータ(サービス時間等)を算出する発明においては、クレーム文言を過度に上位概念化(例:「特定部分に関する参照位置情報」)すると、明確性欠如と判断されるリスクが高い。
実務上、どのような情報(例:衛星の軌道パラメータ・現在位置)が送信され、それを用いてUE側でいかなる幾何学的・論理的計算を行うのか、計算に必要な入力要素と導出ロジックの技術的実体をクレーム文言上に適切に反映させることが不可欠である。

【EPO審判所 / 2026年06月02日】T 0216/25 - 衣料用組成物および便益付与剤の適用方法に関する欧州特許取消控訴審判決(進歩性欠如)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、ユニリーバ社(Unilever IP Holdings B.V. 及び Unilever Global IP Limited、特許権者・控訴人)が保有する欧州特許第3580314号(発明の名称:「LAUNDRY COMPOSITION」)に対し、ヘンケル社(Henkel AG & Co. KGaA)、レキットベンキーザー社(Reckitt Benckiser Vanish B.V.)及びプロクター・アンド・ギャンブル社(The Procter & Gamble Company)の3社(異議申立人・被控訴人)が異議申立て(新規性欠如及び進歩性欠如等)を行った事案の控訴審判決である。

原審(EPO異議部)は、本件特許が進歩性を欠くとして、欧州特許公約(EPC)第101条(3)(b)に基づき特許を取り消す決定を下した。控訴人は原決定の取消しと、控訴理由書と共に提出した主請求(Main Request)、ならびに予備的請求1及び2(Auxiliary Requests 1, 2)に基づく特許維持を求めて控訴した。

【主請求クレーム1の要旨】
洗濯プロセス中に柔軟剤(lubricants)、フリー香料、カプセル化香料等の「便益付与剤(benefit agent)」を衣料に届ける方法であって、洗濯液(laundry liquid)に加えて、(a) 2~60 wt.%の便益付与剤、(b) 4 wt.%未満の界面活性剤、(c) 0.25~10 wt.%の陽イオンポリマー、及び(d) 水を含む「液体補助組成物(liquid ancillary composition)」を添加する方法。具体的には、洗濯液を洗濯機の洗剤投入引き出し(drawer)または計量ボール(dosing ball)に注ぎ入れ、その洗濯液の上に液体補助組成物を重ねて注ぐ(poured on top of said laundry liquid)ことを特徴とする。

2. 判決の主文

控訴を棄却する(本件特許の取消決定を維持)。

3. 主な争点

  • 争点1: EPC第56条に基づく進歩性(Inventive Step)の有無
    • 最近接先行技術(D1: US 2007/0105739 A1)の実施例XIXからの相違点(界面活性剤量及び重ね注ぎによる投入手順)に基づく技術的効果の有無。
    • 特許権者が提示した比較実験データ(明細書内の比較例及び実験報告書D21)が、先行技術(D1)を適正に代表・比較しているか否か。
    • 技術的効果が認められない場合の「客観的技術的課題(Objective Technical Problem)」の定立と、当業者による構成の容易着想性(Obviousness)。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

審判所(Board of Appeal)は、EPOの標準的な「課題・効果アプローチ(Problem-Solution Approach)」を適用し、以下のとおり主請求、予備的請求1及び2のいずれも進歩性を欠くと判断した。

(1) 最近接先行技術及び相違点

当事者間に争いのない最近接先行技術D1の実施例XIXは、2区画の水溶性PVOH(ポリビニルアルコール)ポーチの一方の区画にSTW(Softening-through-the-wash)組成物を、他方の区画に液体洗剤を封入した形態を開示している。 本件クレーム1との相違点は以下の2点である:

  • 補助組成物中の界面活性剤量が「4 wt.%未満」である点(D1実施例XIXは6.16 wt.%)。
  • 洗濯液を投入引き出し等に注ぎ、その「上に液体補助組成物を重ねて注ぐ」という具体的な投入手順(D1実施例XIXは2区画ポーチとしての投入)。

(2) 技術的効果の不不立証と客観的技術的課題の減縮

控訴人は、クレーム記載の投入方法(重ね注ぎ)により、衣料への便益付与剤の沈着・柔軟効果が向上すると主張し、明細書の比較実験(Wash A vs Wash 1)及び控訴審で提出した実験報告書(D21)に依拠した。 しかし、審判所は以下の理由からこれらの実験データによる効果の立証を退けた:

  • 明細書の比較例(Wash A)について: Wash Aは洗剤と柔軟剤があらかじめ完全に混合された単一組成物であり、2区画ポーチにより物理的に隔離されているD1実施例XIXの状態を技術的に代表・再現しているとはいえない。
  • 実験報告書(D21)について: D21の対照実験は洗剤引き出しの同一区画への「同時投入」と比較したものであり、これもポーチに隔離されたD1実施例XIXを適切に模倣したものではない。引き出し内で両液体が接触・混合して投入される本願構成は、むしろ事前混合物(Wash A)や同時投入に近く、D1の隔離状態に対する優位性を証明できていない。

したがって、D1実施例XIXと比較した顕著な技術的効果は認められず、本件発明が解決すべき客観的技術的課題は「便益付与剤を届けるための代替方法の提供(provision of an alternative method)」に減縮された。

(3) 容易着想性(Obviousness)の判断

  • 界面活性剤量の削減(4 wt.%未満): D1自体に界面活性剤量を1~5 wt.%とする好ましい範囲(段落[0091])や低界面活性剤量の実施例が開示されており、代替手段として当業者が容易に選択し得る。
  • 重ね注ぎ手順: 特別な技術的効果が奏されない以上、2つの液体を投入する際に引き出し内で一方の液体の上面に他方を注ぎ入れるという順序は、従来の投入手段(D14等に示される洗剤引き出しや計量器の利用)における技術的に単純かつ恣意的な選択肢(arbitrary alternative)の域を出ない。

したがって、主請求クレーム1は進歩性を欠く(EPC第56条違反)。

(4) 予備的請求1及び2の判断

  • 予備的請求1:「液体補助組成物が洗濯液上に浮遊する(floats on)」との限定を追加。しかし、主請求同様にD1に対する効果が実証されておらず、単なる構成上の選択(arbitrary choice)に過ぎない。
  • 予備的請求2:「計量ボール」の選択肢を削除し、「洗濯機引き出し」へ重ね注ぎする形態に限定。主請求の判断ロジック(引き出し投入時の判断)がそのまま適用されるため、進歩性は認められない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

本判決は、EPO審判所における「課題・効果アプローチ」に基づく比較実験データの証明力・再現性(Representativeness of Prior Art)に関する厳格な実務を再確認するものである。

  • 比較対照の適正性(先行技術の正確な再現): 特許権者が「顕著な効果」を主張して比較実験(D21等)を提出する場合、対照区(Control)が最近接先行技術の構成(本件では「2区画ポーチによる分離状態」)を客観的・正確に反映していなければ、証拠力が否定される。出願・権利化実務においては、単に「自社の事前混合物」や「便宜的な実験態様」と比較するのではなく、先行技術文献の開示態様を正確に再現した対照データを準備することが不可欠である。
  • 技術的効果の立証失敗と「代替発明(Alternative)」への減縮: 先行技術に対する技術的優位性(作用効果の顕著性)が立証できない場合、課題は自動的に「代替手段の提供」へと減縮される。課題が「代替手段の提供」となった場合、数値限定や工程順序の変更が当業者の設計変更や任意の選択(arbitrary selection/choice)の範囲内とみなされ、進歩性を防衛することは極めて困難となる。

【EPO審判審決 / 2026年07月02日】T 1029/24 - 遠心ペンダラム付きクラッチディスクに関する欧州特許の実施可能要件(EPÜ83条)違反に基づく控訴棄却判決

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

【当事者】
・控訴人(特許権者):Schaeffler Technologies AG & Co. KG
・被控訴人(異議申立人1):Valeo Embrayages
・被控訴人(異議申立人2):ZF Friedrichshafen AG(口頭審理欠席)

【事実経過および請求の内容】
本件は、遠心ペンダラム(Fliehkraftpendel)を備えたクラッチディスクに関する欧州特許(EP 2652355)に対する異議申立ての控訴審手続である。原審の欧州特許庁(EPO)異議部は、訂正請求に基づくクレーム1の記載が明確性要件(EPÜ 84条)に違反し、進歩性(EPÜ 56条)を欠くとして特許取消決定(EPÜ 101条(3)(b))を下した。
特許権者(控訴人)は本判決において、異議部決定の取消しならびに「主請求(Hilfsantrag 1A)」または「副請求(Hilfsantrag 1A')」に基づく特許維持を求めて控訴した。これに対し、被控訴人(異議申立人1)は控訴棄却を求めた。

【問題となった主要クレーム(構成要件 H1A / H1A')】
主請求および副請求のクレーム1には、ガイド軌道(Laufbahnen)の形状に関して以下の特定(機能的・達成すべき結果による特定)が付加されていた。

  • 主請求(構成要件 H1A):「ガイド軌道は、ペンダラム質量の運動に伴い転がり体(Wälzkörper)の転がり運動を達成し、円弧状のガイド軌道に起因する転がり体の滑り運動を防止するように規定された『転がり条件(Abrollbedingung)』に由来すること」
  • 副請求(構成要件 H1A'):「ガイド軌道は、ペンダラム質量の運動に伴い転がり体の転がり運動が達成され、円弧状のガイド軌道に起因する転がり体の滑り運動が防止されるように設定された『転がり条件』を満たすこと」

2. 判決の主文

控訴人の控訴を棄却する(Die Beschwerde wird zurückgewiesen)。
(※主請求および副請求のいずれも欧州特許条約(EPÜ)第83条の実施可能要件を満たさないため、特許取消しが維持された。)

3. 主な争点

  • 争点: 実施可能要件(EPÜ 83条 / 明細書の開示の十分性)
    クレーム1に規定された「滑り運動を防止し、転がり運動を達成するように設定されたガイド軌道の構成(H1A / H1A')」に関し、当業者が過度な負担なくこれを実施できるよう、明細書および技術常識に基づき充分に開示されているか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) クレームおよび発明の解釈(純粋な運動学か、作動時の動的挙動の達成か)
特許権者は、「構成要件 H1A/H1A' は純粋に幾何学的・運動学的(kinematisch)な定義であり、接触点での相対速度がゼロになる計算式(運動方程式)を解くことで幾何学的に軌道形状が一義的に導出可能であるから、実動作上の摩擦や慣性力等の動的な要素までクレーム対象に含まれておらず、実施可能である」と主張した。
しかし審判部(Board of Appeal)は、クレームの文言(「転がり運動を達成し、滑り運動を防止する」)および明細書本文(段落[0009]、[0024])の記載によれば、本件クレームは単なる理論上の幾何形状にとどまらず、「実際のクラッチディスク作動時において、転がり体の滑りを排除し専ら転がり運動を達成するという技術的結果」を要求していると解釈した。

