【欧州特許庁 審判部 / 2026年6月11日】T 0165/25 - クランプ装置及びレーザー溶接装置の特許有効性に関する審決(進歩性肯定・審判請求棄却)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、特許権者(被請求人:Evosys Laser GmbH)が保有する欧州特許第3749507号(発明の名称:クランプ装置及び関連するレーザー溶接装置)に対し、異議申立人(請求人:LPKF Laser & Electronics AG)が欧州特許条約(EPC)第100条(a)に基づく異議理由(第56条の進歩性欠如)を主張して特許取消しを求めた事案の審判(控訴審)手続である。

欧州特許庁(EPO)異議部が異議申立てを棄却(特許維持)する決定を下したため、異議申立人が同決定の取消し及び特許の取消しを求めて審判を請求した。争点となったクレーム1は、レーザー溶接用の内外のクランプ部材(Spannbacken)を連結する固定部材(Befestigungselemente)によるレーザー光の遮蔽部(影)に対し、ミラー素子(Spiegelelement)を設けてレーザー光を反射・照射させる構成(特徴1.6及び1.6.1)を特徴とするものであった。

2. 判決の主文

審判請求を棄却する(Die Beschwerde wird zurückgewiesen.)。

(原決定が維持され、本件特許は登録時のクレームのまま有効に維持される。)

3. 主な争点

  • 争点1: 客観的技術課題(Objective Technical Problem)の認定
    最も近い先行技術(D1: WO 2008/125263 A1)との差異(特徴1.6及び1.6.1)に基づく客観的技術課題を「均一かつ連続した溶接ビードの製造を可能にすること」とするか、異議申立人が主張する「固定部材による遮蔽(シャドウイング)のデメリットを回避すること」とするか。
  • 争点2: 先行技術(D1及びD2)に基づく進歩性の有無(EPC第56条)
    D1に接した当業者が、D2(トレーニング用スライド資料)または周知技術に基づき、D1の構成にミラー素子を付加して固定部材による遮蔽領域にレーザーを反射・照射させる動機付け(Incentive/Motivation)を有していたか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

審判部(審判部3.2.05)は、EPOの「課題・解決アプローチ(Problem-Solution Approach)」に従い、以下の通り判断して進歩性を認めた。

  • 客観的技術課題の検討
    D1には、狭小な接続リブによるビーム遮断が生じるものの、長手方向への熱伝導等により「申し分のない溶融及び溶接(einwandfreies Aufschmelzen und Verschweißen)」が達成され、「溶接ビードに特筆すべき悪影響は伴わない」旨が明示されている。したがって、異議部が設定した「均一かつ連続した溶接ビードの製造」という課題はD1で既に解決済みであり広すぎるため、異議申立人の主張する「遮蔽のデメリット回避」という課題設定自体は否定されない。
  • 当業者に対する動機付けの欠如(教示・阻害要因)
    しかしながら、D1において接続リブによる遮蔽は「極小(minimal)」であり、かつ溶融・溶接に不利益をもたらさない旨が明記されている以上、当業者はD1の装置において「遮蔽による技術的課題(問題)が存在しない」と理解する。当業者がD1を出発点として、その極小の遮蔽をさらに低減・完全回避するための追加的措置を講じる動機付けは見出せない。
  • 先行技術D2および明細書記載の評価
    D2に遮蔽の一般的解決策としてミラーの適用が記載されていたとしても、D1の記載から問題が存在しないと認識している当業者にとって、D2を組み合わせてD1を改良する動機にはならない。また、本件特許明細書中の従来技術(D1)に対する言及は出願人・発明者の主観的評価に過ぎず、事後分析的(ex-post facto)にD1の客観的開示内容を歪めて解釈する根拠とはならない。

以上の結果、当業者がD1およびD2等の先行技術から本件特許クレーム1記載の発明を容易に想到できたとはいえず、EPC第56条に規定する進歩性を具備していると結論付けた。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 最寄り先行技術の「自己完結性・問題不存在の教示」による進歩性抗弁
    最寄り先行技術(D1)自体に「当該差異部分に起因する課題はすでに解決されており、実用上の悪影響はない」旨の明確な記載(ポジティブな効果の記載)がある場合、当業者はその点を課題として認識せず、追加の改良手段(本件ではミラーの追加)を適用する動機付けが否定されるという判断手法が明確に示されている。
  • 特許明細書の「背景技術」の記載が先行技術解釈に及ぼす影響の排除
    異議申立人は特許明細書中の背景技術(D1の課題性)の記述を引用してD1の不十分さを立証しようとしたが、審判部は「明細書の記載は出願人の主観的見解に過ぎず、先行技術文献の客観的解釈に事後分析的に用いることはできない」と判示しており、明細書記載の先行技術批判が進歩性否定の証拠として逆用されるリスクに対する防御ロジックとして実務上参考になる。

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