【UPC Local Division Düsseldorf / 2026年07月23日】UPC_CFI_87/2025, UPC_CFI_488/2025 - EP 2 449 782特許侵害訴訟および特許取消反訴(Disney+事件 / FRAND抗弁・NDAと不誠実なライセンシーに関する重要判決)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

【当事者】
原告(特許権者):InterDigital VC Holdings, Inc.(米国法人)
被告(被疑侵害社):The Walt Disney Companyおよびその子会社・関連会社計11社(Disneyグループ)

【背景と事実経過】
原告は、大型ブロック向けイントラ予測シグナリングに関する欧州特許EP 2 449 782(以下「本件特許」)の登録権利者である。本件特許は、オーストリア、ベルギー、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ等を含むUPC加盟国で有効に存続している。
被告らは、動画配信サービス「Disney+」において、HEVC/H.265規格に準拠したビデオストリーミング(例:『白雪姫』等のHEVCビットストリーム)を全世界およびUPC加盟国域内でユーザーに提供・配信している。
両当事者は訴訟提起前にライセンス交渉を行っていたが、交渉は秘密保持契約(NDA)下で実施されていた。原告は訴訟提起に先立ちNDAを解除したものの、過去の交渉履歴の提示についてUPCの秘密保持命令(Confidentiality Order)下で開示できるようNDAの修正を提案した。しかし被告はこの提案に合理的な理由なく応じなかった。

【請求内容】
原告の請求(侵害訴訟):クレーム5(画像データ符号化方法)およびクレーム17(ビットストリーム)の直接侵害を理由とする、①UPC加盟11カ国における侵害行為の差止、②流通チャネルからの製品回収・永久排除、③情報開示および会計計算、④過料の設定、⑤中間損害賠償金(50万ユーロ)の支払および損害賠償責任の確認。
被告の請求:侵害訴訟の棄却、特許取消の反訴(新規性・進歩性欠如、追加事項)、FRAND抗弁(本件特許はHEVCの標準必須特許(SEP)であり原告はFRAND義務に違反しているとの主張)。予備的請求として、5億ユーロ以上の執行担保設定および情報開示に対する秘密保持命令(R. 262A RoP)。

2. 判決の主文

1. 差止命令・回収命令等:被告らに対し、UPC加盟11カ国において本件特許クレーム5の符号化方法により直接製造された画像データおよびクレーム17のビットストリームの提供・市場流通の差止め、ならびに商業顧客からの製品回収および市場からの永久排除を命じる。
2. 情報開示および会計計算:被告らに対し、2017年12月6日以降の侵害行為に関する情報(供給網、数量、価格、利益等)の開示および帳簿の開示(公認会計士の監査または宣誓供述書付き)を命じる。ただし、当該情報の使用目的は「被告に対する損害賠償請求の計算および供給網の特定」に限定する。
3. 損害賠償責任:被告らが連帯して損害賠償責任を負うことを確認する(中間損害賠償請求は棄却)。
4. 過料の告知:差止命令違反に対し1日・1ビットストリームあたり最大10,000ユーロ、その他の命令違反に対し1日あたり最大5,000ユーロの過料を科す。
5. 特許取消反訴の棄却:被告らの特許取消反訴(無効主張)を全件棄却する。
6. 強制執行の条件(担保提供):差止および回収命令の強制執行は、原告が800万ユーロの担保(法廷供託またはEU域内銀行の不可撤回保証)を提供することを条件とする。
7. 秘密保護命令(別決定):被告が開示する情報へのアクセスは、原告の外部代理人および事前に被告に通知された原告の代表者2名に限定する(R. 262A RoP適用)。
8. 訴訟費用・訴訟物価額:侵害訴訟の費用は原告10%・被告90%負担。反訴費用は被告全額負担。請求上限額(Ceiling)は80万ユーロ。訴訟物価額は侵害・反訴それぞれ800万ユーロ。

3. 主な争点

  • 争点1: 特許の有効性(追加事項の有無、先行技術D1〜D6に基づく新規性・進歩性の有無)
  • 争点2: 特許侵害の有無(「binary split signaling syntax element」の解釈と、エントロピー符号化がなされたビットストリームにおける構成要件充足性)
  • 争点3: FRAND抗弁の成立性(エンコードクレームの標準必須性、市場支配的地位の有無、Huawei v ZTE判決に基づく交渉ステップの履行状況、およびNDA修正拒否が主張立証に与えるペナルティ)
  • 争点4: 強制執行の担保額および情報開示手続きにおける秘密保護の範囲(R. 262A RoPの適用)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) 特許のクレーム解釈および有効性(無効反訴の棄却)

  • 追加事項(Added Matter): 原出願明細書(TW 4)の全体から、32x32および64x64のブロックサイズの選択肢や、それに対応するバイナリスプリット構文要素は当業者にとり直接かつ一義的に導き出し得るため、構成要件の不当な拡張(新規事項追加)にあたらない。
  • 新規性(Novelty): 先行技術(D1〜D4)は、本件特許のすべての構成要件(特に32x32/64x64ブロックサイズ、バイナリスプリット構文要素、特定予測モードの組み合わせ)を直接かつ一義的に開示していない。したがって新規性を有する。
  • 進歩性(Inventive Step): 被告が主として主張するD5(韓国論文)を起点とした論理について、D5は32x32ブロックを8x8サブブロックに分割するものであり、16x16ブロックや「バイナリスプリット構文要素」を開示していない。H.264(D6)やD2と組み合わせたとしても、H.264の非バイナリなmb_type構造からバイナリスプリット構文要素へ変更することは設計の大幅な変更を要し、当業者にとって容易ではない(後知恵(hindsight)に基づく主張として退けられた)。また、被告が遅れて提出したD1〜D4起点等の進歩性欠如主張は遅時提出(late-filed)として不適法であり、内容としても理由がない。

