【UPC Court of Appeal / 2026年08月28日】No. UPC-CoA-678/2025 - 特許補正手続の許容性、先行技術に基づく進歩性、およびUPCA非締約国における特許侵害管轄・立証責任に関する控訴審判決

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

当事者: 控訴人(第一審原告)は、スロージューサー市場で事業を展開する韓国法人Hurom Co., Ltd.(以下「HUROM」)。 被控訴人(第一審被告)は、韓国法人NUC Electronics Co., Ltd(以下「NUC Korea」)、そのドイツ現地法人NUC Electronics Europe GmbH(以下「NUC Europe」)、およびフランスの販売代理店WARMCOOKの3社(以下、併せて「NUC側」)。

事実経過および請求内容: HUROMは、ジューサー用搾汁モジュールに関する欧州特許(EP 3 155 936、以下「本件特許」)の特許権者である。HUROMは、NUC側が欧州で販売するスロージューサー(EVO820, REVO830等)が本件特許を侵害しているとして、UPCパリ地方支部(Court of First Instance: CFI)に対し、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、およびポーランドにおける特許侵害差止および損害賠償等を求めて提訴した。

NUC側は、特許無効反訴(Counterclaim for revocation)を提起し、特許クレームが新規事項を追加(EPC第123条(2)違反)しており、また先行技術(D1: 中国実用新案、D2: 韓国特許出願)に基づき進歩性を欠く(EPC第56条違反)と主張した。これに対しHUROMは、手続規則(RoP)30条に基づき特許クレームの補正請求(Main RequestおよびAuxiliary Request)を行って訴えを変更した。

第一審判決(2025年5月23日): CFIは、HUROMの補正請求を適法と認めたものの、補正後のクレーム1〜6(オランダ、フランス、ドイツ、イタリア指定国分)は先行技術D1およびD2に基づき進歩性を欠くとして無効とし、侵害請求を棄却した。また、ポーランドにおける侵害主張については、UPCに裁判管轄権はあると認めつつも、侵害事実の立証が不十分であるとして棄却した。HUROMはこの第一審判決を不服として控訴し、NUC側は補正の許容性等を巡り附帯控訴(Cross-appeal)を提起した。

2. 判決の主文

  1. 第一審判決の特許無効決定(オランダ、フランス、ドイツ、イタリア指定分)に対するHUROMの控訴を、控訴審における主請求(New Main Request)については理由なし(unfounded)として棄却し、控訴審で新たに提出された予備的補正請求(New Auxiliary Requests 1 & 2)については不適法(inadmissible)として却下する。
  2. HUROMの侵害請求棄却に対する控訴を理由なしとして棄却する。
  3. NUC側の附帯控訴を一部不適法として却下し、一部を理由なしとして棄却する。
  4. 控訴費用はHUROMの負担とし、附帯控訴の費用はNUC側の負担とする。HUROMに対し、NUC側へ100,000ユーロの訴訟費用仮払いを命じる。

3. 主な争点

  • 争点1: 特許補正請求の「許容性(Admissibility)」(RoP 30.1(b)条)の審査基準
    特許権者が提出した補正請求が適法とされるための疎明・説明の要件範囲。
  • 争点2: 控訴審で新たに提出された予備的補正請求の許容性(UPCA 73条、RoP 222.2条)
    第一審で提出し得た補正請求を控訴審で初めて提出することが許容されるか否か。
  • 争点3: クレーム解釈の原則および未補正明細書の參酌(EPC 69条)
    クレーム補正がなされた場合における未補正の明細書の参酌度合い、および構成要件(「パワーコネクタ」等)の解釈。
  • 争点4: 先行技術(D1・D2)に基づく進歩性(EPC 56条)の有無
    当業者(Skilled person)を基準とした、D1からの容易課題到達性の有無。
  • 争点5: UPCA非締約国(ポーランド)における侵害主張に関するUPCの国際裁判管轄権および手続(RoP 19条)
    被告が予備的異議(Preliminary objection)を期日内に提出しなかった場合の効果、および非締約国における特許侵害に対するUPCの管轄権。
  • 争点6: 外国法(非締約国法)が適用される場合における侵害事実の主張・立証責任(UPCA 54条)
    ポーランドにおける侵害の成否を判断するにあたり、原告がなすべき主張立証の程度。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) 特許補正請求の許容性の審査基準(争点1)

RoP 30.1(b)条に基づく補正請求の許容性(Admissibility)の審査は、特許権者がEPC第84条および第123条(2)(3)の要件を満たす理由の説明を実際に提出したか否かの形式的審査に限られる。その説明の内容が補正後の特許の有効性の観点から「十分に説得的か否か」は、許容性の判断ではなく、実体審理(Merits)において判断されるべき事柄である。HUROMは明細書および図面を特定して説明を提出しており、New Main Requestの補正請求は適法である。

(2) 控訴審における新予備的補正請求の却下(争点2)

RoP 222.2条に基づき、第一審で提出されなかった新たな請求や事実は原則として無視できる。問題となった構成要素(パワーコネクタと第1軸ギアの分離性)は第一審手続で十分に議論されており、HUROMが第一審段階で当該補正請求を提出できなかった合理的な理由を証明できていないため、控訴審で新たに追加されたNew Auxiliary Requests 1 & 2は不適法として却下する。

(3) クレーム解釈と進歩性の判断(争点3・4)

  • クレーム解釈:特許クレームが補正された場合であっても、補正されていない明細書全体をクレーム解釈の補足的手段(explanatory aid)として使用できる。クレーム1の「パワーコネクタ」は回転力を伝達する機能的構成であり、明細書の特定の実施形態に限定されず、第1軸ギアやスクリューと別体の独立部品であることまでを要求するものではない。
  • 進歩性(D1に基づく検討):ジューサー技術分野の機械エンジニア(当業者)にとって、D1は現実的な出発点(Realistic starting point)となる。D1はクレーム1の大部分の構成を開示している。開示されていない構成(ブラシ回転手段のカバー:構成[1.6.2], [1.6.3])は、ギヤの損傷や汚染を防止するという共通の課題に対し、当業者が通常行う設計変更(ルーティンワーク)の範囲内であり(D2の教示によっても補強される)、進歩性を欠く。したがって、New Main Requestに基づく請求項1〜3はEPC第56条に基づき無効である。

(4) ポーランド(UPCA非締約国)に関する国際裁判管轄と侵害の立証責任(争点5・6)

  • 管轄権(Jurisdiction):EU裁判所(CJEU)のBSH Hausgeräte v Electrolux判決(C-339/22)およびEU裁判管轄規則(Brussels Ia Regulation)第4条・第8条に基づき、被告(WARMCOOKおよびNUC Europe)の住所地がUPCA締約国にある以上、UPCはUPCA非締約国(ポーランド)における特許侵害主張についても国際裁判管轄権を有する。ポーランド裁判所が特許の有効性に関して専属管轄(BR Ia第24条(4))を有していたとしても、UPCが侵害の有無を判断すること自体は妨げられない。
  • 準拠法と立証責任:Rome II規則第8条およびUPCA第24条(2)(a)に基づき、ポーランドにおける特許侵害の成否はポーランド実体法(登録国法)に従って判断される。UPCA第54条により、主張する事実および適用法下の侵害性を立証する責任は原告(HUROM)にある。 HUROMはフランスのウェブサイトからポーランドへの配送が可能である旨の表示等の事実を提出したのみで、それらの行為がポーランド特許法上どのような構成要件を満たし侵害を構成するのかについての主張・立証(専門家意見等)を怠った。したがって、第一審がポーランドにおける侵害請求を棄却した判断に誤りはない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

1. 特許補正手続(RoP 30条)の審理ルールの明確化
本判決は、補正請求の「許容性(Admissibility)」と「実体的な理由の有無(Merits/Validity)」を明確に区別した。特許権者は、RoP 30.1(b)条の形式的説明義務を果たしていれば許容性のハードルをクリアできるが、第一審で主張可能であった補正案を控訴審で安易に予備的請求として追加することはRoP 222.2条の裁量により厳格に排除(inadmissible)されるため、第一審での補正戦略の構築が極めて重要となる。

2. UPCA非締約国(およびEU加盟国)における侵害訴訟の可能性と限界
UPCは、被告が締約国内に居所を有する場合には、ポーランドやイギリス等のUPCA非締約国(またはEU非加盟国)における特許侵害に対しても裁判管轄権を行使できることが再確認された(BSH Hausgeräte判決の適用)。これにより、UPCでの一括訴訟の利便性が高まる。

3. 外国法(非締約国法)に基づく侵害主張における実務上の留意点(重要)
非締約国における特許侵害をUPCで追及する場合、「適用される外国特許法の下で、当該行為が侵害にあたること」を原告側が緻密に主張・立証しなければならない。単にウェブサイトの仕様やECでの配送可能性といった「事実関係」を示すだけでは不十分であり、当該国の弁護士による法的意見書(Legal Opinion)等を提出して現地法上の侵害構成要件への当てはめを証明しなければ、立証不十分として請求が棄却されるリスクがあることが実務上強く示唆された。

【UPC Court of Appeal / 2026年08月27日】UPC-COA-76/2026 - 統一特許裁判所手続規則(RoP)190条に基づく証拠提出命令に対する控訴および条件付き附帯控訴に関する控訴審決定

