【EPO審判部 / 2026年6月25日】T 0861/24 - 天然繊維および合成繊維を含む繊維ウェブの製造方法に関する特許維持決定に対する審判請求事件(原決定取消・特許取消)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、欧州特許第3433421号(発明の名称:「METHOD OF PRODUCING A FIBROUS WEB CONTAINING NATURAL AND SYNTHETIC FIBRES」)に対する異議申立手続において、欧州特許庁(EPO)異議部が特許を訂正された形(当時の補助請求5、現・審判段階の補助請求8に相当)で維持する中間決定を下したところ、特許権者(Paptic Ltd)および異議申立人(Ahlstrom Oyj)の双方がこれを不服として控訴(Appeal)を申し立てた事案である。

【特許権者の請求・主張】
特許権者は、原決定を取り消し、特許を付与時クレーム(主請求)のまま維持すること、あるいは審判請求理由書とともに提出した補助請求1〜7、または異議申立人の控訴に対する答弁書とともに提出した補助請求8〜12に基づく訂正維持を求めた。実体面では、最接近先行技術であるD1(US 2009/0223644 A1)には天然繊維とバインダー塗布の組合せについて開示も示唆もなく、本発明は特定の繊維構成とバインダー処理により「プラスチック類似の性質(plastic-like properties)」という優れた技術的効果を奏するため、進歩性を有すると主張した。

【異議申立人の請求・主張】
異議申立人は、原決定を取り消し、特許を完全に取り消す(Revocation)ことを求めた。主たる主張として、主請求およびすべての補助請求に係るクレーム1の発明は、D1に記載された公知技術に照らして当業者が容易に想到し得たものであり、EPC第56条に基づく進歩性を欠く旨を主張した。

2. 判決の主文

1. 原決定を取り消す(The decision under appeal is set aside)。
2. 本件特許を取り消す(The patent is revoked)。

3. 主な争点

  • 争点1: 主請求、補助請求1〜3および補助請求7〜12における進歩性(EPC第56条)の有無
    (D1に開示されたウェブ製造方法に対して、天然繊維の選択や天然繊維/合成繊維の配合比率等の限定事項が、顕著な技術的効果に基づく非自明な構成といえるか、あるいは単なる自明な代替・任意の選択にすぎないか)
  • 争点2: 控訴審段階で初めて提出された補助請求4〜6の審判手続上の採択性(RPBA 2020 第12条(6)項)
    (異議部手続の最終期日後の異議申立人の主張に対して、第一審口頭審理で提出せず控訴理由書で初めて提出したクレームセットが、審判手続において斟酌されるべきか)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) 進歩性に関する判断(主請求・補助請求1〜3・補助請求7〜12:EPC第56条違反)

  • 先行技術D1の開示内容:
    D1には、フォームフォーミング法により形成された湿潤ウェブに対し、吸引を行いながらバインダーを塗布・浸透させる工程が開示されている。また、D1の段落[0027]には補強繊維として有機繊維(麻などの天然繊維)が使用可能であること、および当該繊維を用いることで燃焼残渣が生じないという利点が開示されている。
  • 相違点に起因する技術的効果の立証不備(確立された判例 T 197/86 の適用):
    特許権者は「プラスチック類似の性質(延伸性等)」という効果を主張するが、本件特許の記載(段落[0016]等)から、この性質はバインダーの特定の塗布方法に起因するものであり、相違点である「天然繊維の選択」に起因するものとは認められない。確立された判例法(T 197/86)によれば、進歩性を基礎づける改良効果を主張する場合の比較対照は、当該効果が「発明の相違点に由来する」ことを示すものでなければならないが、本件の比較例はD1の教示する湿潤ウェブへの塗布と異なる乾燥ウェブへの塗布を対照としており、D1に対する効果の実証となっていない。
  • 客観的技術課題の再設定および自明性:
    相違点による有利な効果が立証されていない以上、解決されるべき客観的技術課題は「代替的な方法の提供(provision of an alternative method)」に格下げされる。D1には麻等の天然繊維の利用やその単独・併用が明示されており、燃焼時の利点も示唆されていることから、D1のバインダー塗布工程において天然繊維を選択すること(主請求)、また特定の比率で合成繊維と混合すること(補助請求7・8)や目付(坪量)の範囲(補助請求9)、未叩解繊維の採用(補助請求10等)は、いずれも当業者にとってD1の広範な教示からの「任意の選択(arbitrary selection)」にすぎず、進歩性を欠く。

(2) 審判手続における遅れて提出された請求の不採択(補助請求4〜6:RPBA 第12条(6)項)

  • 特許権者は、異議部段階のRule 116 EPCに基づく最終提出期日にD1に基づく進歩性欠如の主張がなされたため、第一審での提出機会がなく控訴理由書が初の上程機会であったと主張した。
  • しかし、審判廷は、Rule 116 EPCは新たな請求の提出を法的に禁じるものではなく、第一審の口頭審理において提出することが可能かつ求められていた(could and should have been submitted)と判示。第一審で却下される懸念があったとしても、それは控訴審で初めて提出することを正当化する理由にはならない。
  • 特許権者の訴訟追行により第一審での実質的判断が妨げられた請求を控訴審で新たに審理することは、審判手続の本質が原決定に対する司法的見直し(RPBA 第12条(2)項)にあることに反するため、RPBA 第12条(6)項に基づき補助請求4〜6を審理から排除(不採択)した。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 課題解決アプローチ(Problem-Solution Approach)における効果の立証責任と明確な比較対象の設定:
    進歩性の主張において有利な効果(本件ではプラスチック類似性)を主張する場合、判例(T 197/86)に則り、その効果が「請求項と最接近先行技術との間の技術的相違点」に真に由来することを実験的に立証しなければならない。先行技術に既に存在する特徴(バインダー塗布様態)に起因する効果を根拠に課題を高度に設定することは認められず、課題が「代替手段の提供」に再設定された場合、公知文献内の例示群からの単なる選択は進歩性欠如と判断されるリスクが高い。
  • RPBA 2020下での第一審における手続追行の厳格性(補助請求の提出時期):
    審判手続(Boards of Appeal)におけるRPBA 第12条(6)項の適用は極めて厳格である。第一審(異議部)の口頭審理で審理・判断させず、控訴段階で初めて持ち出された補助請求は、たとえ相手方の直前の反論に対応するものであっても「第一審で提出すべきであった」として門前払い(不採択)とされる。異議部段階で予備的防衛線をすべて顕名化し、異議部に採否または実体の判断を下させておくことが、控訴審での審理対象確保のために不可欠である。

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