1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、株式会社フジクラ(特許権者・被控訴人)が保有する欧州特許第3796060号(発明の名称:「OPTICAL FIBER CABLE」)に対し、Joel Nägerl(異議申立人・控訴人)がEPC第100条(a)(進歩性欠如)および第100条(b)(開示の十分性欠如)を理由として異議を申し立てた事案の控訴審(審判部)判決である。
EPO異議部は、特許権者が2025年1月16日に提出した主請求に基づく補正後の形式で特許を維持する中間決定を下していたが、異議申立人がこれを不服として審判を請求(控訴)し、特許の取消しを求めた。一方、特許権者は審判請求の棄却(主請求の維持)を求めるとともに、審判部の口頭審理において「circular shape or elliptical shape」を「circle」に限定補正した「新規第1請求(New First Request)」、および従前の補助請求1〜18等を予備的に主張した。
2. 判決の主文
1. 原決定(異議部の中間決定)を取り消す。
2. 欧州特許第3796060号を取り消す。
3. 主な争点
- 争点1:主請求に係る発明の開示の十分性(EPC第83条)
クレーム1に規定された非通常パラメータである凹部断面積「A」(1.3 mm²〜4.8 mm²)およびその算出基準となる仮想閉曲線「L」(突起部の径方向外端に接する円形または楕円形の閉曲線)の定義・測定手法が、当業者が過度の負担なく再現可能に決定できる程度に十分に開示されているか。 - 争点2:口頭審理で提出された「新規第1請求(New First Request)」の審理への許容性(RPBA第13条(1)・EPC第123条(2))
口頭審理段階で提出された補正請求が、新規事項の追加禁止(EPC第123条(2))に反する新たな疑義を生じさせるものとして不許容となるか。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
(1) 主請求におけるEPC第83条違反(開示の十分性欠如)
- 非通常パラメータ「A」と閉曲線「L」の不確定性:
クレーム1における凹部断面積「A」は先行技術に存在しない非通常パラメータであり、数値範囲(1.3 mm²〜4.8 mm²)を満たすか否かの判定には少なくとも0.1 mm²の精度が要求される。パラメータ「A」は仮想的な閉曲線「L」との差分により定義されるが、クレーム1および明細書には突起の数・高さ・幅・形状等の幾何学的条件が規定されておらず、隣接する突起間において曲線Lがどのように描かれるべきかの客観的なルールが欠如している。 - 微小な変動に対する高感度性:
特許権者自身が認めているとおり、クレーム上の「circular/elliptical shape」は数学的に完全な真円・楕円ではなく「現実世界の近似形状」を意味するに過ぎない。直径12 mmのケーブルにおいて曲線Lの半径がわずか約3 μm変動するだけで面積Aの計算値は0.1 mm²変動するため、曲線Lの作図上のわずかな差異がクレーム範囲を充足するか否かの結論を左右する。このように再現可能な決定手法が開示されていない以上、当業者はパラメータAを信頼性をもって決定することができない。 - 長手方向におけるばらつき:
実際のケーブルには長手方向にランダムな寸法ばらつきが存在するにもかかわらず、長手方向のどの断面位置で測定すべきか、あるいはどのような平均化手法をとるべきかが明細書に一切記載されていない。したがって、この点からも開示不十分である。 - 技術的目的・機能的定義の主張の排斥:
特許権者は「曲線Lは圧送(エアブロー)時のシール内郭を示す機能的定義であり、当業者なら理解できる」と主張したが、審判部は、技術的目的を考慮したとしても具体的な幾何学的構成手法が一義的に定まるわけではないとしてこれを退けた。
(2) 「新規第1請求(New First Request)」の不許容(RPBA第13条(1) / EPC第123条(2))
- 特許権者は曲線Lを数学的な真円に限定すべく「circle」とする補正を口頭審理で提出したが、当初出願明細書の記載(「通常は円形(usually circular)」等)や図面(図6)は概略的な形状を示したものに過ぎず、数学的真円(perfect circle)を開示する直接的かつ一義的な根拠とは認められない。
- 当該補正は新規事項追加(EPC第123条(2))違反という新たな拒絶理由を生じさせるものであるため、審判部は審判手続規則(RPBA 2020)第13条(1)に基づく裁量により、本請求を審理対象に参入しない(admitしない)と判断した。
(3) 補助請求1〜18の排斥
補助請求1〜18についても、主請求と同様の理由によりEPC第83条の要件を満たさない。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- 非通常パラメータ(Unusual Parameters)とEPC第83条の厳格性:
クレームに独自の非通常パラメータや幾何学的差分パラメータを導入する場合、その基準となる仮想線(本件の閉曲線L)の客観的・数学的な決定プロトコルや測定誤差への耐性が明細書に詳細かつ再現可能に記載されていなければ、開示の十分性(実施可能要件)違反として特許が無効化・取消しとなるリスクが極めて高いことを再確認した事例である。 - クレーム用語の「限定解釈」による新規事項追加(EPC第123条(2))リスク:
開示不十分を回避する目的で「circular shape(円形)」から「circle(真円)」へ限定補正を行う場合、当初明細書に「真円」としての開示根拠が明確に存在しない限り、中間的一般化または新規事項追加のトラップに陥る点に留意が必要である。 - 審判段階における late-filed request への厳格な対応:
口頭審理段階で提出された補正請求が外形上新たなEPC違反(第123条(2)等)を惹起する場合、RPBA第13条(1)に基づき門前払い(審理不参入)とされる実務が徹底されている。
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