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、特許権者である原告(被控訴人・附帯控訴人:Avient Protective Materials B.V.)が、被告(控訴人・被附帯控訴人:Xingi Technology Co., Ltd.およびJiangsu Jiuzhou Xingji High-Performance Fiber Products Co., Ltd.)による超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)マルチフィラメント糸および弾性複合パネルに関する特許(EP 2 791 402)の侵害を主張して統一特許裁判所(UPC)ハーグ地方部に提訴した特許権侵害訴訟に端を発する。

原告は訴状において、被告製品の公開データに基づく推計・計算によりクレーム13〜15の侵害可能性を示した。これに対し被告は答弁書において、「クレーム13〜15の侵害は計算や推計のみでは立証できず、実際の弾性試験(ballistic testing)が必要であるにもかかわらず試験報告書が提出されていない」と反論した。これを受け、原告は自ら保有するサンプル量では必要な弾性試験を実施するのに不十分であるとして、UPC手続規則(RoP)190条に基づき、被告が保有するUDファブリック製品(J280, J300, J400, J500等の製品群)のサンプル、内部試験報告書、および会社紹介ビデオ等の証拠提出命令(Order to produce evidence)を裁判所に申請した。

原審の受命裁判官(Judge-rapporteur)は、原告が主張の蓋然性(plausibility)を疎明していると認め、過剰な要求を制限した上で、予備的に請求されていたJ300シリーズのファブリックサンプル2種類(各30kg)および英語の会社紹介ビデオの提出を被告に命じ、引渡場所をオランダの原告指定場所とする決定を下した(2026年5月11日付決定)。被告はこの決定を不服として控訴し、原告は控訴棄却を求めるとともに、「認容された2種類のサンプルのみの試験で侵害・損害賠償立証に十分か否かを控訴審が判断すること」を条件とする条件付き附帯控訴(conditional cross-appeal)を提起した。

2. 判決の主文

1. 被告(控訴人)による控訴を棄却する。
2. 原告(被控訴人)による条件付き附帯控訴を不適法として却下する。
3. (本控訴審決定の送達に伴い、控訴審手続中に付与されていた原審決定の執行停止効(suspensive effect)は失効する。)

3. 主な争点

  • 争点1: RoP 190条に基づく証拠提出命令の成立要件および控訴審における審査基準(第一審の裁量権の範囲)
  • 争点2: 原告が既存証拠で十分と主張しつつ追加証拠提出を求めることの可否(「必要性」要件の成否)
  • 争点3: 証拠提出申請の適時性(訴状提出時に同時に申し立てる義務の有無)
  • 争点4: 控訴審において初めて提出された新事実・新証拠の許容性(RoP 222.2条の適効)
  • 争点5: 裁判所が証拠の引渡場所(オランダ国内への納入)を指定する権限の有無(RoP 190.4(a)条)
  • 争点6: 将来の証拠力の先行評価を条件とする「条件付き附帯控訴」の適法性
  • 争点7: 欧州連合司法裁判所(CJEU)への先決裁定申請(TFEU 267条)およびUPC全体合議体(Full Court)への移送(RoP 238A条)の必要性

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) RoP 190条の法的枠組みと審査基準

RoP 190条およびUPC協定(UPCA)59条(指令2004/48/EC第6条に基づく)は、当事者間の「情報の構造的非対称性」を解消し、当事者対等の原則および効力ある司法裁定(effective judicial protection)を保障するための制度である。探索的証拠調べ(fishing expeditions)は禁止され、(i) 侵害主張の蓋然性を示す合理的な証拠の提示、(ii) 特定性(specificity)、(iii) 必要性(necessity)、(iv) 比例性(proportionality)の要件を累積的に満たす必要がある。

証拠提出命令の要件適合性の判断は原則として第一審の裁量に委ねられており、控訴審は「法の解釈適用上の誤り」「明白な事実誤認」または「RoP 190条の固有の限界逸脱」が存在する場合にのみ介入する。

(2) サンプル提出命令の必要性・不争執・遅延の成否(争点1, 2, 3, 4)

  • 既存証拠との関係(必要性): 当事者が既存の証拠で侵害主張が支持されると考えている場合であっても、相手方が「特定の方法(本件では実際の弾性試験)によらなければ立証できない」と争う場合、その試験を行うための追加証拠請求には正当な利益が認められる。RoP 190条は原告に「手元に証拠が全くないこと」を要求するものではなく、主張の蓋然性を示す証拠が提示されていれば足る。
  • 適時性: UPCA 59条およびRoP 190条は、証拠提出申請を訴状と同時に行うことを義務付けていない。申請の要否・適時性は、被告答弁書での反論など手続の進展状況に照らして判断されるべきであり、被告の反論を受けて提出された本件申請は遅延したものではない。
  • 市販チャネルからの入手可能性と失権効(RoP 222.2条): 原告は第一審で「試験に必要な大量のサンプルは通常の市販ルートでは入手不能」と疎明し、被告はこれに実質的に反論しなかった。被告が控訴審で初めて主張した「中国の特定代理店を通じて入手可能であった」等の新事実・新証拠は、遅延の正当な理由が示されていないため、RoP 222.2条に基づき却下(排斥)される。

(3) 証拠の提出場所・納入方法の指定権限(争点5)

RoP 190.4(a)条は、裁判所に対して証拠が提出されるべき条件、形態、期間を定める権限を明確に付与している。原告が弾性試験を実施するためにサンプルを要求した以上、裁判所が実効的な履行方法としてオランダの原告指定場所への配送・納入を命じたことは、請求の範囲を超えるものではなく、同条の権限に基づく適法な実施手続の設定である。

(4) 会社紹介ビデオの提出命令(争点1, 4)

被告が控訴審で主張した「ビデオはYouTube等で公開されており、被告の専属的管理下にない」「事実関係は不争執であり法的価値のみが問題である」等の抗弁は、第一審において展開されなかった新主張であり、RoP 222.2条により排斥される。第一審受命裁判官の要件判断に明白な誤りは認められない。

(5) 条件付き附帯控訴の不適法性(争点6)

原告の附帯控訴は、「認容された2種類のサンプルの試験結果が、本案訴訟や将来の損害賠償請求において証拠上十分か否かを控訴審が先行して判断すること」を条件としていた。しかし、将来得られる証拠の「証明力の十分性(sufficiency of evidence)」の判断は本案の審理を行う裁判官の専属的管轄であり、控訴審の審判対象外である。したがって、成就し得ない条件を付した条件付き附帯控訴は不適法として却下される。

(6) CJEU先決裁定申請および全体合議体移送の拒絶(争点7)

第一審の決定は「通常の手続で必要量が入手不可能」という事実認定に基づいており、EU指令の解釈問題(「相手方の管理下にある証拠」の定義)は判決の結論に影響しないため、CJEUへの先決裁定申請(TFEU 267条)は不要である。また、既存判例の解釈の範囲内であり、全体合議体への移送要件(RoP 238A条)も満たさない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • RoP 190条(証拠提出命令)における控訴審の審査密度の明確化: 控訴審は第一審裁量を尊重し、「法的誤り」「明白な評価の誤り」「手続規則の限界逸脱」がない限り、事実評価や比例性判断に介入しない姿勢を明確にした(Polytechnik v Dall事件判決を追認)。
  • 「攻撃防御の進展」に応じた提出申請の適時性: 訴状提出時に同時に証拠提出命令を申し立てなくとも、被告答弁書における反論の内容(「推計ではなく実測・試験が必要」との主張など)を受けてから申請を行うことが適時と認められる。実務上、被告の反論パターンに応じた機動的なRoP 190条の活用が可能である。
  • 第一審における主張・立証の厳格な失権効(RoP 222.2条の実効的適用): 「通常の商業チャネルでの入手可能性」や「代替的なアクセス手段(YouTube等)」などの具体的反論を第一審で怠り、控訴審で新たに主張・立証しても理由なく排斥される。第一審の段階でRoP 190条に対するすべての事実的・技術的抗弁を網羅的に主張しておくことが不可欠である。
  • 条件付き附帯控訴(Conditional Cross-Appeal)の条件設定の限界: 控訴審に対し「将来得られる証拠が本案の立証として十分か否か」の先行判断を条件とすることは、本案裁判所の管轄を侵すものであり許されない。条件付き控訴を提起する際は、手続的条件の成否の設計に十分な留意が必要である。

【UPC中央部(ミュンヘン分庁) / 2026年08月26日】UPC_CFI_894/2026 - EP 3 802 413 B1の取消訴訟におけるSME資格認定、費用上限引き下げおよび費用担保提供命令に関する手続命令

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、原告SYPOX GmbH(以下「SYPOX」)が、被告Topsoe A/S(以下「Topsoe」)の保有する欧州特許(EP 3 802 413 B1)に対して提起した特許取消訴訟(Revocation action)における、手続上の諸問題(裁判所手数料の減額資格、訴訟物価額の評価、回収可能費用の最高限度額の引き下げ、および訴訟費用担保の提供)に関する手続命令(Procedural order)である。

原告SYPOXは、欧州統一特許裁判所手続規則(UPC RoP)第370.8条に基づく中小企業・小規模企業(SME)に該当するとして裁判所手数料の50%減額(13,250ユーロ)を適用して提訴し、訴訟物価額を1,250,000ユーロと算定した上で、敗訴時の回収可能費用の最高限度額(Ceiling for recoverable costs)の大幅な引き下げを申し出た。

