1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、Ibiquity Digital Corporation(出願人・控訴人)による「車載用ライブガイド生成システムおよび方法」に関する欧州特許出願(出願番号:19 796 052.9、公開番号:WO 2019/213477 A1)の拒絶査定に対する不服審判事件である。
原審のEPO審査部(Examining Division)は、先行技術文献D1(WO 2008/042953 A1)に基づき、以下の通り拒絶査定を下していた。
- 主請求項および補助請求項1:D1に対して新規性を欠く(EPC 54条(1), (2))。
- 補助請求項2, 2B, 3, 4, 5:D1に基づいて進歩性を欠く(EPC 56条)。
- 補助請求項2Aおよび3A:新規事項の追加に該当し、要件を満たさない(EPC 123条(2))。
2. 判決の主文
本件控訴を棄却する(The appeal is dismissed)。
3. 主な争点
- 争点1: 先行技術文献D1に対する新規性の有無(EPC 54条(1), (2))
選局状態にかかわらず同一エリア内の全ラジオ受信機にメタデータを送信する構成(構成C24等)がD1に開示されているか。 - 争点2: 補正の許容性(新規事項追加の有無)(EPC 123条(2))
補助請求項2Aおよび3Aにおける補正が、出願当初の明細書の開示範囲内であるか。 - 争点3: 進歩性の有無(EPC 56条)
選局中でないラジオ放送のメタデータの送信・表示、およびそれに基づくライブガイドの生成構成に技術的効果(Technical Effect)が認められ、当業者が容易に想到できないものであるか。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
(1) 新規性について(EPC 54条)[原審判断の一部変更]
審判部(Board of Appeal)は、審査部の判断を変更し、主請求項およびすべての補助請求項について新規性を認めた。
文献D1では、メタデータは「特定の放送局に選局中の受信機」または「コンテンツ識別クエリを送信した受信機」に対して送信されるのに対し、本願クレーム1(主請求項)の構成C24は、受信機がどの放送局に選局しているかを問わず同一受信エリア内の複数のラジオ受信機にメタデータを送信する構成を含んでいる。したがって、D1はこの構成を完全には開示しておらず、新規性が認められる。
(2) 補正の許容性について(EPC 123条(2))[補助請求項2Aおよび3A]
審判部は、補助請求項2Aおよび3Aの補正内容(オーバー・ザ・エア(OTA)放送、同一受信エリアの特定、GPS位置情報の利用等)は、当初明細書の段落[0016], [0019], [0021], [0030], [0031]等に明確な記載根拠が存在すると判断し、新規事項追加(EPC 123条(2)違反)には該当しないと判示して原審判断を覆した。
(3) 進歩性について(EPC 56条)[結論:すべての請求項で進歩性欠如]
審判部は、いわゆる「課題解決アプローチ(Problem-Solution Approach)」に基づき、以下の論理で進歩性を否定した。
- 主請求項および補助請求項1〜3Aの進歩性判断:
文献D1との相違点(選局中の局にかかわらず同一エリア内の各受信機へメタデータを送信する点)について、出願人は「別局の放送内容を知ることで選局を切り替える利便性を提供する」と主張した。
しかし審判部は、クレーム1の文言上、「送信されたメタデータが各受信機でどのように処理・使用されるか(例:自動切換、表示等)」が規定されていないことを指摘した。受信機側での具体的な技術的処理がクレームに含まれていない以上、単なるメタデータの送信自体は技術的効果(Technical Effect)を生じさせないか、あるいは効果を生じさせない態様(送信されても破棄・未処理とされるケース)を包含してしまう。したがって、技術的効果を奏しない相違点に基づき進歩性を認めることはできない。 - 補助請求項4および5の進歩性判断(選局中でない放送のメタデータに基づくライブガイド表示):
補助請求項4および5では、受信機が「選局していない他の放送」のメタデータを受信し、これを用いて「ライブ放送ガイド」を生成・表示する構成が特定されている。
審判部は、テレビ受像機等で広く普及している電子番組ガイド(EPG: Electronic Programme Guide)において、現在視聴(選局)していないチャンネルの番組情報を一覧表示することは当業者にとって周知の技術であると指摘した。D1の技術をベースとして、当業者が周知のEPG技術を適用し、選局外のラジオ放送のメタデータを受信・表示してライブガイドを生成することは自明(Obvious)であり、進歩性を認められない。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
1. EPO進歩性判断における「技術的効果(Technical Effect)」の厳格な要求
EPO審判実務において、制御信号やメタデータの伝送・処理に関する発明の進歩性を立証するには、単にデータ通信の手順(「〜に送信する」等)を規定するだけでは不十分である。その送信されたデータが受信側でどのように技術的に活用・処理されるか(例:特定のUIへの表示、選局回路の同期、メモリの制御等)をクレーム上に明確な技術的特徴として特定しなければ、「技術的効果を生じない範囲(Non-technical scope)」を含むと判定され、進歩性が否定されるリスクが高い。
2. クレームの解釈範囲(Broad Scope)と明細書の乖離に対する注意
出願人は明細書に記載された「クラウドソーシングによるライブガイド表示や選局切替」という上位の技術思想を主張したが、クレーム本文にその具体的処理工程が反映されていなかったことが致命的となった。実務上、所望の技術的効果(解決課題)を奏するために不可欠な処理ステップは、主請求項または従属請求項に漏れなく規定しておく必要がある。
3. 他技術分野(TV/EPG等)からの転用・自明性の評価
メディア・放送分野におけるUI/UX(番組ガイド表示等)の技術的進歩性については、テレビ受像機等の近接分野における周知技術(EPG)の概念が容易に参酌・適用される。異分野からの構成の転用を主張する場合は、単なる情報の提示(Presentation of Information)を超えた技術的課題の克服や、予期せぬ顕著な効果の存在を具体的に主張・立証することが求められる。
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