1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
【当事者および対象特許】
原告(Raimund Beck Nageltechnik GmbH)は、被告(BAUSSMANN Collated Fasteners GmbH)が保有する単一効特許「EP 4 283 140 B1」(発明の名称:「木材および/または木質材料からなる固定具」)に対し、統一特許裁判所(UPC)中央裁判所(ミュンヘン支部)に無効訴訟を提起した。
対象特許は、少なくとも部分的に木材からなる複数の部材を結合するための木製釘等の固定具に関するものであり、軸部(Schaft)およびテーパー部(Anschrägung / sich verjüngender Bereich)の特定の構造的寸法(先端角度65°〜110°等)をクレームの特徴としている。
【原告の請求および主張】
原告は、特許法規(UPCA第65条、EPC第138条1項(c)・第54条・第56条)に基づき、本件特許のクレーム1、2、5、8〜11の無効を請求した。主な主張の骨子は以下の通りである。
- 新規性欠如: クレーム1の構成は、先行技術文献D1(EP 4 027 026 A1: EPC第54条(3)該当の先行出願)により直ちに予見され、新規性を欠く。
- 新規事項の追加: クレーム1の特定の構成(テーパー部に「引き続いて(sich anschließend)」接する先端セグメントの記載)は、出願当初の開示範囲を超えている。
- 進歩性欠如: 予備的請求に含まれる構成を含め、先行技術文献D5(DE 10 2018 121 065 A1)を主引用例とし、D2(DE 10 2015 121 212 A1)やD3(DE 10 2017 106 705 A1)を組み合わせることで当業者が容易に想到し得たものである。
【被告の認否および予備的請求】
被告は主請求として本訴の棄却(原特許通りの維持)を求め、予備的にクレームを限定する7つの予備的請求(Hilfsanträge I bis VII)を申し立てた。予備的請求I(Hilfsantrag I)では、従属クレーム2の数値限定(テーパーセグメントのテーパー角が軸心に対して5°〜20°)をクレーム1に組み込んだ。
2. 判決の主文
1. 欧州単一効特許(EP 4 283 140 B1)は、非攻撃クレーム(クレーム3, 4, 6, 7)を除き、被告の予備的請求I(Hilfsantrag I)の範囲を超える部分について一部無効とする。
2. 原告のその余の訴え(予備的請求Iの範囲での特許維持に対する無効主張)を棄却する。
3. 訴訟費用の負担につき、被告が70%、原告が30%を負担する。
4. 訴訟物価額(Streitwert)を500,000ユーロと確定する。
3. 主な争点
- 争点1: 物クレームの新規性判断における「非クレーム化された機能・技術的効果」の考慮可能性
構造的特徴によってのみ定義されている物クレームにおいて、特許明細書に記載された作用効果(打ち込み抵抗の低減、リグニン溶融結合の発生等)が先行技術との差を画する要素となり得るか。 - 争点2: 先行技術文献(D1)における「明白な誤記」の認定要件および数値範囲の暗示的開示
先行技術文献の記載に誤記があると主張される場合、当事者(当業者)が文献から特定の技術的数値を「直ちに直接かつ明確に」読み取ることができるか。 - 争点3: 予備的請求I(テーパー角5°〜20°の限定)の新規性および進歩性
D5を出発点とし、低抵抗打ち込み・リグニン結合の達成という客観的技術課題に基づき、D2やD3を組み合わせることが当業者にとって容易(obvious)であったか。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
(1) 物クレームの解釈および新規性判断基準(争点1)
- 規範(Headnote 1): 構造的特徴によって定義された物クレーム(Vorrichtungsanspruch)は、原則としてその装置が特定の機能を果たすことに限定されるものではない。先行技術に、クレームのすべての構造的特徴を満たし、かつクレームに指定された目的に適合する装置が開示されている場合、本件特許に記述されているがクレームされていない技術的効果が先行技術で同様に実現されていなくても、新規性は失われる。
