1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、特許権者である被控訴人(Signify Holding B.V.)が保有する欧州特許第3921574号(発明の名称:「照明装置」)に対し、異議申立人である控訴人(CoeLux S.r.l.)が異議を申し立てた事案の控訴審である。
欧州特許庁(EPO)異議部は、特許付与時のクレーム(主請求)に係る発明が先行技術文献D6(WO 2013/011410 A1)等に対して新規性(EPC 54条)および進歩性(EPC 56条)を有すると判断し、異議申立てを棄却した。これを不服とした異議申立人が控訴し、特許の取消し(Revocation)を求めた。
特許権者は控訴棄却(主請求の維持)を求め、予備的に補助請求1または2に基づく訂正維持を請求した。
2. 判決の主文
1. 原決定を取り消す。
2. 2023年11月30日付で提出された補助請求2のクレーム1〜10、ならびに適合修正される明細書および図面に基づき特許を維持するため、本件を異議部に差し戻す。
3. 主な争点
- 争点1: 主請求クレーム1における用語「micro-lens(マイクロレンズ)」の解釈および先行文献D6に対する新規性(EPC 54条)
- 争点2: 補助請求1クレーム1のD6に対する新規性(EPC 54条)
- 争点3: 補助請求2の審理に関する異議部への差戻しの要否(RPBA 11条)
- 争点4: 補助請求2クレーム1のD6およびD13(EP 2 631 085 A1)に基づく進歩性(EPC 56条)
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
1. 主請求の新規性(EPC 54条)について:新規性欠如(原決定取消)
異議部は、「micro-lens」をマイクロメートル単位のサイズに限定解釈した上でD6に対する新規性を認めていた。しかし、審判部は拡大審判部審決G 1/24の法理に則り、特許性の判断にあたっては常に明細書および図面を参酌してクレームを解釈すべきであると判示。
本件明細書(段落[0016]、[0078]等)の記載に基づき光学的計算を行うと、仮にレンズピッチを100μm等のマイクロメートルオーダーとした場合、観察者には数十万個のレンズからの光が見えることになり、「1個または数個の開口部/光線のみが見える」という明細書記載の効果と明白に矛盾する。したがって、「micro-lens」をマイクロメートルオーダーに限定解釈することはできず、ミリメートルオーダーを含む「比較的小さなレンズ」全般を意味すると解釈すべきである。この解釈に基づき、同様の目的・構造を有するD6(図5a)によって主請求クレーム1の全要件が開示されていると認められ、新規性は否定された。
2. 補助請求1の新規性(EPC 54条)について:新規性欠如
補助請求1で付加された構成(導光・拡散のためのカバー層および光取出し素子等)に関しても、D6の図5aに示される光ガイド部材(504)が一体的な壁(カバー層)を形成し、その開口部が光取出し素子として機能していると認定された。したがって、補助請求1も新規性を欠く。
3. 差戻し請求(RPBA 11条)について:差戻しを否定
特許権者は補助請求について異議部への差戻しを求めたが、EPO審判部手続規則(RPBA 2020)第11条に基づき、差戻しには「特別な理由(special reasons)」が必要とされる。補助請求のクレーム内容は付与時の従属クレームの組み合わせであり、両当事者の主張が書面上で尽くされていることから、審判部が自ら特許性を判断した。
4. 補助請求2の進歩性(EPC 56条)について:進歩性具備(肯定)
補助請求2クレーム1は、アパーチャピッチ $pAi$ とマイクロレンズピッチ $pL$ の関係を $pAi < pL$ と特定した点においてD6と相違する。この構成により、観察者は左右の眼の像を融合させ、無限遠とは異なる有限の仮想距離に光源(模擬太陽)を結像・知覚させることが可能となる。
- 課題設定・動機付けの欠如: 最も近い先行技術であるD6は自然光(無限遠に位置する太陽光)を再現することを意図した照明であり、仮想的な太陽をあえて「有限距離」に配置しようとする動機付けは存在しない。異議申立人の主張は事後分析(ex post facto analysis)に基づくものである。
- 異分野文献(D13)の不適用: D13は紙幣等の「セキュリティデバイス(偽造防止技術)」に関する文献であり、照明装置の改良を志向する当業者がセキュリティ分野の文献を参酌する合理的な理由はない。
- 数値限定の技術的意義: 異議申立人は $pAi < pL$ には極微小な差も含まれるため効果がないと主張したが、審判部は技術的常識に照らし意味のある差異を含むものとして解釈されるべきであり、極微小な差異は排除されると判示した。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- クレーム解釈における明細書参酌原則の適用(G 1/24の実務展開): 一般的な専門用語(本件では「micro-lens」)であっても、文脈上・物理的に明細書に開示された作用効果と矛盾する場合、限定的な辞書的定義に拘束されず、発明の全体的開示に基づいた合理的な解釈がなされる点を示した重要事例である。
- 事後分析(Ex Post Facto)の排除と文献選択の妥当性: 当業者が先行技術の基本概念(無限遠の再現)と異なる課題を設定する動機があるか否か、および全く異なる技術分野(照明分野 vs 偽造防止セキュリティ分野)の文献を組み合わせることが自明であるか否かの判断において、EPOの「課題解決アプローチ(Problem-Solution Approach)」が厳格に適用されている。
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