【欧州特許庁審判部 / 2026年7月1日】T 0712/24 - 挿入可能刺激装置の特許取消決定に対する審判請求事件(異議部の裁量権行使の適否、新規性、中間一般化の判断等)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

当事者関係:特許権者であるNovoluto GmbH(審判請求人・原告)と、異議申立人であるEIS GmbH(被審判請求人・被告)との間の欧州特許(EP 3705106、発明の名称「挿入可能な刺激装置」)に関する異議・審判手続。
事実経過:

  • 異議申立人は、新規性欠如(EPC 54条)等を理由として特許異議を申し立てた。
  • 異議部は事前通知(口頭審理召喚通知)において新規性を認める予備的見解を示していたが、口頭審理においてその見解を変更し、先行技術(D2/D3)に基づき特許付与時の請求項1は新規性を欠くと判断した。
  • 特許権者は口頭審理中に、物を「使用」へとカテゴリー変更した新たな請求項セット(旧補助請求1および2)を提出したが、異議部はEPC 53条(c)(治療・処置方法の不特許事由)の観点から prima facie(一見して)特許性を欠くとして、裁量によりこれらを審理に不認容(Nichtzulassung)とし、特許取消決定(EPC 101条(3)(b))を下した。
  • 特許権者は本取消決定を不服として審判請求を提起し、主請求(旧補助請求1に相当)等に基づく特許維持、および異議部の裁量権行使の瑕疵(聴聞権侵害)を理由とする審判請求手数料の返還(Rule 103(1)(a) EPC)を求めた。

2. 判決の主文

  1. 原決定(異議部による特許取消決定)を取り消す。
  2. 本件を更なる審理のため異議部に差し戻す(Zurückverweisung)。
  3. 審判請求手数料の返還請求を棄却する。

3. 主な争点

  • 争点1(手続・裁量権):異議部が予備的見解を変更した口頭審理において提出された補正請求項(主請求・補助請求2)を、異議部がprima facieの観点から不認容とした判断に裁量権の逸脱・濫用(Ermessensfehler)があるか(RPBA/VOBK 12条(6)第1文)。
  • 争点2(新規性・EPC 54条):補助請求3に係る装置発明が、先行技術文献(D2/D3)に対して新規性を有するか(挿入部と非挿入部の幾何学的・寸法的な区別の特定性)。
  • 争点3(適法な補正・EPC 123条(2)):当初明細書の特定の記載から一部の特徴(開口部の形状に応じた密着手段)を切り離して請求項に組み込んだ補正が、許されない「中間一般化(unzulässige Zwischenverallgemeinerung)」に該当するか。
  • 争点4(審判での新たな主張の制限・VOBK 12条(4), (6)):異議申立人が審判段階で初めて提起したEPC 83条・84条違反の主張が認容されるか。
  • 争点5(手数料返還・Rule 103(1)(a) EPC):異議部の不認容決定により聴聞請求権(EPC 113条(1))が侵害され、重大な手続的瑕疵(wesentlicher Verfahrensmangel)が存在するか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

1. 異議部の裁量権行使および主請求等の不認容について(争点1、争点5関連):

  • 裁量権発生の基準時:EPC 114条(2)に基づく裁量権の有無は、専ら提出時期(Rule 79(1) EPCの期限後か否かという客観的時点)により定まる。異議部が口頭審理で予備的見解を変更したという事情は、裁量権そのものを消滅させるものではなく、単に「裁量権を行使する際の考慮要素」にすぎない(T 1776/18等の近時の確立した判例に準拠。これと異なる見解を示したT 688/16やEPO審査基準 E.VI.2.2.2 の解釈を明確に否定)。
  • 裁量権行使の適法性:異議部が、装置から使用への変更に伴いEPC 53条(c)の問題を生じさせるというprima facieの理由に基づき不認容とした判断は、適切な考慮要素に基づく正当な裁量の範囲内であり、裁量の濫用・逸脱はない。したがって、審判段階でもVOBK 12条(6)に基づき主請求および補助請求2は不認容とされる。また、重大な手続的瑕疵(聴聞権侵害)もないため、審判手数料の返還は認められない。

2. 補助請求3の新規性(EPC 54条)について(争点2):

  • 補助請求3の請求項1は、第1部分(体内挿入可能)と第2部分(体内非挿入・操作部を有する)が幾何学形状および寸法により差別化されていることを要求している。
  • 先行技術(D2/D3)は、器具全体の挿入深さによる概念的区分を開示しているにすぎず、第1部分が挿入された際に第2部分が挿入不能となるような「幾何学的・寸法的な差別化構成」を直接的かつ一義的(unmittelbar und eindeutig)に開示していない。したがって新規性を充足する。

3. 補助請求3の補正の適法性(EPC 123条(2))について(争点3):

  • 当初明細書に記載されていた「開口部の形状に応じた」という文言を省略して「開口部の周囲に密着手段を設ける」構成のみを抽出・追加したことに関し、密閉機能は開口部の形状と不可分に結合しているわけではない。したがって、許されない中間一般化には当たらず、EPC 123条(2)に違反しない。

4. 新たな異議理由の不認容および異議部への差戻し(争点4、結論):

  • 異議申立人が審判段階で初めて提起したEPC 83条・84条の明確性・実施可能要件違反の異議理由は、異議段階で提出可能であったにもかかわらず提出されなかったものであり、VOBK 12条(4), (6)に基づき審判手続から排除された。
  • 補助請求3について進歩性(EPC 56条)の判断が第一審(異議部)でなされていないため、二審制の趣旨および特別な理由(VOBK 11条)に基づき、事件を異議部へと差し戻した。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 異議部の予備的見解変更と裁量権の関係(EPO審査基準との乖離):本判決は、異議部が予備的見解を変更した場合であっても「裁量権が排除される(=補正を無条件で認容しなければならない)わけではない」ことを明確にした。EPO審査基準(Guidelines E.VI.2.2.2)の記述は実務上参照されることが多いが、審判部はこれが法的拘束力を持たず、EPC 114条(2)に基づく裁量権を制約しない旨を判示しており、代理人は審査基準のみに依拠した戦略をとるべきではない。
  • 口頭審理でのカテゴリー変更補正のリスク:口頭審理段階で「物」から「使用/方法」へカテゴリーを変更する補正は、EPC 53条(c)等の新たな論点を誘発し、prima facieでの不認容(ひいては審判段階での自動排除)を招きやすいため、極めて慎重な対応が求められる。
  • 審判段階での新たな攻撃防御方法の厳格な制限(RPBA 2020の実務):異議手続で主張可能であった異議理由(明確性や実施可能要件など)を審判段階で遅れて提出しても、正当な理由がない限りVOBK 12条(4)/(6)により厳格に排除される点が再確認された。

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