【EPO審判部 / 2026年6月30日】T 0868/25 - クロマスケーリングを伴う輝度マッピングに基づく画像復号方法に関する進歩性判断(EPC56条)および審判段階における新たな補助請求の却下(RPBA12条(6))

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、LG Electronics Inc.(出願人・審判請求人)による欧州特許出願(出願番号: 20826228.7、発明の名称: "LUMA MAPPING- AND CHROMA SCALING-BASED VIDEO OR IMAGE CODING")に対する審査部の拒絶査定を不服として審判請求がなされた事案である。 審査部は、先行技術文献D3(JVET標準化文書)に基づき、主請求および補助請求に係る発明が進歩性(EPC第56条)等を欠くとして拒絶査定を下した。 出願人は審判請求において、主請求ならびに新たに作成した第1および第2補助請求に基づく特許付与(原査定の取消し)を求めた。主請求の請求項1は、逆マッピングインデックス(idxYInv)を導出するループ処理において、探索範囲を「0から最大値」ではなく「最小ビンインデックス(lmcs_min_bin_idx、0以外)から最大ビンインデックス(LmcsMaxBinIdx)」までに限定し、不要な範囲の条件判定を実行しない点に特徴を有していた。

2. 判決の主文

審判請求を棄却する(The appeal is dismissed)。

3. 主な争点

  • 争点1: 主請求に係る発明の進歩性の有無(EPC第56条)
    先行技術D3に開示されたコードと比較して、逆マッピングインデックス導出ループの反復範囲を有効なビンインデックス範囲(最小値から最大値)に限定し不要な判定をスキップする構成が、当業者にとって自明であるか否か。
  • 争点2: 審判段階で初めて提出された第1・第2補助請求の審判手続への算入性(RPBA 2020第12条(6))
    審査段階で提出されず、審判理由書とともに初めて提出された補助請求を審判手続において許容(Admit)すべき正当な事情が存在するか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

審判部(Board of Appeal)は、以下のとおり判断し、主請求の進歩性を否定するとともに、第1・第2補助請求を審判手続から排除した。

(1) 主請求の進歩性について(EPC第56条 - 欠如)

  • 相違点と客観的技術課題:
    主請求の請求項1とD3の第1実装例との相違点は、ループ反復のインデックス範囲がD3では「0からMaxBinIdx」であるのに対し、本願では「lmcs_min_bin_idx(0以外)からLmcsMaxBinIdx」に限定されている点にある。この相違点により不要な比較演算が省かれ計算の複雑性が低減されるため、客観的技術課題は「逆マッピングインデックス導出処理の複雑性を低減すること」と認定された(出願人が主張した「符号化効率の向上」は画質やビット数に影響しないため課題から除外)。
  • 自明性の判断:
    映像符号化分野の当業者は、既存の符号化ツールの計算負荷低減を常に試みるものである。また、当業者の通常のルーチン業務や実験にはプログラムコードのデバッグや整理・クリーンアップが含まれる。当業者がD3のコードを実行・検証すれば、最小ビン未満および最大ビン超の範囲における条件判定が常に成立しないか冗長であることを容易に認識できるため、不要なループ反復をスキップして本願発明の構成に到達することは自明である。
  • 出願人の反論の排斥:
    「D3の作成者自身が当該簡略化を開示していなかった」との主張に対し、特許法上の「当業者」は法的擬制(legal fiction)であり、先行技術の特定の作成者の主観的事情と同視することはできないとして退けられた。

(2) 第1および第2補助請求の許容性について(RPBA 2020第12条(6) - 不算入)

  • RPBA 2020第12条(6)本文に基づき、原審(審査手続)において提出されるべきであった請求は、審判手続の状況がその算入を正当化しない限り算入されない。
  • 第1および第2補助請求に含まれる「クロマ残差スケーリング(chroma residual scaling)」に関する追加特徴は、明細書から抽出されたものである。審査段階において審査部からD3に基づく新規性・進歩性の拒絶理由が複数回通知されていたにもかかわらず、出願人は審査段階でこれらの請求を提出しておらず、審判段階まで提出を遅らせた正当な理由も示されていない。したがって、裁量によりこれらを審判手続に算入しないと決定した。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • コードの最適化・不要ループの除外と進歩性:
    ソフトウェア・アルゴリズム分野において、自明に冗長な処理(結果に寄与しない不要なループ反復や比較処理)をスキップ・除外する程度の最適化は、当業者の通常のデバッグやクリーンアップ等のルーチン作業の範囲内とみなされ、格別の技術的障害や予期せぬ顕著な効果が立証されない限り、進歩性が否定される傾向が再確認された。
  • 欧州特許庁(EPO)審判段階における厳格なフロントローディング原則(RPBA第12条(6)):
    審査段階で拒絶理由が明確に示されていたにもかかわらず、審判請求時に初めて明細書から構成要件を追加して提出した補助請求(クレーム補正)は、正当な理由がない限りRPBA第12条(6)により門前払い(不算入)となる。拒絶理由を克服するための防御的補正(補助請求の階層的提出)は、原則として審査段階(第一審)で出し切る実務対応が極めて重要である。

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