【EPO審判部 / 2026年7月7日】T 0343/25 - 光センサを備える補聴装置の特許性(新規性・進歩性・新規事項追加・明確性)に関する審判決定

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、欧州特許第3806495号(発明の名称:「Hearing device including an optical sensor」)に対する異議申立手続において、EPO異議部(Opposition Division)が特許権者の「補助請求2」の補正形態で特許を維持する旨の中間決定を下したことを不服として、特許権者(Sonion Nederland B.V.)および異議申立人(K/S HIMPP)の双方が提起した審判請求事件である。

本件特許は、耳あな型・耳かけ型等の補聴装置において、心拍数測定等のための光トランスデューサをハウジングのキャビティ(空洞部)内に実装し、液状の封止用接着剤(エポキシ等)をキャビティに充填・硬化させて外向きに湾曲したシールド(ドーム状レンズ)を一体形成することで、装置の省スペース化と光学的視野(Field of View)の制御を両立させる技術に関するものである。

【当事者の請求】

  • 特許権者(Patent Proprietor):原決定を取り消し、主請求(登録時のクレームの維持=異議申立の棄却)を認めること、予備的に補助請求1または補助請求2に基づく特許維持を請求。
  • 異議申立人(Opponent):原決定を取り消し、本件特許の完全取消し(Revocation)を請求。

2. 判決の主文

  1. 原決定を取り消す(The decision under appeal is set aside.)。
  2. 本件特許を取り消す(The patent is revoked.)。

3. 主な争点

  • 争点1(主請求・新規性):先行文献D1の開示内容に照らし、主請求に係る発明が新規性(EPC第54条)を有するか(特にキャビティ上にシールドが形成されているとする構成要件(h)の充足性)。
  • 争点2(主請求・進歩性):D1を出発点として、主請求に係る発明が進歩性(EPC第56条)を有するか(当業者がキャビティを樹脂封止して凸型レンズ状シールドを形成することの容易想到性)。
  • 争点3(補助請求1・新規事項の追加):段部構造(stepped design)に関して「1つ以上のステップ部」と機能的文言を組み合わせた補正が、許されない中間一般化(unallowable intermediate generalisation)として新規事項追加(EPC第123条(2))に該当するか。
  • 争点4(補助請求2・明確性):装置クレームにおいて製造過程の機能的効果(「enabling」「fostering」)を用いて段部構造を規定した補正が、クレームの明確性(EPC第84条)要件を満たすか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

1. 主請求:新規性(肯定)および進歩性(否定)

  • 新規性(EPC第54条): 異議部はD1により新規性が喪失されると判断していたが、審判部はD1の構造においてキャビティを構成する要素(スロットと凹部チャンネルの複合構造)を精査した。D1の丸型トップ封止体はキャビティ内部に位置しており、「キャビティを覆うシールドを形成する(構成要件h)」ことまでは直接的かつ一義的に開示されていないと認定し、新規性を認めた。
  • 進歩性(EPC第56条): 客観的技術課題は「環境影響からキャビティを効果的に保護すると同時に、発光・受光素子対の視野を成形すること」と設定された。 D1には、①光検出を改善するための導波路として凹部チャンネルを透明材料で満たす教示、および②エポキシによる素子封止の教示が存在する。当業者がD1の導波路(光学ガラス)を透明エポキシに置換し、キャビティを満たすように樹脂を注入することは通常の設計変更の範囲内である。その際、液体の表面張力(メニスカス)によって硬化時に自然と「外向きに湾曲したシールド(凸型レンズ)」が形成され、所望の環境封止と視野制御が同時に達成される。したがって、主請求は進歩性を欠く。

2. 補助請求1:新規事項の追加(EPC第123条(2)違反)

  • 補助請求1は、側壁に「1つ以上のステップ部(one or more step portions)」を有し、これが製造中に物質をキャビティ内に留めドーム形成を促進する(enabling / fostering)という特徴を追加した。
  • しかし、当初明細書において上記機能的効果が直接的に開示されているのは「2つ以上のステップ」を有する実施形態(図2C)のみである。単一ステップを示す図4(静止図面)から当該動的な製造効果を導き出すことはできず、特定実施形態から機能的効果のみを抽出してより広範な構造(1つ以上)に適用する補正は、許されない中間一般化(unallowable intermediate generalisation)に該当する。

3. 補助請求2:明確性(EPC第84条違反)

  • 補助請求2はステップ数を「2つ以上」に限定したものの、異議部が適法とした明確性の判断を審判部は覆した。
  • 本件クレームは「物(装置)」のクレームでありながら、製造中の挙動・結果(「enabling」「fostering」「during manufacturing」)という機能的文言によって構造を画定しようとしている。流体の物理的挙動は二者択一的ではなく、高粘度樹脂であればステップの有無や位置にかかわらず表面張力でドーム状メニスカスを維持し得る。
  • クレーム上、段部がキャビティのどの位置(外縁部か底部か等)に存在すべきか構造的に特定されておらず、段部とドーム形成との間の因果関係が不明確である。製造作業者に対する「視覚的目印」といった主張も、最終製品たる装置自体の客観的・構造的境界を画定するものではないため、クレームはEPC第84条の明確性要件を充足しない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 物(装置)クレームにおける機能的・プロセス的限定(明確性): 物のクレームにおいて製造時の動的プロセスや機能的効果(「〜を促進する(fostering)」「〜を可能にする(enabling)」)を用いて構造的特徴を特定しようとする場合、最終製品において確認・検証可能な明確な構造的差異をもたらさない限り、EPC第84条違反(不明確)となるリスクが極めて高い。製造上の利点・作用効果は、可能な限り客観的な幾何学的・構造的パラメータ(段部の配置位置、寸法等)としてクレームアップする必要がある。
  • EPC実務における中間一般化(Intermediate Generalisation)の厳格性: 特定の実施形態に開示された構造(例:2ステップ)と特定の作用効果との因果関係が存在する場合、作用効果の文言を維持したまま構造のみを上位概念化(例:1ステップ以上)してクレームへ導入することは、新規事項追加(EPC第123条(2))として厳格に排除される実務が再確認された。
  • 周知の物理現象(表面張力)と進歩性: 液状樹脂の注入・充填に伴い表面張力(メニスカス)によって自然発生する湾曲形状やレンズ効果は、当業者にとって自明な物理的帰結とみなされ、格別の構造的工夫や予期せぬ顕著な効果がない限り、進歩性を基礎付ける要素とは認められない。

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