1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、特許権者(被控訴人:INVENTIO AG)が保有する欧州特許第2342152号(発明の名称:「エレベーター設備の近代化手法および装置」)に対する異議申立手続の控訴審である。原審の異議部(Opposition Division)は、特許権者が提出した補助請求1に基づく修正形態で本件特許を維持する中間決定を下した。これに対し、異議申立人(控訴人:TK Elevator Innovation and Operations GmbH)が特許の全取消しを求めて控訴を提起した。
控訴審において、特許権者は主請求(異議部が維持認容した態様での特許維持)および答弁書添付の補助請求1を主張した。しかし、審判部(Board of Appeal)がRPBA(審判規則)第15条(1)に基づく通信において、主請求クレーム10が開示の十分性(EPC 83条)を欠く旨の予備的見解を示し、かつ補助請求1を審判手続に認めない方針を示した。これを受けて、特許権者は口頭審理当日に誤記訂正を理由として新たな補助請求1を提出した。
2. 判決の主文
1. 原決定(異議部の中間決定)を取り消す。
2. 欧州特許第2342152号を取り消す(Patent revoked)。
3. 主な争点
- 争点1: 主請求クレーム10における開示の十分性(EPC 83条・第100条(b))
「プログラムされたプロセッサが目的階登録制御部(destination call control)を設置(install)するように動作可能である」という構成が、当業者にとって実施可能に提示されているか。 - 争点2: 口頭審理当日に提出された新「補助請求1」の審判手続への認容性(RPBA 2020 第13条(2))
控訴答弁書提出時の誤りを補正するために口頭審理段階で新たに提出されたクレーム変更が、RPBA 第13条(2)の規定する「説得力のある理由により正当化された特段の事情(exceptional circumstances)」に該当し、手続に認容されるか。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
1. 主請求について(EPC 第100条(b) / 第83条 違反)
審判部は、以下の通り主請求クレーム10は実施可能要件を満たさないと判断した。
- クレームの解釈: クレーム10は「エレベーター設備を近代化するためのシステム」を対象としており、クレームの構成要素自体に目的階登録制御部(ハードウェア)が含まれていない。したがって、「プロセッサが目的階登録制御部を設置(install)するように動作可能である」との文言は、近代化完了後の単なるソフトウェアの動作・挙動を意味するものとは解釈できず、プロセッサが近代化プロセス(設置作業)自体に関与・寄与することを示していると解与せざるを得ない。
- 明細書の開示との不一致: 特許明細書において、目的階登録制御部(6)は物理的に設置されるハードウェアデバイスとして描かれている。特許権者が主張する「ソフトウェアベースのインストール」または「単なる制御機能の実行」という解釈は、明細書中に何の裏付けもなく、当業者が既存のエレベーターシステムにおいてプロセッサを用いてこれをどのように実施(install)するのかも示されていない。
- 結論: 当業者は明細書の記載に基づいてプロセッサによる目的階登録制御部の「設置」を実施することができないため、EPC 第100条(b)の異議理由(第83条違反)により本特許を維持することはできない。
2. 新補助請求1の認容性について(RPBA 2020 第13条(2))
口頭審理当日に提出された新補助請求1について、審判部は以下のロジックで不認容(非認容)とした。
- 提出遅延の経緯: 特許権者が控訴答弁書で提出していた旧補助請求1は、特許クレームの技術的範囲を不当に広義化(「at least one serial interface, in particular...」を追加)する誤りを含んでいた。特許権者は口頭審理にて、これは意図しない単純な提出ミス(filing error)であり、これを是正した新補助請求1は認容されるべきだと主張した。
- RPBA 第13条(2)の規範: RPBA 第15条(1)通信の通知後にされた当事者の手続上の変更は、原則として考慮されない。例外的に認められるには、当事者が説得力のある理由(cogent reasons)をもって正当化した「特段の事情(exceptional circumstances)」の存在が必要である。
- 当てはめ: 提出上の誤り(filing error)が存在したこと自体は否定されないとしても、審判部は既にRPBA 第15条(1)通信において当該広義化の問題点を具体的に指摘していた。特許権者は通信受領後、あるいは誤りに気付いた口頭審理直前の段階で速やかに書面で補正請求を提出できたはずである。口頭審理当日まで提出を遅らせたことについて説得力のある理由が示されていないため、RPBA 第13条(2)に基づき、新補助請求1を審判手続に認容しない。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
1. 「ソフトウェア/ハードウェア」の用語選択と実施可能要件(EPC 83条)の厳格性
システムクレームや近代化装置クレームにおいて、「install(設置/インストール)」のようなハードウェアの物理的導入とソフトウェアの組み込み双方の意味を取り得る用語を使用する場合、当業者が明確に実施できるよう明細書で定義・開示しなければならない。文脈上物理的構成の設置を意味すると解釈されるにもかかわらず、ソフトウェアの実行のみをもって「実施可能」と反論することは認められず、EPC 83条違反のリスクを負う。
2. EPO審判手続規則(RPBA 2020)第13条(2)下での「誤記訂正」の限界
本判決は、RPBA 2020におけるサードステージ(口頭審理段階・通信通知後)の変更に対する裁量権行使の厳格さを再確認している。過去の判例(T 0752/93等)を根拠に「誤記の訂正であればいつでも認められる」という期待は通用しない。たとえ真の提出ミス(filing error)であっても、審判部からの通信等で問題を認識した後は「直ちに(書面で)」補正手続をとる必要があり、口頭審理当日まで放置した場合、「特段の事情を正当化する説得力のある理由」を欠くとして却下される実務リスクが極めて高いため、タイムリーな対応が要求される。
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