【EPO審判所 / 2026年06月02日】T 0216/25 - 衣料用組成物および便益付与剤の適用方法に関する欧州特許取消控訴審判決(進歩性欠如)
1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、ユニリーバ社(Unilever IP Holdings B.V. 及び Unilever Global IP Limited、特許権者・控訴人)が保有する欧州特許第3580314号(発明の名称:「LAUNDRY COMPOSITION」)に対し、ヘンケル社(Henkel AG & Co. KGaA)、レキットベンキーザー社(Reckitt Benckiser Vanish B.V.)及びプロクター・アンド・ギャンブル社(The Procter & Gamble Company)の3社(異議申立人・被控訴人)が異議申立て(新規性欠如及び進歩性欠如等)を行った事案の控訴審判決である。
原審(EPO異議部)は、本件特許が進歩性を欠くとして、欧州特許公約(EPC)第101条(3)(b)に基づき特許を取り消す決定を下した。控訴人は原決定の取消しと、控訴理由書と共に提出した主請求(Main Request)、ならびに予備的請求1及び2(Auxiliary Requests 1, 2)に基づく特許維持を求めて控訴した。
【主請求クレーム1の要旨】
洗濯プロセス中に柔軟剤(lubricants)、フリー香料、カプセル化香料等の「便益付与剤(benefit agent)」を衣料に届ける方法であって、洗濯液(laundry liquid)に加えて、(a) 2~60 wt.%の便益付与剤、(b) 4 wt.%未満の界面活性剤、(c) 0.25~10 wt.%の陽イオンポリマー、及び(d) 水を含む「液体補助組成物(liquid ancillary composition)」を添加する方法。具体的には、洗濯液を洗濯機の洗剤投入引き出し(drawer)または計量ボール(dosing ball)に注ぎ入れ、その洗濯液の上に液体補助組成物を重ねて注ぐ(poured on top of said laundry liquid)ことを特徴とする。
2. 判決の主文
控訴を棄却する(本件特許の取消決定を維持)。
3. 主な争点
- 争点1: EPC第56条に基づく進歩性(Inventive Step)の有無
- 最近接先行技術(D1: US 2007/0105739 A1)の実施例XIXからの相違点(界面活性剤量及び重ね注ぎによる投入手順)に基づく技術的効果の有無。
- 特許権者が提示した比較実験データ(明細書内の比較例及び実験報告書D21)が、先行技術(D1)を適正に代表・比較しているか否か。
- 技術的効果が認められない場合の「客観的技術的課題(Objective Technical Problem)」の定立と、当業者による構成の容易着想性(Obviousness)。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
審判所(Board of Appeal)は、EPOの標準的な「課題・効果アプローチ(Problem-Solution Approach)」を適用し、以下のとおり主請求、予備的請求1及び2のいずれも進歩性を欠くと判断した。
(1) 最近接先行技術及び相違点
当事者間に争いのない最近接先行技術D1の実施例XIXは、2区画の水溶性PVOH(ポリビニルアルコール)ポーチの一方の区画にSTW(Softening-through-the-wash)組成物を、他方の区画に液体洗剤を封入した形態を開示している。 本件クレーム1との相違点は以下の2点である:
- 補助組成物中の界面活性剤量が「4 wt.%未満」である点(D1実施例XIXは6.16 wt.%)。
- 洗濯液を投入引き出し等に注ぎ、その「上に液体補助組成物を重ねて注ぐ」という具体的な投入手順(D1実施例XIXは2区画ポーチとしての投入)。
(2) 技術的効果の不不立証と客観的技術的課題の減縮
控訴人は、クレーム記載の投入方法(重ね注ぎ)により、衣料への便益付与剤の沈着・柔軟効果が向上すると主張し、明細書の比較実験(Wash A vs Wash 1)及び控訴審で提出した実験報告書(D21)に依拠した。 しかし、審判所は以下の理由からこれらの実験データによる効果の立証を退けた:
- 明細書の比較例(Wash A)について: Wash Aは洗剤と柔軟剤があらかじめ完全に混合された単一組成物であり、2区画ポーチにより物理的に隔離されているD1実施例XIXの状態を技術的に代表・再現しているとはいえない。
- 実験報告書(D21)について: D21の対照実験は洗剤引き出しの同一区画への「同時投入」と比較したものであり、これもポーチに隔離されたD1実施例XIXを適切に模倣したものではない。引き出し内で両液体が接触・混合して投入される本願構成は、むしろ事前混合物(Wash A)や同時投入に近く、D1の隔離状態に対する優位性を証明できていない。
したがって、D1実施例XIXと比較した顕著な技術的効果は認められず、本件発明が解決すべき客観的技術的課題は「便益付与剤を届けるための代替方法の提供(provision of an alternative method)」に減縮された。
(3) 容易着想性(Obviousness)の判断
- 界面活性剤量の削減(4 wt.%未満): D1自体に界面活性剤量を1~5 wt.%とする好ましい範囲(段落[0091])や低界面活性剤量の実施例が開示されており、代替手段として当業者が容易に選択し得る。
- 重ね注ぎ手順: 特別な技術的効果が奏されない以上、2つの液体を投入する際に引き出し内で一方の液体の上面に他方を注ぎ入れるという順序は、従来の投入手段(D14等に示される洗剤引き出しや計量器の利用)における技術的に単純かつ恣意的な選択肢(arbitrary alternative)の域を出ない。
したがって、主請求クレーム1は進歩性を欠く(EPC第56条違反)。
(4) 予備的請求1及び2の判断
- 予備的請求1:「液体補助組成物が洗濯液上に浮遊する(floats on)」との限定を追加。しかし、主請求同様にD1に対する効果が実証されておらず、単なる構成上の選択(arbitrary choice)に過ぎない。
- 予備的請求2:「計量ボール」の選択肢を削除し、「洗濯機引き出し」へ重ね注ぎする形態に限定。主請求の判断ロジック(引き出し投入時の判断)がそのまま適用されるため、進歩性は認められない。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
本判決は、EPO審判所における「課題・効果アプローチ」に基づく比較実験データの証明力・再現性(Representativeness of Prior Art)に関する厳格な実務を再確認するものである。
- 比較対照の適正性(先行技術の正確な再現): 特許権者が「顕著な効果」を主張して比較実験(D21等)を提出する場合、対照区(Control)が最近接先行技術の構成(本件では「2区画ポーチによる分離状態」)を客観的・正確に反映していなければ、証拠力が否定される。出願・権利化実務においては、単に「自社の事前混合物」や「便宜的な実験態様」と比較するのではなく、先行技術文献の開示態様を正確に再現した対照データを準備することが不可欠である。
- 技術的効果の立証失敗と「代替発明(Alternative)」への減縮: 先行技術に対する技術的優位性(作用効果の顕著性)が立証できない場合、課題は自動的に「代替手段の提供」へと減縮される。課題が「代替手段の提供」となった場合、数値限定や工程順序の変更が当業者の設計変更や任意の選択(arbitrary selection/choice)の範囲内とみなされ、進歩性を防衛することは極めて困難となる。
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