【EPO審判部 / 2026年7月21日】T 0300/25 - SPS PDSCH送信におけるHARQ-ACKコードブック処理方法の新規性および明確性が争われた特許取消不服審判事件

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、特許権者であるDatang Mobile Communications Equipment Co., Ltd.(審判請求人)が、欧州特許庁(EPO)異議部による欧州特許第3751772号の取消決定(EPC第101条(3)(b))を不服として提起した審判請求(Appeal)事件である。相手方は異議申立人のWisdom Fulcrum (Beijing) Technology Co., Ltd.(被請求人)である。

原決定において異議部は、主請求および第1ないし第4補助請求のクレーム1が先行技術文献(D1: 3GPP TS 38.213 V15.0.0)に照らして新規性を欠き(EPC第54条)、第5および第6補助請求のクレーム1が新規事項の追加(EPC第123条(2))および明確性要件違反(EPC第84条)に該当するとして特許を取り消した。特許権者は本件審判において、原決定を取り消し、主請求または第1ないし第6補助請求のいずれかに基づく特許維持を求めた。

2. 判決の主文

本件審判請求を棄却する(The appeal is dismissed)。

3. 主な争点

  • 争点1: 主請求および第1ないし第4補助請求の新規性(EPC第54条)
    クレームに規定された「SPS PDSCHのHARQ-ACKタイミングに従ってコードブックへの追加/削除を行う構成(scheme 1)」等が、先行技術文献D1に開示されているか否か(特許権者が主張する狭義の文言解釈の可否)。
  • 争点2: 第5および第6補助請求の明確性(EPC第84条)
    追加された限定「SPS PDSCHのHARQ-ACKをHARQ-ACKコードブックに追加する際、当該HARQ-ACKコードブックは動的コードブックである(wherein the HARQ-ACK codebook is dynamic codebook when adding...)」という文言が、技術的に明確な限定を画定しているか否か。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) 主請求および第1ないし第4補助請求の新規性(EPC第54条違反)

  • 審判部は、選択的構成(scheme 1〜3)を含むクレームにおいて、先行技術がそのうちの少なくとも1つのスキームを開示していれば新規性が否定される旨を確認した。
  • D1のセクション9.1.3.1には、UE(端末)がモニタリング機会(M monitoring occasions)内のスロットでSPS PDSCH受信を設定されているかどうかに基づいてHARQ-ACKビットをコードブックに追加する構成が開示されている。SPS PDSCHの受信スロットとPUCCH上のフィードバック送信スロットとのオフセット(タイミング)に基づいて処理が行われるため、これはクレームの「SPS PDSCHのHARQ-ACKタイミングに従って」という文言に包含される。
  • 特許権者は、D8(Ericsson提案文書)等を援用し、クレーム文言は「SPS PDSCH固有の事前設定タイミングのみを参照して判断する構成」を意味し、D1のコードブック方式とは相容れない旨の限定解釈を主張した。しかし、審判部はクレーム文言の通常の意味を重視し、当該限定解釈を採用する客観的根拠はないと判断した。D1の処理においてオフセット値の再定義等が伴うとしても、タイミングに従って追加・削除を決定している事実には変わりないため、scheme 1はD1に開示されている(新規性欠如)。
  • 第1ないし第4補助請求についても、実質的にD1に開示された構成(同時送信判定等)の追加や同義の文言維持にとどまるため、同様に新規性を有しない。

(2) 第5および第6補助請求の明確性(EPC第84条違反)

  • 第5および第6補助請求に追加された「SPS PDSCHのHARQ-ACKを追加する際、コードブックは動的コードブックである」という記載(feature (f))は多義的であり、不明確である。
  • 出願当時の技術水準において動的(Type 2)HARQ-ACKコードブックの概念はSPS PDSCHの追加に限定されるものではないところ、当該クレーム表現では、「SPS PDSCHの追加が動的コードブックとなるための要件なのか」「動的コードブックであることが追加処理の前提条件なのか」「単なる時間的一致にすぎないのか」が不明瞭である。したがって、EPC第84条の要件を満たさない。

以上の結果、維持可能なクレーム請求が存在しないため、審判請求は棄却された。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 標準化技術(SEP/通信規格)特許におけるクレーム解釈の範囲:
    特許権者が3GPP標準化文書等の背景技術(本件ではD8)を根拠としてクレーム用語に独自の限定的意味(狭義の解釈)を与えようとしても、クレーム文言自体が広義に解釈可能である限り、EPO実務上は文言の客観的・合理的な広義の解釈(broad interpretation)に基づいて先行技術との対比が行われる。拒絶・異議段階での限定解釈の主張には限界があるため、出願・補正段階で構造的・アルゴリズム的な明確な差異をクレーム文言自体に落とし込む必要がある。
  • 条件文("when"節等)を用いた補正と明確性要件(EPC Art. 84):
    補正により「〜する際(when doing...)」といった時間的・状況的文脈を導入する場合、それが「動作の起動条件(トリガー)」なのか「装置の前提状態(前提条件)」なのか「偶発的な同時性」なのかが一義的に定まらない場合、明確性違反の拒絶理由・取消理由を惹起しやすい点に留意すべきである。

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