1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、Guardant Health, Inc.(特許権者・被請求人)が保有する欧州特許第3591073号(対象発明:「希少変異およびコピー数多型を検出する方法」、第2世代の分割出願)に対し、Margaret Dixon Limited(異議申立人02・抗告人)が特許異議を申し立てた事案の控訴審(審判手続)である。なお、UPC(統一特許裁判所)パリ地方部での侵害暫定処分申請を受けたSophia Genetics S.A.が参加人(異議申立人03)として適法に参加した。
原審(EPO異議部)は、特許権者の主請求(Main Request)に係るクレームセットおよび発明がEPCの要件を満たすとして特許を維持する中間決定を下した。これに対し異議申立人02が、主請求項1が当初出願および親出願(原出願)に開示されていない新規事項を追加するものである(EPC第76条(1)および第123条(2)違反)等と主張して審判を請求し、特許取消しを求めた。
2. 判決の主文
1. 原決定(異議部の中間決定)を取り消す。
2. 欧州特許第3591073号を取り消す。
3. 主な争点
- 争点1: 主請求項1における特徴の組み合わせが新規事項の追加(EPC第76条(1)および第123条(2))に該当するか(複数リストからの選択と「ポインター(示唆)」の有無)
- 争点2: 主請求が認められない場合における、補助請求に基づく異議部への事件差戻し請求(EPC第111条(1)、RPBA第11条)の可否
- 争点3: 各補助請求項における新規事項追加の有無
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
1. 新規事項追加の判断基準(ゴールドスタンダード)
審判部は、EPO拡大審判部決定 G 2/10 及び G 1/05 に基づく「ゴールドスタンダード」を再確認した。すなわち、補正は、出願当初の書類全体から当業者が共通の一般知識を用いて客観的・直接的かつ一義的(direct and unambiguous)に導き出せる範囲内でのみ認められ、当業者に新たな技術的情報を提供するものであってはならない。
2. 主請求項1に関する当てはめ
特許権者は、当初出願のクレーム83を出発点とし、明細書の各段落([00237], [00238], [00243]等)に基づき補正の適法性を主張した。しかし、審判部は以下のとおり判断した:
- 特徴(i)(非特異的バーコードの使用): 段落[00237]および[00243]において、固有識別子、非特異的識別子、バーコード等の多様な選択肢からなる「第1のリスト」からの選択に該当する。
- 特徴(iv)(リード開始部・終了部の配列情報との組み合わせによる固有識別の付与): 段落[00243]および[0050]の記載に照らすと、「リードの開始・終了部の配列情報」の利用と「リード長(塩基対数)」の利用は累積的・補足的なものではなく、相互に代替的な選択肢(alternative options)として提示されている。したがって、当該特徴の特定は「第2のリスト」からの選択に該当する。
- ポインター(Pointer)の不存在: 特許権者は実施例6がクレーム1の組み合わせへのポインター(直接的かつ一義的な開示へと導く示唆・動機付け)になると主張した。しかし、実施例6には非特異的バーコードのライゲーションも、開始・終了部分の配列情報の利用も記載されておらず、当該特定の組み合わせを直接的かつ一義的に導くガイダンスとは認められない。
したがって、主請求項1は複数のリストから選択された要素の恣意的な組み合わせ(二重選択)を含んでおり、EPC第76条(1)および第123条(2)に違反する。
3. 事件の差戻し請求の却下
特許権者は補助請求に基づく異議部への差戻し(EPC第111条(1))を求めたが、審判手続規則(RPBA 2020)第11条に基づく「特別な理由(special reasons)」が存在せず、特許権者も口頭審理において補助請求に関する実質的な追加主張を行わなかったため、審判部は自ら権限を行使して差戻し請求を却下した。
4. 補助請求の判断
提出されたすべての補助請求(補助請求1〜7、1a〜7a、1b)においても、主請求項1と同様に「非特異的バーコード」および「開始・終了部配列情報の利用」という拒絶理由を惹起した組み合わせ特徴がそのまま維持されているため、同様にEPC第76条(1)および第123条(2)違反により特許性を欠く。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
1. 複数リストからの選択(Multiple Selections)と新規事項追加
本件は、EPO実務において厳格に適用される「複数リストからの選択」ルールを改めて示した典型例である。明細書中に個々の要素が個別に記載されていても、それらを組み合わせた特定の構成が出願当初の開示から直接的・一義的に把握できない限り、新規事項の追加(中間的一般化・主題の創出)とみなされる。
2. 「ポインター」論の限界と要件
特許権者が組み合わせの開示根拠として実施例を「ポインター」として援用する場合、その実施例自体がクレームされた特定の特徴の組み合わせを明確に示唆している必要がある。本件のように、実施例において選択対象となった必須特徴(バーコードの種類や固有性付与パラメータ)が特定されていない場合、ポインターとしての機能は否定される。
3. RPBA 2020下における差戻し実務
原審(異議部)で未判断の補助請求であっても、主請求と同一の法的主題(新規事項追加の共通瑕疵)を含む場合、RPBA第11条の「特別な理由」は認められにくく、審判部が差戻しを行わずに最終処分(特許取消)を下す実務傾向が如実に表れている。
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