1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
(1)当事者および対象特許
控訴人(第一審申立人)SharkNinja Operating LLC(以下「SharkNinja」)は、複数の調理モードを備えるマルチ調理システムに関する欧州特許第3 689 198号(以下「本件特許」)の特許権者である。被控訴人(第一審被申立人)Groupe SEB各社(以下「SEB」)は、小型調理家電分野における競合他社である。
(2)事実経過
SEBは2025年10月10日、フランス市場等で新製品「Cookeo Infinity」(以下「被疑侵害製品」)を発売した。SharkNinjaは同年10月15日にこれを知得し、同年11月14日に統一特許裁判所(UPC)パリ地方部に対し、本件特許およびEP 3 689 201(以下「EP'201」)の侵害を理由として仮保全措置(Provisional Measures:仮差止等)を申し立てた。その後、SharkNinjaはEP'201に関する申立てを取り下げた。
(3)原決定(UPCパリ地方部)
パリ地方部は、本件特許の請求項1等が先行技術文献(中国実用新案 CN 202312830 U、通称「Tredy」)に対して新規性を欠き無効である蓋然性が高い(more likely than not invalid)と判断し、SharkNinjaの仮保全申立てを却下した。また、SharkNinjaに対し、SEBの訴訟費用の負担およびEP'201の取下げに伴う中間費用補償(Interim Cost Award)120,000ユーロの支払いを命じた。SharkNinjaはこれを不服として控訴した。
2. 判決の主文
UPC控訴裁判所は原決定を一部取り消し、以下の通り命じた。
- SharkNinjaが控訴審で新たに提出した証拠(CRA-1〜29、CRA D.1〜D.7等)は時機に後れた攻撃防御方法(Rule 222.2 RoP)として却下(disregard)する。
- パリ地方部の決定のうち、本件特許に基づく仮保全申立てを却下した部分および本件特許に関する費用負担命令を取り消す。
- SEBに対し、フランスおよびドイツの領域内において、被疑侵害製品(Cookeo Infinity 各モデル)の製造・譲渡の申出・上市・使用・輸入・所持の差止めを命じる。
- 上記差止命令に違反した場合、違反製品1件あたり最大1,000ユーロ、継続的違反の場合は1日あたり最大100,000ユーロの制裁金(Penalty Payment)を裁判所に支払うことを命じる。
- SEBに対し、SharkNinjaへの訴訟費用の中間補償金として300,000ユーロの仮払いを命じる。
- 控訴審費用および第一審における本件特許に関する訴訟費用はSEBの負担とする。
- 本決定は即時執行力を有する(Immediately Enforceable)。
3. 主な争点
- 争点1(クレーム解釈): 請求項1の構成要件(特に「air frying mode(ノンフライ調理モード)」、「to cover(覆う)」、および第2の蓋がハウジング/容器に「configured to couple(結合可能に構成される)」の意義および限定の程度)。
- 争点2(有効性の蓋然性): 先行技術(Tredy文献およびLiantek文献/WO 2015/062197)に基づき、本件特許が無効とされる蓋然性が高いか否か。
- 争点3(侵害の蓋然性): 被疑侵害製品の第2の蓋(Pressure lid)が第1の蓋に内蔵・支持される構造が、構成要件(ハウジング/容器に結合可能に構成)を充足するか。
- 争点4(仮保全措置の要件および利益衡量): 緊急性(Urgency)、保全の必要性(Necessity / Irreparable harmの要否)、および本案判決を待つことによる不利益と差止めによる不利益の比較衡量。
- 争点5(費用負担および中間費用補償): 複数特許のうち1件を取り下げた場合の訴訟費用分担および上限額(Ceiling)の算定方法。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
(1)クレーム解釈(Claim Interpretation)
- 「to cover」の意義: 同一クレーム内の同一文言は原則として同一の意味を有する。本件明細書の記載に照らし、「to cover」は開口部を覆うに足りる面積を有していれば足り、気密的な密閉(airtight sealing)までを要求するものではない。導電加熱モード(conductive cooking mode)は圧力調理に限定されず、低圧・非加圧の調理モードも包含するためである。
- 「configured to couple」の意義: ハウジングまたは容器と密接に接触して相互作用(interaction)するように構成されていれば足り、直接的なヒンジや銃剣構造(バヨネット)による結合に限定されない。圧入(press-fit)形状による係合もこれに含まれる。また、第2の蓋が第1の蓋の内側に収容(nest)され、第1の蓋によって押圧・支持される構造であっても、第2の蓋自身が容器上部と圧入係合する形状・シール部材を有していれば本要件を充足する。
