1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、特許権者であるZAGG Inc(控訴人)が、欧州特許第2729907号(発明の名称:「ON-DEMAND PRODUCTION OF ELECTRONIC DEVICE ACCESSORIES」)を取り消した欧州特許庁(EPO)異議部の決定を不服として、審判部(Technical Board of Appeal 3.5.01)に控訴した事案である。
対象特許は、小売店舗において電子機器用の保護フィルムをオンデマンドかつ即時にデジタル切削テンプレートを用いて生産する方法に関するものである。異議部が「出願当初の開示範囲を超える新規事項の追加(EPC第100条(c) / 第123条(2)違反)」を理由に特許を取り消す決定を下したため、特許権者は原決定の取消しおよび異議の棄却(特許維持)を求めて控訴し、予備的に補助請求1〜16に基づく審理の差し戻しを請求した。
2. 判決の主文
本件控訴を棄却する(The appeal is dismissed.)。
3. 主な争点
- 争点1: 出願当初の異なる実施形態に由来する構成要素の組み合わせが、EPC第123条(2)に違反する新規事項追加(Added Subject-Matter)にあたるか否か(特に「プル型」配信構成と「プッシュ型」実施形態における「受領後のテンプレートのカスタマイズ」構成の組み合わせの可否)
- 争点2: 口頭審理段階で新たに提出された補助請求1の審判手続への認容性(Admittance / RPBA 2020第13条(2))
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
【争点1:主請求におけるEPC第123条(2)違反について】
審判部は、クレーム1中の構成要素1.3(データベースのテンプレートを複数の受領者に利用可能にする構成=「プル型」配信シナリオに対応)と構成要素1.4(受領後に小売店舗でデジタルテンプレートをカスタマイズすることを許容する構成)の組み合わせが、EPC第123条(2)に違反すると判断した。
- 出願当初の開示の検討:受領後のテンプレートのカスタマイズ(構成要素1.4)は、出願当初の明細書図7(ステップ720)および段落[0100]に開示されている。しかし、この実施形態はテンプレートが受領者側に配信される「プッシュ型」システム(段落[0095]、ステップ702)を前提としている。一方、構成要素1.3でクレーム化された配信形態は、受領者がデータベースから取得する「プル型」システム(図6左分岐、図8)に対応する。
- 中間的一般化(Intermediate Generalisation)および実施形態の組み合わせに関する規範: 特許権者は、判例(T 1762/21等)を引いて「構成要素が他の構成要素と不可分に結合(inextricably linked)していない限り、特定実施形態から抽出してクレーム化することは可能」と主張した。しかし、審判部は、特定実施形態からの抽出可能性を認める判例法理は、「異なる2つの実施形態からそれぞれ抽出した構成要素を、明確な示唆がないまま組み合わせること」までを正当化するものではないと判示した。
- 技術的文脈の検討:「プッシュ型」では、送られてきた一般的なテンプレートが特定の顧客要件と一致しない場合に店舗側でサイズ等のカスタマイズ([0100])を行う技術的必要性が高い。これに対し、「プル型」では顧客の注文に合致するテンプレートを直接検索・取得するため、受領後のカスタマイズの必要性は薄い。したがって、配信形態と受領後のカスタマイズ構成には技術的関連性があり、両者を恣意的に組み合わせたクレームは当初出願の開示範囲を超える。
【争点2:審判口頭審理での新補助請求1の認容性(RPBA 2020第13条(2))について】
特許権者は口頭審理中に、「プッシュ型」配信であることを明記した新たな補助請求1を提出し、手続への提出許可を求めたが、審判部は不認容とした。
- EPO審判手続規則(RPBA 2020)第13条(2)に基づき、口頭審理呼出通知(RPBA第15条(1)通知)の後に提出されたクレーム変更は、説得力のある理由によって裏付けられた「例外的な事情(exceptional circumstances)」が存在しない限り、原則として手続に考慮されない。
- 本件の構成要素1.3と1.4の組み合わせに関する拒絶理由は異議部段階から存在しており、控訴理由書提出時に対処すべきであった。「新規事項追加に関する判断枠組みの判例法理が変化した」という特許権者の主張は、例外的な事情を構成しない。
- また、当該修正を行っても構成要素1.3(プル型を示唆する表現)との不整合が残り、単純な修正とは言えず実体審理を要するため、遅延提出の正当性はない。
【補助請求2〜16について】
補助請求2〜16にも同様に構成要素1.3と1.4の組み合わせが含まれているため、すべてEPC第123条(2)違反により認められない。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
1. 異なる実施形態からの構成の「切り貼り(Mosaic Combination)」に対する厳格な判断基準
EPOにおける新規事項追加(EPC 123(2))の判断において、一実施形態から特定構成を抽出する「中間的一般化(Intermediate Generalisation)」の可否判断にとどまらず、明細書中の「実施形態Aの構成(例:プッシュ配信)」と「実施形態Bの構成(例:プル配信)」を組み合わせて単一の独立クレームを作成することに対する厳格な姿勢が改めて示された。出願明細書作成時には、将来の権利化を見据えて異なる実施形態の構成要素間の組み合わせ可能性(およびその技術的意義)を明示的に記載しておくことが実務上極めて重要である。
2. RPBA 2020第13条(2)に基づく控訴審における厳格なクレーム修正制限
審判手続の後期(特に口頭審理当日)におけるクレーム提出・修正は、「例外的な事情」が存しない限り実質的に排除される。原審(異議部決定)で提示された拒絶理由に対しては、控訴開始段階(控訴理由書)で抜け漏れなく防御用・予備用の修正クレーム(補助請求)を網羅的に提出しておく必要がある。
0 件のコメント:
コメントを投稿