【UPCミュンヘン地方支部 / 2026年07月17日】UPC_CFI_2307/2026 - 仮処分手続における異議申立期間延長請求の棄却決定
1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、申立人(Oxford Nanopore Technologies PLC、以下「Oxford」)が、被申立人ら(MGI Tech Group等4社、以下「MGI」)によるDNAシーケンシング関連装置('Cyclone Devices')等の販売・宣伝活動が自社の欧州特許(EP 2 422 198 B1等計4件)を侵害する(または侵害するおそれがある)として、統一特許裁判所(UPC)ミュンヘン地方支部に対し、緊急の仮処分(差し止め、差押え、情報開示)を申し立てた(RoP 206)事案に関する手続決定(Order)である。なお、両当事者間ではオーストラリア連邦裁判所においても同等特許に関する特許権侵害訴訟が係属中であった。
【手続経過】
- 2026年6月26日: Oxfordが仮処分手続(Provisional Measures)を申立て。
- 2026年6月30日: 裁判官報告者(Judge-Rapporteur, 以下「JR」)は Oxford に対し申立書の補正・釈明(特許クレームの解釈および非UPC締結国における請求の法的根拠の提出等)を命じるとともに、MGI に対し **2026年7月24日** を期限とする異議申立(Objection: RoP 209.1(a))の提出を命じた。また、その後の反論手続および **2026年8月19日・20日** の口頭弁論期日を含むタイムテーブルを設定した。
- 2026年7月7日: 被申立人1(MGI TECH GmbH)へ申立書および6月30日命令が送達された。同日、Oxford は申立対象特許を4件から2件(EP 2 964 779 B1 および EP 3 097 210 B2 の取り下げ)に減縮する補正を行った。
- 2026年7月9日〜10日: MGI 側の代理人はCMS(事件管理システム)への不具合によりファイルアクセス障害が生じたが、7月10日までに解消した。
- 2026年7月14日: MGI(被申立人1)は RoP 9.3(a) に基づき、異議申立期限を7月24日から **2026年7月31日**(予備的に7月27日)まで延長することを求める申請を行った。
- 2026年7月16日: Oxford は「8月19日・20日の口頭弁論期日を変更しないこと」を条件として、7月27日までの延長に同意する旨の意見書を提出した。
2. 判決の主文
被申立人(MGI)による異議申立期間の延長申請を棄却する。
3. 主な争点
- 争点1: システム障害や送達日数を理由とする仮処分異議申立期間(RoP 209.1(a))の延長(RoP 9.3(a))の妥当性
- 争点2: 並行する外国訴訟の存在・申立内容の縮小・代理人態勢が、仮処分手続における被告側の十分な防御期間の有無の判断に与える影響
- 争点3: 条件付きで行われた相手方(申立人)の期間延長同意の効力
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
裁判官報告者(Dr. Matthias Zigann 裁判長)は、被申立人による期間延長申請には合理的な理由(well founded)がないとして、以下の通り判示して棄却した。
(1) 実質的な準備期間の確保と口頭弁論期日の維持の必要性
MGI はCMS不具合等により準備期間が削られたと主張するが、JR が最初に設定した「2026年7月24日」という期限は、送達における不測の遅延・障害をあらかじめ織り込み、送達日から「〇週間」という形式ではなく特定日付として指定されたものである。 7月7日の送達から7月24日までは **2週間以上の実質的な準備期間** が確保されている。 仮処分の迅速な救済(申立人の権利)と被告の意見陳述権(受給権)、および合議体が口頭弁論に備えるための時間のバランスを慎重に考慮して設定されたタイムテーブルであり、異議提出期限を延期することは口頭弁論期日(8月19-20日)の延期を不可避とし、適正かつ迅速な手続進行を阻害する。
(2) 被告側の準備負担と実質的防禦可能性の評価
以下の事実から、2週間超の準備期間で十分な防禦が可能であると判断される。
- 並行訴訟の存在: オーストラリア連邦裁判所における同等特許に関する先行訴訟を通じて、MGI 側は対象特許および侵害主張の内容を事前に熟知しており、すでに書面で認否・主張を組み立てていること。
- 審理対象の縮小: Oxford が申立対象特許を4件から2件へ取り下げたことにより、被告側の主張・防禦の負担が大幅に軽減されたこと。
- 手厚い代理人体制: MGI 側はUPC登録代理人5名、特許弁護士7名からなる大規模な弁護団を構成して対応していること。
(3) 申立人の「条件付き同意」の不成立
Oxford は「口頭弁論期日を変更しないこと」を絶対の条件として期間延長に同意していた。しかし、異議申立期限を延長すれば裁判所の準備期間が圧迫され口頭弁論期日の繰り下げが不可避となるため、Oxford が付した条件は成就しない。したがって、有効な同意は存在しないものとみなされる。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
1. UPC仮処分手続(Provisional Measures)における厳格なタイムライン管理
UPC裁判所は、仮処分手続においてRoP(手続規則)に基づく厳格なスケジュール維持を重視する。送達やシステムアクセスの初期トラブルがあった場合でも、送達から実質2週間程度の期間が残されていれば、予定された口頭弁論期日を優先し、期間延長請求を認めない傾向が顕著である。
2. 並行する外国訴訟(他国訴訟)の実質的影響力
他国(本件ではオーストラリア)で同一・同等の特許ファミリに関する訴訟が進行中である場合、裁判所は「被告は既に主張内容を把握・準備できている」とみなす。グローバル特許紛争において、先行訴訟での主張内容はUPCの手続上の防御期間の猶予判断(厳格化)にも影響を与える点に留意が必要である。
3. 代理人体制(チーム規模)の考慮
裁判所は、当事者が選任している代理人・特許弁護士の人数・体制も考慮に入れて「限られた期間内での対応可能性」を判断する。大型の代理人チームを組んでいる場合、短期の提出期限であっても「対応可能」と評価されやすくなる。
4. 条件付き同意の実務上の取り扱い
「口頭弁論期日を変更しない」といった手続上の条件付き同意は、その条件が裁判所の審理スケジュール上実現不可能である場合、同意そのものが不成立(無効)と扱われるため、交渉および裁判所への意見提出時には条件の設定に慎重を期す必要がある。
コメント
コメントを投稿