(2)有効性の判断(Validity)
- Tredy文献に対する新規性: 新規性の判断(Art. 54(1) EPC)は先行文献全体を当業者の目線で直接的・一義的(directly and unambiguously)に把握できるかに基づく。Tredyの図面に示された陰影部について、SEBの専門家意見書は後知恵的(hindsight)に「ファン/モーター」と特定させた尋問に基づいており不適切である。Tredyにはファンや熱風循環についての明示的・暗黙的開示はなく、単なる「上下同時加熱(立体グリル)」の記載から熱風循環ファンが必然的に導かれるものではない。したがって、請求項1はTredyに対して新規性を有する。
- Liantek文献に対する新規性: Liantekの洗浄カバー(cleaning cover)は第1の蓋の内側カバーとのみ結合し、開口部全体を覆う寸法も有していないため、構成要件を充足しない。新規性は否定されない。
- 以上より、本件特許が無効である蓋然性は高くない(more likely to be valid than invalid)。
(3)侵害の判断(Infringement)
- 被疑製品の「Pressure lid(第2の蓋)」は、容器上部と圧入係合する周縁シール構造を有し、開口部を覆う十分な面積を備えている。第1の蓋に保持されて開閉される構造であっても、第2の蓋自体が容器と物理的相互作用を有している以上、「ハウジングまたは容器に結合可能」との要件を充足する。よって侵害の蓋然性が高い。
(4)仮保全の要件および利益衡量(Urgency, Necessity and Balance of Interests)
- 緊急性(Rule 211.4 RoP): 権利者が侵害を知得(2025年10月15日)してから1か月以内(同年11月14日)に仮保全を申し立てており、権利行使を不当に遅滞させた事情はない。
- 保全の必要性(Rule 211.3 RoP): 「回復不能な損害(irreparable harm)」は仮保全発令の絶対的必須要件ではない。競合関係にある製品の上市により、市場シェアの恒久的な喪失や価格崩壊(price erosion)が生じる蓋然性がある場合、現状維持(status quo)のために仮保全の必要性が認められる。両製品の価格帯や機能数に一定の差があっても、需要者から見て代替性(interchangeability)が認められる。
- 利益衡量: SEBのブランド価値やサプライヤー関係への影響といった不利益を考慮しても、有効かつ侵害の蓋然性が高い特許権を保護するSharkNinjaの利益が優越する。SharkNinjaが本案訴訟を未提起である点も、第一審で無効判断が出されていた経過に鑑みれば合理的理由がある。
(5)訴訟費用および中間費用補償(Costs & Interim Award)
- 2つの特許が対象とされ、1特許のみ取り下げられて一部勝訴となった場合、各特許の訴額割合に応じた按分が原則であるが、早期取下げにより生じた費用の実態に応じ、各特許に起因する費用を個別負担させることが衡平である(Art. 69(2) UPCA)。
- 中間費用補償(Rule 211.1(d) RoP)は原則として回収可能費用上限額(Ceiling)の50%を上限とする。第一審(上限600,000ユーロの25%=150,000ユーロ)および控訴審(上限400,000ユーロの50%=200,000ユーロ)の合計350,000ユーロの範囲内において、申立人の請求額である300,000ユーロを認容した(処分権主義:Art. 76(1) UPCA)。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- UPCにおける先行技術の「暗黙の開示(Implicit Disclosure)」の厳格性: 図面に描かれた未説明の形状から機能を推認すること、および専門家証言に後知恵的(誘導的)な質問を用いることに対して厳格に排斥した。審査実務・審判実務におけるEPC基準(directly and unambiguously)をUPC控訴審が一貫して適用していることを再確認した。
- 時機に後れた証拠の排除(Rule 222.2 RoP): 第一審で提出し得た専門家宣言書等を控訴審で提出することは原則として許容されず、厳格にディスリガードされる実務が定着している。
- 仮保全における「回復不能な損害」と「市場の代替性」の基準: 差止命令の発令要件として「回復不能な損害」は必須ではなく、直接競合・価格下落リスクによる必要性で足りると判示された。また、競合製品間の価格差(100〜200ユーロ程度)や多機能性の差異があっても、基本的用途が同一であれば市場の代替性・競合関係が肯定される点が実務上極めて重要である。
- 一部取下げ・一部勝訴における訴訟費用上限(Cost Ceiling)の算定法: 複数特許を一括して提訴した場合の費用上限は事件全体の総訴額(Total value in dispute)に基づいて単一に決定され、その後の特許ごとの手続分離・取下げに応じた衡平な配分(各段階の上限額の割合管理)がなされる運用の詳細が示された。
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