これに対し被告Topsoeは、原告の10%の株式・議決権を保有する戦略的投資家(European Energy A/S)が重要な意思決定に対する拒否権(Veto rights / Blocking rights)を有しており、欧州委員会勧告(2003/361/EC)上の「関連企業(linked enterprise)」に該当するため、数値を合算すると原告はSME資格を充たさないと反論。手数料の残額支払命令、訴訟物価額の4,000,000ユーロへの引き上げ、費用上限引き下げの却下、並びにRoP第158.1条に基づく訴訟費用担保(Security for costs)の提供命令を求めた。

2. 判決の主文

1. 原告SYPOXはRoP第370.8条に基づくSME資格を有し、既納の減額裁判所手数料は適正である。
2. 本件訴訟の暫定的な訴訟物価額を2,000,000ユーロと定める。
3. 回収可能費用の最高限度額を引き下げる旨の原告の申立てを却下する。
4. 被告の訴訟費用担保提供の申立てを却下する。

3. 主な争点

  • 争点1: SME(中小企業)資格の有無および「支配的影響力」に基づく関連企業データの合算可否
    少数株主が有する拒否権が、欧州委員会勧告2003/361/EC第3条(3)の「支配的影響力(dominant influence)」を行使する権利に該当し、当該株主が関連企業として合算対象となるか。
  • 争点2: 暫定的な訴訟物価額の評価および回収可能費用の上限引き下げ要件の充足性
    対象特許の価値に基づく訴訟物価額の適正評価額、ならびにSME資格等の事情が費用上限引き下げ事由(経済的生存の脅威)を構成するか。
  • 争点3: 原告に対する訴訟費用担保(Security for costs)提供命令の適否
    費用上限引き下げ請求において原告が行った主張が、将来の費用償還における回収不能リスク(実質的支払不能リスク)を示す客観的根拠となるか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

1. SME資格の認定(争点1について)

RoP第370.8条に基づくSME減額資格の判断は、欧州委員会勧告(2003/361/EC)附属書第I編の基準に従う。従業員数および財務数値を算出する際、パートナー企業や関連企業(linked enterprise)のデータを加算する必要がある(同附属書第3条および第6条)。

被告は、10%株主であるEuropean Energyが定款上、利益処分や役員選任等に関する拒否権を有するため「支配的影響力」を行使できる関連企業であると主張した。しかし、裁判所は、同社が有する拒否権は初期投資段階における少数株主保護目的の限定的な決定権限(reserved matters)に過ぎず、原告の日常的な技術・商業・事業運営・訴訟上の意思決定を決定づける権利を付与するものではないと認定した。

したがって、European Energyは関連企業にあたらず、同社の数値を合算する必要はないため、原告単体でSME要件を満たす。原告が支払った50%減額後の裁判所手数料(13,250ユーロ)は適正である。

2. 訴訟物価額および回収可能費用上限の引き下げ(争点2について)

訴訟物価額は提訴時における原告の客観的利益を反映すべきであり(RoP第152.3条、第370.6条)、特許の残存期間における当事者の売上高に基づく適正ライセンス料等を考慮して決定される。本件特許が2039年まで存続し、UPC締約国6カ国で有効であること等を鑑み、裁判所は訴訟物価額を暫定的に2,000,000ユーロ(これに伴う回収可能費用の最高限度額は200,000ユーロ)と定めた(最終決定は中間協議後に実施)。

また、回収可能費用上限の引き下げについて、申請者がSMEであることは考慮要素の一つであるが、それ単独では引き下げを正当化するに十分ではない(控訴審判例La Siddhi Consultancy v Athena Pharmaceutiques, UPC_CoA_48/2026 参照)。原告は「満額の費用負担が経済的生存を脅かす」と主張するものの、これを裏付ける十分な主張・立証を行っていないため、引き下げ申請は却下された。

3. 訴訟費用担保の提供命令(争点3について)

費用担保(UPCA第69条(4)、RoP第158.1条)の目的は、将来の費用償還命令が回収不能となるリスク等から相手方を保護することにある。費用担保命令を発するには、申請者(被告)が客観的かつ実質的な回収不能リスクの存在を立証・疎明する責任を負う(控訴審判例AMYCEL, UPC_CoA_935/2025 参照)。また、SMEであること自体は担保提供義務の免除事由にはならない。

被告は、原告が費用上限引き下げ請求の中で「満額の費用負担は経済的生存を脅かす」と述べた発言を根拠に担保提供を求めた。しかし、裁判所は、費用上限の引き下げを求める申立て自体は費用負担能力の欠如を直接自白したものとは解されないと判断した。さらに、被告自身が「原告は2024年の財務諸表上、100万ユーロを超える流動資産と自己資本を有している」と認めており、実質的な支払不能リスクや著しい回収困難性が客観的に立証されていないため、費用担保請求を却下した。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • SME認定における少数株主拒否権の解釈格付け: 戦略的投資家等の少数株主(本件では10%)に与えられた特定の決議事項に対する拒否権(Veto rights)が、直ちにEC勧告(2003/361/EC)上の「支配的影響力(dominant influence)」を構成し合算対象(関連企業)となるわけではないことが明確にされた。実務上、定款や投資契約上の拒否権の性質(少数株主の保護目的か、経営の具体的支配か)を精査する必要がある。
  • SME資格と費用上限引き下げ申請の分離要件: 当事者がSME資格を充たし裁判所手数料の減額(50%)を受けられる場合であっても、成功当事者に支払うべき「回収可能費用上限の引き下げ」が自動的に認められるわけではない。上限引き下げを認めるには、実際の財務データに基づき「支払いが経済的生存を脅かす」旨の高度な疎明・立証(Substantiation)が不可欠である。
  • 訴訟費用担保(Security for costs)の立証責任と請求戦略の注意点: 相手方がSMEであることや、費用上限引き下げ申請において「経済的生存の危機」に言及したことのみを捉えて訴訟費用担保を請求することは認められない。担保を請求する側は、対象企業の実際の財務状態や回収不能リスクを具体的に疎明しなければならない。相手方に相応の自己資本・資産が存在する場合には、担保提供命令が認められないリスクが高い。

UPC_CFI_307/2025

統一特許裁判所(UPC)デュッセルドルフ地方裁判部は、欧州特許(EP 2 892 442 B1)の侵害を巡る訴訟において、原告Aesculap AGと被告1(Shanghai Bojin Medical Instrument Co. Ltd.)および被告3(Shanghai Bojin Electric Instrument & Device Co., Ltd)との間で成立した和解を承認する決定を下しました。 主な決定内容は以下の通りです。 * **手続の終了:** 原告と被告1・被告3の間の訴訟手続は和解の承認をもって終了する。 * **手続の継続:** 被告2(Shanghai International Holding Corporation GmbH (Europe))との訴訟手続は継続する。 * **費用負担:** 原告および被告1・被告3間の訴訟費用は各自の負担とし、双方への償還は行わない。 * **機密保持:** 和解の詳細内容は機密扱いとし、登記簿(レジスター)へは黒塗りされた(一部非公開の)和解契約書のみが登録される。

UPC-CFI-1568/2025、UPC-CFI-1791/2025、UPC-CFI-1793/2025

統一特許裁判所(UPC)第一審ハーグ地方部における特許侵害訴訟の取下決定の要約です。 **【当事者および対象特許】** * 原告:Telefonaktiebolaget LM Ericsson(エリクソン) * 被告:Shenzhen Transsion Holdings Co. Ltd. ほか計10社 * 対象特許:EP 2 712 236 B1、EP 3 836 631 B1、EP 3 245 744 B1(いずれも標準必須特許) **【経緯と要点】** 1. **訴訟の取り下げと手続きの終了** 原告エリクソンは、被告ら全員と和解に達したとして、上記3件の特許侵害訴訟の取り下げおよび手続きの終了を申請しました。被告らも各当事者が自らの費用を負担することに同意したため、裁判所は訴訟の取り下げを認め、手続きの終了を宣言しました。 2. **裁判所手数料の還付制限** 通常の手続き規則では原告に対して裁判所手数料の50%が還付される規定となっています。しかし裁判所は、原告が複数の異なる部局で並行手続きを提起し、多数の各種申請を行なったことで通常の事案よりも裁判所の調整や作業負担が著しく増大したと判断しました。この例外的な状況を理由に、裁判所は手数料の還付率を25%に減額して認める裁定を下しました。