(2) 当業者の実施可能性に対する当てはめ(EPÜ 83条違反の認定)
実際のクラッチディスクの作動環境においては、転がり体と軌道間の摩擦係数、転がり体の慣性モーメント、振動周波数などの動的な要素(realen Gegebenheiten und Betriebsbedingungen)が、転がり体が実際に転がるか滑るかに決定的な影響を及ぼす。
明細書には、これらの実際の動的条件・動作環境下において「滑りを防ぎ転がり運動を確実に達成する」ための具体的なガイド軌道の設計・構成方法が教示されていない。段落[0009]においても、「複雑な運動方程式の計算により求められる」旨が記載されているにすぎない。
したがって、当業者が明細書の開示や技術常識(allgemeines Fachwissen)に基づいて、特許法上要求される「意図した効果(実動作時の滑り防止と転がり達成)を確実に奏するガイド軌道」を実施することは不可能であり、過度な負担(undue burden)を強いるものである。
以上より、主請求・副請求ともにEPÜ 83条の実施可能要件(Ausreichende Offenbarung)を満たさない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 「達成すべき結果」による機能的パラメータ・クレームの限界:
    機械・構造分野の特許において、「特定の効果・結果(本件では『滑りの防止と転がりの達成』)」を直接クレームの構成要件として規定する場合、裁判所・審判部はそれを単なる理論的・幾何学的な概念ではなく、実動作上の技術的結果として厳格に解釈する傾向がある。
  • EPÜ 83条( Sufficiency of Disclosure )と実地作動条件:
    理論式や計算式のみが提示されていても、現実の物理的パラメータ(摩擦、慣性、作動振動等)がその結果達成に大きく関与する場合、具体的な設計指標や実施例が明細書に開示されていない限り、EPO実務において実施可能要件違反(Article 83 EPC)として拒絶・取消されるリスクが高いことを本判決は再確認している。
  • 実務上の留意点(明細書作成・出願戦略):
    物理的運動や機械動作において機能的クレーム(Result-to-be-achieved claim)を採用する際は、純粋な運動学・幾何学モデルのみならず、実運転条件下の動的パラメータに対応した具体的構成や設計ルール(アルゴリズム、数値範囲等)を明細書に盛り込んでおく必要がある。

【EPO審判部 / 2026年07月16日】T 0573/24 - ガス漏れ検出装置の試験方法に関する分割出願の追加事項違反(EPC 100(c)/76(1)条)および補助請求の不認容による特許取消維持判決

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

【当事者及び対象特許】
控訴人(特許権者):Inficon GmbH
被控訴人(異議申立人):Pfeiffer Vacuum
対象特許:EP 3 742 148 B1(発明の名称:「ガス漏れ検出装置の試験方法」)。本件特許は、国際公開公報WO 2017/167738 A1として公開された原出願(親出願)からの分割出願に基づくものである。

【事実経過及び手続の経緯】
被控訴人は、本件特許に対して異議申立てを行った。EPO異議部(Einspruchsabteilung)は、欧州特許条約(EPC)第101条(3)(b)に基づき、本件特許のクレーム1が親出願の当初開示範囲を超えている(EPC第100条(c) / 第76条(1)違反:追加事項の追加)として、本件特許を取り消す決定を下した。特許権者はこの原決定を不服として控訴(Beschwerde)を提起した。控訴人は審判手続の途中で口頭審理への不参加を表明し、口頭審理請求を取り下げたため、技術審判部(3.4.02)は書面審理により本判決を下した。

【控訴人(特許権者)の請求および主張】
原決定を取り消し、発行された形態での特許維持(主請求)、または控訴理由書とともに提出した補助請求1~9(Hilfsanträge 1 bis 9)に基づく補正された形での特許維持を請求。

【被控訴人(異議申立人)の請求】
控訴棄却(特許取消決定の維持)。

2. 判決の主文

控訴を棄却する(Die Beschwerde wird zurückgewiesen.)。[原審の特許取消決定が維持された]

3. 主な争点

  • 争点1: 主請求(認可クレーム1)における親出願の開示範囲超過の有無(EPC第100条(c)および第76条(1)違反)
    親出願に記載された特定の技術的特徴(継続的なスプレー、特定の接続態様、信号経過に基づく評価)を拡大・改変してクレーム化することが「直接かつ一義的な開示」の範囲内といえるか。
  • 争点2: 控訴審で提出された補助請求(補助請求1, 2, 5–9)の審判手続への認容性(Zulässigkeit / Admissibility)(VOBK 2020第12条(4), (5))
    原審で出されていない新規の補助請求、または拒絶・異議理由を一部しか克服していない補正案を審判段階で容認すべきか。
  • 争点3: 審理対象となった補助請求(補助請求3, 4)における追加事項違反の有無(EPC第76条(1))

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

1. 主請求(発行特許の維持)について — EPC第100条(c)違反(認容不可)

審判部は、主請求のクレーム1の技術的特徴が親出願の当初の開示範囲を超えていると判断した。理由は以下の通りである:

  • 「継続的/持続的(dauerhaft/kontinuierlich)」なスプレー要件の欠落:親出願の明細書では、応答時間の特定において被試験物へヘリウムを「持続的(dauerhaft)」にスプレーすることが不可欠として開示されていた。クレーム1(特徴1.5)にはこの「持続的/継続的」との限定が含まれておらず、親出願に開示のない広範な態様(脈動スプレー等)を包含してしまう。
  • 評価手法の不当な一般的概念化:親出願では信号の上昇経過または減衰曲線全体から応答時間を導出することが開示されていた。これに対しクレーム1は、単一の測定点(閾値の超過/未満)のみから応答時間を特定する態様まで含む権利範囲となっており、これは当業者の技術的補完(mental complementation)の域を超えた新規な技術的教示である。
  • 接続対象の不一致:親出願には「検証すべき真空容器(Vakuumkammer)にテスト用ペンシルリークをフランジ接続する」と明確に記載されていたのに対し、クレーム1(特徴1.2)では「真空装置(Vakuumanordnung)」に接続すると変更されている。両者は技術的に同義ではなく、真空容器を除外した接続態様ではシステム全体の応答時間を計測するという親出願の技術的目的と矛盾する。

したがって、主請求はEPC第100条(c)および第76条(1)に基づき認められない。

2. 補助請求1, 2, 5~9の不認容 — VOBK 2020第12条(4), (5)に基づく却下

  • 補助請求1及び2:特許権者は原審の口頭審理で提出済みと主張したが、記録上に存在せず、控訴審で初めて提出された不適時な請求変更(VOBK第12条(4))と認定された。また、原決定が指摘した複数の追加事項違反のうち1つ(「dauerhaft」の追加等)しか解消しておらず、他の不備を残しているため、手続きの経済性(Verfahrensökonomie)の観点から認容されない。
  • 補助請求5:原審で提出可能であったにもかかわらず不適時であり、かつ依然としてすべての異議理由を克服できていない。さらに、クレームの権利範囲を改変・変更することでEPC第123条(3)(保護範囲の拡張禁止)の新たな問題を生じさせ、十分な理由付け(Substantiierung)も欠いているため、VOBK第12条(4)および(5)に基づき不認容とされた。
  • 補助請求6~9:不認容とされた補助請求5をベースとした組み合わせであるため、同様に不認容とされた。

3. 補助請求3および4について — EPC第76条(1)違反

第一審の旧補助請求に基づく補助請求3および4について審理した結果、主請求と同様に「持続的スプレー」や「真空容器へのフランジ接続」の欠落、さらに応答時間特定時にスプレー時点をデータ送信して相関させるという構成が親出願の応答時間測定手続において直接かつ一義的に開示されていないことから、いずれもEPC第76条(1)に違反すると結論付けた。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 分割出願における追加事項判断基準(Gold Standard)の厳格適用: EPOの実務において、原出願からの分割(EPC第76条(1))における「追加事項(Added Matter)」の判断は非常に厳格である(「直接かつ一義的に導き出せるか(directly and unambiguously derivable)」というGold Standard)。特許権者が「当業者であれば技術的に当然補充して理解する(mental complementation)」と主張しても、明細書に明示的・直接的な根拠がなければ、概念の一般的化(generalized definition)や構成の変更は許容されない。
  • VOBK 2020(審判手続規則)に基づく控訴審での補助請求の認容制限: 控訴審において新たに補助請求を追加・変更する場合、「原審で指摘されたすべての拒絶・異議理由を包括的かつ効果的に解消(overcome)していること」および「なぜ第一審手続で提出できなかったかの正当な理由」が求められる。一部の拒絶理由しか解消しない補正案や新たな不備(EPC 123(3)条問題等)を誘発する補正案は、手続経済(VOBK第12条(4))を理由に審理すらされず不認容(inadmissible)とされるリスクが高い。
  • 審判段階における理由付け(Substantiierung)の義務(VOBK第12条(3), (5)): 補助請求を提出する際、単に補正内容を説明するだけでなく、それがなぜ異議理由をクリアし、かつ他のEPC条項(Art. 123(2)/(3)等)に抵触しないかをロジカルに主張・立証しなければならない。理由付けを欠く請求はVOBK第12条(5)により即座に却下される。

【EPO審判部 / 2026年05月21日】T 0421/24 - エレベーター設備の近代化手法および装置に関する異議申立控訴審判決

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、特許権者(被控訴人:INVENTIO AG)が保有する欧州特許第2342152号(発明の名称:「エレベーター設備の近代化手法および装置」)に対する異議申立手続の控訴審である。原審の異議部(Opposition Division)は、特許権者が提出した補助請求1に基づく修正形態で本件特許を維持する中間決定を下した。これに対し、異議申立人(控訴人:TK Elevator Innovation and Operations GmbH)が特許の全取消しを求めて控訴を提起した。

控訴審において、特許権者は主請求(異議部が維持認容した態様での特許維持)および答弁書添付の補助請求1を主張した。しかし、審判部(Board of Appeal)がRPBA(審判規則)第15条(1)に基づく通信において、主請求クレーム10が開示の十分性(EPC 83条)を欠く旨の予備的見解を示し、かつ補助請求1を審判手続に認めない方針を示した。これを受けて、特許権者は口頭審理当日に誤記訂正を理由として新たな補助請求1を提出した。

2. 判決の主文

1. 原決定(異議部の中間決定)を取り消す。
2. 欧州特許第2342152号を取り消す(Patent revoked)。

3. 主な争点

  • 争点1: 主請求クレーム10における開示の十分性(EPC 83条・第100条(b))
    「プログラムされたプロセッサが目的階登録制御部(destination call control)を設置(install)するように動作可能である」という構成が、当業者にとって実施可能に提示されているか。
  • 争点2: 口頭審理当日に提出された新「補助請求1」の審判手続への認容性(RPBA 2020 第13条(2))
    控訴答弁書提出時の誤りを補正するために口頭審理段階で新たに提出されたクレーム変更が、RPBA 第13条(2)の規定する「説得力のある理由により正当化された特段の事情(exceptional circumstances)」に該当し、手続に認容されるか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

1. 主請求について(EPC 第100条(b) / 第83条 違反)

審判部は、以下の通り主請求クレーム10は実施可能要件を満たさないと判断した。

  • クレームの解釈: クレーム10は「エレベーター設備を近代化するためのシステム」を対象としており、クレームの構成要素自体に目的階登録制御部(ハードウェア)が含まれていない。したがって、「プロセッサが目的階登録制御部を設置(install)するように動作可能である」との文言は、近代化完了後の単なるソフトウェアの動作・挙動を意味するものとは解釈できず、プロセッサが近代化プロセス(設置作業)自体に関与・寄与することを示していると解与せざるを得ない。
  • 明細書の開示との不一致: 特許明細書において、目的階登録制御部(6)は物理的に設置されるハードウェアデバイスとして描かれている。特許権者が主張する「ソフトウェアベースのインストール」または「単なる制御機能の実行」という解釈は、明細書中に何の裏付けもなく、当業者が既存のエレベーターシステムにおいてプロセッサを用いてこれをどのように実施(install)するのかも示されていない。
  • 結論: 当業者は明細書の記載に基づいてプロセッサによる目的階登録制御部の「設置」を実施することができないため、EPC 第100条(b)の異議理由(第83条違反)により本特許を維持することはできない。

