1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
(1)当事者および対象特許
原告GlaxoSmithKline Biologicals SA(以下「GSK」)は、同一の親出願から派生した分割特許関係にある2件の欧州特許(EP4066856[以下「EP856」]およびEP4226941[以下「EP941」])に基づき、Moderna Netherlands B.V.を含むModernaグループ各社(以下「Moderna」)に対し特許権侵害訴訟を提起した。これに対し、Modernaは各特許の無効を求めて取消反訴を提起していた。
(2)欧州特許庁(EPO)における並行手続の進展
UPCにおける口頭弁論期日(2026年10月2日指定)の直前に、EPOにおいて以下の進展があった。
- EP941:2026年6月24日、EPO異議部(OD)が先行技術(WO 378 / US 830)に対する新規性欠如を理由に特許取消決定を下し、2026年7月17日に理由付書面を交付した。
- EP856:2026年7月20日の審判口頭審理において、EPO審判部(TBA)が同様に新規性欠如を理由として特許取消決定を維持・確定させた(理由付書面は2026年10月19日までに交付予定)。
(3)当事者の申立ておよび主張
- EP856に関して:TBAによる取消確定を受け、反訴(UPC_CFI_2033/2025)について判断の必要性が消滅した旨、双方が合意した。
- EP941に関して:Modernaは、EPOにおける異議・審判手続の終局的解決までUPC手続(侵害および反訴)を停止(Stay)するよう申立てた(UPC手続規則[RoP]295条)。一方、GSKは手続停止に反対し、審理の続行またはTBAの書面理由交付後の段階的審理を主張した。
2. 判決の主文
1. 事件番号 UPC_CFI_2033/2025(EP856に関する反訴)について:
本反訴は目的を消滅したもの(devoid of purpose)として手続を終了(dispose)し、事件記録を閉鎖する(RoP 360条)。敗訴当事者であるGSKは、Modernaの合理的かつ衡平な訴訟費用の負担義務を負う。
2. 事件番号 UPC_CFI_619/2025 および UPC_CFI_1526/2025(EP941に関する本訴・反訴)について:
(1) 手続停止の申立てに関する決定を延期する。
(2) 2026年10月2日に指定されていた口頭弁論期日を取消し、追って期日を再指定する。
(3) 両当事者に対し、TBAのEP856に関する理由付書面が実際に交付されてから4週間以内に、当該判断およびEP941異議部決定が係属中のUPC手続に与える影響に限定した書面提出の機会を付与する。
(4) 相手方の書面提出から3週間以内に反論書面の提出を認める。
3. 主な争点
- 争点1: EPO審判部による特許取消確定に基づく反訴手続の終了(RoP 360条)および費用負担
EPOで取消が確定した特許に係るUPC取消反訴の処理と費用負担の帰趨。 - 争点2: 関連する分割親特許のEPO審判部判断を受けた、分割特許(EP941)訴訟手続の停止(RoP 295条)の可否およびその判断時期
親特許の取消理由が分割特許の無効性に及ぼす影響を評価するために、理由付書面の交付を待って手続停止の当否を判断すべきか。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
(1)EP856取消反訴の手続終了と費用負担(RoP 360条)
EPO審判部における確定的な取消決定により、EP856の無効を求める反訴はその審理対象たる権利関係が失われ、法的目的を欠くに至った(devoid of purpose)。したがって、RoP 360条に基づき手続を終了させ、事件を終結させた。また、特許権が無効確定となった以上、実質的に敗訴したGSKが相手方の訴訟費用を負担すべきであると判示された。
(2)手続停止(Stay of Proceedings)判断の延期と口頭弁論期日の変更
裁判所は、EP941の特許無効の蓋然性(likelihood that the claims of EP941 will be held to be invalid)の評価が、RoP 295条に基づく手続停止を決定する上で極めて重要な要素であると判示した。
同一の原出願から生じたEP856とEP941において、同一の先行技術に基づく新規性欠如判断がなされている以上、TBAによるEP856の理由付書面の内容を精査することなしには、EP941の無効の蓋然性を適正に評価することはできない。
したがって、直前に迫っていた口頭弁論期日を一旦取消した上で、TBAの理由付書面交付を待ち、それに対する当事者の書面提出を経た直後に、改めて手続停止の可否を決定するのが合理的であると判断した。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- EPO手続との並行関係(手続停止要件の運用): UPCは原則として迅速な審理(1年程度での第一審判決)を標榜しているが、EPO異議・審判部において関連特許(特に分割関係にある特許)の無効判断が先行している場合、RoP 295条に基づく手続停止の判断において「無効の蓋然性(likelihood of revocation)」を重視し、TBAの確定した判断理由の受領を待つという柔軟かつ現実的な訴訟指揮をとる姿勢が示されている。
- RoP 360条による反訴終了と費用償還: EPOで特許が取消確定となった場合、UPC上の無効反訴は「目的消滅」として即時に終了処理され、特許権者側が敗訴当事者として費用負担責任を負うという実務運用が明確に確認された。
- 訴訟戦略上の示唆: ファミリー特許や分割特許が並行して争われている場合、一連のEPO審判判断の進展および書面交付スケジュールがUPCの期日進行(口頭審理の延期や手続停止)に直結するため、EPO手続の進行管理とUPCへの適時な情報提供・対応書面の準備が極めて重要となる。
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