1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
(1)当事者および特許
原告(特許権者):BARCO NV(以下「BARCO」)
被告(被疑侵害者・無効反訴原告):YEALINK (XIAMEN) NETWORK TECHNOLOGY Co. Ltd. ほか1社(以下「YEALINK」)
対象特許:EP 3 732 827 B1(以下「本件特許」)
(2)手続の経緯
- 2025年2月10日:YEALINKが欧州特許庁(EPO)に異議申立を提起(早期審査)。
- 2025年8月29日:BARCOが統一特許裁判所(UPC)ブリュッセル地方廷に特許侵害訴訟を提起(請求項1、6、11、12、13を主張)。
- 2026年1月16日:YEALINKが無効反訴を提起(侵害主張された請求項1、6、11、12、13の取消を請求。請求項8および9は対象外)。
- 2026年3月19日:BARCOが条件付特許訂正申請(RoP 29条)を提出し、5つの補助請求(AR1〜AR5)を提出。
- 2026年6月17〜18日:EPO異議部(OD)の口頭審理において請求項1の進歩性欠如が示唆されたため、BARCOは従属請求項8および9を組み合わせた新たな補助請求(AR PO-3D)をEPOに提出。
- 2026年8月4日:BARCOはUPCに対し、上記AR PO-3Dに対応する「補助請求6(AR6)」を事後的に追加訂正として認めるよう申請(RoP 30.2条および263条に基づく申請、以下「本件申請」)。
(3)申立の骨子
BARCOの主張:AR6の導入はEPO口頭審理の議論を受けた直接の結果であり、事前に予見・提出することは困難であった。また、UPCとEPOのクレームセットを整合させることは手続経済・効率性に資する上、口頭審理期日(2026年11月3日)まで期間がありYEALINKの防御を不当に妨害しない。
YEALINKの反論:BARCOは当初から請求項8・9を侵害主張しておらず、無効反訴の対象にもなっていない。訴訟開始当初から予見可能であったクレーム変更であり、EPO口頭審理から7週間以上経過した時点での申請は遅滞している。また、審理終結間近での新規クレーム追加は防御を不当に害する。
2. 判決の主文
1. 2026年8月4日付のBARCOによる特許訂正の許可申請(RoP 30.2条および263条)を却下する。
2. RoP 220.2条に基づき、本命令に対する控訴の許可(Leave to Appeal)を付与する。
3. 主な争点
- 争点1:RoP 263.2条および30.2条に基づく主張変更・特許訂正の許可要件(相当な注意を払っても早期提出が不能であったか、および相手方の訴訟追行を不当に妨害しないか)の充足性
- 争点2:並行するEPO異議手続への追従・クレーム整合化の要請が、UPCにおける事後的な特許訂正を正当化する理由となるか
- 争点3:無効反訴の対象となっていない請求項に基づく訂正(AR6)が、RoP 30.1条に定める無効反訴に対する防御手段として認められるか
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
(1)RoP 30.2条および263条の厳格な適用(争点1について)
RoP 30.2条は厳格な失権効(preclusion)を伴う規定であり、事後的な特許訂正は例外的な状況下においてのみ認められる。その許否は、累積的要件である①「相当な注意(reasonable diligence)を払ってもより早い段階で提出できなかったこと」および②「相手方の訴訟追行を不当に妨げないこと」の2点から判断される(RoP 263.2条の類推・準用)。
(2)早期提出の可能性および訴訟戦略の変更の不許(争点1・2について)
- BARCOが請求項8および9を原初訴状で主張せず、また2026年3月の特許訂正申請にもAR6を含めなかった理由は説明されていない。AR6の提出は単なる訴訟戦略の変更に過ぎず、訴訟の初期段階から予見可能であった変更を後から認めることはできない。
- 自らEPOとUPCでクレームの整合を図る機会がありながらそれを怠り、クレームの不一致という「真のリスク」を自ら創出した特許権者が、手続効率性を理由に事後的な訂正を求めることは信義則上許されない。
- EPO口頭審理(6月17日)から本件申請(8月4日)まで7週間以上待機しており、早期提出義務(RoP 263.2(a)条)を尽くしたとは認められない(EPOの公式議事録の受領を待つ必要性は認められない)。
- 中間カンファレンスおよび口頭審理が目前に迫る段階で、これまで侵害・無効の主張対象外であった請求項8・9を含むAR6を導入することは、YEALINKに対し新たな有効性・非充足性の分析を強いることになり、防御を不当に妨害する(RoP 263.2(b)条違反)。
(3)無効反訴に対する防御としての不適格性(争点3について)
- 特許訂正の補助請求は、相手方の無効主張に対する防御(connection)でなければならない(RoP 30.1条)。
- 無効反訴の対象範囲は反訴原告(YEALINK)の申立てによって画定されるところ、YEALINKは侵害主張された請求項(1、6、11〜13)のみの無効を求めており、請求項8および9は無効反訴の攻撃対象となっていない。
- したがって、請求項8・9を組み合わせたAR6の導入は、無効反訴に対する応答(防御)の要件を欠いている。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- UPCの「フロントローディング(初期段階への主張集中)」原則の徹底: UPC実務において、RoP 30.2条による事後的な特許訂正は極めて限定的(厳格)に解釈される。当初の訴状や反訴答弁の段階で提出可能であったクレームセットを、後から追加することは「訴訟戦略の後出し変更」とみなされ、原則として却下される。
- EPO並行手続とUPC手続の戦略的連動の重要性: EPO異議手続の進行に応じてクレームを柔軟に変更する従来のEPO実務の感覚でUPCに臨むと、UPC側で失権する重大なリスクがある。特許権者は、訴訟提起・無効反訴答弁の最初期の段階で、EPO側で想定されるすべての限定縮小クレーム(従属請求項の組み合わせ等)をUPC側にも網羅的に補助請求として組み込んでおく必要がある。
- 無効反訴の対象外クレームの訂正限界: 相手方が無効主張していない従属請求項を組み合わせた訂正クレームは、RoP 30.1条の「無効反訴に対する防御」とみなされないリスクが明確化された。侵害主張クレームの選定と、それに対する無効反訴の範囲を慎重に見極めたクレームドラフティングが求められる。
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