UPC_CFI_1696/2025

**【要約】** **1. 事案の概要** 本件は、特許権者である原告(Topsoe A/S、対象特許:EP 3 802 413 B1「スチーム・メタン改質による水素製造」)が、被告(SYPOX GmbHおよびJosef Kerner Energiewirtschafts-GmbH)に対し申請した証拠保全・査察手続において、専門家が作成した「詳細な記述(報告書)」および回収された添付資料の原告への開示範囲ならびに機密情報の保護(統一特許裁判所協定(UPCA)第58条・第60条等)が争われた件である。 **2. 裁判所の判断基準(基本原則)** 査察報告書等の開示範囲および機密保護については、以下の3段階で判断される。 1. **秘密性の確認**:情報・証拠が営業秘密、第三者の個人情報、その他の機密情報に該当するか。 2. **関連性の審査**:機密情報であっても、特許侵害や実施行為の判断に無関係なものは黒塗り(非開示)とする。 - 専門家が報告書内で実際に依拠した情報は、原則として関連性があるとみなされ、黒塗りの必要性は被告側が主張・立証しなければならない。 - 専門家が依拠しなかった情報や元文書全体の開示については、原告側がその必要性を立証する必要がある。 3. **開示方法の決定**:侵害や実施行為に関連する機密情報については、第三者への守秘義務を課した上で原告へ開示するか、アクセスできる者を特定の者(コンフィデンシャリティ・クラブ)に限定するかを個別具体的に決定する。 **3. 本命令の主な内容** - **報告書および添付資料の黒塗り命令**:被告(SYPOX)に対し、侵害判断に無関係な具体的技術詳細、一部のパラメータ、メーカー名、プロジェクトパートナー名、個人情報等を黒塗りした修正版報告書を提出するよう命じた。 - **対象外装置および添付書類の非開示**:本査察命令の対象外であった装置(Pilot 2)に関する記述・資料(D1〜D12)、および報告書本文の引用・説明で十分と判断された一部の原本資料(D13, D15, D16, L2, L3, L4, L5, L6, L8, L12等)は原告へ開示しない。 - **閲覧制限(Confidentiality Club)**:開示される情報について、原告側のアクセス権限をあらかじめ指定される特定の自然人(弁理士・弁護士等)に限定する。被告が求めた弁護士等のみに限定する完全非開示(Attorney-Eyes-Only)は、フェアな裁判を受ける権利を害するため却下された。 - **目的外使用の禁止と訴訟提起期限**:得られた成果は被告らに対する本案訴訟のみで使用可能とし、原告に対し、正式な報告書開示から指定期間内(31日以内または20営業日以内)に本案訴訟を提起するよう告知した。

UPC_CFI_1938/2026

**【要約】** 統一特許裁判所(UPC)マンハイム地方支部は、原告iCAT CORPORATIONと被告DENTSPLY SIRONAらとの間の特許権侵害訴訟(対象特許:EP 1 808 129 B1)において、被告が提出した手続規約(RoP)第19条に基づく「予備的異議(Preliminary objection)」を不適法として却下しました。 **1. 事案の背景と当事者の主張** * **被告の主張:** 裁判所の管轄権自体は否定しないものの、UPC協定(UPCA)第72条の消滅時効に基づき、訴状提出(2026年6月11日)の5年前(2021年6月11日)より前の行為に対する金銭的補償請求は認められないと主張。本案手続(RoP第20.2条)において損害賠償の対象期間を2021年6月11日以降に制限することを求めました。 * **原告の主張:** 被告の異議は裁判所の管轄権や権限を争うものではなく、実体法および救済の範囲に関するものであるため、RoP第19.1条に基づく予備的異議としては不適法であると反論し、却下を求めました。 **2. 裁判所の判断** RoP第19.1条に基づく予備的異議の対象は、①裁判所の管轄権・権限、②指定支部の権限、③訴状の言語の3点に限定されています。被告の申し立ては一部の救済措置の時間的範囲に関する主張に過ぎず、これらのいずれにも該当しないため、要件を満たさず不適法(inadmissible)であると判断されました。 **結論:** 裁判所は2026年7月24日付の被告の予備的異議を却下しました。

UPC-CFI-191/2025、UPC-CFI-617/2025

本テキストは、統一特許裁判所(UPC)第一審裁判所が、原告(Genevant SciencesおよびArbutus Biopharma)と被告(Modernaグループ15社)との間の特許(EP2279254)に関する訴訟について下した決定の要約です。 **要約内容:** 1. **訴訟の取り下げと手続き終了の宣言** 当事者間で和解が成立したため、双方からの請求に基づき、侵害訴訟(UPC-CFI-191/2025)および取り消しの反訴(UPC-CFI-617/2025)の取り下げを認め、本手続きの終了を宣言しました。 2. **訴訟費用決定の不要性** 当事者間において、裁判所手数料の返還を除き、訴訟費用の負担に関する新たな裁判所の決定は不要であることが確認されました。 3. **裁判所手数料の返還(一部承認)** 当事者は手数料の50%の返還を請求していましたが、裁判所は以下の理由から本件を「例外的な状況」と判断し、返還率を25%に減額して返戻することを命じました。 - 和解が書面審理手続きのほぼ最終段階で成立したこと - 双方から多数の申請が出されていたこと - 裁判所から相当数の命令が出されていたこと

【EPO審判部 / 2026年6月17日】T 0944/24 - 脂肪族ポリアミド組成物および携帯電子機器部品に関する特許異議申立控訴審判決

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、特許権者(Syensqo Specialty Polymers USA, LLC)の欧州特許第3609955号(発明の名称:「脂肪族ポリアミド組成物および対応する携帯電子機器部品」)に対する、異議申立人(ARKEMA FRANCE)による特許異議申立の控訴審判決である。

欧州特許庁(EPO)異議部は、口頭審理において特許権者が提出した主請求(Main Request)に基づく補正された形式での特許維持決定(中間決定)を下した。 これに対し、異議申立人は特許取消しを求めて控訴(Appellant 2)し、特許権者も控訴(Appellant 1)を提起した。 異議申立人は、特許権者の控訴は自らの主請求が認められているため不服申立ての利益を欠き不適法であると主張するとともに、主請求のクレーム1について明確性(EPC第84条)、開示の十分性(EPC第83条)、新規性(EPC第54条)、および進歩性(EPC第56条)の欠如を主張した。

2. 判決の主文

1. 特許権者の控訴を不適法として却下する(The appeal of the patent proprietor is rejected as inadmissible)。
2. 異議申立人の控訴を棄却する(The appeal of the opponent is dismissed)。
(異議部が認めた主請求に基づく訂正特許の維持が確定)

3. 主な争点

  • 争点1: 特許権者の控訴の適法性(EPC第107条、規則101(1))
    第一審の異議部口頭審理で認容された主請求について、特許権者に決定に対する不服(adversely affected)が認められるか。
  • 争点2: 控訴審で提出された新証拠(D15、D16等)の許容性(RPBA第12条(4))
  • 争点3: クレームの明確性(EPC第84条)
    クレーム1の「either features A or features B」という記載における接続詞「or」は、排他的(exclusive)と解釈されるべきか、包括的(inclusive)と解釈されるべきか。
  • 争点4: 新規性(EPC第54条)
    先行文献D1の実施例5および6に対し、特定の誘電率等のパラメータが暗黙的に開示されているといえるか(混合則による計算および再現実験報告書の評価)。
  • 争点5: 進歩性(EPC第56条)
    最寄先行技術D4に対し、機械的特性を維持しつつ誘電特性を改善する課題において、D2またはD11に開示された低誘電率ガラス繊維を適用することが当業者にとって容易想到であったか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

1. 特許権者の控訴の不適法却下(EPC第107条)

EPC第107条に基づき、決定により不利益を受けた(adversely affected)当事者のみが控訴を申し立てることができる。不利益の有無は第一審における最終的な申立内容と決定主文との比較によって判断される(T 244/85, T 434/00等)。本件異議部の決定は口頭審理で提出された特許権者の最終主請求を認容して特許を維持したものであるため、特許権者は不利益を受けておらず、その控訴は不適法である(EPC規則101(1))。

2. 新証拠(D15、D16)の採用(RPBA第12条(4))

異議部は決定において、異議申立人の新規性に関する主張が「再現実験ではなく計算上の仮定に基づいていること」および「D1のポリマーのモノマー比率が開示されていないため再現が不可能なこと」を理由に排斥した。異議申立人が決定理由に接して初めて再現実験の必要性と問題点を認識したといえるため、控訴理由書とともに提出された実験報告書(D15、D16)は時機に適した反論として採用された。

3. クレームの明確性(EPC第84条)

審判部の確立した判例(T 1409/16等)によれば、「either ... or」を含む「or」という表現は、技術的文脈から両者が互いに相容れない(technically incompatible)場合を除き、原則として「包括的(inclusive)」に解釈される。本件の特徴A(ポリマーの構成単位)と特徴B(組成物全体の特定周波数での誘電率)は技術的に両立可能であり、明細書の実施例とも矛盾しないため、明確性の要件を満たす。

4. 開示の十分性(EPC第83条)

不十分性を主張する側に立証責任があり、「検証可能な事実に基づく重大な疑義(serious doubts substantiated by verifiable facts)」を示す必要があるが、異議申立人はこれを立証できていない。所定の誘電率および引張弾性率を有するガラス繊維は市販品として入手可能であり、当業者が出願時の技術常識に基づいて実施することは可能である。

5. D1に対する新規性(EPC第54条)

異議申立人は、D1の実施例に記載された組成の誘電率が混合則による計算およびD15/D16の再現実験によりクレーム1の範囲内(特徴B)に含まれると主張した。しかし、計算の基礎となる各樹脂の誘電率の確実な根拠文献が示されておらず、またD15/D16で採用されたポリマーのモノマー含有量とD1の記載との整合性・技術常識に基づく選択の妥当性が立証されていないため、暗黙の開示とは認められず、新規性は否定されない。