- 当てはめ: 原クレーム1は、用途(木製部材の結合)適合性および構造的構成のみで規定されている。先行技術D1は、木製釘の構造としてクレーム1の全構成要素を開示している。被告は「D1の固定構造は抵抗を増加させるため、本件発明の『抵抗を減らしてリグニン溶融結合を生じさせる』という機能・効果を奏しない」と主張したが、クレーム自体にその機能的限定がない以上、D1により新規性が否定される(原主請求の棄却)。
(2) 先行技術における「明白な誤記」と暗示的開示の否定(争点2)
- 規範(Headnote 2): 当業者の観点から見て、特定の表記が文言通りの意味で意図されたことが非現実的(遠飛)ではなく、かつ誤記が存在し表記と異なるものが意図されていることが直ちに明白でない場合、先行技術文献に「明白な誤記(offensichtlicher Schreibfehler)」が存在するとは認められない。
- 当てはめ: 原告は、D1の図面・明細書中の数値(「最小軸径」等)は「最小構造径」の明白な誤記であり、計算上テーパー角(5°〜20°)が開示されていると主張した。しかし裁判所は、当業者にとって文言通りの意味も成り立ち得るため明白な誤記とは言えず、また概略図面から正確な寸法やテーパー長さを算出することはできないとし、D1による予備的請求I(テーパー角5°〜20°)の新規性否定を排斥した。
(3) 予備的請求Iの進歩性判断(争点3)
- 客観的技術課題の設定: 「直進的な打ち込みを可能にしつつ、同時に低い打ち込み抵抗と高い打ち込み速度を実現し、信頼性の高いリグニン溶融結合を生じさせる木製固定具を提供する」こと。
- D5からの容易想到性の否定: D5(バリスティック形状の先端を持つ木製釘)を出発点とした場合、D5はバリスティック形状と先端の丸みによって打ち込み抵抗が増大する性質を持つ。当業者が打ち込み抵抗を低減させる課題に直面した際、D5の形状を捨てて「テーパー角5°〜20°のテーパーセグメント」および「65°〜110°の先端角度」の組合せ構造を採用する動機付け(motivation / Veranlassung)はD5内にも他の文献(D2, D3)にも存在しない。
- D2, D3との組み合わせ否定: D2は鋼鉄製の釘に関するものであり、リグニン溶融結合を考慮する必要がない。またD3は木材の割れ防止を課題とするものであり、低抵抗・高速度の打ち込みによるリグニン結合という課題の解決手段を示唆しない。したがって、予備的請求Iのクレーム1は進歩性を有する。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- 物クレームにおける「非クレーム化された技術効果」の不考慮(実務上の最大ポイント):
明細書にどれほど顕著な効果(例:リグニン溶融結合による強力な結合)が記載されていても、物クレームが構造的特徴のみで規定されている場合、その効果は新規性の非認可を基礎付ける論拠とはならない。特許出願・権利化実務においては、所望の効果を発生させる構造的数値をクレーム(従属クレーム含む)に明確に数値限定・構造特定しておくことの重要性が改めて確認された。 - 先行技術中の「誤記主張」に対する厳格なハードル:
先行技術文献の不備や誤記を突いて「当業者ならこう読むはずであり、したがって先行技術に開示されていた」とする新規性潰しの主張に対し、UPCは高水準の証明(直ちに明白であり、他意があり得ないこと)を要求した。文献上の数値を恣意的に組み合わせて数値を算出するアプローチ(Mosaic approach / Combining disjointed values)は排斥される。 - UPCにおける進歩性判断(Would-Could Testの徹底):
UPC控訴審の確立された判例(Nanostring判決、Amgen/Sanofi判決等)に基づき、「当業者が修正し得たか(could)」ではなく「課題解決のために修正したであろうか(would)」という動機付けの有無が厳格に問われた。他分野の材質(鋼鉄釘等)や異なる課題(割れ防止等)の技術を安易に組み合わせる後追いの論理(hindsight reasoning)を明確に否定している。
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