1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、欧州特許庁(EPO)のオンライン出願システムの技術的障害により、親出願の係属期間最終日に分割出願を完了できなかった出願人(Appellant)が、当該出願を有効な欧州分割出願として処理すること等を求めて受理部(Receiving Section)の決定に対し審判請求(Appeal)を申し立てた事案である。
- 事実経過: 親出願(EP YY YYY YYY.Y)について特許付与決定がなされ、2023年11月29日の欧州特許公報にて特許付与が公告される予定であった(したがって、EPC第76条(1)および規則36条(1)に基づく親出願の「係属(pendency)」は公告前日の2023年11月28日まで)。出願人の代理人は2023年11月28日の執務時間外に「Online Filing (OLF)」「Online Filing 2.0」「EPO Contingency Upload Service (CUS)」等を用いて分割出願書類の送信を試みたが、EPO側の証明書検証エラーや二要素認証エラー等のシステム障害により送信を完了できなかった。翌11月29日に複数回の試行を経て送信に成功した。
- 原決定(受理部): 受理部は、親出願の特許付与公告日(11月29日)に出願された本件出願について、出願時に親出願がもはや係属していなかったとして、EPC規則112条(1)に基づき分割出願として処理しない旨を決定した。受理部は、CUSの障害記録がEPO側に存在しないこと、およびEPC規則134条(1)後段(通信障害時の期間延長)は分割出願の係属要件には適用されないことを理由とした。
- 請求内容: 出願人は、原決定の取消し、本件出願を2023年11月28日を出願日とする分割出願として処理すること、重大な手続違反に基づく審判請求料の返還、ならびに予備的に拡大審判部(Enlarged Board of Appeal)への法的一般問題の付託(EPC第112条)を求めた。
2. 判決の主文
1. 原決定を取り消す。
2. 2024年1月10日付のEPC規則112条(1)に基づく権利喪失通知を取り消し、2023年11月29日付けで提出された欧州特許出願(EP XX XXX XXX.X)を欧州分割出願として処理する。
3. 審判請求料を全額返還する。
3. 主な争点
- 争点1: 親出願の係属性(EPC第76条(1)・規則36条(1))とオンライン障害時における救済規定(EPC規則134条(1)、権利回復手続等)の適用関係
- 争点2: EPOに起因するオンライン出願障害時における「信頼保護の原則(Protection of Legitimate Expectations, EPC第125条)」の適用の可否および適用要件(出願人が利用可能なすべての代替電子的出願手段を尽くす義務を負うか否か)
- 争点3: 原決定における理由不備(EPC規則111条(2))および聴聞権侵害(EPC第113条(1))が「重大な手続違反(Substantial Procedural Violation)」を構成し、審判請求料返還事由(EPC規則103条(1)(a))に該当するか否か
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
(1) 分割出願における係属要件と通常救済規定の不適用
審判部は、親出願が係属中であることは分割出願を有効に行うための「実体法上の成立要件(substantive legal requirement/condition)」であって「期間(time limit)」ではないため、権利回復(EPC第122条)、さらなる処理(EPC第121条)、および電子的通信手段の障害に伴う期間延長(EPC規則134条(1)後段)はいずれも適用除外となるという確立した判例法理(J 18/04, G 1/09, J 10/12等)を再確認した。
(2) 信頼保護の原則(EPC第125条)に基づく救済の認容
しかしながら、審判部は以下の理由により、出願人は「信頼保護の原則」に基づき保護されるべきであると判示した。
- 公的告知の拘束力: EPOの公式告知(OJ EPO 2020, A120)第30項および第31項によれば、電子的出願手段の1つにでも予期せぬ障害が発生し、それがEPO側に起因することが確認された場合、利用者は「いかなる不利益も被らない(will not suffer any adverse consequences)」と明記されている。公的機関によるこのような表明は、客観的に正当な信頼を形成する。
- 代替手段の全網羅義務の不存在: 当該公式告知は、利用者が権利喪失を避けるために当時利用可能であったすべての代替出願手段(OLF, OLF 2.0, CUS, Web-Form, Fax等)を網羅的に試みる義務を負うとは規定していない。出願人が複数のオンライン手段を試行し、EPO側の認証システム等に起因する障害に直面した以上、不利益を被らないと期待することは客観的に合理的である。
- 禁反言(Venire contra factum proprium): オンライン出願の利用を強く推奨・推進しておきながら、システム障害時に代替手段を網羅しなかったことを理由に出願人を権利喪失させることは、自己矛盾挙動の禁止(禁反言)に反し、信頼保護の原則を侵害する。
- 結論: 出願人の行為は所定の要件を満たしたものとして扱われるべきであり、本件出願は分割出願として処理されなければならない(拡大審判部への付託請求は判断不要/mootとなった)。
(3) 重大な手続違反と審判請求料の返還
審判部は、受理部が「EPO側にCUSの障害記録がない」という形式的事実のみに依拠し、出願人が提出した具体的反証(エラーメッセージ等の証拠)を実質的に審理・検証することなく出願人の主張を排斥した点について、十分な理由付記(EPC規則111条(2))を欠き、実質的な聴聞権(EPC第113条(1))を侵害したと認定した。この重大な手続違反と審判請求の必要性には直接的な因果関係が認められ、返還が衡平(equitable)であるとして、EPC規則103条(1)(a)に基づく審判請求料の全額返還を命じた。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- 分割出願における実質的セーフガードの確立: 親出願の係属要件が実体要件であるためにEPC上の手続的救済(規則134条や権利回復等)が一切遮断される事態であっても、EPO側のシステム障害に起因する出願不能については、「信頼保護の原則」という一般法理を適用することで実質的な権利回復が可能であることが明確に示された。
- オンライン障害時における出願人の立証責任と実務対応: 公式告知上、すべての出願手段を尽くすことまでは要求されないと判示されたものの、実務上はEPO側の障害であることを証明するために、発生したエラーメッセージの画面キャプチャ、試行時刻の記録、複数の認証手段での試行結果、およびEPOサポート窓口への即時問い合わせ記録などを網羅的に証拠化(ログ・メール等の保全)しておくことが極めて決定的な意味を持つ。
- 特許庁側の理由付記義務(EPC第113条(1)・規則111条(2)): 官庁が内部システムログの「障害記録なし」という消極的事実のみを理由にユーザー側のシステム障害主張を形式的に退けることは、聴聞権侵害および理由不備として「重大な手続違反」を構成し得ることが判示されており、庁側の立証・審理責任を厳格に問う重要な先例となる。
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