6. D4を最寄先行技術とする進歩性(EPC第56条)

クレーム1は、D4(特に実施例3)に対して「特定範囲(5.1〜5.5)の誘電率を有するガラス繊維を含む点」において相違する。本願実施例(実施例11〜13)の対比に基づき、客観的技術課題は「機械的特性を満足なレベルに維持しつつ、誘電特性(低誘電率)を改善した脂肪族ポリアミド組成物の提供」と再設定される。 進歩性の判断において、最寄先行技術D4は「非円形断面(フラット形状)」を有するガラス繊維の使用を必須の特徴としている。一方、異議申立人が組み合わせを主張する副引例D2およびD11に開示された低誘電率ガラス繊維(S-2ガラス等)について、非円形断面を有する旨の開示はない。したがって、当業者がD4の必須要件を損なうことなくD2やD11のガラス繊維を適用することには動機づけがなく、クレーム1に係る発明は容易想到とはいえない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 特許権者の控訴適法性(EPC第107条)の厳格な適用: 口頭審理等で差し替えた最終的な主請求が認められた場合、実質的に当初の広範なクレームから減縮された形であっても、法的には「主請求認容(完全勝訴)」とみなされ、特許権者に控訴の利益(adversely affected)は認められない。審判請求を行う可能性がある場合は、従前の広範な請求を上位請求(主請求・先行補助請求)として維持し、拒絶された記録を残す必要がある。
  • クレームにおける「either ... or」の解釈ルール: EPOの実務において、クレーム中の選択的文言「or」は技術的な矛盾がない限り包括的(AかつBを含む)と解釈される原則(T 1409/16)が再確認された。
  • パラメータ・暗黙の開示の立証責任(新規性): 先行文献の追試・再現実験や理論計算によってパラメータの充足(暗黙の開示)を主張する場合、実験で使用した原材料の特定(モノマー比率等)や計算の前提となる基礎数値の客観的証拠(出典)が厳格に要求される。
  • 最寄先行技術の構造的・必須要件に基づく進歩性の防衛: 副引例から特定の物性(誘電率等)を有する材料を組み合わせる容易想到性を主張されても、最寄先行技術が有する本質的・構造的要件(本件におけるガラス繊維の「非円形断面」要件)が副引例の材料で満たされないことを論証することが、進歩性拒絶・無効理由に対する極めて有効な防御論理となる。

【EPO審判部 / 2026年7月17日】T 0674/25 - 歯車研削・研磨方法に関する特許異議審判請求審決(特許取消・審判手数料返還請求却下)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、特許権者(被請求人:Kapp Niles GmbH & Co. KG)の欧州特許第3930949号(発明の名称:「研削盤または研磨盤において歯車または歯車状異形断面を有する工作物を研削または研磨する方法」)に対し、異議申立人(請求人:Reishauer AG)が異議を申し立てた事案である。
欧州特許庁(EPO)異議部は、当時の補助請求1の範囲で特許を維持する中間決定を下した。これを不服とした異議申立人が審判を請求し、原決定の取消し、特許の取消し、および異議部の重大な手続的瑕疵(手続違反)を理由とする審判手数料の返還(欧州特許条約(EPC)規則103条(1)(a))を求めた。
特許権者は、審判請求の棄却(主請求:原決定で認められた内容での特許維持)を求め、予備的に補助請求1〜3に基づく特許維持を主張した。

2. 判決の主文

1. 原決定を取り消す。
2. 本件特許を取り消す。
3. 審判手数料の返還請求を却下する。

3. 主な争点

  • 争点1:主請求および補助請求1〜3の進歩性(EPC第56条)の有無
    最寄り先行技術(D1:DE 198 57 592 A1)に対し、工作物の歯面取り代(Aufmaß)の測定に接触式測定素子(taktiles Messelement)を採用すること、および当該取り代に基づいて研削・研磨パラメータを設定することが、当業者の通常の創作能力の発揮(周知技術の適用)により容易想到であるか。また、測定時間(タクトタイム)の増加が適用を阻害する事由(阻害要因)となるか。
  • 争点2:審判手数料の返還要件(EPC規則103条(1)(a))の該当性
    異議部の判断過程における意見陳述機会の制限や理由の不備等が「重大な手続的瑕疵(wesentlicher Verfahrensmangel)」に該当し、衡平(Billigkeit)の見地から返還が認められるか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

1. 主請求の進歩性(EPC第56条)について:否定

  • 相違点の特定:最寄り先行技術D1と主請求記載の発明との相違点は、(i) 歯面測定に「接触式測定素子」を用いる点、および (ii) 測定された有効取り代に基づいて研削を行う点にある。
  • 容易想到性の判断:
    • 歯面取り代を高精度に測定するために接触式センサを用いることは、本件出願時における当業者の周知技術である。
    • 特許権者(異議部)は「接触式センサは測定時間が長くタクトタイムを遅延させるため阻害要因がある」と主張したが、D1には具体的なタクトタイムの記載がなく、接触式測定によりタクトタイムが実際に遅延することを示す具体的証拠も提出されていないため、阻害要因の存在は認められない。
    • 取り代測定の結果を後続の研削工程に反映させ、過剰な加工を避けて効率化を図ることは、研削技術分野における当業者の通常の技術常識にすぎない。
  • したがって、主請求に係る発明はD1および周知技術から容易に想到できたものであり、進歩性を欠く。

2. 補助請求1〜3の進歩性(EPC第56条)について:否定

  • 補助請求1:研削パラメータに取り代を考慮する限定を追加したにすぎず、主請求の範囲に含まれる技術内容と実質的に同一であり進歩性を欠く。
  • 補助請求2:歯溝位置の特定に誘導型センサを用い、歯面取り代測定に接触式測定素子を併用する限定。しかし、接触式測定素子の衝突を防ぐため既存の誘導型センサによる位置決めを併用することは当業者にとって自然な設計変更であり、進歩性を欠く。
  • 補助請求3:接触式測定素子を「測定プローブ(Messtaster)」に限定したが、これは接触式測定素子の典型例にすぎず、進歩性は認められない。

3. 審判手数料の返還請求について:却下

  • 審判手数料の返還(EPC規則103条(1)(a))が認められるためには、重大な手続的瑕疵の存在に加え、それが審判請求の提起との間に直接の因果関係を有し、返還が「衡平」に適うことが必要である。
  • 異議申立人が主張した手続的瑕疵(D6に関する異議部の判断理由等)は決定の傍論(obiter dictum)にすぎず、主たる判断理由(タクトタイムを理由とする阻害要因の認定)が覆されない限り、審判請求は不可避であった。したがって、手続的瑕疵と審判提起との間に因果関係が認められず、手数料返還の要件を満たさない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 阻害要因(Teach away / Hindernisgrund)立証の厳格性:
    「処理時間・タクトタイムの増大」を理由として周知技術の組み合わせに対する阻害要因を主張する場合、先行技術における具体的な制約条件や時間データ等の客観的・定量的証拠(Beweismittel)による裏付けが不可欠であることが再確認された。単なる技術的懸念や推測の陳述のみでは阻害要因として認められない。
  • EPC規則103条に基づく審判手数料返還の因果関係要件:
    原審(異議部等)に理由不備や聴取権侵害等の瑕疵があったとしても、その瑕疵が決定の結論を左右しない付随的理由(傍論)にとどまる場合、当事者が別異の理由を争うために審判を申し立てる必要があった以上、返還の要件(重大な手続瑕疵と不服申立ての因果関係・衡平性)は満たされないという実務基準が示されている。

【EPO審判部 / 2026年6月25日】T 0861/24 - 天然繊維および合成繊維を含む繊維ウェブの製造方法に関する特許維持決定に対する審判請求事件(原決定取消・特許取消)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、欧州特許第3433421号(発明の名称:「METHOD OF PRODUCING A FIBROUS WEB CONTAINING NATURAL AND SYNTHETIC FIBRES」)に対する異議申立手続において、欧州特許庁(EPO)異議部が特許を訂正された形(当時の補助請求5、現・審判段階の補助請求8に相当)で維持する中間決定を下したところ、特許権者(Paptic Ltd)および異議申立人(Ahlstrom Oyj)の双方がこれを不服として控訴(Appeal)を申し立てた事案である。

【特許権者の請求・主張】
特許権者は、原決定を取り消し、特許を付与時クレーム(主請求)のまま維持すること、あるいは審判請求理由書とともに提出した補助請求1〜7、または異議申立人の控訴に対する答弁書とともに提出した補助請求8〜12に基づく訂正維持を求めた。実体面では、最接近先行技術であるD1(US 2009/0223644 A1)には天然繊維とバインダー塗布の組合せについて開示も示唆もなく、本発明は特定の繊維構成とバインダー処理により「プラスチック類似の性質(plastic-like properties)」という優れた技術的効果を奏するため、進歩性を有すると主張した。

【異議申立人の請求・主張】
異議申立人は、原決定を取り消し、特許を完全に取り消す(Revocation)ことを求めた。主たる主張として、主請求およびすべての補助請求に係るクレーム1の発明は、D1に記載された公知技術に照らして当業者が容易に想到し得たものであり、EPC第56条に基づく進歩性を欠く旨を主張した。

2. 判決の主文

1. 原決定を取り消す(The decision under appeal is set aside)。
2. 本件特許を取り消す(The patent is revoked)。

3. 主な争点

  • 争点1: 主請求、補助請求1〜3および補助請求7〜12における進歩性(EPC第56条)の有無
    (D1に開示されたウェブ製造方法に対して、天然繊維の選択や天然繊維/合成繊維の配合比率等の限定事項が、顕著な技術的効果に基づく非自明な構成といえるか、あるいは単なる自明な代替・任意の選択にすぎないか)
  • 争点2: 控訴審段階で初めて提出された補助請求4〜6の審判手続上の採択性(RPBA 2020 第12条(6)項)
    (異議部手続の最終期日後の異議申立人の主張に対して、第一審口頭審理で提出せず控訴理由書で初めて提出したクレームセットが、審判手続において斟酌されるべきか)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) 進歩性に関する判断(主請求・補助請求1〜3・補助請求7〜12:EPC第56条違反)