2. 新補助請求1の認容性について(RPBA 2020 第13条(2))

口頭審理当日に提出された新補助請求1について、審判部は以下のロジックで不認容(非認容)とした。

  • 提出遅延の経緯: 特許権者が控訴答弁書で提出していた旧補助請求1は、特許クレームの技術的範囲を不当に広義化(「at least one serial interface, in particular...」を追加)する誤りを含んでいた。特許権者は口頭審理にて、これは意図しない単純な提出ミス(filing error)であり、これを是正した新補助請求1は認容されるべきだと主張した。
  • RPBA 第13条(2)の規範: RPBA 第15条(1)通信の通知後にされた当事者の手続上の変更は、原則として考慮されない。例外的に認められるには、当事者が説得力のある理由(cogent reasons)をもって正当化した「特段の事情(exceptional circumstances)」の存在が必要である。
  • 当てはめ: 提出上の誤り(filing error)が存在したこと自体は否定されないとしても、審判部は既にRPBA 第15条(1)通信において当該広義化の問題点を具体的に指摘していた。特許権者は通信受領後、あるいは誤りに気付いた口頭審理直前の段階で速やかに書面で補正請求を提出できたはずである。口頭審理当日まで提出を遅らせたことについて説得力のある理由が示されていないため、RPBA 第13条(2)に基づき、新補助請求1を審判手続に認容しない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

1. 「ソフトウェア/ハードウェア」の用語選択と実施可能要件(EPC 83条)の厳格性

システムクレームや近代化装置クレームにおいて、「install(設置/インストール)」のようなハードウェアの物理的導入とソフトウェアの組み込み双方の意味を取り得る用語を使用する場合、当業者が明確に実施できるよう明細書で定義・開示しなければならない。文脈上物理的構成の設置を意味すると解釈されるにもかかわらず、ソフトウェアの実行のみをもって「実施可能」と反論することは認められず、EPC 83条違反のリスクを負う。

2. EPO審判手続規則(RPBA 2020)第13条(2)下での「誤記訂正」の限界

本判決は、RPBA 2020におけるサードステージ(口頭審理段階・通信通知後)の変更に対する裁量権行使の厳格さを再確認している。過去の判例(T 0752/93等)を根拠に「誤記の訂正であればいつでも認められる」という期待は通用しない。たとえ真の提出ミス(filing error)であっても、審判部からの通信等で問題を認識した後は「直ちに(書面で)」補正手続をとる必要があり、口頭審理当日まで放置した場合、「特段の事情を正当化する説得力のある理由」を欠くとして却下される実務リスクが極めて高いため、タイムリーな対応が要求される。

【UPC第一審デュッセルドルフ地方分庭 / 2026年07月20日】UPC_CFI_209/2026 - ハーグ送達条約下での被告の受領拒否における適正送達認定決定(RoP 275条2)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

原告(LiNA Medical AG)は、欧州特許(EP 2 593 025 B1)の侵害を理由として、被告1(中国法人)、被告2(被告1に所在する個人)、および被告3(ドイツ法人)に対し、2026年1月19日付で統一特許裁判所(UPC)に特許権侵害訴訟を提起した。
被告1および被告2はUPC加盟国およびEU外である中華人民共和国に住所を有する。そのため、裁判所事件事務局(Registry)は、ハーグ送達条約(HSC)およびUPC手続規則(RoP)274条1項(a)(2)に従い、中国の中央当局を通じて訴状(Statement of Claim)の送達を試みた。
しかし、中国の権限ある当局から「受領者が文書の受領を拒否した(The recipient refused to accept the documents)」旨の通知がなされた。
これを受け、原告はRoP 275条に基づき、公示送達手続の発令および掲示30日後の送達効力発生を求める手続上の申請を行った。

2. 判決の主文

I. 本手続(UPC_CFI_209/2026)における訴状を被告1および被告2に了知させるために既にとられた措置は、RoP 275条2項に基づく「適正な送達(good service)」を構成する。
II. 送達は本決定の日付(2026年7月20日)をもって有効に効力を生じたものとみなす。
III. 本決定は、当事者名および事件番号とともに裁判所のウェブサイト上に公表される。

3. 主な争点

  • 争点1: ハーグ送達条約に基づく送達において被告が不当に受領拒否した場合に、既になされた告知措置をRoP 275条2項に基づく「適正な送達(good service)」と認定できるか
  • 争点2: 送達受領拒否に対し、裁判所がRoP 275条2項の決定を下す前に、再度の代替送達手続(RoP 275条1項)を命じる必要があるか

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

手続判事(Judge-rapporteur)は、以下の論理により、既になされた手続をもって適正な送達が完了したものと認めた。

1. RoP 275条2項の適用要件の充足
被告1および被告2に対する送達は、ハーグ送達条約締約国である中国への送達であるため、RoP第5部第2章第2節が適用される。RoP 275条2項は、原告の理由付申請に基づき、代替的方法または代替的場所により被告に訴状を了知させるために既にとられた措置を「適正な送達」と認める権限を裁判所に与えている。

2. 被告の受領拒否の性質と再度の代替送達の不要性
被告1および被告2は、訴状の内容を認識する公正な機会があったにもかかわらず、何ら理由を示すことなく、真摯かつ最終的に送達の受領を拒否した。このような受領拒否は、他の方法で送達を試みたとしても被告らが受領しないことを強く示唆している。したがって、RoP 275条2項に基づく決定を発令するにあたり、事前に代替送達の試行をさらに命じる(RoP 275条1項)必要はない(マンハイム地方分庭 2025年12月1日決定 Corning v. Caihong, UPC_CFI_820/2024 を参照)。
他に明白な代替送達の選択肢が存在しない本件においては、RoP 275条1項の適用余地はなく、原告への実効的な権利保護(effective legal protection)を確保する観点から、既にとられた措置をもって適正な送達と認めることが不可欠である(デュッセルドルフ地方分庭 2025年11月11日決定 Hewlett Packard v. Shenzen et al., UPC_CFI_515/2025 を参照)。

3. 被告国国内法(中国民事訴訟法)との整合性(RoP 275条4項)
RoP 275条4項の要件についても、中華人民共和国民事訴訟法第95条が「受領者の所在が不明な場合、または本節に定めるその他の手段で送達できない場合は公示送達(public notice)により送達を行うものとし、告示から30日経過後に送達完了とみなす」と規定していることから、代替送達手段としての許容性が満たされている。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

1. 非EU・ハーグ条約加盟国(中国等)の被告による受領回避行動への実務的対応の確立
本決定は、ハーグ送達条約経由での正当な送達手続に対し、被告が不当に受領拒否(refusal to accept)を行った場合、UPCが迅速にRoP 275条2項を適用して「既になされた措置をもって送達有効」とみなす運用の定着を示している。

2. 原告の訴訟遅延防止・実効的権利保護の優先
被告が意図的に受領を拒絶していることが明らかな場合、裁判所はRoP 275条1項に基づく追加の代替送達手続(公報掲載や郵送等)の実施を求めず、直ちに送達の有効性を認める。これにより、特許権者(原告)が送達トラブルによる不当な訴訟遅延を回避できる実務が明確化された。

3. 裁判所の決定日を送達効力発生日とする実務
原告は求釈明として「掲示から30日経過後の送達効力発生(公示送達手続)」を求めていたが、裁判所はRoP 275条2項に基づき「既にとられた告知措置(中国当局を通じた到達試行)」を適正送達と認定し、本決定の発令日(2026年7月20日)をもって直ちに送達効力を発生させた。これにより本案手続への移行が大幅に加速されることとなる。

【UPC Lokalkammer Düsseldorf / 2026年7月24日】UPC_CFI_226/2024 (App_11638/2025) - 第三者による訴訟記録の閲覧(開示)申請に関する決定

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

当事者関係:
申請人(Vereenigde Octrooibureaux N.V.)は、統一特許裁判所(UPC)の訴訟当事者ではない第三者(一般公衆・特許事務所)。
原告(Dolby International AB)は、欧州特許第3 605 534号(EP 3 605 534、以下「本件特許」)の特許権者。
被告(Optoma社ら3社)は、原告から特許権侵害で提訴されていた当事者。

事実経過:
1. 本案訴訟(UPC_CFI_226/2024)は、デュッセルドルフ地方部(Lokalkammer Düsseldorf)において、原告の訴えの取下げおよび被告の同意に基づき、2024年9月26日付けの決定により第一審手続が終了した。
2. 申請人は、UPC手続規則(Rules of Procedure: VerfO/RoP)第262条1項(b)(R. 262.1(b) VerfO)に基づき、本案訴訟の訴訟記録(Akteneinsicht)の閲覧を申請した。
3. 申請の目的として、申請人は「原告が本件特許を『Opus Audio Codec』標準規格に対してなぜ必須(Standardessentialität)とみなしているのかをより深く理解するため」と理由付けた。
4. 原告(Dolby)は本申請に反対し、主論として棄却を求め、予備的に閲覧範囲の制限(特定段落の黒塗り、添付書類の除外)および秘密保持命令の発令を求めた。

原告(Dolby)の主張骨子:
・申請は文書や証拠を具体的に特定しておらず不適法である。
・手続終了後であっても、申請人の目的は単なる自己の知識習得に過ぎず、優先する開示利益が存在しない。
・現在も並行訴訟が継続中(※決定時には第一審終了済)であり、訴訟記録の開示は手続の適正(Verfahrensintegrität)を害する。
・標準必須性に関するクレームマッチング等の分析内容は、多大な資金と時間を投じて作成した原告の商業秘密(Geschäftsgeheimnis)に該当する。

2. 判決の主文

1. 申請人に対し、本案訴訟の「訴状(Klageschrift)」の閲覧を許可する。ただし、以下の開示制限を付する。
 a) 訴状の段落(Randnummern)1〜174および233〜249の黒塗り(Exclusion/Redaction)
 b) EU一般データ保護規則(GDPR / Regulation (EU) 2016/679)に基づく個人データの黒塗り
 c) 訴状のすべての添付書類(Anlagen)の閲覧除外
2. 申請人のその余の申請(上記以外の閲覧請求)を棄却する。

3. 主な争点

  • 争点1: R. 262.1(b) VerfOに基づく第三者閲覧申請の適法性要件(申請の特定性と理由付けの範囲)
  • 争点2: 第一審手続終了後における「一般公衆の開示利益」と「当事者の利益・訴訟適正・秘密保護」との利益衡量基準
  • 争点3: 訴訟準備のために投じられた費用・労力(特許の標準必須性分析)がR. 262.2 VerfO等の保護対象(商業秘密)に該当するか否か

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

1. 申請の適法性(R. 262.1(b) VerfO)について:一部適法・一部不適法

  • 規範:「理由付きの申請(begründeter Antrag)」と認められるには、閲覧を希望する書面・証拠を特定するだけでなく、閲覧の「目的」および「なぜ当該文書の閲覧がその目的に必要なのか」を説明し、裁判所が利益衡量を行うに必要な情報を提供しなければならない(控訴審判決 Ocado v. Autostore, Abbott v. Powell Gilbert 等の定立した規範に基づく)。
  • 当てはめ:
    • 申請人が「原告の標準必須性(標準必須特許)の評価理由を理解するため」とし、そのために訴状の閲覧を求める点は、目的と必要性が合致しており、訴状の範囲で適法である。
    • 他方で、単に総括的に「訴訟記録(Akteneinsicht)」全体の閲覧を求め、添付書類(Anlagen)まで含めようとする範囲については不適法である。裁判所に対してどの証拠・添付書類が申請の目的に関連するかを選別させるような不特定の申請は認められない。

