【統一特許裁判所控訴裁判所 / 2026年8月21日】UPC-CoA-135/2026 - 特許権侵害の仮処分決定に対する控訴の執行停止(Suspensive Effect)申立事件

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、EP 4 242 056号(チャイルドシートシステムに関する特許)の特許権者である被控訴人(原審申立人:Cybex GmbH)が、控訴人ら(原審被申立人:Nuna International B.V.およびAllison GmbH)に対し、特許権侵害(直接侵害および間接侵害)に基づく仮処分(差止、情報提供、間接強制金等)を申し立てた事案に関する。

統一特許裁判所(UPC)ハンブルク地方部(原審)は2026年8月10日、直接侵害および間接侵害の成立蓋然性を認め、申立を認容する仮処分命令を発令した。しかし、間接侵害に関する差止主文(主文第I.2項)において、原審は被控訴人が申し立てた警告表示義務の文言に加え、申立範囲を超えて警告対象・態様を厳格化・具体化する「insbesondere ohne...(特に〜することなしに)」と題する条項(ディスクレーマー部分)を職権で付加した。

これに対し、控訴人らは同日付で控訴を提起するとともに、UPCA第74条第1項およびUPC手続規則(RoP)第223条に基づき、仮処分決定の執行停止(aufschiebende Wirkung)を申し立てた。控訴人らは、原審が処分権主義(UPCA第76条第1項)に違反して申立以上のものを認容した「明白な誤り(evident error)」があるとして、主位的には仮処分決定全体の執行停止、予備的には間接侵害部分全体の執行停止、最予備的には「insbesondere ohne」部分(ディスクレーマー部分)の執行停止を求めた。

なお、執行停止申立の後、被控訴人は裁判所に対し、「insbesondere ohne」条項およびそれに基づく間接強制金等の権利行使を行わない旨の取消不能・無条件の執行放棄(Vollstreckungsverzicht)を表明した。

2. 判決の主文

控訴人らによる控訴の執行停止申立を却下する。

3. 主な争点

  • 争点1: 処分権主義違反(明白な誤り)に基づく執行停止の効力範囲
    決定の一部に処分権主義違反という「明白な誤り(evident error)」が存在する場合、決定全体(または当該請求類型全体)の執行停止を命じる必要があるか、それとも誤りの影響を受ける「可分な一部(distinct part)」に限定して執行停止を命じることができるか。
  • 争点2: 決定における「可分な一部」の判断基準
    主文および理由中のいかなる部分が独立して可分(distinct)と評価されるか。
  • 争点3: 債権者による執行放棄の有効要件と権利保護の利益(訴えの利益)の消滅
    被控訴人による一部執行放棄の宣言が、執行停止申立の権利保護の利益(Rechtsschutzbedürfnis)を失わせるか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) 控訴の執行停止の原則と「明白な誤り」

UPCA第74条第1項に基づき、控訴提起は原則として執行停止効を有しない。例外的に執行停止が認められるのは、控訴人の現状維持の利益が被控訴人の執行利益を上回る場合に限られ、原審決定に「明白な誤り(evident error)」が存在することはその典型例である。原審が被控訴人の申立範囲を超えて義務を加重した「insbesondere ohne」条項は、UPCA第76条第1項(処分権主義)に明白に違反しており、「明白な誤り」に該当する。

(2) 執行停止の対象範囲(可分性による限定)

明白な誤りが存在する場合であっても、当然に決定全体または申立項目全体の執行停止を命じなければならないわけではない。決定の中に「可分な一部」が存在する場合、執行停止の範囲は明白な誤りに起因・影響する部分のみに限定できる。

  • 可分性の基準:裁判所の決定のある部分が、他の部分から切り離して個別に判断・不服申立てが可能であり、その切り離しによって当該部分または残余の部分の客観的意味内容(Sinngehalt)が損なわれない場合、その部分は「可分な一部」と認められる。
  • 本件への当てはめ:
    • 直接侵害に関する判断と間接侵害に関する判断は明確に可分である。直接侵害部分には明白な誤りは存在しない。
    • 間接侵害の差止主文(I.2)においても、被控訴人の申立通りの表示義務部分と、原審が職権で付加した「insbesondere ohne」条項は明確に区別可能であり、後者を削除しても前者の意味内容は完全に独立して維持される。

したがって、明白な誤りの影響が及ばない部分についてまで執行停止を認める理由はなく、主位的申立(決定全体の停止)および予備的申立(間接侵害全体の停止)は理由がない。

(3) 執行放棄による権利保護の利益の消滅

最予備的申立(明白な誤りがある「insbesondere ohne」部分のみの執行停止)について、被控訴人は手続内において当該部分の執行を行わない旨を表明した。

  • 執行放棄の有効要件:どの債務名義に基づき、どの範囲で執行を行わないかが明確(特定性)であり、かつ、明白(unambiguous)、取消不能(irrevocable)、無条件(unconditional)である場合に有効となる。
  • 権利保護の利益の消滅:被控訴人による有効な執行放棄がなされた場合、控訴人は当該瑕疵ある条項に基づく執行の脅威から完全に解放されるため、RoP第223条に基づく執行停止命令を求める実質的な権利保護の利益(Rechtsschutzbedürfnis)は消滅する(決定公表による名誉回復等の事情は、権利保護の利益を再発生させる根拠とはならない)。

よって、最予備的申立を含め、執行停止申立は全体として却下される。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 明白な誤り(Evident Error)の射程と限定的停止:原審決定に処分権主義違反等の明白な瑕疵があっても、決定全体が当然に執行停止されるわけではなく、可分な部分(distinct part)に限定した部分的執行停止(または非停止)が維持されるというUPC控訴審の確立されたアプローチが再確認された。
  • 仮処分勝訴側(債権者)の実務的対応:原審決定の主文に予期せぬ瑕疵や超訴求(ultra petita)が含まれていた場合、債権者が迅速に「明確・取消不能・無条件」な執行放棄宣言を行うことで、債務者側からの執行停止申立を「権利保護の利益の消滅」により無力化し、正当な認容部分の即時執行力を維持・確保できるという重要な実務指針が示されている。

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