  • 先行技術D1の開示内容:
    D1には、フォームフォーミング法により形成された湿潤ウェブに対し、吸引を行いながらバインダーを塗布・浸透させる工程が開示されている。また、D1の段落[0027]には補強繊維として有機繊維(麻などの天然繊維)が使用可能であること、および当該繊維を用いることで燃焼残渣が生じないという利点が開示されている。
  • 相違点に起因する技術的効果の立証不備(確立された判例 T 197/86 の適用):
    特許権者は「プラスチック類似の性質(延伸性等)」という効果を主張するが、本件特許の記載(段落[0016]等)から、この性質はバインダーの特定の塗布方法に起因するものであり、相違点である「天然繊維の選択」に起因するものとは認められない。確立された判例法(T 197/86)によれば、進歩性を基礎づける改良効果を主張する場合の比較対照は、当該効果が「発明の相違点に由来する」ことを示すものでなければならないが、本件の比較例はD1の教示する湿潤ウェブへの塗布と異なる乾燥ウェブへの塗布を対照としており、D1に対する効果の実証となっていない。
  • 客観的技術課題の再設定および自明性:
    相違点による有利な効果が立証されていない以上、解決されるべき客観的技術課題は「代替的な方法の提供(provision of an alternative method)」に格下げされる。D1には麻等の天然繊維の利用やその単独・併用が明示されており、燃焼時の利点も示唆されていることから、D1のバインダー塗布工程において天然繊維を選択すること(主請求)、また特定の比率で合成繊維と混合すること(補助請求7・8)や目付(坪量)の範囲(補助請求9)、未叩解繊維の採用(補助請求10等)は、いずれも当業者にとってD1の広範な教示からの「任意の選択(arbitrary selection)」にすぎず、進歩性を欠く。

(2) 審判手続における遅れて提出された請求の不採択(補助請求4〜6:RPBA 第12条(6)項)

  • 特許権者は、異議部段階のRule 116 EPCに基づく最終提出期日にD1に基づく進歩性欠如の主張がなされたため、第一審での提出機会がなく控訴理由書が初の上程機会であったと主張した。
  • しかし、審判廷は、Rule 116 EPCは新たな請求の提出を法的に禁じるものではなく、第一審の口頭審理において提出することが可能かつ求められていた(could and should have been submitted)と判示。第一審で却下される懸念があったとしても、それは控訴審で初めて提出することを正当化する理由にはならない。
  • 特許権者の訴訟追行により第一審での実質的判断が妨げられた請求を控訴審で新たに審理することは、審判手続の本質が原決定に対する司法的見直し(RPBA 第12条(2)項)にあることに反するため、RPBA 第12条(6)項に基づき補助請求4〜6を審理から排除(不採択)した。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 課題解決アプローチ(Problem-Solution Approach)における効果の立証責任と明確な比較対象の設定:
    進歩性の主張において有利な効果(本件ではプラスチック類似性)を主張する場合、判例(T 197/86)に則り、その効果が「請求項と最接近先行技術との間の技術的相違点」に真に由来することを実験的に立証しなければならない。先行技術に既に存在する特徴(バインダー塗布様態)に起因する効果を根拠に課題を高度に設定することは認められず、課題が「代替手段の提供」に再設定された場合、公知文献内の例示群からの単なる選択は進歩性欠如と判断されるリスクが高い。
  • RPBA 2020下での第一審における手続追行の厳格性(補助請求の提出時期):
    審判手続(Boards of Appeal)におけるRPBA 第12条(6)項の適用は極めて厳格である。第一審(異議部)の口頭審理で審理・判断させず、控訴段階で初めて持ち出された補助請求は、たとえ相手方の直前の反論に対応するものであっても「第一審で提出すべきであった」として門前払い(不採択)とされる。異議部段階で予備的防衛線をすべて顕名化し、異議部に採否または実体の判断を下させておくことが、控訴審での審理対象確保のために不可欠である。

【EPO 審判部(審判部 3.5.05) / 2026年5月13日】T 0382/25 - 電子タバコの放出制御機構に関する新規事項追加(EPC第123条(2))およびG 1/24に基づくクレーム解釈の抗弁に関する控訴審決定

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、JT International SA(特許権者・控訴人)が保有する欧州特許第2982255号(発明の名称:「Inhalation device including substance usage controls」)に対し、Lippert Stachow Patentanwälteほか2名(異議申立人・被控訴人ら)が異議申立てを行い、異議部が新規事項追加(EPC第100条(c) / 第123条(2)違反)を理由に特許取消決定を下した事案の控訴審である。 特許権者は、特許付与時のクレームを維持する主請求、および補助請求0〜11(補助請求0.1および11は控訴理由書で初提出)を掲げ、取消決定の破棄と特許維持を求めた。また、特許権者は係属中の拡大審判部付託事件(G 1/26)を理由とする審理停止、または拡大審判部への付託(EPC第112条(1)(a))を求めた。

2. 判決の主文

  1. 審理手続停止の請求を却下する。
  2. 拡大審判部への付託請求を却下する。
  3. 本件控訴を棄却する(特許取消決定を維持)。

3. 主な争点

  • 争点1: 主請求(および補助請求1〜10)クレーム1における補正がEPC第123条(2)に違反するか(中間的一般化の成否)、および拡大審判部決定G 1/24に基づく明細書参酌による限定的クレーム解釈により当該瑕疵を治癒できるか。
  • 争点2: EPC第123条(2)等へのG 1/24の適用関係をめぐり審理手続を停止すべきか、または拡大審判部へ付託すべきか(EPC第112条(1)(a))。
  • 争点3: 第一審で却下された補助請求0、および控訴審で初提出された補助請求0.1および11の審理対象への許容性(RPBA 2020 第12条(4)、第12条(6))。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) 主請求および補助請求1〜10のEPC第123条(2)違反

主請求クレーム1の特徴1.9「control the release of first substance based on the determined amount...」は、出願当初に開示されていた「release rate(放出率)」から「release(放出全般)」へと不当に一般化されたものである。この文言は、放出温度の制御や放出量の増加など広範な制御態様を包含するが、出願当初の明細書にはセンサおよびタイマのデータに基づく物質量に応じたこのような広範な制御の開示根拠は存在しない(中間的一般化に該当)。

特許権者は「G 1/24に従い明細書を参酌すれば、クレームの『control the release』は明細書の実施形態に即して『放出停止または放出率の低減(limit logic)』と狭義に解釈されるため新規事項追加には当たらない」と主張した。 しかし審判部は、G 1/24がクレーム解釈時に明細書・図面を常に参酌すべき旨を定めているとしても、クレームの文言上可能な範囲を超えて、明細書の特定実施形態に合致するようにクレームを限定解釈する権限を与えるものではない(T 2027/23引用)と判示した。特許権者の主張を認めると、あらゆる過度な一般化補正が「明細書に開示された範囲で狭く解釈される」ことになり、EPC第123条(2)の規定が形骸化・無効化(nugatory)してしまう(T 405/24引用)。したがって、主請求および同様の瑕疵を有する補助請求1〜10はEPC第123条(2)に違反する。

(2) 手続停止および拡大審判部への付託請求の却下

本件の争点は新規事項追加に関する確立された判例法に基づき十分に判断可能である。G 1/24のクレーム解釈の原則がEPC第123条(2)の判断にも妥当し得るとしても、明細書の一部を引用して限定解釈することで許されない補正を救済することはできない。したがって、別件(T 873/24)に基づく付託事件(G 1/26)の結論を待つ手続停止や新たな付託は不要である。

(3) 補助請求0、0.1、11の不許容(RPBA 2020 第12条(4)、第12条(6))

  • 補助請求0:第一審口頭審理期日での遅延提出であり、かつ一見して(prima facie)EPC第123条(2)違反を解消していないとして異議部が裁量により却下した判断に誤りはなく、控訴審でこれを審理対象に採り上げるべき正当な事由もない(RPBA 第12条(6)前段)。
  • 補助請求0.1および11:控訴審で初めて提出された補正(amendments)であるところ、異議部決定に対する適切な対応とは認められず、他事件を警戒した「念のための提出」等は控訴審の性質(第一審決定の司法審査)に反するため、審理対象から除外した(RPBA 第12条(4)、第12条(6))。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • G 1/24決定の適用限界の明確化(第123条(2)との関係): 拡大審判部決定G 1/24はクレーム解釈における明細書の参酌を義務付けているが、本判決(ならびに引用されたT 2027/23、T 405/24)は、「明細書を参照してクレームを文言よりも限定的に解釈し、中間的一般化(新規事項追加)の瑕疵を回避・治癒する抗弁」を一貫して否定した。ドラフティングおよび補正実務において、クレーム文言そのものが当初開示の直接的かつ一義的な範囲内に収まるよう厳格に記載・補正する必要性が再確認された。
  • RPBA 2020下における補助請求の提出戦略: 第一審の示唆や書面段階で予見可能であった論点について、第一審口頭審理や控訴審理由書に至ってから補正請求を追加・差替えても、RPBA第12条(4)・(6)により極めて厳格に排除される実務が定着している。

【欧州特許庁審判部 / 2026年6月26日】T 0060/26 - ネットワークタイミング同期システムに関する出願拒絶査定に対する不服審判請求事件

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、欧州特許出願(出願番号:09814917.2、発明の名称:「Network timing synchronization systems」)の拒絶査定に対する出願人(Appellant)による審判請求事件である。本願発明は、通信経路を介してフォロワーシステムを基準システムのタイミングに同期させる技術に関し、伝搬イベントのタイムスタンプ対から補正係数(CF)等を算出・適用することを特徴とする。

