1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、特許権者(Fairlife, LLC)が保有する欧州特許第3664624号(発明の名称:「METHODS FOR MAKING HIGH-PROTEIN GREEK YOGURT USING MEMBRANE SYSTEMS BEFORE AND AFTER FERMENTATION」)に対し、異議申立人(COMPAGNIE GERVAIS DANONE)がEPC第100条(a)(進歩性欠如)および第100条(c)(新規事項の追加)等を理由として異議を申し立てた事案の審判(Appeal)手続である。
欧州特許庁(EPO)異議部は、付与時のクレーム1(主請求)は先行技術文献D1を最も近い先行技術(closest prior art)として進歩性を欠くが、補助請求1に基づく補正形式であれば特許を維持できるとする中間決定を下した。これに対し、特許権者は付与時クレーム(主請求)での維持を求めて、異議申立人は特許の全面取消しを求めて、双方が審判請求(Appeal)を提起した。
2. 判決の主文
- 原決定(異議部の中間決定)を取り消す。
- 本件特許を付与時の状態(Main Request as granted)で維持する。
3. 主な争点
- 争点1:新規事項の追加の有無(EPC第100条(c))
付与時の従属請求項10に規定された特定の温度範囲が、請求項1に記載されたポリマー膜システムによる限外濾過濃縮工程との組み合わせにおいて、原出願の開示範囲を超えているか否か。 - 争点2:進歩性の有無(EPC第100条(a)・第56条)
文献D1(GY-2プロセス)を最近接先行技術とした場合、請求項1に係る発明(ポリマー膜による発酵前濃縮[タンパク質3.5〜6 wt.%]+セラミック膜による発酵後の酸性ホエイの限外濾過除去)が進歩性を有するか否か。 - 争点3:審判手続における遅れて提出された証拠(D12/D12a)の採否(RPBA 2020第12条(6))
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
1. 証拠の採否について(D12/D12aの不受理維持)
異議部がD12/D12aを時機に後れた提出であり一見して関連性(prima facie relevance)を欠くとして却下した裁量判断に過誤はなく、審判手続においてもこれを考慮しない(RPBA 2020第12条(6))。
2. 新規事項の追加(EPC第100条(c))について:非該当
異議申立人は、原出願の7〜8頁の記載は特定の濃縮工程に限定されておりポリマー膜との組み合わせは開示されていないと主張した。しかし、当業者であれば当該温度範囲の開示が原出願に開示・把握可能なすべての脱脂乳濃縮工程(原出願請求項7記載のポリマー膜濃縮を含む)に一般的に適用されると直接かつ一義的(directly and unambiguously)に理解できるため、新規事項の追加には当たらない。
3. 進歩性(EPC第56条)について:肯定(進歩性あり)
- 最近接先行技術(Closest Prior Art)の特定:
D1に開示された「GY-2プロセス」(脱脂乳の限外濾過およびクリーム添加によりタンパク質8.3 wt.%のヨーグルトベースを調製し、発酵後に布袋で濾過して酸性ホエイを除去するギリシャヨーグルト製造工程)が最も適切な出発点である。 - 相違点(Distinguishing Features):
- 脱脂乳の限外濾過に「ポリマー膜」を使用する点
- 発酵前のヨーグルトベースのタンパク質含有量が「3.5〜6 wt.%」である点
- 酸性ホエイの除去を「セラミック膜による限外濾過」で行う点
- 客観的技術課題(Objective Technical Problem)の設定:
特許権者の主張する「風味向上効果」はD1対比で実証されていないため採用できない。したがって、本件の解決課題は「工業的規模に適した代替プロセスを提供すること」と設定される。 - 非自明性(Non-obviousness)の判断:
- 布袋濾過から限外濾過(セラミック膜等の利用)への置換自体は当業者にとって周知技術(D5, D7, D9等)に照らし選択肢になり得るとしても、発酵前ベースのタンパク質濃度を3.5〜6 wt.%へ変更することの動機付けが存在しない。
- 異議申立人および原決定は各相違点を個別に分離して任意選択(arbitrary modification)であると判断したが、この手法は誤りである。最近接先行技術D1(GY-2)は「高タンパク質(8.3 wt.%)のベースを調製すること」を好ましい解決策として一連の完結したプロセスを教示している。
- 当業者が工業的規模への適合を志向したとしても、D1の教示から離れてあえてタンパク質濃度を低水準(3.5〜6 wt.%)へと引き下げる動機はなく、D1の統合されたプロセスの一要素のみを恣意的に変更することは当業者の通常の能力を超える。したがって、請求項1に係る発明は進歩性を有する。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- 複数相違点の個別評価(Partial Problems Approach)の限界とプロセス全体性の考慮:
異議実務において、複数の相違点が存在する場合にそれぞれを独立した課題・設計変更として分解して進歩性を否定する手法(Partial Problems)が採られることが多い。しかし本判決は、主引例が一連の統合された工程・特定のパラメータ(本件では8.3 wt.%のタンパク質濃度)を前提として最適解を提示している場合、その文脈を無視して個別要素を切り離して改変することは自明とはいえない(後知恵の排除)とする重要な指針を示している。 - 「代替物の提供」が課題である場合の動機付けのハードル:
改善効果が認められず単なる「工業的代替プロセスの提供」に課題が限定された場合であっても、主引例の技術思想(好適例の教示)に反する変更については、当業者にとって自明な改変(Arbitrary selection)とは評価されない実務基準が確認された。
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