2. 申請の理由の有無(利益衡量)について:一部認容

  • 規範(基本原則):裁判所が第一審手続を終了させる決定・判決を下した後は、原則として一般公衆に訴訟書面および証拠へアクセスする利益(開示利益)が認められる。これは裁判の透明性を確保し、司法活動に対する公衆の監視・信頼を維持するためである(Art. 45 EPGÜ、控訴審判例確立済)。この原則は、並行訴訟の存在や、決定がすべての争点を網羅しているか否かによって左右されない。
  • 直接的利害関係の要件:手続終了前であれば競合他社やライセンシー等の「直接的・具体的な利害関係」が要求されるが、手続終了後においては、一般的公衆としての開示利益で足与され、高度な具体的利害関係の立証は不要である。
  • 商業秘密保護(R. 262.2 VerfO)との関係: 原告は「標準必須性の解明に多大な時間と費用を費やしたため、その知見は価値ある商業秘密である」と主張するが、訴訟準備において原告が費やした通常の費用や労力は、それ自体では文書を不可視化(黒塗り)すべき保護対象の秘密情報とは認められない。
  • 目的との比例性(比例原則): 申請人の目的は「原告が本件特許をOpus標準規格に必須と判断した理由の理解」に限定されている。したがって、この目的を達成するためには訴状の該当部分(標準必須性に関する主張部分)の開示で十分であり、目的と関係のない段落(Rn. 1-174, 233-249)や添付書類を除外した「原告の第一予備的申立て」の範囲で閲覧を認めるのが妥当である。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

1. 第一審終了後における第三者への記録開示の広範な容認(UPC判例の定着)
本判決は、UPC控訴審(Court of Appeal)のリーディングケース(Ocado v. Autostore, Abbott v. Powell Gilbert)の規範を忠実に適用している。第一審手続が終局(取下げを含む)した後は、「司法の透明性」が最優先され、第三者は直接的な競合関係や利害関係を立証しなくても、一般的関心に基づく理由付けで原則として訴訟書面の閲覧が認められる実務が完全に定着したことを示している。

2. 閲覧申請における「文書特定」の厳格化(実務上の要留意点)
第三者として閲覧を申請する実務担当者は、「訴訟記録一式」といった包括的な申請を行ってはならない。本判決の判示通り、具体的にどの書面(訴状、準備書面等)を求めているのかを特定し、かつ「なぜその書面が申請目的に必要なのか」の因果関係を明示しない場合、添付書類等を含む包括的申請部分は「特定性欠如」として直ちに不適法(unzulässig)と却下されるリスクがある。

3. 訴訟準備の労力・コストは「商業秘密」にならない
特許権者(原告)側の実務上の重要ポイントとして、訴訟提起に際して作成した「クレームチャート」や「標準必須性分析」について、「多額の分析費用をかけた」という理由だけではR. 262.2 VerfOに基づく開示制限(秘密保持)の対象とは認められない。第三者への開示を防御するためには、R. 262.2に基づく個別具体的かつ厳格な秘密保護申請(ノウハウや技術上の秘密等に該当する旨の疎明)を適切なタイミングで行う必要がある。

4. 予備的申立て(黒塗り請求)の有用性
原告側としては、第三者からの閲覧申請に対し、単に完全棄却(主論)を求めるだけでなく、本件のように「開示目的と無関係な段落の黒塗り」や「添付書類の除外」を求める多段階の予備的申立て(Hilfsanträge)を行うことで、自社の過剰な情報流出を防ぐ防衛策が極めて有効に機能することが実証されている。

【UPC Local Division Düsseldorf / 2026年07月23日】UPC_CFI_87/2025, UPC_CFI_488/2025 - EP 2 449 782特許侵害訴訟および特許取消反訴(Disney+事件 / FRAND抗弁・NDAと不誠実なライセンシーに関する重要判決)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

【当事者】
原告(特許権者):InterDigital VC Holdings, Inc.(米国法人)
被告(被疑侵害社):The Walt Disney Companyおよびその子会社・関連会社計11社(Disneyグループ)

【背景と事実経過】
原告は、大型ブロック向けイントラ予測シグナリングに関する欧州特許EP 2 449 782(以下「本件特許」)の登録権利者である。本件特許は、オーストリア、ベルギー、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ等を含むUPC加盟国で有効に存続している。
被告らは、動画配信サービス「Disney+」において、HEVC/H.265規格に準拠したビデオストリーミング(例:『白雪姫』等のHEVCビットストリーム)を全世界およびUPC加盟国域内でユーザーに提供・配信している。
両当事者は訴訟提起前にライセンス交渉を行っていたが、交渉は秘密保持契約(NDA)下で実施されていた。原告は訴訟提起に先立ちNDAを解除したものの、過去の交渉履歴の提示についてUPCの秘密保持命令(Confidentiality Order)下で開示できるようNDAの修正を提案した。しかし被告はこの提案に合理的な理由なく応じなかった。

【請求内容】
・原告の請求(侵害訴訟):クレーム5(画像データ符号化方法)およびクレーム17(ビットストリーム)の直接侵害を理由とする、①UPC加盟11カ国における侵害行為の差止、②流通チャネルからの製品回収・永久排除、③情報開示および会計計算、④過料の設定、⑤中間損害賠償金(50万ユーロ)の支払および損害賠償責任の確認。
・被告の請求:侵害訴訟の棄却、特許取消の反訴(新規性・進歩性欠如、追加事項)、FRAND抗弁(本件特許はHEVCの標準必須特許(SEP)であり原告はFRAND義務に違反しているとの主張)。予備的請求として、5億ユーロ以上の執行担保設定および情報開示に対する秘密保持命令(R. 262A RoP)。

2. 判決の主文

1. 差止命令・回収命令等:被告らに対し、UPC加盟11カ国において本件特許クレーム5の符号化方法により直接製造された画像データおよびクレーム17のビットストリームの提供・市場流通の差止め、ならびに商業顧客からの製品回収および市場からの永久排除を命じる。
2. 情報開示および会計計算:被告らに対し、2017年12月6日以降の侵害行為に関する情報(供給網、数量、価格、利益等)の開示および帳簿の開示(公認会計士の監査または宣誓供述書付き)を命じる。ただし、当該情報の使用目的は「被告に対する損害賠償請求の計算および供給網の特定」に限定する。
3. 損害賠償責任:被告らが連帯して損害賠償責任を負うことを確認する(中間損害賠償請求は棄却)。
4. 過料の告知:差止命令違反に対し1日・1ビットストリームあたり最大10,000ユーロ、その他の命令違反に対し1日あたり最大5,000ユーロの過料を科す。
5. 特許取消反訴の棄却:被告らの特許取消反訴(無効主張)を全件棄却する。
6. 強制執行の条件(担保提供):差止および回収命令の強制執行は、原告が800万ユーロの担保(法廷供託またはEU域内銀行の不可撤回保証)を提供することを条件とする。
7. 秘密保護命令(別決定):被告が開示する情報へのアクセスは、原告の外部代理人および事前に被告に通知された原告の代表者2名に限定する(R. 262A RoP適用)。
8. 訴訟費用・訴訟物価額:侵害訴訟の費用は原告10%・被告90%負担。反訴費用は被告全額負担。請求上限額(Ceiling)は80万ユーロ。訴訟物価額は侵害・反訴それぞれ800万ユーロ。

3. 主な争点

  • 争点1: 特許の有効性(追加事項の有無、先行技術D1〜D6に基づく新規性・進歩性の有無)
  • 争点2: 特許侵害の有無(「binary split signaling syntax element」の解釈と、エントロピー符号化がなされたビットストリームにおける構成要件充足性)
  • 争点3: FRAND抗弁の成立性(エンコードクレームの標準必須性、市場支配的地位の有無、Huawei v ZTE判決に基づく交渉ステップの履行状況、およびNDA修正拒否が主張立証に与えるペナルティ)
  • 争点4: 強制執行の担保額および情報開示手続きにおける秘密保護の範囲(R. 262A RoPの適用)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) 特許のクレーム解釈および有効性(無効反訴の棄却)

  • 追加事項(Added Matter): 原出願明細書(TW 4)の全体から、32x32および64x64のブロックサイズの選択肢や、それに対応するバイナリスプリット構文要素は当業者にとり直接かつ一義的に導き出し得るため、構成要件の不当な拡張(新規事項追加)にあたらない。
  • 新規性(Novelty): 先行技術(D1〜D4)は、本件特許のすべての構成要件(特に32x32/64x64ブロックサイズ、バイナリスプリット構文要素、特定予測モードの組み合わせ)を直接かつ一義的に開示していない。したがって新規性を有する。
  • 進歩性(Inventive Step): 被告が主として主張するD5(韓国論文)を起点とした論理について、D5は32x32ブロックを8x8サブブロックに分割するものであり、16x16ブロックや「バイナリスプリット構文要素」を開示していない。H.264(D6)やD2と組み合わせたとしても、H.264の非バイナリなmb_type構造からバイナリスプリット構文要素へ変更することは設計の大幅な変更を要し、当業者にとって容易ではない(後知恵(hindsight)に基づく主張として退けられた)。また、被告が遅れて提出したD1〜D4起点等の進歩性欠如主張は遅時提出(late-filed)として不適法であり、内容としても理由がない。

(2) 侵害の成否(文言侵害の認定)

  • クレームにおける「binary split signaling syntax element(バイナリスプリットシグナリング構文要素)」は、ビットストリーム内にデータとして表現されていれば足り、その後にエントロピー符号化(CABAC等)が施される実施形態を排除するものではない。明細書の実施例(図7B、段落[0069])でもフラグがエントロピー符号化されることが明記されている。
  • 被告のDisney+配信サービス(被疑侵害体)のビットストリーム(split_cu_flag等を含むHEVCデータ)は、クレーム5および17の全構成要件を文言上充足する。被告らによる共同直接侵害(Art. 25(a) UPCA)が成立する。

(3) FRAND抗弁の退けおよび「NDA拒否」に関する重要判示(ヘッドノートの法理)

  • 市場支配的地位・必須性の非存在: HEVC規格は「デコード(復号)処理」の仕様を強制する規格であり、「エンコード(符号化)機能」を規定していない。エンコーダーは本件特許発明を実施せずともHEVC適合ビットストリームを生成可能であるため、本件特許クレームはHEVC規格の標準必須特許(SEP)ではなく、デ・ファクト標準とも認められない。したがって原告は市場支配的地位(Art. 102 TFEU)を有しない。
  • FRAND宣言の範囲: 原告のFRAND宣言は規格に「必須」な特許に限定されており、非必須のエンコードクレームには及ばない。
  • 【重要法理:NDA拒否とHuawei v ZTE手続の評価】:
    • 当事者間のNDAにより一方当事者(原告)が訴訟で主張・証拠提出(ライセンスオファーや交渉経過)を妨げられている場合において、相手方(被告)が裁判所での開示を可能にするためのNDA修正・変更を正当な理由なく拒否したときは、その不利益は拒否した側(被告)に帰属する(Headnote 1)。
    • このような場合、一方当事者がHuawei v ZTE判決に基づくライセンス交渉プログラムのステップを履践したと主張し、裁判所が被告のNDA修正拒否のためにそのステップを検証できないときは、当該ステップはHuawei v ZTE判決に従って適切に履践されたものとみなされる(Headnote 2)。
    • 被告は原告のオファーに対し具体的な対照理由を示さず、対照オファー拒否後も適切な担保提供を行わなかったことから、「ライセンス不承認者(unwilling licensee)」と判断され、被告のFRAND抗弁は全否定された。