EPO審査部(Examining Division)は、主請求がEPC第84条(明確性)に、補助請求1がEPC第84条および第54条(新規性)に違反し、口頭審理期日に提出された補助請求2および3は裁量(Rule 137(3), Rule 116 EPC)に基づき手続に認容されないとして出願を拒絶した。 出願人は拒絶査定の取消しおよび特許付与を求めて審判請求を提起し、審判手続の過程で主請求および補助請求1〜14(審判理由書提出後や口頭審理当日の朝に提出された請求を含む)を提示したほか、EPC規則第103条(1)(a)に基づく審判手数料の全額返還、および口頭審理議事録の訂正等を請求した。

2. 判決の主文

本件審判請求を棄却する(The appeal is dismissed)。

3. 主な争点

  • 争点1: 請求項の明確性要件適合性(EPC第84条)
    主請求、補助請求1〜4、7〜9における「vicinity with the highest density of CFn」、「Teon」、「range of bins ... having the highest density」等の用語・特定が、当業者にとって保護を求める技術的範囲を明確に画定しているか。
  • 争点2: 審判段階の後期に提出された補正請求の認容性(RPBA 2020第13条(1)および(2))
    審判理由書の提出後に提出された補助請求6、ならびに審判部によるRPBA第15条(1)に基づく予備的通知の送達後(口頭審理当日朝)に提出された補助請求10〜14が手続に認容されるか(一見しての認容可能性(prima facie allowability)、例外的な状況(exceptional circumstances)の有無)。
  • 争点3: 審査部による重大な手続違反の有無および審判手数料の返還(EPC規則第103条(1)(a))
    審査部が第1審口頭審理において提出された補助請求2・3を不受理としたことが裁量の誤謬ないし重大な手続違反に該当するか。
  • 争点4: 口頭審理議事録の訂正請求(EPC規則第124条(1))
    出願人が求めた議事録の広範な加筆・訂正要求が認められるか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) 明確性要件について(EPC第84条)

  • 主請求・補助請求4: 「vicinity with the highest density of CFn」という記載について、「vicinity(近傍)」の範囲(絶対範囲か相対範囲か、その広がり)が定義されておらず、基準点も不明確である。明細書や図面の記載を参照しても計算手法や保護範囲を明確に特定できず、EPC第84条に違反する。
  • 補助請求1: 「Teon」なる用語は当該技術分野において確立された意味を有しておらず、請求項上は単にタイムスタンプ対を「含む(includes)」としか定義されていない。一方、明細書中の定義(タイムスタンプ要素の「群(group)」)とも不整合であり、請求項の記載は不明確である。
  • 補助請求2: 「vicinity」を「interval of highest concentration(最高濃度の区間)」と定義し直しているが、近傍(隣接領域)という語義と矛盾し、依然としてその広がりおよび正確な位置が不明である。
  • 補助請求3、7〜9: 「range of bins having the highest density」という記載について、通常ヒストグラムで最高密度を有するのは単一のビンであり、複数のビンからなる「範囲」が最高密度を持つとした場合、どのビンが何個含まれるのか、どのような基準と比較して最高密度となるのかが特定できず、不明確である。

(2) 後期提出の補助請求の認容性について(RPBA 2020第13条(1)・(2))

  • 補助請求6(RPBA 2020第13条(1)): 審判理由書提出から3か月後に追加された本請求は、「sliding window」という原処分時には請求項に含まれていなかった新事項(fresh case)を導入しており、手続の複雑化を招く。また、パラメータ「N」の具体的算出方法が不明確であり、一見して認容可能(prima facie allowable)とはいえないため、裁量により不受理とした。
  • 補助請求10〜14(RPBA 2020第13条(2)): 口頭審理期日の当日の朝に提出された請求群について、出願人は「審判部の予備的見解に精神的動揺(emotionally disturbed)を覚えた」こと等を理由として挙げたが、審判部の見解に対する単なる不服は「説得力ある理由を伴う例外的な状況(exceptional circumstances justified by cogent reasons)」には該当しない。さらに、79ページに及ぶ説明文書を伴い手続経済を害する上、実体上もEPC第84条違反を一見して解消していないため、手続に認容しない。

(3) 審査部の手続違反の有無および審判手数料の返還(EPC規則第103条(1)(a))

本件審判請求自体が認容されないため、手数料返還の前提要件を満たさない。また、第1審審査部が指定期限経過後の口頭審理期日に提出された補助請求2・3につき、EPC規則第116条および第137条(3)の枠組みに従い、明確性違反が一見して解消されていないこと等を理由に不受理とした判断は、適法な裁量権の行使であり、重大な手続違反は認められない。

(4) 議事録の訂正請求(EPC規則第124条(1))

EPC規則第124条(1)に基づき、議事録には「口頭審理の要点」および「当事者の関連する陳述」が記録されるべきところ、どの程度の詳細さで記載するかは書記官および裁判長の裁量に属する(T 1891/20参照)。出願人氏名のスペル誤りの訂正を除き、要点や関連陳述の脱漏はなく、過度に詳細な追記請求は却下される。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 独自用語・統計的表現のクレームドラフティング上の厳格性:
    「Teon」のような造語や、「vicinity with the highest density」「range of bins」といった統計・アルゴリズム上の概念をクレームに導入する際、請求項自体からその技術的境界(区間の幅、基準点、算出条件等)が一義的に明確でなければ、EPC第84条違反を免れない。明細書に記載があっても請求項の文言と齟齬がある場合は治癒されないため、クレーム内での厳密な数学的・技術的定義が求められる。
  • RPBA 2020における段階的厳格化(コンバージェンス・アプローチ)の徹底:
    審判段階での補正は極めて制限される。特に第15条(1)通知後の補正(第13条(2))では、「例外的な状況」かつ「説得力ある理由」の立証が厳格に要求され、審判部の予備的見解に対する反論や主観的動揺は理由として認められない。また、審判段階で新たな構成(fresh case)を導入することは第13条(1)の裁量により一見して却下されるリスクが高い。
  • 第1審口頭審理でのレイトファイリングに対する審査部の裁量:
    Rule 116 EPCに基づく期限徒過後の補正について、審査部が「一見して認容可能でない(not prima facie allowable)」として不受理とした判断は、裁量権の濫用がない限り審判部で覆らず、重大な手続違反(手数料返還事由)にもならない。

【EPO審判部 / 2026年04月22日】T 0642/25 - 取引データ処理用機械学習モデルのデータ拡張・学習方法に関する進歩性欠如審決

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

(当事者および出願経過)
出願人(Appellant)Featurespace Limitedは、デジタル取引データにおける異常(不正取引等)を検知するための教師あり機械学習システムを学習させるコンピュータ実装方法に関する欧州特許出願(出願番号:21728871.1)を行った。欧州特許庁(EPO)審査部は、請求項に係る発明は先行技術文献(D1)に対して進歩性を欠く(EPC第52条(1)および第56条違反)として拒絶査定を下した。これを不服とした出願人が審判を請求した。

(請求項1の発明特定事項)
請求項1の方法は、未ラベルの取引データサンプルに「異常なし」のラベルを付与し、観測特徴量とコンテキスト特徴量に分割した上で、異なるエンティティ間の特徴量を組み合わせて合成データサンプルを生成し、「異常あり」のラベルを付与して学習データを拡張(augmentation)し、この拡張データセットを用いて機械学習システムを学習させ、新たなデータに対して異常の有無を示す値を出力可能にするものである。

(出願人の主張の骨子)
出願人は、ラベル付きデータが不足・欠落している状況下で高精度な機械学習モデルを生成するという課題は客観的かつ技術的課題であり、合成データの生成およびそれによる学習データセットの拡張自体が技術的効果を生むと主張した。また、生成されたラベルは機能的データ(functional data)であり、画像分類において合成データ生成が進歩性の根拠とされた判例(T 1286/09)や、不正検知システムを技術的と認めた判例(T 1901/08)と同様に保護されるべきであると主張した。

2. 判決の主文

審判請求を棄却する(The appeal is dismissed)。

3. 主な争点

  • 争点1: 金融・取引データにおける異常検知モデルの学習およびデータ拡張(合成データ生成)手法が「技術的性質(technical character)」を有し、進歩性の判断において技術的貢献(technical contribution)をもたらすか。
  • 争点2: ラベル付きデータの欠如という問題の解決および生成されたラベル・合成データが、EPO実務(COMVIKアプローチ等)上の「技術的課題」および「機能的データ」に該当するか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

審判部(Board of Appeal)は、COMVIK判決(T 0641/00)の法理に基づき、請求項1に係る発明は通常の汎用コンピュータ上で実行される以上の技術的特徴を有さず、進歩性を欠く(EPC第56条)と判断した。

(1) 機械学習モデルおよび学習対象データの非技術性
機械学習モデル(システム)自体およびその学習手法(教師あり学習を含む)は、本質的に数学的方法(mathematical methods)であり、それ自体では技術的性質を有しない。取引データ(決済データ等)は単なる抽象的データであり、これらに内在的な技術的特徴はない。