(2) 侵害の成否(文言侵害の認定)

  • クレームにおける「binary split signaling syntax element(バイナリスプリットシグナリング構文要素)」は、ビットストリーム内にデータとして表現されていれば足り、その後にエントロピー符号化(CABAC等)が施される実施形態を排除するものではない。明細書の実施例(図7B、段落[0069])でもフラグがエントロピー符号化されることが明記されている。
  • 被告のDisney+配信サービス(被疑侵害体)のビットストリーム(split_cu_flag等を含むHEVCデータ)は、クレーム5および17の全構成要件を文言上充足する。被告らによる共同直接侵害(Art. 25(a) UPCA)が成立する。

(3) FRAND抗弁の退けおよび「NDA拒否」に関する重要判示(ヘッドノートの法理)

  • 市場支配的地位・必須性の非存在: HEVC規格は「デコード(復号)処理」の仕様を強制する規格であり、「エンコード(符号化)機能」を規定していない。エンコーダーは本件特許発明を実施せずともHEVC適合ビットストリームを生成可能であるため、本件特許クレームはHEVC規格の標準必須特許(SEP)ではなく、デ・ファクト標準とも認められない。したがって原告は市場支配的地位(Art. 102 TFEU)を有しない。
  • FRAND宣言の範囲: 原告のFRAND宣言は規格に「必須」な特許に限定されており、非必須のエンコードクレームには及ばない。
  • 【重要法理:NDA拒否とHuawei v ZTE手続の評価】:
    • 当事者間のNDAにより一方当事者(原告)が訴訟で主張・証拠提出(ライセンスオファーや交渉経過)を妨げられている場合において、相手方(被告)が裁判所での開示を可能にするためのNDA修正・変更を正当な理由なく拒否したときは、その不利益は拒否した側(被告)に帰属する(Headnote 1)。
    • このような場合、一方当事者がHuawei v ZTE判決に基づくライセンス交渉プログラムのステップを履践したと主張し、裁判所が被告のNDA修正拒否のためにそのステップを検証できないときは、当該ステップはHuawei v ZTE判決に従って適切に履践されたものとみなされる(Headnote 2)。
    • 被告は原告のオファーに対し具体的な対照理由を示さず、対照オファー拒否後も適切な担保提供を行わなかったことから、「ライセンス不承認者(unwilling licensee)」と判断され、被告のFRAND抗弁は全否定された。

(4) 救済措置・執行担保・秘密保持(R. 262A RoP)

  • 執行担保(Art. 82(2) UPCA, R. 118.8 RoP): 被告は1年間で5億ユーロの損害が生じると主張したが立証が不十分である。他方、原告(子会社)自身の財務状況や資力が不明確であることを考慮し、裁判所の裁量により、訴訟物価額と同額の800万ユーロを強制執行の条件(担保額)として設定した。
  • 秘密保護命令(R. 262A RoP / Art. 67 UPCA): 情報開示・会計計算命題に伴い、被告の営業秘密(売上、会員数等)を保護するため、情報開示の使用目的を本訴の損害賠償計算および供給網特定に制限するとともに、原告側の閲覧者を「外部代理人および事前に指定された原告代表者2名」に限定する命令を発令した。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

1. ライセンス交渉中のNDA運用と訴訟戦術(実務上最重要)
本判決は、FRAND交渉において「交渉経過を秘匿するNDA」を盾に取り、訴訟で特許権者のFRAND違反を主張しつつNDA修正に応じない実施者(被疑侵害社)の戦略に対し、強力なペナルティ(Huawei stepの履践認定およびunwilling licensee認定)を科す判断を示した。実務上、ライセンス交渉時のNDAには「訴訟提起時には裁判所の秘密保持命令下で提示可能とする」條項を組み込むか、訴訟移行時に合理的な開示協議に応じなければ、ライセンス不承認者とみなされるリスクがある。

2. デコード規格におけるエンコードクレームのSEP/FRAND該当性
HEVC/H.265等の動画圧縮規格訴訟において、標準化文書が「デコーダーの動作」のみを規定している場合、エンコーダー側の選択の自由度を理由に標準必須性(Essentiality)および市場支配的地位が否定される可能性が高いことを明確にした。エンコードクレームで訴訟を提起することは、FRANDの制約を回避する特許権者側の有効な戦術となり得る。

3. UPCにおける情報開示とR. 262A RoP(秘密保護制度)の活用実務
UPC裁判所は、Art. 67 UPCAに基づく情報開示命令を出す際、被告のビジネス上の機密(加入者数や売上高)を守るため、判決主文(Operative part)において情報の「目的外使用の禁止」を課し、R. 262A RoPを類推適用して「閲覧制限クラブ(Blacked-out / Restricted Access Club)」を設定する実務を定着させつつある。

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