【EPO審判部 / 2026年6月25日】T 0892/24 - 照明付きブランドエンブレムに関する特許維持決定に対する審判事件

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、特許権者(被請求人:Gerhardi Lüdenscheid GmbH)の欧州特許第3405366号(発明の名称:「BELEUCHTETES MARKENEMBLEM / 照明付きブランドエンブレム」)に対する異議申立事件の審判手続である。 異議申立人(請求人:Volkswagen AG)が提起した異議申立てに対し、欧州特許庁(EPO)異議部は欧州特許条約(EPC)第101条(2)に基づき異議を棄却し、特許を原承認(登録時のまま)で維持する決定を下した。これを不服とした異議申立人が審判請求(Beschwerde)を申し立て、特許の取消しを求めた。 これに対し、特許権者は審判請求の棄却(主請求)、予備的に審判答弁書とともに提出した補助請求1〜3に基づく特許の維持を求めた。

2. 判決の主文

  1. 原決定を取り消す。
  2. 本件を異議部に差し戻し、審判答弁書とともに提出された補助請求1(請求項1〜4、訂正された明細書段落[0001]および原特許の明細書・図面)に基づく補正された範囲で特許を維持することを命じる。

3. 主な争点

  • 争点1:優先権主張の有効性および登録時請求項1(主請求)の新規性(EPC第88条、第54条)
    優先権書類(E2)の記載と特許請求の範囲の文言の差異に基づき、優先権が有効に成立するか、およびE2が新規性喪失の先行技術となるか。
  • 争点2:審判段階で提出された補助請求1の手続上の許容性(審判部手続規則(RPBA/VOBK 2020)第12条(4)、(6))
    第一審(異議部手続)で提出されず審判答弁書で初めて提出された補助請求1を審判手続に受理・許容すべきか。
  • 争点3:実施可能要件(EPC第83条)および新規事項追加の有無(EPC第123条(2))
    「視野角に依存せず」等の記載や請求項の用語の修正が記載要件・補正要件を満たすか。
  • 争点4:補助請求1の新規性および進歩性(EPC第54条、第56条)
    主引用文献E3、ならびにE8、E5および周知技術に基づく進歩性の有無。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) 優先権の不成立および主請求の新規性欠如(EPC第88条、第54条)

主請求の構成要件1.1では「視野角に依存せず、好ましくは(bevorzugt)自動車分野における内装および外装で使用可能」と規定されていた。しかし、優先権書類(E2)では「内装および外装で使用可能であり、(その適用分野が)好ましくは自動車分野である」と記載されていた。 E2では内装・外装での使用が必須とされており、これに伴う耐候性等の技術的限定が暗に含まれていたのに対し、主請求の文言は内装・外装以外(衣類、宝飾品、電子機器等)への適用も広く包含する上位概念となっていた。 したがって、主請求に係る発明はE2の優先権を有効に享受できず、優先日後の公開公報であるE2はEPC第54条(2)の先行技術となり、主請求の新規性を否定する。

(2) 補助請求1の審判手続への許容(RPBA 2020第12条(4)、(6))

異議申立人は、審判例T 0217/23を援用し、優先権欠如の異議理由は第一審当初から主張されていたため補助請求1は第一審で提出されるべきであった(RPBA第12条(6)第2文)と主張した。 しかし審判部はT 0141/20の判断枠組みを採用し、「異議申立書に異議理由が存在していたことのみをもって直ちに第一審で補助請求を提出すべきであったとはいえず、第一審手続において提出の必要性(Notwendigkeit)が存在したか否かを考慮すべきである」と判示。本件では異議部が一貫して優先権を有効と判断していたため特許権者に補助請求提出の必要性はなく、第一審の口頭審理でも異議部が特許維持の見通しから補助請求の提出を不要としていた事情も認められる。 加えて、補助請求1の補正(「bevorzugt」の削除)は優先権の有効性を回復させ、争点を複雑化させないため、RPBA第12条(4)に基づく裁量により補助請求1の提出を許容した。

(3) 記載要件(EPC第83条)および補正要件(EPC第123条(2))

「視野角に依存せず」との構成は、明細書段落[0028]および図面に基づき、装飾要素の突出高さを低く抑える等の幾何学的設計により当業者が十分に実施可能である。また「全面照明」と「非透過領域」の併存も、バックライトが全面に配置されていれば技術的矛盾はない(第83条適合)。 さらに、元の請求項にあった定冠詞「die」の削除は、構成要件が初めて登場することを示す形式的な言語的調整に過ぎず、不当な中間的一般化には当たらない(第123条(2)適合)。

(4) 補助請求1の新規性および進歩性(EPC第54条、第56条)

補助請求1に係る発明は、最も近い先行技術であるE3に対し、構成1.5(レンズ背面に装飾輪郭に応じた切欠きを有する「被覆フィルム」を配置・射出成形すること)および構成1.6(当該フィルムのコーティングが「光透過領域と非透過領域を規定」すること)の点で相違し、新規性を有する。 進歩性に関し、審判部は2つの独立した部分課題への分割アプローチを否定し、課題を「レンズ背面の塗装に対する代替手段の提供」と設定した。当業者が塗装に代えてフィルムを用いること自体を着想したとしても、E3にはフィルム自体のコーティングにより透過/非透過領域を規定する動機付けはなく、単に均一なフィルムに置換するにとどまる。 また、照明を備えないE8や、構造・層構成が根本的に異なるE5を組み合わせることも事後分析的(rückschauend)な動機付けに基づくものであり、当業者にとって容易想到ではない。したがって、補助請求1は進歩性を有する。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 優先権判断における限定詞・任意的記載(bevorzugt等)の位置付け: 明細書中の「好ましくは」にかかる修飾関係のわずかな齟齬が、クレーム範囲の意図せぬ拡張(部分的一般化)とみなされ、優先権主張の無効および自己の優先権書類による新規性喪失を招く実務上のリスクが浮き彫りとなった。ドラフティングおよびクレーム解釈において厳格な注意が必要である。
  • RPBA 2020第12条(6)に基づく審判段階での遅れて提出された請求(Late-filed requests)の許容基準: 第一審で提起されていた異議理由に対応する補助請求であっても、第一審で有利な心証・決定を得ていた場合には「第一審で提出する必要性」がなかったとして、T 0217/23の厳格な排除傾向に対し、T 0141/20の法理を適用して審判部が裁量(第12条(4))により受託した重要な先例である。

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