(2) 技術的目的および「更なる技術的効果(further technical effect)」の不存在
(金融)取引が「異常」であるか否かを判定する目的はビジネス上・認知上の目的であって、EPC上の「技術的目的(technical purpose)」に該当しない(EPO審査ガイドライン G-II, 3.3.1、T 755/18参照)。したがって、そのような目的のために機械学習モデルを学習・高精度化することや、そのための学習データセットを生成・拡張することは、更なる技術的効果をもたらさない。

(3) 出願人の主張に対する反論・当てはめ

  • 技術的課題の成否:「ラベル付きデータが不足している」という事態は実務上の課題であっても技術的課題ではなく、ラベル生成も抽象的データ処理にとどまる。
  • 機能的データの該当性:本件で生成されるラベルは、データ構造製品に関する判例(T 1194/97)で定義される「機能的データ(functional data)」ではなく、単なる「認知的情報(cognitive information)」である。
  • T 1286/09(画像分類)との差異:T 1286/09はデジタル画像の色分布のシフトなど、デジタル画像の具体的表現に依存した画像変換を伴うものであり、抽象的な取引データを組み合わせる本件とは根本的に異なる。
  • T 1901/08(ATM不正検知)との差異:特定のハードウェア端末(ATM等)を対象としたT 1901/08とは異なり、本件の特徴は汎用コンピュータで実行される非技術的特徴にとどまり、ビジネス上の効果しか奏しない。

結論: 先行技術文献D1との詳細な比較を要するまでもなく、本件方法は汎用コンピュータでの実行を除き技術的貢献を一切もたらさないため、進歩性を欠く。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • AI/機械学習(ML)の学習手法・データ拡張に関する審査実務の再確認:
    EPOにおけるAI/ML関連発明の審査では、モデルの学習方法やデータ拡張(Data Augmentation)手法それ自体に新規なアルゴリズムが存在しても、それが「特定の技術的目的(specific technical purpose)」に限定されていない、あるいは「コンピュータの内部実装(specific technical implementation)」に根差していない限り、非技術的特徴(数学的方法)として進歩性の判断から除外される(COMVIKアプローチの厳格な適用)。
  • 金融・不正検知分野におけるクレームドラフティングの留意点:
    取引データ分析や不正検知(Fraud Detection)は原則として「ビジネス・金融分野(非技術的分野)」とみなされるため、データ拡張や学習方法単体で権利化を図ることは極めて困難である。進歩性を主張するためには、入出力データが物理的実体・技術的パラメータ(画像、センサー信号、通信制御等)に直結していること、またはハードウェアの効率的利用・特定の実装アーキテクチャに依存した技術的効果を明細書およびクレームにおいて明確に特定する必要がある。

【EPO審判部 / 2026年7月7日】T 0343/25 - 光センサを備える補聴装置の特許性(新規性・進歩性・新規事項追加・明確性)に関する審判決定

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、欧州特許第3806495号(発明の名称:「Hearing device including an optical sensor」)に対する異議申立手続において、EPO異議部(Opposition Division)が特許権者の「補助請求2」の補正形態で特許を維持する旨の中間決定を下したことを不服として、特許権者(Sonion Nederland B.V.)および異議申立人(K/S HIMPP)の双方が提起した審判請求事件である。

本件特許は、耳あな型・耳かけ型等の補聴装置において、心拍数測定等のための光トランスデューサをハウジングのキャビティ(空洞部)内に実装し、液状の封止用接着剤(エポキシ等)をキャビティに充填・硬化させて外向きに湾曲したシールド(ドーム状レンズ)を一体形成することで、装置の省スペース化と光学的視野(Field of View)の制御を両立させる技術に関するものである。

【当事者の請求】

  • 特許権者(Patent Proprietor):原決定を取り消し、主請求(登録時のクレームの維持=異議申立の棄却)を認めること、予備的に補助請求1または補助請求2に基づく特許維持を請求。
  • 異議申立人(Opponent):原決定を取り消し、本件特許の完全取消し(Revocation)を請求。

2. 判決の主文

  1. 原決定を取り消す(The decision under appeal is set aside.)。
  2. 本件特許を取り消す(The patent is revoked.)。

3. 主な争点

  • 争点1(主請求・新規性):先行文献D1の開示内容に照らし、主請求に係る発明が新規性(EPC第54条)を有するか(特にキャビティ上にシールドが形成されているとする構成要件(h)の充足性)。
  • 争点2(主請求・進歩性):D1を出発点として、主請求に係る発明が進歩性(EPC第56条)を有するか(当業者がキャビティを樹脂封止して凸型レンズ状シールドを形成することの容易想到性)。
  • 争点3(補助請求1・新規事項の追加):段部構造(stepped design)に関して「1つ以上のステップ部」と機能的文言を組み合わせた補正が、許されない中間一般化(unallowable intermediate generalisation)として新規事項追加(EPC第123条(2))に該当するか。
  • 争点4(補助請求2・明確性):装置クレームにおいて製造過程の機能的効果(「enabling」「fostering」)を用いて段部構造を規定した補正が、クレームの明確性(EPC第84条)要件を満たすか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

1. 主請求:新規性(肯定)および進歩性(否定)

  • 新規性(EPC第54条): 異議部はD1により新規性が喪失されると判断していたが、審判部はD1の構造においてキャビティを構成する要素(スロットと凹部チャンネルの複合構造)を精査した。D1の丸型トップ封止体はキャビティ内部に位置しており、「キャビティを覆うシールドを形成する(構成要件h)」ことまでは直接的かつ一義的に開示されていないと認定し、新規性を認めた。
  • 進歩性(EPC第56条): 客観的技術課題は「環境影響からキャビティを効果的に保護すると同時に、発光・受光素子対の視野を成形すること」と設定された。 D1には、①光検出を改善するための導波路として凹部チャンネルを透明材料で満たす教示、および②エポキシによる素子封止の教示が存在する。当業者がD1の導波路(光学ガラス)を透明エポキシに置換し、キャビティを満たすように樹脂を注入することは通常の設計変更の範囲内である。その際、液体の表面張力(メニスカス)によって硬化時に自然と「外向きに湾曲したシールド(凸型レンズ)」が形成され、所望の環境封止と視野制御が同時に達成される。したがって、主請求は進歩性を欠く。

2. 補助請求1:新規事項の追加(EPC第123条(2)違反)

  • 補助請求1は、側壁に「1つ以上のステップ部(one or more step portions)」を有し、これが製造中に物質をキャビティ内に留めドーム形成を促進する(enabling / fostering)という特徴を追加した。
  • しかし、当初明細書において上記機能的効果が直接的に開示されているのは「2つ以上のステップ」を有する実施形態(図2C)のみである。単一ステップを示す図4(静止図面)から当該動的な製造効果を導き出すことはできず、特定実施形態から機能的効果のみを抽出してより広範な構造(1つ以上)に適用する補正は、許されない中間一般化(unallowable intermediate generalisation)に該当する。

3. 補助請求2:明確性(EPC第84条違反)

  • 補助請求2はステップ数を「2つ以上」に限定したものの、異議部が適法とした明確性の判断を審判部は覆した。
  • 本件クレームは「物(装置)」のクレームでありながら、製造中の挙動・結果(「enabling」「fostering」「during manufacturing」)という機能的文言によって構造を画定しようとしている。流体の物理的挙動は二者択一的ではなく、高粘度樹脂であればステップの有無や位置にかかわらず表面張力でドーム状メニスカスを維持し得る。
  • クレーム上、段部がキャビティのどの位置(外縁部か底部か等)に存在すべきか構造的に特定されておらず、段部とドーム形成との間の因果関係が不明確である。製造作業者に対する「視覚的目印」といった主張も、最終製品たる装置自体の客観的・構造的境界を画定するものではないため、クレームはEPC第84条の明確性要件を充足しない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 物(装置)クレームにおける機能的・プロセス的限定(明確性): 物のクレームにおいて製造時の動的プロセスや機能的効果(「〜を促進する(fostering)」「〜を可能にする(enabling)」)を用いて構造的特徴を特定しようとする場合、最終製品において確認・検証可能な明確な構造的差異をもたらさない限り、EPC第84条違反(不明確)となるリスクが極めて高い。製造上の利点・作用効果は、可能な限り客観的な幾何学的・構造的パラメータ(段部の配置位置、寸法等)としてクレームアップする必要がある。
  • EPC実務における中間一般化(Intermediate Generalisation)の厳格性: 特定の実施形態に開示された構造(例:2ステップ)と特定の作用効果との因果関係が存在する場合、作用効果の文言を維持したまま構造のみを上位概念化(例:1ステップ以上)してクレームへ導入することは、新規事項追加(EPC第123条(2))として厳格に排除される実務が再確認された。
  • 周知の物理現象(表面張力)と進歩性: 液状樹脂の注入・充填に伴い表面張力(メニスカス)によって自然発生する湾曲形状やレンズ効果は、当業者にとって自明な物理的帰結とみなされ、格別の構造的工夫や予期せぬ顕著な効果がない限り、進歩性を基礎付ける要素とは認められない。

【UPC Court of Appeal / 2026年08月28日】No. UPC-CoA-678/2025 - 特許補正手続の許容性、先行技術に基づく進歩性、およびUPCA非締約国における特許侵害管轄・立証責任に関する控訴審判決

1. 事案の概要(事実経過・請求内容) 当事者: 控訴人(第一審原告)は、スロージューサー市場で事業を展開する韓国法人Hurom Co., Ltd.(以下「HUROM」)。 被控訴人(第一審被告)は、韓国法人NUC Electronics Co., Ltd(以下「NUC Ko...