(4) 救済措置・執行担保・秘密保持(R. 262A RoP)

  • 執行担保(Art. 82(2) UPCA, R. 118.8 RoP): 被告は1年間で5億ユーロの損害が生じると主張したが立証が不十分である。他方、原告(子会社)自身の財務状況や資力が不明確であることを考慮し、裁判所の裁量により、訴訟物価額と同額の800万ユーロを強制執行の条件(担保額)として設定した。
  • 秘密保護命令(R. 262A RoP / Art. 67 UPCA): 情報開示・会計計算命題に伴い、被告の営業秘密(売上、会員数等)を保護するため、情報開示の使用目的を本訴の損害賠償計算および供給網特定に制限するとともに、原告側の閲覧者を「外部代理人および事前に指定された原告代表者2名」に限定する命令を発令した。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

1. ライセンス交渉中のNDA運用と訴訟戦術(実務上最重要)
本判決は、FRAND交渉において「交渉経過を秘匿するNDA」を盾に取り、訴訟で特許権者のFRAND違反を主張しつつNDA修正に応じない実施者(被疑侵害社)の戦略に対し、強力なペナルティ(Huawei stepの履践認定およびunwilling licensee認定)を科す判断を示した。実務上、ライセンス交渉時のNDAには「訴訟提起時には裁判所の秘密保持命令下で提示可能とする」條項を組み込むか、訴訟移行時に合理的な開示協議に応じなければ、ライセンス不承認者とみなされるリスクがある。

2. デコード規格におけるエンコードクレームのSEP/FRAND該当性
HEVC/H.265等の動画圧縮規格訴訟において、標準化文書が「デコーダーの動作」のみを規定している場合、エンコーダー側の選択の自由度を理由に標準必須性(Essentiality)および市場支配的地位が否定される可能性が高いことを明確にした。エンコードクレームで訴訟を提起することは、FRANDの制約を回避する特許権者側の有効な戦術となり得る。

3. UPCにおける情報開示とR. 262A RoP(秘密保護制度)の活用実務
UPC裁判所は、Art. 67 UPCAに基づく情報開示命令を出す際、被告のビジネス上の機密(加入者数や売上高)を守るため、判決主文(Operative part)において情報の「目的外使用の禁止」を課し、R. 262A RoPを類推適用して「閲覧制限クラブ(Blacked-out / Restricted Access Club)」を設定する実務を定着させつつある。

【UPC CFI LD Brussels / 2026年7月23日】UPC_CFI_2192/2026 - 訴訟記録へのパブリックアクセス許可申請に対する却下決定(R. 262.1(b) RoP)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

【当事者関係】
申請人(Applicant)は、ドイツの特許事務所(Ter Meer Steinmeister & Partner Patentanwälte mbB)であり、第三者(一般公衆)の立場から本申請を行った。被申請人(Respondents)は、統一特許裁判所(UPC)における本案訴訟(UPC_CFI_29/2026、UPC_CFI_1934/2026、UPC_CFI_1940/2026)の当事者(原告:2seventy bio, Inc.、被告:Johnson & JohnsonおよびJanssenグループ他、Legend Biotechグループ、補助参加人:米国保健福祉部)である。

【主要な事実経過および請求内容】
申請人は、係属中の本案訴訟(EP 3 689 383 B1特許に関する侵害訴訟および無効反訴)において、UPC手続規則(RoP)第262条1項(b)に基づき、訴訟記録(原告の訴状のうちクレーム解釈に関する部分、および被告の無効反訴状)へのアクセス許可を求めた。申請人は、非公開情報や被告の製品情報に関連しない部分のみ(またはマスキング版)へのアクセスを制限的に請求した。これに対し、本案訴訟の全被申請人は申請の却下を求めた。

【申請人の主張の骨子】

  • 製薬会社に対して助言を行う特許事務所として、本件特許のクレーム解釈および有効性に関する当事者の主張内容は、自らの業務(クライアントへの法的助言)において極めて高い関連性を有する。
  • 本件特許の欧州特許庁(EPO)に対する異議申立期限が2026年9月30日に迫っており、異議申立等の要否を検討・助言するためには、2027年初頭以降と予想される第一審判決を待つことは不可能である。
  • 申請人は閲覧した書面を他の裁判所やEPOに提出しない旨を確約しており、訴訟の完全性・誠実性(integrity of the proceedings)を損なうものではない。

2. 判決の主文

担当法官(Judge-Rapporteur)は、申請人の訴訟記録閲覧許可申請を根拠がないものとして却下する。

3. 主な争点

  • 争点1: 係属中の本案訴訟手続において、第三者(特許事務所)が訴訟記録の閲覧を請求する際に要求される「直接的かつ正当な利益(direct legitimate interest)」の有無
  • 争点2: EPO異議申立期限の接近および不特定のクライアントへの助言の必要性が、手続の整合性・完全性(integrity of the proceedings)保護を上回り閲覧を許可すべき理由となるか

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

【法的枠組みおよび規範の定立】
UPC協定(UPCA)第10条および第45条は、レジスターの公開および審理の公開を原則とし、秘密保持の保護との利益衡量により制限されるという原則を掲げている。RoP第262条1項(b)に基づく閲覧請求に対し、控訴審(CoA)の定立した規範(Ocado v Autostore事件等)によれば、訴訟手続が既に終了している場合と、手続が現在「係属中」である場合とで異なる利益衡量基準が適用される。本案手続が係属中である場合、手続の適正かつ円滑な進行および整合性(integrity of the proceedings)を保護する利益が優先されるため、これを覆して開示を認めるには、申請者に「より具体的な利益」すなわち「直接的かつ正当な利益(direct legitimate interest)」が存在することが要求される。

【本件事実への当てはめ】

  1. 直接的利益の欠如:
    申請人は、対象特許の範囲に含まれる製品に関する原告の競合他社でもライセンシーでもない。申請人は、具体的なクライアント、対象製品、または侵害の嫌疑を一切特定しておらず、単に「多数の技術分野で製薬会社を代理・助言している」「自社の業務に非常に強い関連性がある」と主張するに留まる。これは係属中手続における高い開示ハードル(直接的かつ正当な利益)を満たさない。
  2. 先例(Nicoventures判決)との相違:
    申請人が依拠するNicoventures v Juul/NJOY事件判決では、申請人自身がEPOで異議申立を行い特許取消決定を得ており、同特許に対するEPO不服申立手続が係属中であったために開示が認められた。本件申請人は、将来のEPO手続可能性について不特定のクライアントに助言を行う「単なるアドバイザー」に過ぎず、同判例の基準を満たさない。
  3. EPO異議申立期限の影響:
    2026年9月30日にEPO異議申立期限が到来するという点についても、申請人は実際に異議申立を依頼・指示した特定のクライアントを特定していないため、直接的かつ正当な利益を立証するものとは認められない。
したがって、本申請は理由がなく、却下されるべきである。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 係属中訴訟におけるRoP 262.1(b)閲覧請求の厳格化:
    UPC控訴審の確立された判例法制(Ocado基準)に従い、判決確定前の「係属中」の事件記録へのアクセスには極めて高い立証責任が課される。特許事務所や法律事務所が「将来のクライアントへの助言のため」「情報収集のため」といった一般的な業務上の必要性を理由に申請しても、「直接的かつ正当な利益」とは認められないことが明確に再確認された。
  • EPO手続(異議申立)との連動における実務上の留意点:
    EPO異議申立期限が迫っていることを理由にUPCの訴訟記録開示を求める場合、単に助言立場にあることだけでは不十分であり、「具体的に異議申立を委任されたクライアント(または競合他社としての当事者自身)の存在」および「当該開示が異議申立の準備・遂行に不可欠であること」を具体的に特定・立証する必要がある。
  • 手続的救済(不服申立):
    担当法官(Judge-Rapporteur)による本決定に対しては、RoP第333条に基づく合議体(Panel)によるレビュー(再審理)の対象となるとともに、RoP第220条2項および3項に基づく控訴手続の対象となることが判示されている。

【UPC Court of Appeal / 2026年07月22日】UPC-COA-63/2026, UPC-COA-64/2026 - 控訴審における新規補助請求の許容性判断の留保および応答答弁書提出期限延長請求の棄却命令

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

当事者:
控訴人(原告・特許権者):Advanced Brain Monitoring, Inc.
被控訴人(被告):Koninklijke Philips N.V. 外2名

事実経過および訴訟の経緯:

  • 原審(ハーグ地方裁判所):控訴人は、着用型体位療法装置に関する欧州特許(EP 2 437 696 B2)に基づき、被控訴人らの製品(NightBalance)に対する特許権侵害訴訟を提起(UPC_CFI_43/2025および103/2025)。被控訴人らは侵害を否定するとともに、日本特許出願公開公報(JP H03-49748、以下「JP '748」)等を引用例として特許無効の反訴を提起した。控訴人は原審の書面手続において、請求項1に「加速度計」の構成を追加限定する「補助請求1(Auxiliary Request 1)」を提出した。
  • 原審判決(2026年3月3日):原審は、維持された特許の請求項1はJP '748により新規性を欠き、補助請求1はJP '748および周知技術に基づき進歩性を欠くとして、侵害訴訟を棄却し、本件特許を全般的に取り消した。
  • 控訴審の提起と追加補助請求の提出:控訴人は本件判決に対し控訴を提起し、2026年7月3日、控訴理由書(Statement of grounds of appeal)の提出とともに、原審判決の判断理由に対処するための11個の新たな追加補助請求(additional auxiliary requests)を含む特許訂正申請(UPCA 73(4)条およびRoP 222.2条に基づく)を提出した。
  • 被控訴人の申請:被控訴人は2026年7月17日付の異議申出において、追加補助請求は控訴審において適法に導入されていないとして予備的決定(preliminary determination)を求めた。さらに予備的請求として、仮に追加補助請求が認容(許容)される場合、自らの応答答弁書(Statement of response)および附帯控訴状(Statement of cross-appeal)の提出期限を、裁判所の許容性決定の日から3ヶ月後に設定することを求めた。

2. 判決の主文

裁判官報告者(Judge-rapporteur)は以下のとおり命じる。

  1. 追加補助請求の許容性(admissibility)に対する被控訴人の異議についての判断は、控訴手続の後の段階に留保する。
  2. 被控訴人の異議に対する将来の裁判所の決定日から3ヶ月間に応答答弁書および附帯控訴状の提出期限を定めるという被控訴人の申請を棄却する。

3. 主な争点

  • 争点1: 控訴審で新たに提出された特許訂正(追加補助請求)の許容性(Admissibility)について、被控訴人の応答答弁書提出前に予備的・先行的に判断すべきか否か(UPCA 73(4)条、RoP 222.2条)
  • 争点2: 許容性に関する決定が行われるまで、被控訴人の応答答弁書および附帯控訴状の提出期限を延長・留保すべきか否か

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

1. 追加補助請求の許容性判断の先送り(争点1について)

