【EPO審判部 / 2026年07月16日】T 0573/24 - ガス漏れ検出装置の試験方法に関する分割出願の追加事項違反(EPC 100(c)/76(1)条)および補助請求の不認容による特許取消維持判決

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

【当事者及び対象特許】
控訴人(特許権者):Inficon GmbH
被控訴人(異議申立人):Pfeiffer Vacuum
対象特許:EP 3 742 148 B1(発明の名称:「ガス漏れ検出装置の試験方法」)。本件特許は、国際公開公報WO 2017/167738 A1として公開された原出願(親出願)からの分割出願に基づくものである。

【事実経過及び手続の経緯】
被控訴人は、本件特許に対して異議申立てを行った。EPO異議部(Einspruchsabteilung)は、欧州特許条約(EPC)第101条(3)(b)に基づき、本件特許のクレーム1が親出願の当初開示範囲を超えている(EPC第100条(c) / 第76条(1)違反:追加事項の追加)として、本件特許を取り消す決定を下した。特許権者はこの原決定を不服として控訴(Beschwerde)を提起した。控訴人は審判手続の途中で口頭審理への不参加を表明し、口頭審理請求を取り下げたため、技術審判部(3.4.02)は書面審理により本判決を下した。

【控訴人(特許権者)の請求および主張】
原決定を取り消し、発行された形態での特許維持(主請求)、または控訴理由書とともに提出した補助請求1~9(Hilfsanträge 1 bis 9)に基づく補正された形での特許維持を請求。

【被控訴人(異議申立人)の請求】
控訴棄却(特許取消決定の維持)。

2. 判決の主文

控訴を棄却する(Die Beschwerde wird zurückgewiesen.)。[原審の特許取消決定が維持された]

3. 主な争点

  • 争点1: 主請求(認可クレーム1)における親出願の開示範囲超過の有無(EPC第100条(c)および第76条(1)違反)
    親出願に記載された特定の技術的特徴(継続的なスプレー、特定の接続態様、信号経過に基づく評価)を拡大・改変してクレーム化することが「直接かつ一義的な開示」の範囲内といえるか。
  • 争点2: 控訴審で提出された補助請求(補助請求1, 2, 5–9)の審判手続への認容性(Zulässigkeit / Admissibility)(VOBK 2020第12条(4), (5))
    原審で出されていない新規の補助請求、または拒絶・異議理由を一部しか克服していない補正案を審判段階で容認すべきか。
  • 争点3: 審理対象となった補助請求(補助請求3, 4)における追加事項違反の有無(EPC第76条(1))

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

1. 主請求(発行特許の維持)について — EPC第100条(c)違反(認容不可)

審判部は、主請求のクレーム1の技術的特徴が親出願の当初の開示範囲を超えていると判断した。理由は以下の通りである:

  • 「継続的/持続的(dauerhaft/kontinuierlich)」なスプレー要件の欠落:親出願の明細書では、応答時間の特定において被試験物へヘリウムを「持続的(dauerhaft)」にスプレーすることが不可欠として開示されていた。クレーム1(特徴1.5)にはこの「持続的/継続的」との限定が含まれておらず、親出願に開示のない広範な態様(脈動スプレー等)を包含してしまう。
  • 評価手法の不当な一般的概念化:親出願では信号の上昇経過または減衰曲線全体から応答時間を導出することが開示されていた。これに対しクレーム1は、単一の測定点(閾値の超過/未満)のみから応答時間を特定する態様まで含む権利範囲となっており、これは当業者の技術的補完(mental complementation)の域を超えた新規な技術的教示である。
  • 接続対象の不一致:親出願には「検証すべき真空容器(Vakuumkammer)にテスト用ペンシルリークをフランジ接続する」と明確に記載されていたのに対し、クレーム1(特徴1.2)では「真空装置(Vakuumanordnung)」に接続すると変更されている。両者は技術的に同義ではなく、真空容器を除外した接続態様ではシステム全体の応答時間を計測するという親出願の技術的目的と矛盾する。

したがって、主請求はEPC第100条(c)および第76条(1)に基づき認められない。

2. 補助請求1, 2, 5~9の不認容 — VOBK 2020第12条(4), (5)に基づく却下

  • 補助請求1及び2:特許権者は原審の口頭審理で提出済みと主張したが、記録上に存在せず、控訴審で初めて提出された不適時な請求変更(VOBK第12条(4))と認定された。また、原決定が指摘した複数の追加事項違反のうち1つ(「dauerhaft」の追加等)しか解消しておらず、他の不備を残しているため、手続きの経済性(Verfahrensökonomie)の観点から認容されない。
  • 補助請求5:原審で提出可能であったにもかかわらず不適時であり、かつ依然としてすべての異議理由を克服できていない。さらに、クレームの権利範囲を改変・変更することでEPC第123条(3)(保護範囲の拡張禁止)の新たな問題を生じさせ、十分な理由付け(Substantiierung)も欠いているため、VOBK第12条(4)および(5)に基づき不認容とされた。
  • 補助請求6~9:不認容とされた補助請求5をベースとした組み合わせであるため、同様に不認容とされた。

3. 補助請求3および4について — EPC第76条(1)違反

第一審の旧補助請求に基づく補助請求3および4について審理した結果、主請求と同様に「持続的スプレー」や「真空容器へのフランジ接続」の欠落、さらに応答時間特定時にスプレー時点をデータ送信して相関させるという構成が親出願の応答時間測定手続において直接かつ一義的に開示されていないことから、いずれもEPC第76条(1)に違反すると結論付けた。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 分割出願における追加事項判断基準(Gold Standard)の厳格適用: EPOの実務において、原出願からの分割(EPC第76条(1))における「追加事項(Added Matter)」の判断は非常に厳格である(「直接かつ一義的に導き出せるか(directly and unambiguously derivable)」というGold Standard)。特許権者が「当業者であれば技術的に当然補充して理解する(mental complementation)」と主張しても、明細書に明示的・直接的な根拠がなければ、概念の一般的化(generalized definition)や構成の変更は許容されない。
  • VOBK 2020(審判手続規則)に基づく控訴審での補助請求の認容制限: 控訴審において新たに補助請求を追加・変更する場合、「原審で指摘されたすべての拒絶・異議理由を包括的かつ効果的に解消(overcome)していること」および「なぜ第一審手続で提出できなかったかの正当な理由」が求められる。一部の拒絶理由しか解消しない補正案や新たな不備(EPC 123(3)条問題等)を誘発する補正案は、手続経済(VOBK第12条(4))を理由に審理すらされず不認容(inadmissible)とされるリスクが高い。
  • 審判段階における理由付け(Substantiierung)の義務(VOBK第12条(3), (5)): 補助請求を提出する際、単に補正内容を説明するだけでなく、それがなぜ異議理由をクリアし、かつ他のEPC条項(Art. 123(2)/(3)等)に抵触しないかをロジカルに主張・立証しなければならない。理由付けを欠く請求はVOBK第12条(5)により即座に却下される。

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