【欧州特許庁審判部(EPO Boards of Appeal) / 2026年6月23日】T 0474/25 - 自動車用照明モジュールに関する特許取消決定に対する審判請求事件

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、特許権者であるValeo Vision(審判請求人)が保有する欧州特許第3537040号(発明の名称:「自動車用照明モジュールおよび該照明モジュールを備える自動車用照明装置」)に対し、PO LIGHTING CZECH s.r.o.およびOSRAM GmbH(異議申立人・被請求人ら)が特許異議申立てを行い、欧州特許庁(EPO)異議部が欧州特許条約(EPC)第101条(3)(b)に基づき特許取消決定を下したことに端を発する審判(Appeal)事件である。

異議部は、主請求のクレーム1が明確性(EPC第84条)を欠き、各補助請求のクレーム1は引用文献D2(US 7654712 B2)またはD4(US 2015/0260376 A1)から当業者が容易に想到できたとして進歩性(EPC第56条)を欠くと判断して特許を取り消した。これに対し、特許権者は原決定の取消し、ならびに主請求または補助請求1〜6(および口頭審理中に提出した補助請求7)に基づく特許維持を求めて審判を請求した。

2. 判決の主文

審判請求を棄却する(Le recours est rejeté)。[原決定(特許取消)維持]

3. 主な争点

  • 争点1(明確性 / EPC第84条):主請求および補助請求1〜3において追加された構成要件M3.1・M3.2(「固定前の所定位置の確保」等)がクレームの明確性要件を満たすか。
  • 争点2(進歩性 / EPC第56条):補助請求4〜6に係るクレーム1記載の発明が、先行技術D2およびD4に基づいて進歩性を有するか(課題解決アプローチおよび部分課題の設定の妥当性)。
  • 争点3(手続的許容性 / 審判部手続規則(RPCR 2020)第13条(2)):口頭審理当日に提出された補助請求7(限定的補正)の提出に「例外的事情」が存在し、審判手続において許容されるか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) 主請求および補助請求1〜3の明確性要件違反(EPC第84条)

特許権者は、構成要件M3.2(位置決め手段により支持体への固定前に光学素子を所定位置に確保する構成)に関し、位置決め工程と弾性固定部材による固定工程の間に時間差が存在すると主張した。しかし、審判部は本件発明の機構上、光学素子が所定位置に達した瞬間に弾性固定手段が復元して固定が完了するため、位置決めと固定の間に時間的乖離は生じ得ないと判断した。したがって、固定前の不安定な過渡状態を「確保(assurer)」することは物理的に不可能であり、内部矛盾を含むためM3.2(およびM3.1)は明確性を欠く(EPC第84条違反)。同一の要件を含む補助請求1〜3も同様に不成立とされた。

(2) 補助請求4および補助請求6の進歩性欠如(EPC第56条)

補助請求4に関し、審判部は弾性固定手段(M4)が引用文献D2の係合フック(fitting hooks 203)に開示されていると認定した。また、二次光学系を形成する投射レンズの配置(M5.2, M6, M9)についても、D2の第3実施形態において光学モジュールと投射レンズの組合せが示唆されており、保護カバーを投射レンズに置換することは当業者の技術常識(D1の開示等)に照らして自明であると判断した。 補助請求6で追加された相補的な位置決め手段(M12)についても、D2の係合孔とフックの構造がこれに該当し、クレーム上特定の幾何形状が限定されていない以上、進歩性は認められない。

(3) 補助請求5の進歩性欠如(EPC第56条:部分課題アプローチ)

特許権者は、固定手段と光学素子の光透過部とを異なる材料(特にシリコーン等)とする構成(M11)と投射レンズの配置(M5.2等)が協働して光学素子の位置決め精度向上や製造コスト低減に寄与すると主張した。しかし審判部は、レンズ配置と固定部材の材質は構造的・機能的な相互作用を奏しないと認定し、それぞれ個別の「部分課題(partial problems)」を設定した。 M11について、クレーム1では固定手段の具体的材料やサイズが限定されておらず、全クレーム範囲でコスト削減や特定効果が発揮されるとはいえないため、客観的技術課題は「単なる代替手段の提供」にすぎない。そして、光学素子と異なる樹脂材料を固定部に用いることは引用文献D4段落[0051]に示唆されているため、当業者にとって容易想到である。

(4) 補助請求7の却下(RPCR 2020 第13条(2))

口頭審理中に提出された補助請求7(M11から「notamment(特に)」を削除し、シリコーンに限定する補正)について、審判部は審判部手続規則(RPCR 2020)第13条(2)を適用。異議部決定時点から材料の特定性が争点となっていたにもかかわらず、手続の最終段階である口頭審理で提出することを正当化する「例外的事情(circonstances exceptionnelles)」は存在しないとして、本請求を審理対象から排除(不採択)とした。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • クレーム解釈と物理的・機能的整合性(EPC第84条):明細書に記載された作動原理と矛盾する時間的順序・過渡状態(固定前の位置確保等)をクレームに組み込んだ場合、明確性違反(Art. 84)を免れない。物理的動作の推移を限定する際は、機構上の実態と整合した表現を用いる必要がある。
  • 部分課題アプローチ(Partial Problems Approach)の適用:複数の相違点が存在する場合でも、それらの間に技術的・機能的相互作用(相乗効果)が認められないときは、個別の部分課題に分解して進歩性が判断される。明細書上の効果を主張する場合でも、クレーム全範囲でその効果が達成される程度に構成要件(材質、寸法等)が特定されていなければ、課題は「単なる代替構成の提供(provision of an alternative)」に格下げされ、進歩性拒絶を覆すことは極めて困難となる。
  • RPCR 2020 第13条(2)に基づく厳格な却下実務:EPO口頭審理段階での新たな補助請求(クレーム補正)の提出は、第三段階(Third level of the convergent approach)に該当し、「説得力ある理由を伴う例外的事情」がない限り原則として却下される。異議部決定や審判部の事前通知(Art. 15(1) RPCR)で既に指摘されていた問題点に対する補正は、遅滞なく審判請求理由書等で提出すべき実務上の鉄則が再確認されている。

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