  • 規範の定立:控訴審手続において、新たに提出された事実、証拠、先行技術文献、または手続上の請求(補助請求等)の許容性に関する問題は、原則として控訴手続全体の中で一体として審理・判断されるべきであり、特別な事情(particular/exceptional circumstances)がない限り、事前に個別に判断することは通常行われない(§13, §14)。
  • 当てはめ:補助請求の許容性評価(原審で合理的に提出できたか否か等)は、原審の手続経過、原審判決の理由、および当事者の双方の主張と密接に関連している(§11)。応答答弁書の提出前に許容性を先行決定しなければならないような「特別な事情」は提示されておらず、本件においては控訴手続の後段階で総合的に評価・判断することが適切である(§12, §15)。

2. 提出期限延長請求の棄却(争点2について)

  • 被控訴人は追加補助請求の具体的な内容を既に認識しているため、応答答弁書において「許容性に対する手続的異議」と「予備的な実体論(特許性・進歩性等に対する反論)」の両方をあわせて記載することが十分に可能である(§16)。
  • 許容性の判断を後段階に留保しても、被控訴人に公平な防御の機会(fair opportunity)を剥奪することにはならない。また、許容性のみを切り離した独立の手続段階を設けることは、訴訟手続の効率的な進行(efficient conduct)に寄与しない(§17, §18)。
  • したがって、将来の許容性決定から3ヶ月間の期限延長を求める被控訴人の請求は棄却される(§19)。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 控訴審における訴訟運営の原則(手続の効率性):UPC控訴審においては、相手方から新規証拠や新規訂正(補助請求)の不適法(inadmissibility)の申し立てがあった場合でも、判決前に手続を分離して予備的決定を出すことにはきわめて慎重である。原則として控訴本案審理において一括して判断される。
  • 被控訴人(特許権侵害の被告側)の書面作成実務:控訴人が控訴審で新たな補助請求(特許訂正)を提出してきた場合、被控訴人は許容性の判断を待ってから実体論を準備することは認められない。応答答弁書(Statement of response)の期限内に、①補助請求の却下を求める手続的論点(RoP 222.2条違反)と②仮に許容された場合の実体論(無効理由・進歩性欠如等)を、主位・予備の関係で同時かつ包括的に主張・立証する必要がある。
  • タイムライン管理の重要性:許容性の事前判断請求やそれに伴う審理停止・期限延長の申請(Stay / Extension of time)はUPCでは認められにくいため、与えられた所定の答弁期間内で双方の論点に対応できるよう、迅速な技術・法的検討体制を確保することが実務上不可欠である。

【UPC控訴審 / 2026年07月22日】UPC-COA-63/2026, UPC-COA-64/2026 - 控訴審における追加補助的請求の許容性の先行判断および答弁書提出期限延長請求に関する決定

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、統一特許裁判所(UPC)控訴審における、特許権侵害・無効訴訟の控訴手続(訴訟進行上の決定:Order)である。

  • 当事者:
    • 控訴人(原告・特許権者):Advanced Brain Monitoring, Inc.
    • 被控訴人(被告・被疑侵害者):Koninklijke Philips N.V. 外2名
  • 対象特許: EP 2 437 696 B2(着用型姿勢療法装置に関する特許)
  • 原審の経緯(ハーグ地方分科会): 控訴人は、被控訴人の製品(NightBalance)が対象特許を侵害しているとして訴訟を提起。これに対し被控訴人は特許無効の反訴(Counterclaim for revocation)を提起した。第一審手続において、被控訴人が日本公開特許公報(JP H03-49748)に基づく進歩性欠如の抗弁を提出したため、控訴人は請求項1を限定する補助的請求1(Auxiliary Request 1)を提出した。原審裁判所(2026年3月3日付判決)は、特許権者の侵害請求を棄却し、本件特許(維持特許)の新規性欠如および補助的請求1の進歩性欠如を認め、特許を完全に取消(無効)とした。
  • 控訴審における追加補助的請求の提出: 控訴人は本判決を不服として控訴を提起し、控訴理由書(Statement of grounds of appeal)とともに、新たに11個の追加補助的請求(Additional auxiliary requests)を含む特許修正訂正申請を行った。控訴人は、これらは原審判決の判断ロジックに対する正当な防御手段であり、UPC協定(UPCA)第73条(4)およびUPC手続規則(RoP)Rule 222.2に基づき適法に受理されるべきと主張した。
  • 被控訴人の異議および申請: 被控訴人は異議を申し立て、(1) 追加補助的請求は控訴審において有効に提出されていない(不適法である)旨の先行判断(Preliminary determination)を求めた。また予備的に、(2) 仮に追加補助的請求が認容(Admitted)され得る場合、被控訴人の答弁書(Statement of response)および附帯控訴書(Statement of cross-appeal)の提出期限を、裁判所の許容性判決から3ヶ月後に設定するよう請求した。

2. 判決の主文

担当判事(Judge-rapporteur)は以下の通り決定した。

  1. 追加補助的請求の許容性(Admissibility)に対する被控訴人の異議についての判断は、控訴手続のより後の段階(実体審理と一体)まで保留する。
  2. 追加補助的請求の許容性に関する将来の決定日から3ヶ月間、答弁書および附帯控訴書の提出期限を定める旨の被控訴人の請求を棄却する。

3. 主な争点

  • 争点1:控訴審で新たに提出された追加補助的請求の許容性(Admissibility)について、本案審理に先立ち分離して先行決定すべきか否か
  • 争点2:許容性の先行判断を行わない場合において、被控訴人の答弁書(Statement of response)等の提出期限を延長すべきか否か

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

1. 争点1(追加補助的請求の許容性の先行判断の是非)について

控訴裁判所(担当判事)は、本手続段階において追加補助的請求がUPCA第73条(4)およびRoP Rule 222.2の要件を満たすか否かを判断することは不適切であると判示した。

  • 控訴審手続において、新たに提出された事実、証拠、先行技術文書、または手続上の申請(補助的請求等)の許容性判断は、原則として控訴手続全体(訴訟実体)の文脈の中で処理されるべきであり、特別な事情(particular circumstances)が存在しない限り、事前に個別に分離決定(separate determination)するものではない。
  • 新補助的請求の許容性評価は、控訴の具体的な経緯、第一審の判決理由、および第一審手続中に当該請求を提出することが合理的に可能であったか否かという点と密接に連動している。したがって、これらを適切に判断するには、訴訟手続の全履歴や双方の主張内容を総合的に審理する必要がある。
  • 本件においては、答弁書提出前に許容性のみを先行して決定しなければならないような「例外的な事情」は示されていない。したがって、許容性の異議に関する判断は、後の控訴手続段階に保留するのが妥当である。

2. 争点2(答弁書提出期限の延期請求の是非)について

裁判所は、被控訴人の期限延長請求を拒絶した。

  • 追加補助的請求の内容は控訴理由書とともに開示されており、被控訴人はその内容を完全に把握している。したがって被控訴人は、提出する答弁書の中で、「許容性に関する不適法性の主張(主的主張)」と「補助的請求の実体的な特許性に対する反論(予備的主張)」の両方を合わせて主張することが可能である。
  • 許容性の判断を後段階に保留することは、被控訴人に公正な防御の機会(fair opportunity)を奪うものではない。
  • 許容性判断のためだけに別個の手続段階(separate procedural phase)を設けることは、控訴審の手続の効率的な進行(efficient conduct)に寄与しない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 控訴審における新請求(補助的請求)の許容性判断の手続的取扱い:
    UPC控訴審においては、控訴理由書で新たに提出された補助的請求(Auxiliary Requests)の適法性(UPCA 73(4) / RoP 222.2)について、原則として本案・実体審理から分離して先行決定(Bifurcation)することはないという基本方針が確認された。特別の事情がない限り、実体審理と一体的に判断される。
  • 被控訴人(被疑侵害者・無効請求人)側の訴訟実務上の留意点:
    被控訴人は「許容性の先行判断を求めて答弁期限を延期させる戦略」をとることは困難である。控訴理由書を受領した段階で、新補助的請求の不適法主張(訴訟要件・手続論)と、仮に許容された場合の実体論(新規性・進歩性等に対する認容性・無効論)の両方を、定められた答弁期間内に同時に準備・主張(主論および予備的論述)しなければならない。
  • UPC控訴審における訴訟経済の重視:
    UPC控訴審は、手続の重複や段階的な審理による不必要な遅延を回避し、迅速かつ効率的な手続進行(Efficient conduct of proceedings)を重視する姿勢を明確に示している。

【UPC Central Division (Munich) / 2026年07月21日】UPC_CFI_714/2025 - 木材製固定具特許に対する無効訴訟判決

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

【当事者および対象特許】
原告(Raimund Beck Nageltechnik GmbH)は、被告(BAUSSMANN Collated Fasteners GmbH)が保有する単一効特許「EP 4 283 140 B1」(発明の名称:「木材および/または木質材料からなる固定具」)に対し、統一特許裁判所(UPC)中央裁判所(ミュンヘン支部)に無効訴訟を提起した。
対象特許は、少なくとも部分的に木材からなる複数の部材を結合するための木製釘等の固定具に関するものであり、軸部(Schaft)およびテーパー部(Anschrägung / sich verjüngender Bereich)の特定の構造的寸法(先端角度65°〜110°等)をクレームの特徴としている。

【原告の請求および主張】
原告は、特許法規(UPCA第65条、EPC第138条1項(c)・第54条・第56条)に基づき、本件特許のクレーム1、2、5、8〜11の無効を請求した。主な主張の骨子は以下の通りである。

  • 新規性欠如: クレーム1の構成は、先行技術文献D1(EP 4 027 026 A1: EPC第54条(3)該当の先行出願)により直ちに予見され、新規性を欠く。
  • 新規事項の追加: クレーム1の特定の構成(テーパー部に「引き続いて(sich anschließend)」接する先端セグメントの記載)は、出願当初の開示範囲を超えている。
  • 進歩性欠如: 予備的請求に含まれる構成を含め、先行技術文献D5(DE 10 2018 121 065 A1)を主引用例とし、D2(DE 10 2015 121 212 A1)やD3(DE 10 2017 106 705 A1)を組み合わせることで当業者が容易に想到し得たものである。

【被告の認否および予備的請求】
被告は主請求として本訴の棄却(原特許通りの維持)を求め、予備的にクレームを限定する7つの予備的請求(Hilfsanträge I bis VII)を申し立てた。予備的請求I(Hilfsantrag I)では、従属クレーム2の数値限定(テーパーセグメントのテーパー角が軸心に対して5°〜20°)をクレーム1に組み込んだ。

2. 判決の主文

1. 欧州単一効特許(EP 4 283 140 B1)は、非攻撃クレーム(クレーム3, 4, 6, 7)を除き、被告の予備的請求I(Hilfsantrag I)の範囲を超える部分について一部無効とする。
2. 原告のその余の訴え(予備的請求Iの範囲での特許維持に対する無効主張)を棄却する。
3. 訴訟費用の負担につき、被告が70%、原告が30%を負担する。
4. 訴訟物価額(Streitwert)を500,000ユーロと確定する。

3. 主な争点

  • 争点1: 物クレームの新規性判断における「非クレーム化された機能・技術的効果」の考慮可能性
    構造的特徴によってのみ定義されている物クレームにおいて、特許明細書に記載された作用効果(打ち込み抵抗の低減、リグニン溶融結合の発生等)が先行技術との差を画する要素となり得るか。
  • 争点2: 先行技術文献(D1)における「明白な誤記」の認定要件および数値範囲の暗示的開示
    先行技術文献の記載に誤記があると主張される場合、当事者(当業者)が文献から特定の技術的数値を「直ちに直接かつ明確に」読み取ることができるか。
  • 争点3: 予備的請求I(テーパー角5°〜20°の限定)の新規性および進歩性
    D5を出発点とし、低抵抗打ち込み・リグニン結合の達成という客観的技術課題に基づき、D2やD3を組み合わせることが当業者にとって容易(obvious)であったか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) 物クレームの解釈および新規性判断基準(争点1)

