【EPO審判部 / 2026年7月17日】T 0674/25 - 歯車研削・研磨方法に関する特許異議審判請求審決(特許取消・審判手数料返還請求却下)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、特許権者(被請求人:Kapp Niles GmbH & Co. KG)の欧州特許第3930949号(発明の名称:「研削盤または研磨盤において歯車または歯車状異形断面を有する工作物を研削または研磨する方法」)に対し、異議申立人(請求人:Reishauer AG)が異議を申し立てた事案である。
欧州特許庁(EPO)異議部は、当時の補助請求1の範囲で特許を維持する中間決定を下した。これを不服とした異議申立人が審判を請求し、原決定の取消し、特許の取消し、および異議部の重大な手続的瑕疵(手続違反)を理由とする審判手数料の返還(欧州特許条約(EPC)規則103条(1)(a))を求めた。
特許権者は、審判請求の棄却(主請求:原決定で認められた内容での特許維持)を求め、予備的に補助請求1〜3に基づく特許維持を主張した。

2. 判決の主文

1. 原決定を取り消す。
2. 本件特許を取り消す。
3. 審判手数料の返還請求を却下する。

3. 主な争点

  • 争点1:主請求および補助請求1〜3の進歩性(EPC第56条)の有無
    最寄り先行技術(D1:DE 198 57 592 A1)に対し、工作物の歯面取り代(Aufmaß)の測定に接触式測定素子(taktiles Messelement)を採用すること、および当該取り代に基づいて研削・研磨パラメータを設定することが、当業者の通常の創作能力の発揮(周知技術の適用)により容易想到であるか。また、測定時間(タクトタイム)の増加が適用を阻害する事由(阻害要因)となるか。
  • 争点2:審判手数料の返還要件(EPC規則103条(1)(a))の該当性
    異議部の判断過程における意見陳述機会の制限や理由の不備等が「重大な手続的瑕疵(wesentlicher Verfahrensmangel)」に該当し、衡平(Billigkeit)の見地から返還が認められるか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

1. 主請求の進歩性(EPC第56条)について:否定

  • 相違点の特定:最寄り先行技術D1と主請求記載の発明との相違点は、(i) 歯面測定に「接触式測定素子」を用いる点、および (ii) 測定された有効取り代に基づいて研削を行う点にある。
  • 容易想到性の判断:
    • 歯面取り代を高精度に測定するために接触式センサを用いることは、本件出願時における当業者の周知技術である。
    • 特許権者(異議部)は「接触式センサは測定時間が長くタクトタイムを遅延させるため阻害要因がある」と主張したが、D1には具体的なタクトタイムの記載がなく、接触式測定によりタクトタイムが実際に遅延することを示す具体的証拠も提出されていないため、阻害要因の存在は認められない。
    • 取り代測定の結果を後続の研削工程に反映させ、過剰な加工を避けて効率化を図ることは、研削技術分野における当業者の通常の技術常識にすぎない。
  • したがって、主請求に係る発明はD1および周知技術から容易に想到できたものであり、進歩性を欠く。

2. 補助請求1〜3の進歩性(EPC第56条)について:否定

  • 補助請求1:研削パラメータに取り代を考慮する限定を追加したにすぎず、主請求の範囲に含まれる技術内容と実質的に同一であり進歩性を欠く。
  • 補助請求2:歯溝位置の特定に誘導型センサを用い、歯面取り代測定に接触式測定素子を併用する限定。しかし、接触式測定素子の衝突を防ぐため既存の誘導型センサによる位置決めを併用することは当業者にとって自然な設計変更であり、進歩性を欠く。
  • 補助請求3:接触式測定素子を「測定プローブ(Messtaster)」に限定したが、これは接触式測定素子の典型例にすぎず、進歩性は認められない。

3. 審判手数料の返還請求について:却下

  • 審判手数料の返還(EPC規則103条(1)(a))が認められるためには、重大な手続的瑕疵の存在に加え、それが審判請求の提起との間に直接の因果関係を有し、返還が「衡平」に適うことが必要である。
  • 異議申立人が主張した手続的瑕疵(D6に関する異議部の判断理由等)は決定の傍論(obiter dictum)にすぎず、主たる判断理由(タクトタイムを理由とする阻害要因の認定)が覆されない限り、審判請求は不可避であった。したがって、手続的瑕疵と審判提起との間に因果関係が認められず、手数料返還の要件を満たさない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 阻害要因(Teach away / Hindernisgrund)立証の厳格性:
    「処理時間・タクトタイムの増大」を理由として周知技術の組み合わせに対する阻害要因を主張する場合、先行技術における具体的な制約条件や時間データ等の客観的・定量的証拠(Beweismittel)による裏付けが不可欠であることが再確認された。単なる技術的懸念や推測の陳述のみでは阻害要因として認められない。
  • EPC規則103条に基づく審判手数料返還の因果関係要件:
    原審(異議部等)に理由不備や聴取権侵害等の瑕疵があったとしても、その瑕疵が決定の結論を左右しない付随的理由(傍論)にとどまる場合、当事者が別異の理由を争うために審判を申し立てる必要があった以上、返還の要件(重大な手続瑕疵と不服申立ての因果関係・衡平性)は満たされないという実務基準が示されている。

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