1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、特許権者(Sika Technology AG)が保有する欧州特許第3486144号(発明の名称:「自動車の補強構造要素システム」)に対する異議申立審判事件である。異議申立人(L & L Products Europe S.A.S.)は、EPC第100条(a)[第54条(新規性)、第56条(進歩性)]等を理由に特許の全面取消しを求めて異議を申し立てた。異議部は、特許権者が提出した補助請求VI(Hilfsantrag VI)に基づく維持を認める中間決定を下したため、特許権者(原付与態様での特許維持等を求めて控訴)および異議申立人(特許取消しを求めて控訴)の双方が審判請求(Beschwerde)を提起した。
2. 判決の主文
1. 原決定(異議部の中間決定)を取り消す。
2. 本件を更なる審理のため異議部に差し戻す(Zurückverweisung)。
3. 主な争点
- 争点1:主請求(原付与クレーム1)の文献D1に基づく新規性(EPC第54条)
拡大審判部決定G 1/24に基づくクレーム解釈において、「接続壁(Verbindungswand)」が長手方向に延在するものに限定解釈されるか否か。 - 争点2:補助請求I(Hilfsantrag I)の文献D1に基づく新規性(EPC第54条)
「連続した接着剤層(kontinuierliche Schicht von Klebstoff)」の解釈およびD1における開示の有無。 - 争点3:補助請求II(Hilfsantrag II)の文献E3(引照文献E18を含む)に基づく新規性(EPC第54条)
文献E3の記載およびE3内で言及された文献E18からの「接着剤の膨張率(500%未満)[M11]」の直接的かつ一義的な導出可否、ならびに発泡接着剤の流動による側壁・接続壁の接着[M7, M9]が必然的に開示されているか否か。 - 争点4:異議部への差戻し(EPC第111条(1)項、審判部手続規則(RPBA/VOBK 2020)第11条)の適否
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
1. 主請求の新規性欠如(EPC第54条)
拡大審判部決定G 1/24に則り、特許性の判断にあたってはクレームが出発点かつ基礎となる。明細書および図面はクレーム解釈において常に参酌されるべきであるが、本件明細書には「第1および第2の側壁を接続する」こと以外の限定的な定義は存在しない。図面等に示される長手方向への延在は単なる実施例にすぎず、クレームの文言を当該実施形態に限定する根拠にはならない。従属クレーム11に直交する「リブ」の記載があるとしても、接続壁が非直交でなければならないとは解釈されない。したがって、文献D1に開示された構成はクレーム1の全構成要件(M1〜M9)を充足し、主請求は新規性を欠く。
2. 補助請求Iの新規性欠如(EPC第54条)
補助請求Iで追加された「連続した接着剤層[M10]」は、クレーム上、補強要素の長手方向全体にわたって連続していることまでを要求していない。文献D1の図6および図8から、結合部位にわたる連続的な接着層の存在が認められるため、補助請求Iも新規性を欠く。
3. 補助請求IIの新規性維持(EPC第54条)
審判部は、文献E3に対する補助請求IIのクレーム1の新規性を認めた。
- 膨張率(M11):文献E3自体には500%未満という膨張率は記載されていない。E3は文献E18を一般的背景技術として例示列挙しているにすぎず、特定の膨張率を採用することまで直接的かつ一義的(directly and unambiguously)に開示しているとはいえない。またE18自体も広範な膨張率(600%等を含む)を開示しており、本件クレームの範囲が特定されているとはいえない。
- 接着構成(M7, M9):文献E3において発泡材が熱処理により溶融・発泡する際、重力や隙間の狭小性によって側壁や接続壁を構造部材の鋼板に必然的に接着させるという異議申立人の主張は、蓋然性のある推測にすぎず、必然的・一義的な開示とは認められない。
4. 異議部への差戻し(Zurückverweisung)
異議部は補助請求IIに係る進歩性(EPC第56条)の多岐にわたる引証・論点について判断を示していない。当事者双方が差戻しを求めていること、および審級の利益を考慮し、特別の理由(besondere Gründe)があるとして、審判部手続規則(VOBK 2020)第11条に基づき本件を異議部に差し戻した。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
1. 拡大審判部決定 G 1/24 の適用とクレーム解釈の限界
本判決は、G 1/24に基づき「明細書・図面を考慮したクレーム解釈」を行いながらも、明細書の特定実施例(長手方向に配置された壁)をもってクレームの広い用語(接続壁)を限定解釈することは許されないという原則を再確認している。ドラフティングおよびクレーム解釈実務において、明細書の参酌と不当な限定解釈の境界線を示す典型例である。
2. 先行技術における他文献参照(Incorporation by reference)の新規性判断基準
先行文献(E3)中で別文献(E18)が例示的に引用されている場合であっても、それが一般的な技術例示にとどまり、具体的数値パラメータ(膨張率)の採用が一義的でない限り、新規性を否定する開示とはみなされない実務基準が厳格に適用されている。
3. 物理的現象・挙動の「必然性(Zwangsläufigkeit)」の立証責任
熱膨張時の接着剤の流れ込みなど、先行技術の構造から「高い確率で生じる(wahrscheinlich)」物理挙動であっても、「必然的(zwangsläufig)」な開示と立証されない限り、暗黙の開示(implicit disclosure)として新規性を否定することはできないという実務上の立証水準が明確に示されている。
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