  • 規範(Headnote 1): 構造的特徴によって定義された物クレーム(Vorrichtungsanspruch)は、原則としてその装置が特定の機能を果たすことに限定されるものではない。先行技術に、クレームのすべての構造的特徴を満たし、かつクレームに指定された目的に適合する装置が開示されている場合、本件特許に記述されているがクレームされていない技術的効果が先行技術で同様に実現されていなくても、新規性は失われる。
  • 当てはめ: 原クレーム1は、用途(木製部材の結合)適合性および構造的構成のみで規定されている。先行技術D1は、木製釘の構造としてクレーム1の全構成要素を開示している。被告は「D1の固定構造は抵抗を増加させるため、本件発明の『抵抗を減らしてリグニン溶融結合を生じさせる』という機能・効果を奏しない」と主張したが、クレーム自体にその機能的限定がない以上、D1により新規性が否定される(原主請求の棄却)。

(2) 先行技術における「明白な誤記」と暗示的開示の否定(争点2)

  • 規範(Headnote 2): 当業者の観点から見て、特定の表記が文言通りの意味で意図されたことが非現実的(遠飛)ではなく、かつ誤記が存在し表記と異なるものが意図されていることが直ちに明白でない場合、先行技術文献に「明白な誤記(offensichtlicher Schreibfehler)」が存在するとは認められない。
  • 当てはめ: 原告は、D1の図面・明細書中の数値(「最小軸径」等)は「最小構造径」の明白な誤記であり、計算上テーパー角(5°〜20°)が開示されていると主張した。しかし裁判所は、当業者にとって文言通りの意味も成り立ち得るため明白な誤記とは言えず、また概略図面から正確な寸法やテーパー長さを算出することはできないとし、D1による予備的請求I(テーパー角5°〜20°)の新規性否定を排斥した。

(3) 予備的請求Iの進歩性判断(争点3)

  • 客観的技術課題の設定: 「直進的な打ち込みを可能にしつつ、同時に低い打ち込み抵抗と高い打ち込み速度を実現し、信頼性の高いリグニン溶融結合を生じさせる木製固定具を提供する」こと。
  • D5からの容易想到性の否定: D5(バリスティック形状の先端を持つ木製釘)を出発点とした場合、D5はバリスティック形状と先端の丸みによって打ち込み抵抗が増大する性質を持つ。当業者が打ち込み抵抗を低減させる課題に直面した際、D5の形状を捨てて「テーパー角5°〜20°のテーパーセグメント」および「65°〜110°の先端角度」の組合せ構造を採用する動機付け(motivation / Veranlassung)はD5内にも他の文献(D2, D3)にも存在しない。
  • D2, D3との組み合わせ否定: D2は鋼鉄製の釘に関するものであり、リグニン溶融結合を考慮する必要がない。またD3は木材の割れ防止を課題とするものであり、低抵抗・高速度の打ち込みによるリグニン結合という課題の解決手段を示唆しない。したがって、予備的請求Iのクレーム1は進歩性を有する。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 物クレームにおける「非クレーム化された技術効果」の不考慮(実務上の最大ポイント):
    明細書にどれほど顕著な効果(例:リグニン溶融結合による強力な結合)が記載されていても、物クレームが構造的特徴のみで規定されている場合、その効果は新規性の非認可を基礎付ける論拠とはならない。特許出願・権利化実務においては、所望の効果を発生させる構造的数値をクレーム(従属クレーム含む)に明確に数値限定・構造特定しておくことの重要性が改めて確認された。
  • 先行技術中の「誤記主張」に対する厳格なハードル:
    先行技術文献の不備や誤記を突いて「当業者ならこう読むはずであり、したがって先行技術に開示されていた」とする新規性潰しの主張に対し、UPCは高水準の証明(直ちに明白であり、他意があり得ないこと)を要求した。文献上の数値を恣意的に組み合わせて数値を算出するアプローチ(Mosaic approach / Combining disjointed values)は排斥される。
  • UPCにおける進歩性判断(Would-Could Testの徹底):
    UPC控訴審の確立された判例(Nanostring判決、Amgen/Sanofi判決等)に基づき、「当業者が修正し得たか(could)」ではなく「課題解決のために修正したであろうか(would)」という動機付けの有無が厳格に問われた。他分野の材質(鋼鉄釘等)や異なる課題(割れ防止等)の技術を安易に組み合わせる後追いの論理(hindsight reasoning)を明確に否定している。

【UPC Paris LD / 2026年07月20日】UPC_CFI_530/2025 - 訴訟費用担保(R.158 RdP)の増額改定に関する手続決定

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

【当事者】
原告:KEEEX SAS(フランスのPME/中小企業、本件特許EP2949070の特許権者)
被告:ADOBE SYSTEMS SOFTWARE IRELAND LTD、ADOBE INC.(以下「ADOBE」)、OPENAI関連会社、TRUEPIC INC.、JOINT DEVELOPMENT FOUNDATION PROJECTS LLC、C2PAの4グループ計7名。

【事実経過および請求の背景】
原告KEEEXが特許侵害訴訟を提訴した後、統一特許裁判所(UPC)パリ地方裁判部は2025年12月19日の決定(確定済)に基づき、原告に対しUPC手続規則(Rules of Procedure: RoP)Rule 158に従い200,000ユーロの訴訟費用担保(EU域内承認銀行の銀行保証)の設定を命じた。
その後、被告ADOBEは2026年6月22日、訴訟の進展に伴う新要素の発生を理由に、担保金額の変更(増額)を求める申請を提起した。

【被告ADOBEの主張(増額請求)】
・主的請求として1,800,000ユーロ、予備的に1,300,000ユーロまたは800,000ユーロの追加担保(現金預託または銀行保証)を要求。
・根拠:①原告がRoP Rule 119に基づき新たに1億2,000万ユーロの損害賠償仮払金(provision)を請求したこと、②無効反訴や特許訂正手続による複雑化、③被告グループ間の利害対立や独自の防御戦略による費用増大、④本件訴額(5,000万ユーロ超)に基づく回収可能費用上限(200万ユーロ)からの算定が必要であること。

【原告KEEEXの主張(反対主張)】
・請求の主的却下、予備的にも追加担保は10,000ユーロを超えない範囲とすべきと主張。
・根拠:無効反訴や費用増大は被告らの訴訟戦略に起因するものであり、不測の新要素ではない。また、原告はPME(小規模企業)であり、過大な担保命令はEU基本権憲章第47条が保証する裁判を受ける権利(アクセス・トゥ・ジャスティス)を実質的に侵害する。

2. 判決の主文

1. RoP Rule 158に基づく訴訟費用担保の変更申請を認容(許容)する。
2. 原告KEEEXに対し、追加担保として100,000ユーロの提供を命じる。
3. 当該追加担保は、本決定から1か月以内にEU承認銀行が発行する銀行保証の形式で提出しなければならず、期日までに提出がない場合はRoP Rule 158.4に基づき欠席裁判(判決)の対象となる。

3. 主な争点

  • 争点1: 確定済みの訴訟費用担保決定に対する変更(増額)申請の可否および新要素(Éléments nouveaux)の有無
  • 争点2: 原告がPMEである場合における訴訟費用担保額の定立基準(回収可能費用上限とアクセス・トゥ・ジャスティス/比例性の原則の調和)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

【争点1についての判断:変更申請の許容性と新要素の認定】
・RoP Rule 158.1により、担保請求およびその変更請求は「いつでも(à tout moment)」提起可能であり、不測の新要素が存在する場合には担保額の改定が認められる(UPC中央裁判部の確立した判例に準拠)。
・被告側が提起した無効反訴や特許訂正手続は、特許侵害訴訟において通常予見される展開であり、これのみをもって特別な複雑化・新要素とは言えない。また、被告自身の訴訟行動による費用の複雑化を原告の担保負担に転嫁することはできない。
・しかしながら、原告が本案の反論書において「1億2,000万ユーロの仮払請求(provision)」を新たに追加した点については、被告側に広大な防衛論述と費用増加を余儀なくさせた原因であり、原告の行動に起因する「費用増大をもたらした新要素」と認めるのが相当である。

【争点2についての判断:担保金額の定立と比例性の原則】
・UPC控訴審の判例(2026年4月30日決定等)に基づき、訴額が5,000万ユーロを超える場合の費用上限(200万ユーロ)を出発点としつつも、それを機械的に適用することは許されない。
・UPCの基本的理念(UPC協定前文)およびEU法(EU基本権憲章第47条、知的財産権執行指令2004/48/EC)に鑑み、訴訟費用担保命令が原告の裁判を受ける権利に対する不当な侵害となってはならない。原告は個人発明家によって設立されたマイクロ/小規模企業(PME)であり、実効的な司法アクセスを保障する必要がある。
・また、被告側複数グループ間での防衛主張のシナジー効果も考慮されるべきである。
・以上を総合考慮し、原告の仮払請求による被告の費用増大に対応しつつ、原告の裁判アクセス権を不当に阻害しない適切な追加担保額として、当初設定額(200,000ユーロ)の50%に相当する100,000ユーロの増額を認めるのが妥当(Proportionné)である。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

1. 訴訟費用担保(Security for Costs)の動的な改定実務
本決定は、UPC手続において一度確定した担保額であっても、訴訟途中で大規模な損害賠償請求や仮払申請(R.119)が追加された場合には、「不測の費用増大要因」としてR.158に基づく増額改定が認められることを明確に示している。

2. PME(中小企業)に対するアクセス・トゥ・ジャスティス(EU基本権憲章47条)の適用枠組み
UPC控訴審の裁判例(Siddhi v. Athena事件等)の流れを汲み、原告がPMEであることは「担保提供そのものを免除する理由」にはならないが、「担保額を減額・調整する重要かつ決定的な考慮要素」となることが実務上定着した。裁判所は回収可能費用の上限(Scale of Ceilings)を機械的に適用せず、PMEの資金力と過大な担保が訴訟継続放棄(Denial of Justice)に繋がらないかという比例性(Proportionality)を厳格に審查する。

3. 被告側の防衛コスト増加主張に関するハードル
被告が複数の法律事務所を起用して独自に防御を展開したことや、無効反訴を提起したことによる費用増加は、原告に担保させる理由としては原則として否定される。原告側に起因する実質的な主張変更(巨額の仮払申請等)が存在して初めて増額請求が奏功するという点において、被告実務上の重要な教訓となる。

【UPCミュンヘン地方支部 / 2026年07月17日】UPC_CFI_2307/2026 - 仮処分手続における異議申立期間延長請求の棄却決定

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、申立人(Oxford Nanopore Technologies PLC、以下「Oxford」)が、被申立人ら(MGI Tech Group等4社、以下「MGI」)によるDNAシーケンシング関連装置('Cyclone Devices')等の販売・宣伝活動が自社の欧州特許(EP 2 422 198 B1等計4件)を侵害する(または侵害するおそれがある)として、統一特許裁判所(UPC)ミュンヘン地方支部に対し、緊急の仮処分(差し止め、差押え、情報開示)を申し立てた(RoP 206)事案に関する手続決定(Order)である。なお、両当事者間ではオーストラリア連邦裁判所においても同等特許に関する特許権侵害訴訟が係属中であった。

