1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
(1)当事者および原審(リスボン地方部:UPC-CFI-850/2026)の経過
被控訴人(第1審原告:Shenzhen Transsion Holdings Co. Ltd.)は、保有特許(EP 4 123 910)に基づき、控訴人ら(第1審被告:Telefonaktiebolaget LM Ericssonら)を相手方として、リスボン地方部に特許権侵害訴訟を提起し、恒久的差止命令等を請求した。
これに対し、控訴人らは、ハーグ地方部に係属中の標準必須特許(SEP)に関する世界規模のFRANDクロスライセンス条件決定手続等を理由に、統一特許裁判所手続規則(Rules of Procedure: RoP)第360条(請求の無目的化)および第361条(明白な理由欠如)に基づき差止請求等の事前却下を申し立てた。リスボン地方部は、将来の別手続の展開に依存する主張は直ちに請求の明白な不適法や理由欠如を構成しないとして本申立てを却下し、控訴を許可した。
(2)控訴提起および取下げ申請の経緯
控訴人らはリスボン地方部の決定を不服として控訴を提起し、原決定の取消しまたはハーグ地方部の手続終了までの訴訟手続中止を求めた。しかし、控訴審係属中の2026年7月9日、控訴人らは当事者間で裁判外の和解(out-of-court settlement)が成立したことを理由に、RoP第265条に基づく控訴取下げ申請(Application for withdrawal)を行い、手続終了の宣言、登録簿への決定記載、および各当事者の費用自己負担を求めた。被控訴人はこれに対して異議を述べなかった。
2. 判決の主文
統一特許裁判所控訴裁判所(Court of Appeal)は、以下のとおり決定(Order)した。
- 1. 控訴の取下げを許可する。
- 2. 事件番号 UPC_CoA_91/2026 の手続を終了(closed)とする。
- 3. 本決定を登録簿に登録することを命じる。
3. 主な争点
- 争点1: 控訴審におけるRoP第265条に基づく取下げ申請の許容性(Permissibility)
終局決定前において、被控訴人に判決を受ける正当な利益(legitimate interest)が存在するか。 - 争点2: 和解時における訴訟費用(Costs)の判断の要否
当事者間で各自費用負担の合意が成立し、費用負担命令の申立てがない場合のRoP第265.2条(c)の適用。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
(1)RoP第265.1条の準用および取下げ要件の充足(争点1について)
- RoP第265.1条は、終局決定が下されていない限り原告は訴えの取下げを申請できるとしつつ、相手方が本案判断を得ることに正当な利益を有している場合には取下げを許可しない旨を規定している。この規定は、控訴人による控訴の取下げに対しても準用される(先例:UPC_CoA_234/2024 10x v Curio 参照)。また、控訴裁判所は取下げ申請を判断する権限を有する(先例:UPC_CoA_637/2024 Avago v Tesla 参照)。
- 本件において、控訴審の終局決定は未だ下されておらず、申請は適法(admissible)である。また、被控訴人が控訴審の本案判断を得ることに正当な利益を有することを示す事情はなく、意見提出の機会を与えられたにもかかわらず被控訴人から異議申立て(objection)もなされていない。したがって、RoP第265.1条の要件を満たしており、取下げは許容される(permissible)。
(2)訴訟費用の取扱い(争点2について)
- RoP第265.2条(c)に基づき、裁判所は通常、第1部第5章に従って費用決定を行う。
- しかし、控訴人らは和解契約に基づき各自が費用を負担する合意となっている旨を主張しており、被控訴人からもこれに対する異議はない。いずれの当事者も裁判所に対する費用負担決定を求めていないため、本件手続において別途の費用負担決定を下す必要はない。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- 控訴審における取下げ実務(RoP第265条の準用)の定着:
第一審の訴え取下げを規定するRoP第265条が控訴取下げにも同様に適用されるというUPC控訴裁判所の確立した解釈(10x v Curio事件等)が再確認された。和解等により控訴を取り下げる場合、相手方に判決取得の「正当な利益(legitimate interest)」がなく、異議が出されない限り、迅速に手続終了決定が得られる。 - 和解成立時の費用合意の実務:
UPC手続規則上、取下げ時には原則として費用決定が行われるが、当事者間で「各自自己負担(each party bearing their own costs)」等の費用合意が形成され、裁判所への費用決定請求がなされない場合は、裁判所による裁定を省略して手続を円滑にクローズできる点が実務上確認できる。
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