1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
(1)当事者および対象特許
原告(反訴被告)Papst Licensingは、特許ライセンス供与等を業とする企業であり、欧州特許第3 030 943号(発明の名称:「床掃除機を運転するための方法および床掃除機」、以下「本件特許」)の登録特許権者である。被告(反訴原告)らは、中国のロボット掃除機メーカーBeijing Roborock Technology(被告1)およびその欧州・ドイツ販売子会社(被告2、被告3)である。
(2)事実経過および原告の請求
原告は、被告らが製造・販売する自走式掃除ロボット(「Roborock S8」シリーズ、「Saros 10」等)がドイツおよびフランスにおいて本件特許(請求項1、10等)を直接的または間接的に侵害していると主張し、統一特許裁判所(UPC)ミュンヘン地方部に提訴した。請求内容は、侵害行為の差止、損害賠償・不当利得算定のための情報提供および会計報告、侵害品の回収・廃棄等である。
(3)被告らの主張および反訴提起
被告らは、管轄異議(UPC手続規則(RoP)19条。先行する独国内訴訟との関係に基づく手続停止等)を申し立てるとともに、非侵害を主張した。併せて、新規性欠如(引例D1)、進歩性欠如(D1とD2/D3の組合せ)、および新規事項追加(冒認出願・中間一般化)を理由とする本件特許の無効反訴を提起した。なお、被告らは口頭弁論期日において、無効反訴を「裁判所が特許侵害を認定した場合にのみ判断を求める」という訴訟内条件(verfahrensinterne Bedingung)付の請求に変更した。
2. 判決の主文
1. 被告らの管轄異議を却下する。
2. 原告の侵害訴訟(本訴請求)を棄却する。
3. 原告のその他の請求をすべて却下する(無効反訴については審理・判断を行わない)。
4. 訴訟費用(本訴および反訴の全体)について、原告が40%、被告らが60%を負担する。
3. 主な争点
- 争点1:管轄異議および先行する国内裁判所手続(独・ミュンヘン地方裁判所)に伴う手続停止の可否(Brussels Ia規則30条、UPC協定32条)
- 争点2:本件特許請求の範囲の解釈、特に「負の判定(negativer Feststellung)に伴う清掃の不実行・中断・終了」要件(構成要件1.7/1.7.1等)の意義
- 争点3:被疑侵害品の構成要件充足性(非侵害の成否)および証拠開示命令申立(RoP 190条)の適法性
- 争点4:侵害認定を停止条件とする「訴訟内条件付無効反訴」の許容性および判断の要否(UPCA 76条1項、RoP 263.3条)
- 争点5:条件不成就により無効反訴の判断がなされなかった場合の訴訟費用の負担帰属(UPCA 69条2項・3項)
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
(1)管轄権および手続停止について(争点1:適法・停止却下)
UPC協定(UPCA)32条に基づき本件地方部は専属管轄を有する。ミュンヘン地裁に係属する別件訴訟の対象特許は本件特許の分割出願であり保護対象が相違する上、対象地域も異なるため、Brussels Ia規則30条に基づく手続停止の要件たる事件の密接な関連性は認められない。原告の実効的権利保護を制約する理由はない。
(2)特許請求の範囲の解釈(争点2:因果関係の限定解釈)
EPC 69条およびその解釈議定書に従い、当業者の視点からクレームを解釈する。
- 構成要件1.7および1.7.1(「負の判定時に、割り当てられた清掃指示の実行を不実行、中断または終了する」)は、制御プログラムにおける「IF...THEN...」構造として理解されるべきである。
- すなわち、「ロボットが意図した部屋に配置されていないという否定的な判定」それ自体が直接的かつ直接の因果関係をもって清掃指示の不実行等を惹起する構成を意味し、単に「障害物や閉まったドアにより目的地に到達できない」といった経路探索・到達不能を理由とする中断・停止はこれに含まれない。
(3)非侵害の判断および証拠開示請求の却下(争点3:非侵害)
原告が提出した検証動画等によれば、被疑侵製品は一般的なSLAM(自己位置推定と環境地図作成の同時実行)および座標ベースのナビゲーションを行っているにすぎず、特許が要求する「部屋認識に基づく負の判定と直結した停止処理」を行っているとは認められない。目的地の部屋に行けないことによる停止は単なる到達不能(経路探索の失敗)にすぎない。
また、原告が口頭弁論で求めたソースコード開示請求(RoP 190条)は、時機に後れた申立(Präambel Z 7)であるのみならず、開示を必要とする具体的な事実関係の疎明を欠いた探索的証拠調べ(unzulässiger Ausforschungszweck)に該当し、不適法である。
(4)訴訟内条件付無効反訴の取扱い(争点4:判断不要)
当事者が無効反訴について「裁判所が侵害を認めること」を訴訟内条件(verfahrensinterne Bedingung)とすることは手続上許容される(UPC_CoA_40/2026 Emboline v. AorticLab 参照)。本件では侵害が認められないため条件は不成就となり、処分権主義(UPCA 76条1項)に基づき無効反訴について裁判所は判断を行わない。
(5)費用負担の判断(争点5:被告に反訴費用を負担させる按分決定)
無効反訴の審理・判断が行われなかったのは被告自身の条件付申立に起因する。仮に無効反訴が本案判断されていれば原告勝訴(反訴棄却)となり得た可能性があり、判断がなされないことによる不利益を原告に転嫁すべきではない。したがって、無効反訴により原告側に発生した費用は「不要な費用(unnötige Kosten)」(UPCA 69条3項)に該当し、被告らが負担すべきである。
本訴の訴額(100万ユーロ:原告全部敗訴)と無効反訴の訴額(150万ユーロ:被告負担)の比率(40:60)に応じ、訴訟全体の費用は原告40%、被告ら60%の割合で負担を命じた。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- 条件付無効反訴の実務定着: 被告が無効反訴を維持しつつ、主位的に非侵害を争う場合、侵害成立を条件とする訴訟内条件(Conditional Counterclaim for Revocation)を付す戦術がUPC判例法上確立された(控訴裁判所Emboline判決を追認)。
- 無効反訴を条件付とする場合の費用リスク(重要): 非侵害を勝ち取り無効反訴の判断を回避させた場合であっても、UPCA 69条3項に基づき「反訴を取り下げた・不要な手続を惹起した」と評価され、無効反訴部分の費用負担は被告側に課されるリスクがある。訴額配分(本件では反訴150万ユーロ>本訴100万ユーロ)によっては、非侵害で勝訴しても費用の大半を被告が負担する逆転現象が生じ得る点に実務上の注意を要する。
- RoP 190条に基づく証拠開示(ソースコード等)の限界: 侵害立証のための証拠開示申立は、手続の早期に行う必要があり、かつ開示対象と構成要件充足性の蓋然性を具体的に特定しなければ「探索的証拠調べ(Fishing Expedition)」として厳格に排除される。
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