【手続経過】

  • 2026年6月26日: Oxfordが仮処分手続(Provisional Measures)を申立て。
  • 2026年6月30日: 裁判官報告者(Judge-Rapporteur, 以下「JR」)は Oxford に対し申立書の補正・釈明(特許クレームの解釈および非UPC締結国における請求の法的根拠の提出等)を命じるとともに、MGI に対し **2026年7月24日** を期限とする異議申立(Objection: RoP 209.1(a))の提出を命じた。また、その後の反論手続および **2026年8月19日・20日** の口頭弁論期日を含むタイムテーブルを設定した。
  • 2026年7月7日: 被申立人1(MGI TECH GmbH)へ申立書および6月30日命令が送達された。同日、Oxford は申立対象特許を4件から2件(EP 2 964 779 B1 および EP 3 097 210 B2 の取り下げ)に減縮する補正を行った。
  • 2026年7月9日〜10日: MGI 側の代理人はCMS(事件管理システム)への不具合によりファイルアクセス障害が生じたが、7月10日までに解消した。
  • 2026年7月14日: MGI(被申立人1)は RoP 9.3(a) に基づき、異議申立期限を7月24日から **2026年7月31日**(予備的に7月27日)まで延長することを求める申請を行った。
  • 2026年7月16日: Oxford は「8月19日・20日の口頭弁論期日を変更しないこと」を条件として、7月27日までの延長に同意する旨の意見書を提出した。

2. 判決の主文

被申立人(MGI)による異議申立期間の延長申請を棄却する。

3. 主な争点

  • 争点1: システム障害や送達日数を理由とする仮処分異議申立期間(RoP 209.1(a))の延長(RoP 9.3(a))の妥当性
  • 争点2: 並行する外国訴訟の存在・申立内容の縮小・代理人態勢が、仮処分手続における被告側の十分な防御期間の有無の判断に与える影響
  • 争点3: 条件付きで行われた相手方(申立人)の期間延長同意の効力

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

裁判官報告者(Dr. Matthias Zigann 裁判長)は、被申立人による期間延長申請には合理的な理由(well founded)がないとして、以下の通り判示して棄却した。

(1) 実質的な準備期間の確保と口頭弁論期日の維持の必要性

MGI はCMS不具合等により準備期間が削られたと主張するが、JR が最初に設定した「2026年7月24日」という期限は、送達における不測の遅延・障害をあらかじめ織り込み、送達日から「〇週間」という形式ではなく特定日付として指定されたものである。 7月7日の送達から7月24日までは **2週間以上の実質的な準備期間** が確保されている。 仮処分の迅速な救済(申立人の権利)と被告の意見陳述権(受給権)、および合議体が口頭弁論に備えるための時間のバランスを慎重に考慮して設定されたタイムテーブルであり、異議提出期限を延期することは口頭弁論期日(8月19-20日)の延期を不可避とし、適正かつ迅速な手続進行を阻害する。

(2) 被告側の準備負担と実質的防禦可能性の評価

以下の事実から、2週間超の準備期間で十分な防禦が可能であると判断される。

  • 並行訴訟の存在: オーストラリア連邦裁判所における同等特許に関する先行訴訟を通じて、MGI 側は対象特許および侵害主張の内容を事前に熟知しており、すでに書面で認否・主張を組み立てていること。
  • 審理対象の縮小: Oxford が申立対象特許を4件から2件へ取り下げたことにより、被告側の主張・防禦の負担が大幅に軽減されたこと。
  • 手厚い代理人体制: MGI 側はUPC登録代理人5名、特許弁護士7名からなる大規模な弁護団を構成して対応していること。

(3) 申立人の「条件付き同意」の不成立

Oxford は「口頭弁論期日を変更しないこと」を絶対の条件として期間延長に同意していた。しかし、異議申立期限を延長すれば裁判所の準備期間が圧迫され口頭弁論期日の繰り下げが不可避となるため、Oxford が付した条件は成就しない。したがって、有効な同意は存在しないものとみなされる。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

1. UPC仮処分手続(Provisional Measures)における厳格なタイムライン管理
UPC裁判所は、仮処分手続においてRoP(手続規則)に基づく厳格なスケジュール維持を重視する。送達やシステムアクセスの初期トラブルがあった場合でも、送達から実質2週間程度の期間が残されていれば、予定された口頭弁論期日を優先し、期間延長請求を認めない傾向が顕著である。

2. 並行する外国訴訟(他国訴訟)の実質的影響力
他国(本件ではオーストラリア)で同一・同等の特許ファミリに関する訴訟が進行中である場合、裁判所は「被告は既に主張内容を把握・準備できている」とみなす。グローバル特許紛争において、先行訴訟での主張内容はUPCの手続上の防御期間の猶予判断(厳格化)にも影響を与える点に留意が必要である。

3. 代理人体制(チーム規模)の考慮
裁判所は、当事者が選任している代理人・特許弁護士の人数・体制も考慮に入れて「限られた期間内での対応可能性」を判断する。大型の代理人チームを組んでいる場合、短期の提出期限であっても「対応可能」と評価されやすくなる。

4. 条件付き同意の実務上の取り扱い
「口頭弁論期日を変更しない」といった手続上の条件付き同意は、その条件が裁判所の審理スケジュール上実現不可能である場合、同意そのものが不成立(無効)と扱われるため、交渉および裁判所への意見提出時には条件の設定に慎重を期す必要がある。

【UPC (Düsseldorf Local Division) / 2026年07月20日】UPC_CFI_209/2026 - EP 2 593 025 B1に関する特許権侵害訴訟におけるハーグ送達条約に基づく受領拒否に対する送達有効化決定(R. 275.2 RoP)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

【当事者および対象特許】
原告:LiNA Medical AG(スイス法人)
被告:1. Tonglu Qianyan Medtech Co., Ltd.(中国法人)、2. Sam Lee(被告1の事業所住所に拠点を置く個人)、3. Eunitor GmbH(ドイツ法人)
対象特許:欧州特許第2 593 025号(EP 2 593 025 B1)

【事実経過】
2026年1月19日、原告は被告らに対し、対象特許の侵害を理由として特許権侵害訴訟を提起した。統一特許裁判所手続規則(Rules of Procedure: RoP)274.1(a)(2)およびハーグ送達条約(The Hague Service Convention: HSC)に従い、裁判所登録所(Registry)は中国に所在する被告1および被告2に対して訴状(Statement of Claim)の送達を試みた。しかし、送達の権限を有する中国の中央当局(competent Chinese authority)から、「受領者が文書の受領を拒否した(The recipient refused to accept the documents)」旨の通知がなされた。

【原告の申立て・主張】
原告はRoP 275条に基づき、裁判所掲示板への掲示または電子情報通信システムでの公表による「公示送達(public service)」の手続き(掲示から30日経過をもって送達の効力を生じさせる旨の決定)を行うよう申し立てた。

2. 判決の主文

I. 本手続(UPC_CFI_209/2026)における訴状を被告1および被告2の了知に供するために既に講じられた措置は、RoP 275.2条に基づく有効な送達(good service)を構成する。
II. 送達は本決定の日付(2026年7月20日)をもって効力を生じたものとみなす。
III. 本決定は、裁判所のウェブサイト上で公表されている決定および判決から検索できるよう、当事者名および事件番号とともに掲載される。

3. 主な争点

  • 争点1: 被告による訴状の受領拒否がある場合において、RoP 275.2条に基づく「既に講じられた措置を有効な送達とみなす決定(Order of good service)」の要件が充足されるか
  • 争点2: 他の代替送達手段をあらかじめ試みることなくRoP 275.2条を適用することが認められるか、および受領国(中国)の国内法との整合性(RoP 275.4条)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

1. RoP 275.2条の適用可能性と正当な理由のない受領拒否
被告1および被告2は、EU域外かつ締約国域外である中国に送達先住所を有する。中国はハーグ送達条約の締約国であるため、RoP 274.1(b)に従い同条約に基づく送達が試みられた。被告1および被告2は、訴状の内容を了知する公正な機会(fair opportunity)を与えられていたにもかかわらず、正当な理由なく本格的かつ確定的に(seriously and finally)受領を拒否した。この受領拒否は、被告らが他の送達方法であっても受け入れないことを強く示唆するものである。

2. 更なる代替送達の試みの不要性(RoP 275.1条と275.2条の関係)
被告らの明確な拒否姿勢に鑑みれば、RoP 275.2条に基づく決定を下すにあたり、代替方法による送達をさらに試みる必要はない(マンハイム地方部 2025年12月1日決定 UPC_CFI_820/2024 - Corning v. Caihong 参照)。また、他に明白かつ実効性のある代替送達手段が存在しない本件においては、RoP 275.1条(新たな代替送達方法の命令)を適用する余地はない(デュッセルドルフ地方部 2025年11月11日決定 UPC_CFI_515/2025 - HP v. Shenzhen et al. 参照)。したがって、原告に対する実効的な権利保護(effective legal protection)を確保するためには、既に講じられた措置を有効な送達(good service)と命じることが必要かつ適切である。

3. 送達受領国の国内法(中華人民共和国民事訴訟法)との適合性(RoP 275.4条)
中華人民共和国民事訴訟法第95条は、受領者の所在が不明な場合または本節に定めるその他の手段により送達できない場合における代替方法として「公示送達(public notice)」を認めており(公告の発行日から30日経過で送達完了とみなす)、RoP 275.4条の要件も充足されている。

以上より、裁判所は、既に講じられた措置をもってRoP 275.2条に基づく有効な送達と認め、本決定の日付をもって送達の効力が生じたものと決定した。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

1. ハーグ送達条約下での「受領拒否」に対するUPC実務の定着
中国等の締約国へハーグ送達条約経由で送達を試みた際、被告が正当な理由なく受領を拒否した場合、原告は無駄な再送達手続を繰り返すことなく、RoP 275.2条を利用して迅速に送達の効力を確定(good serviceの決定を取得)できるという裁判例(Corning判決、HP判決)の法理が確立・追認された。

2. RoP 275.1条(代替送達の命令)とRoP 275.2条(既存措置の送達有効化)の使い分け
被告が受領拒否の姿勢を確定的に示している場合、裁判所はRoP 275.1条に基づく新たな代替送達の試みを命じるプロセスをバイパスし、直ちにRoP 275.2条を適用して既に講じられた送達手続を有効化できる。これにより、被告側の非協力的姿勢による訴訟の不当な遅延を回避し、原告の「実効的な権利保護」が優先される。

3. 企業法務・弁護士実務上の留意点
EU域外(特に中国企業・個人)を被告とするUPC侵害訴訟において、ハーグ条約経由の送達が「受領拒否(Refused to accept)」で返送された場合、代理人弁護士は速やかに送達受領国の国内法(本件では中国民事訴訟法95条)の公示送達規定等を確認した上で、RoP 275.2条に基づく「有効送達決定(Order of good service)」の申立てを行うことが実務上きわめて有効である。

【UPC Court of Appeal / 2026年08月28日】No. UPC-CoA-678/2025 - 特許補正手続の許容性、先行技術に基づく進歩性、およびUPCA非締約国における特許侵害管轄・立証責任に関する控訴審判決

1. 事案の概要(事実経過・請求内容) 当事者: 控訴人(第一審原告)は、スロージューサー市場で事業を展開する韓国法人Hurom Co., Ltd.(以下「HUROM」)。 被控訴人(第一審被告)は、韓国法人NUC Electronics Co., Ltd(以下「NUC Ko...