【EPO Technical Board of Appeal / 2026年05月26日】T 0228/24 - 情報保持装置に関する特許の新規性(EPC 54条(2))及び抗告審における訂正請求の不審理(RPBA 12条(4), (6))
1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、特許権者(抗告人:Infotoo International Limited)が所有する欧州特許第3224766号(発明の名称:「情報保持装置」)に対する異議申立手続の控訴審(抗告審)判決である。異議申立人(被抗告人:Leonhard Kurz Stiftung & Co. KG)は、EPC第100条(a)(新規性・進歩性欠如)、(b)、(c)に基づき特許の取消しを求めた。
欧州特許庁(EPO)異議部は、主請求(特許クレーム)および補助請求1, 2, 6, 7が先行技術文献D1(JP 2013-39726 A)に対して新規性を欠くこと、補助請求3, 4がEPC第84条および第123条(2)に違反すること、並びに補助請求5を不認容(Art. 114(2) EPC)とすることを理由に、本件特許を取り消す決定を下した。
特許権者はこれを不服として抗告を提起し、特許の維持(主請求、並びに抗告審において初提出された24件の請求を含む計31件の補助請求)を求めた。口頭審理において特許権者は主請求を取り下げ、抗告審における補助請求9を新たな主請求とし、補助請求1〜8C, 10〜16を予備的に主張した。
2. 判決の主文
本件抗告を棄却する(抗告人の請求はすべて退けられ、特許取消決定が確定した)。
3. 主な争点
- 争点1: 主請求および補助請求11〜13, 15, 16のクレーム1に関するD1に基づく新規性(EPC第54条(2))
- 争点2: 異議部が補助請求14(異議審における補助請求5)を審理不認容とした裁量判断の当否(RPBA第12条(6))
- 争点3: 抗告審段階で初めて提出された補助請求群(補助請求1〜8C, 10)の受容性/審理対象性(RPBA第12条(4), (6))
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
(1) 争点1:D1に基づく新規性の欠如(EPC第54条(2))
審判部は、主請求のクレーム1がD1に対して新規性を欠くと判断した。
- クレーム解釈とD1の対比: 主請求のクレーム1は、空間周波数領域における極座標(周波数振幅 $f_i$ および角度 $\theta_i$)で定義される複数の「周波数データ要素(frequency data elements)」のグループを含むパターンを要件としている。D1の図10b(図7bに対応)には、周波数領域において同心円弧状(196 LPI, 254 LPI, 318 LPI)の周波数データが開示されている。
- 特許権者の主張の退け: 特許権者は「D1の円弧は1つの連続した要素であり、クレームが要求する『個別に識別可能な複数の離散的要素のグループ』ではない」「要素間の角度離隔やS/N比の要件を満たさない」と主張した。しかし審判部は、クレーム文言上、各周波数データ要素は座標上の「点(point)」として定義されるにとどまり、要素が離散的であることや連続線分を排除する記載、あるいは個別の識別性や最小角度離隔、強度の閾値に関する明示的な限定は存在しないと判示。D1の円弧(点の連続体)上の任意の2点は、クレーム上の第1および第2の周波数データ要素グループの要件を満たすため、新規性が否定される。
- 補助請求11〜13, 15, 16について: 数値限定(LPIの範囲等)を追加したこれらの請求についても、D1に開示された数値(196 LPI, 318 LPI等)の範囲内であり、同様に新規性を欠く。
(2) 争点2:異議部による不認容裁量判断の維持(RPBA第12条(6))
異議審で提出され不認容となった補助請求14(旧補助請求5)について、特許権者は異議部の初見(一見明白なEPC 123(2)違反および新規性欠如の評価)が不合理であったと主張した。
審判部は、新規性の初見評価(フーリエ変換によるミラー像・アーティファクト円弧の考慮)を含め、異議部の審理不認容決定の裁量行使プロセス全体が不合理であったとは言えないと認定。審判部は異議部の裁量判断を覆さず、本請求を抗告審の審理対象から除外した。
(3) 争点3:抗告審で初提出された補助請求(1〜8C, 10)の審理不認容(RPBA第12条(4))
抗告審手続規則(RPBA 2020)第12条(4)に基づき、審判部は抗告審で新たに提出された補助請求の受容性を検討した。
- 提出の機会と時期: D1に基づく新規性欠如の不服(「周波数データ要素」の解釈論点)は異議申立当初から存在しており、異議審口頭審理での口頭説明や異議部の見解変更は「不意打ち」には当たらない。特許権者は異議審手続においてこれらの予備的請求(Fallback positions)を提出し、異議部に判断させる機会を与えるべきであった。
- 構成の不適切性と新たな主張(Fresh Case):
- 補助請求10(プリアンブルの変更のみ)および補助請求1〜3(角度離隔の追加)は、クレーム解釈上、D1に対する新規性欠如を克服できていない。
- 補助請求4〜8C(第3・第4の周波数群の追加等)は、異議審で審理されていない全く新しい事実関係(Fresh Case)を抗告審に持ち込むものであり、審判機能(Review機能)の枠組みを逸脱する。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
1. クレーム文言の広範な解釈(Broad Construction)リスクと明細書の限界
特許権者は明細書の作用効果(手ぶれ補正、認証時の識別性等)に基づき「周波数データ要素=離散的な点」であると狭義解釈を試みたが、審判部はクレーム文言の文脈を厳格に適用し、「連続線(円弧)上の点の集合」も包含すると判断した。特許出願・権利化実務においては、先行技術の「連続的なパターン/信号」との差別化を図る際、単に「要素(elements)」とするだけでなく、「離散的(discrete)」「独立して配置された」等の構造的限定を直接クレーム上に明記しておく重要性が再確認された。
2. RPBA 2020下における抗告審での新請求(補助請求)排除の徹底
本判決は、EPO抗告審手続規則(RPBA 2020)第12条(4)および(6)の厳格な運用例を示すものである。異議審段階で提示されていた主たる争点(D1に基づく新規性)に対し、異議審で十分な予備的請求(Fallback options)を出さず、抗告審に至ってから大量の新たな補助請求(特に新たな構成要素を付加する「Divergent requests」や「Fresh Case」)を出す戦術は、審判部の職権裁量により一括して却下されるリスクが極めて高い。実務上、異議審の段階で想定されるすべての拒絶・取消理由に対するガードを補助請求として網羅的に構築しておくことが必須である。
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