1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
【当事者関係】
申請人(Applicant)は、ドイツの特許事務所(Ter Meer Steinmeister & Partner Patentanwälte mbB)であり、第三者(一般公衆)の立場から本申請を行った。被申請人(Respondents)は、統一特許裁判所(UPC)における本案訴訟(UPC_CFI_29/2026、UPC_CFI_1934/2026、UPC_CFI_1940/2026)の当事者(原告:2seventy bio, Inc.、被告:Johnson & JohnsonおよびJanssenグループ他、Legend Biotechグループ、補助参加人:米国保健福祉部)である。
【主要な事実経過および請求内容】
申請人は、係属中の本案訴訟(EP 3 689 383 B1特許に関する侵害訴訟および無効反訴)において、UPC手続規則(RoP)第262条1項(b)に基づき、訴訟記録(原告の訴状のうちクレーム解釈に関する部分、および被告の無効反訴状)へのアクセス許可を求めた。申請人は、非公開情報や被告の製品情報に関連しない部分のみ(またはマスキング版)へのアクセスを制限的に請求した。これに対し、本案訴訟の全被申請人は申請の却下を求めた。
【申請人の主張の骨子】
- 製薬会社に対して助言を行う特許事務所として、本件特許のクレーム解釈および有効性に関する当事者の主張内容は、自らの業務(クライアントへの法的助言)において極めて高い関連性を有する。
- 本件特許の欧州特許庁(EPO)に対する異議申立期限が2026年9月30日に迫っており、異議申立等の要否を検討・助言するためには、2027年初頭以降と予想される第一審判決を待つことは不可能である。
- 申請人は閲覧した書面を他の裁判所やEPOに提出しない旨を確約しており、訴訟の完全性・誠実性(integrity of the proceedings)を損なうものではない。
2. 判決の主文
担当法官(Judge-Rapporteur)は、申請人の訴訟記録閲覧許可申請を根拠がないものとして却下する。
3. 主な争点
- 争点1: 係属中の本案訴訟手続において、第三者(特許事務所)が訴訟記録の閲覧を請求する際に要求される「直接的かつ正当な利益(direct legitimate interest)」の有無
- 争点2: EPO異議申立期限の接近および不特定のクライアントへの助言の必要性が、手続の整合性・完全性(integrity of the proceedings)保護を上回り閲覧を許可すべき理由となるか
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
【法的枠組みおよび規範の定立】
UPC協定(UPCA)第10条および第45条は、レジスターの公開および審理の公開を原則とし、秘密保持の保護との利益衡量により制限されるという原則を掲げている。RoP第262条1項(b)に基づく閲覧請求に対し、控訴審(CoA)の定立した規範(Ocado v Autostore事件等)によれば、訴訟手続が既に終了している場合と、手続が現在「係属中」である場合とで異なる利益衡量基準が適用される。本案手続が係属中である場合、手続の適正かつ円滑な進行および整合性(integrity of the proceedings)を保護する利益が優先されるため、これを覆して開示を認めるには、申請者に「より具体的な利益」すなわち「直接的かつ正当な利益(direct legitimate interest)」が存在することが要求される。
【本件事実への当てはめ】
- 直接的利益の欠如:
申請人は、対象特許の範囲に含まれる製品に関する原告の競合他社でもライセンシーでもない。申請人は、具体的なクライアント、対象製品、または侵害の嫌疑を一切特定しておらず、単に「多数の技術分野で製薬会社を代理・助言している」「自社の業務に非常に強い関連性がある」と主張するに留まる。これは係属中手続における高い開示ハードル(直接的かつ正当な利益)を満たさない。 - 先例(Nicoventures判決)との相違:
申請人が依拠するNicoventures v Juul/NJOY事件判決では、申請人自身がEPOで異議申立を行い特許取消決定を得ており、同特許に対するEPO不服申立手続が係属中であったために開示が認められた。本件申請人は、将来のEPO手続可能性について不特定のクライアントに助言を行う「単なるアドバイザー」に過ぎず、同判例の基準を満たさない。 - EPO異議申立期限の影響:
2026年9月30日にEPO異議申立期限が到来するという点についても、申請人は実際に異議申立を依頼・指示した特定のクライアントを特定していないため、直接的かつ正当な利益を立証するものとは認められない。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- 係属中訴訟におけるRoP 262.1(b)閲覧請求の厳格化:
UPC控訴審の確立された判例法制(Ocado基準)に従い、判決確定前の「係属中」の事件記録へのアクセスには極めて高い立証責任が課される。特許事務所や法律事務所が「将来のクライアントへの助言のため」「情報収集のため」といった一般的な業務上の必要性を理由に申請しても、「直接的かつ正当な利益」とは認められないことが明確に再確認された。 - EPO手続(異議申立)との連動における実務上の留意点:
EPO異議申立期限が迫っていることを理由にUPCの訴訟記録開示を求める場合、単に助言立場にあることだけでは不十分であり、「具体的に異議申立を委任されたクライアント(または競合他社としての当事者自身)の存在」および「当該開示が異議申立の準備・遂行に不可欠であること」を具体的に特定・立証する必要がある。 - 手続的救済(不服申立):
担当法官(Judge-Rapporteur)による本決定に対しては、RoP第333条に基づく合議体(Panel)によるレビュー(再審理)の対象となるとともに、RoP第220条2項および3項に基づく控訴手続の対象となることが判示されている。
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