【EPO審判部 / 2026年7月09日】T 1008/25 - 非地上系ネットワーク(NTN)におけるサービス時間推定方法に関する特許出願の明確性判断(EPC 84条)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

【当事者および出願の概要】
出願人(審判請求人・Appellant)はDeutsche Telekom AGである。対象出願(欧州特許出願第22170704.5号)は、非地上系ネットワーク(Non-Terrestrial Network: NTN)を含む移動通信システムにおいて、衛星に搭載されたアンテナを有する基地局とユーザ装置(UE)との間の「個別サービス時間間隔(specific service time interval)」または「個別サービス時間情報(specific service time information)」を計算・推定する方法、UE、システムおよびプログラムに関するものである。

【手続の経過】
EPO審査部門(Examining Division)は、本件出願の主請求項(Main Request)および副次的請求項1〜4(Auxiliary Requests 1–4)について、用語の不鮮明さ(vague and ambiguous claim features)および技術的導出プロセスの不明瞭さを理由に、欧州特許条約(EPC)第84条(明確性要件)および第83条(開示の十分性)を満たさないとして拒絶査定(Refusal)を下した。
出願人はこれを不服として控訴審判(Appeal)を提起し、原拒絶査定の取消しおよびいずれかの請求項セットに基づく特許査定を求めた。

【請求の骨子】
主請求項のクレーム1は、移動する衛星セルにおいて、基地局から送信される「参照位置情報(reference location information)」および「一般的サービス時間情報(general service time information)」に基づき、UEが自身の位置(GNSS等で取得)とセル中心部との「横方向距離(lateral distance)」を決定し、これらに基づいて当該UEに対する「個別サービス時間(間隔/情報)」を推定・計算する技術構成を規定している。出願人は、当業者であれば明細書の記載(段落[0034]、[0039]等)や図面(図2等)、および一般的な技術知識(三角測量や標準規格)を参照することで計算・推定手法を明確に理解できるため、EPC第84条に違反しないと主張した。

2. 判決の主文

本件控訴を棄却する(The appeal is dismissed.)。

3. 主な争点

  • 争点1: 主請求項(Main Request)におけるクレーム構成要件の明確性(EPC第84条)
    「参照位置情報」、「一般的サービス時間情報」、およびこれらに基づく個別サービス時間の計算・推定の技術的ステップが、クレーム自体の文言において当業者に明確に理解可能か。
  • 争点2: 明細書・図面によるクレームの不明確さの補正・救済可能性(G 1/24判決の解釈)
    拡大審判審決 G 1/24 に基づくクレーム解釈の際、クレーム文言自体の不鮮明さを明細書の開示によって補完・許容できるか。
  • 争点3: 副次的請求項(Auxiliary Requests 1–4)における補正による明確性欠如の解消の有無(EPC第84条)
    「終了時点(termination point in time)」、「中央軌道パス(central trajectory path)」、「LEO衛星」、「円形セル」等の技術的限定を追加した補正により、不服理由が解消されたか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

技術審判部(Technical Board of Appeal 3.5.05)は、審査部門の判断を支持し、すべての請求項セットについてEPC第84条の明確性要件を満たさないと結論付けた。ロジックの要旨は以下の通りである。

(1) 主請求項(Main Request)に関する判断(EPC第84条違反)

  • 用語の不明確性:
    • 「カバーされている現行エリアの特定の部分に関する参照位置情報」(構成要件d)は極めて曖昧であり、その「特定の部分」の地理的位置や地理的範囲を特定することができない。
    • 「一般的サービス時間情報」(構成要件d)についても、セル自体が地球表面上を移動しているため、確定した地理的参照基準(area reference)がない限り、セル全体に対するサービス時間は「瞬間的なもの(instantaneous)」に過ぎず、意味が不明確である。
    • 横方向距離と一般的サービス時間情報からどのように「個別サービス時間間隔/情報」を具体的に算出・推定するのか(構成要件g, k)、計算のロジックやアルゴリズムが文言上不明瞭である。
  • 明細書参照による解釈の限界と G 1/24 判決の適用:
    • 出願人は明細書の段落[0034]や[0039]、図2等を根拠に当業者であれば解釈可能と主張するが、審判部はこれを退けた。
    • 拡大審判審決 G 1/24(理由18)は「クレーム解釈において常に明細書および図面を参照する」という原則を定めているものの、「これはクレーム内の不明確さ(unclarity)をそのまま容認してよいことを意味するものではない」と判示された。
    • G 1/24(理由21)が明言するように、「クレームにおける不明確さに対する正しい対処は、クレーム自体の補正(amendment)である」。明細書に説明があることを理由に、不鮮明なクレーム表現をそのまま特許維持することは認められない。

(2) 副次的請求項(Auxiliary Requests 1–4)に関する判断(EPC第84条違反)

  • 補正の不十分性:
    • 出願人は、副次的請求項において「終了時点(termination point in time)」、「中央軌道パス(central trajectory path)」、「LEO衛星」、「円形セル」などの限定を加えるとともに、実務上の前提として3GPP標準規格の「SIB19」データ(衛星の位置・速度・軌道要素を表す ntn-ephemerisInfo)をUEが受信して衛星の位置(nadir point等)や軌道パスを導出するメカニズムを説明した。
    • しかし審判部は、出願人が主張する「SIB19」や「衛星自体の位置/正視点(nadir point)」といった根本的な技術的構成要素がクレーム1の文言中に一切存在しない点を指摘した。
    • クレーム文言は依然として「現行エリアの特定部分に関する参照位置情報」という曖昧な表現に依存しており、また「参照位置情報が中央軌道パスを提供する」という定立も、それが参照位置情報に直接含まれるのか、UEが間接的に算定するものなのかが不明確である。
    • したがって、副次的請求項1〜4における補正も拒絶理由(明確性欠如)を解消できていない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

1. 拡大審判審決 G 1/24 の実務的射程の明確化(明細書参照と明確性要件の関係)
本判決は、2024年に出された拡大審判審決 G 1/24 の実務的な取り扱いを示す重要な事例である。G 1/24 により「クレーム解釈時の明細書参酌」が全般的に義務付けられたものの、出願人側が「明細書を読めば技術的意味が解釈・補完できるからクレームが抽象的・曖昧であってもEPC 84条(明確性)を満たす」という主張をすることは認められないことが明確化された。クレーム文言自体の不明確さは、明細書の解釈に頼るのではなく、クレーム文言そのものを補正して明確化しなければならないという原則(G 1/24 Point 21)が厳格に適用されている。

2. 通信規格・アルゴリズム関連発明におけるクレーム作成上の留意点
標準規格(3GPP等)の技術概念(本件ではSIB19や衛星軌道要素)や数学的アルゴリズムを利用してパラメータ(サービス時間等)を算出する発明においては、クレーム文言を過度に上位概念化(例:「特定部分に関する参照位置情報」)すると、明確性欠如と判断されるリスクが高い。
実務上、どのような情報(例:衛星の軌道パラメータ・現在位置)が送信され、それを用いてUE側でいかなる幾何学的・論理的計算を行うのか、計算に必要な入力要素と導出ロジックの技術的実体をクレーム文言上に適切に反映させることが不可欠である。

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