【UPC Paris LD / 2026年07月20日】UPC_CFI_530/2025 - 訴訟費用担保(R.158 RdP)の増額改定に関する手続決定
1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
【当事者】
原告:KEEEX SAS(フランスのPME/中小企業、本件特許EP2949070の特許権者)
被告:ADOBE SYSTEMS SOFTWARE IRELAND LTD、ADOBE INC.(以下「ADOBE」)、OPENAI関連会社、TRUEPIC INC.、JOINT DEVELOPMENT FOUNDATION PROJECTS LLC、C2PAの4グループ計7名。
【事実経過および請求の背景】
原告KEEEXが特許侵害訴訟を提訴した後、統一特許裁判所(UPC)パリ地方裁判部は2025年12月19日の決定(確定済)に基づき、原告に対しUPC手続規則(Rules of Procedure: RoP)Rule 158に従い200,000ユーロの訴訟費用担保(EU域内承認銀行の銀行保証)の設定を命じた。
その後、被告ADOBEは2026年6月22日、訴訟の進展に伴う新要素の発生を理由に、担保金額の変更(増額)を求める申請を提起した。
【被告ADOBEの主張(増額請求)】
・主的請求として1,800,000ユーロ、予備的に1,300,000ユーロまたは800,000ユーロの追加担保(現金預託または銀行保証)を要求。
・根拠:①原告がRoP Rule 119に基づき新たに1億2,000万ユーロの損害賠償仮払金(provision)を請求したこと、②無効反訴や特許訂正手続による複雑化、③被告グループ間の利害対立や独自の防御戦略による費用増大、④本件訴額(5,000万ユーロ超)に基づく回収可能費用上限(200万ユーロ)からの算定が必要であること。
【原告KEEEXの主張(反対主張)】
・請求の主的却下、予備的にも追加担保は10,000ユーロを超えない範囲とすべきと主張。
・根拠:無効反訴や費用増大は被告らの訴訟戦略に起因するものであり、不測の新要素ではない。また、原告はPME(小規模企業)であり、過大な担保命令はEU基本権憲章第47条が保証する裁判を受ける権利(アクセス・トゥ・ジャスティス)を実質的に侵害する。
2. 判決の主文
1. RoP Rule 158に基づく訴訟費用担保の変更申請を認容(許容)する。
2. 原告KEEEXに対し、追加担保として100,000ユーロの提供を命じる。
3. 当該追加担保は、本決定から1か月以内にEU承認銀行が発行する銀行保証の形式で提出しなければならず、期日までに提出がない場合はRoP Rule 158.4に基づき欠席裁判(判決)の対象となる。
3. 主な争点
- 争点1: 確定済みの訴訟費用担保決定に対する変更(増額)申請の可否および新要素(Éléments nouveaux)の有無
- 争点2: 原告がPMEである場合における訴訟費用担保額の定立基準(回収可能費用上限とアクセス・トゥ・ジャスティス/比例性の原則の調和)
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
【争点1についての判断:変更申請の許容性と新要素の認定】
・RoP Rule 158.1により、担保請求およびその変更請求は「いつでも(à tout moment)」提起可能であり、不測の新要素が存在する場合には担保額の改定が認められる(UPC中央裁判部の確立した判例に準拠)。
・被告側が提起した無効反訴や特許訂正手続は、特許侵害訴訟において通常予見される展開であり、これのみをもって特別な複雑化・新要素とは言えない。また、被告自身の訴訟行動による費用の複雑化を原告の担保負担に転嫁することはできない。
・しかしながら、原告が本案の反論書において「1億2,000万ユーロの仮払請求(provision)」を新たに追加した点については、被告側に広大な防衛論述と費用増加を余儀なくさせた原因であり、原告の行動に起因する「費用増大をもたらした新要素」と認めるのが相当である。
【争点2についての判断:担保金額の定立と比例性の原則】
・UPC控訴審の判例(2026年4月30日決定等)に基づき、訴額が5,000万ユーロを超える場合の費用上限(200万ユーロ)を出発点としつつも、それを機械的に適用することは許されない。
・UPCの基本的理念(UPC協定前文)およびEU法(EU基本権憲章第47条、知的財産権執行指令2004/48/EC)に鑑み、訴訟費用担保命令が原告の裁判を受ける権利に対する不当な侵害となってはならない。原告は個人発明家によって設立されたマイクロ/小規模企業(PME)であり、実効的な司法アクセスを保障する必要がある。
・また、被告側複数グループ間での防衛主張のシナジー効果も考慮されるべきである。
・以上を総合考慮し、原告の仮払請求による被告の費用増大に対応しつつ、原告の裁判アクセス権を不当に阻害しない適切な追加担保額として、当初設定額(200,000ユーロ)の50%に相当する100,000ユーロの増額を認めるのが妥当(Proportionné)である。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
1. 訴訟費用担保(Security for Costs)の動的な改定実務
本決定は、UPC手続において一度確定した担保額であっても、訴訟途中で大規模な損害賠償請求や仮払申請(R.119)が追加された場合には、「不測の費用増大要因」としてR.158に基づく増額改定が認められることを明確に示している。
2. PME(中小企業)に対するアクセス・トゥ・ジャスティス(EU基本権憲章47条)の適用枠組み
UPC控訴審の裁判例(Siddhi v. Athena事件等)の流れを汲み、原告がPMEであることは「担保提供そのものを免除する理由」にはならないが、「担保額を減額・調整する重要かつ決定的な考慮要素」となることが実務上定着した。裁判所は回収可能費用の上限(Scale of Ceilings)を機械的に適用せず、PMEの資金力と過大な担保が訴訟継続放棄(Denial of Justice)に繋がらないかという比例性(Proportionality)を厳格に審查する。
3. 被告側の防衛コスト増加主張に関するハードル
被告が複数の法律事務所を起用して独自に防御を展開したことや、無効反訴を提起したことによる費用増加は、原告に担保させる理由としては原則として否定される。原告側に起因する実質的な主張変更(巨額の仮払申請等)が存在して初めて増額請求が奏功するという点において、被告実務上の重要な教訓となる。
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