1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
原告(Yangtze Memory Technologies Co., Ltd.)は、欧州特許第3 909 047号の侵害を理由として被告ら(Micron Technology, Inc. ほか3社)を提訴した。
被告らは答弁書等において先使用権の抗弁を主張し、その立証のために自社の「Z01Mダイ」に関する高度な技術的秘密情報(証人陳述書等を含む)を提出した。同時に、被告らは統一特許裁判所手続規則(RoP)第262条のAに基づき、当該秘密情報の開示範囲を以下のとおり制限するよう申し立てた。
- 主位的請求:原告のUPC訴訟代理人およびその内部補助者のみにアクセスを制限する、いわゆる弁護士限定開示(Attorneys' Eyes Only: AEO)命令の発令。
- 第1予備的請求:原告のアクセス権者を社内特許紛争マネージャー1名に限定し、かつ当該従業員に対し決定日から5年間のSDRAM製品の研究開発・設計への関与を禁止する命令(R&D Bar)。
- 第2予備的請求:原告が指定した社内従業員4名までにアクセスを制限した上で、全員に同様の5年間の関与禁止命令を課すこと。
被告らは、両社が競合関係にあること、原告が米国エンティティ・リストに掲載されており米国輸出管理規則(EAR)のライセンス拒否推定対象であるため技術情報の開示が米国法上禁じられていること、原告従業員が将来の特許出願や研究開発に当該機密知見を流用するリスクがあることを理由として主張した。これに対し、原告はAEOおよび関与禁止命令に異議を申し立て、従前の秘密保持決定で認められていた社内従業員4名を含む秘密保持クラブ(Confidentiality Club)の適用を求めた。
2. 判決の主文
- 被告らの提出したZ01Mダイに関する秘密情報へのアクセス権者を、原告のUPC訴訟代理人・補助者、および原告の指定する従業員4名に制限する(秘密保持命令の認容)。
- 開示を受けた者は、本件訴訟外で当該情報を使用・開示してはならず、厳格な秘密保持義務を負う。本命令に有責で違反した場合、裁判所は制裁金を科すことができる。
- 被告らに対し、米国輸出管理規制違反および制裁を回避する機会を付与するため、2026年8月20日までに当該秘密情報を訴訟から撤回する権利(オプション)を認める。被告らが撤回を選択した場合、当該情報は提出されなかったものとみなして裁判所は判断の基礎から除外し、原告従業員への開示も行われない。原告従業員への開示は、撤回期限徒過後かつ撤回権不行使の場合にのみ実施される。
- 被告らのその余の申立て(AEO請求および5年間のR&D関与禁止命令請求)を棄却する。
3. 主な争点
- 争点1: 相手方の同意がない状況において、RoP第262条のA第6項に基づく「弁護士限定開示(AEO)」命令を発令できるか(外国輸出管理規制の抵触主張がAEOを正当化するかを含む)
- 争点2: 秘密保持クラブの構成員として相手方当事者の従業員(技術者・社内弁護士等)を含めることの可否
- 争点3: 秘密情報にアクセスした相手方従業員に対し、将来の研究開発や特許出願業務への従事を禁止する命令(Bar)を課すことの適否
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
1. AEO命令の拒絶とRoP第262条のA第6項の解釈
RoP第262条のA第6項は、秘密情報へのアクセス制限人数を実効的な救済および公正な裁判を受ける権利(fair trial)の確保に必要な限度にとどめるべきとし、当事者が法人の場合には「各当事者から少なくとも1名の自然人」および代理人を含めなければならないと明確に規定している(控訴裁判所 Ericsson v. ASUSTeK事件参照)。したがって、アクセスを完全に排除される当事者自身の明示的な同意・権利放棄がない限り、裁判所が一方的に自然人を完全排除するAEO命令を発令することは制度上認められない。
被告が主張する米国輸出管理規制との抵触については、手続に証拠を提出するか否かは提出当事者の裁量と責任に委ねられており、証拠を提出する以上はUPC手続規則(相手方自然人への開示要件)を遵守しなければならない。他国の法規制の存在をもってRoPが保障する公正な裁判を受ける権利を排除することはできない。
2. 秘密保持クラブの範囲と従業員の適格性
当事者の従業員であるという事実のみをもってアクセスを拒否することはできない。従業員は外部者よりも事件の技術的背景を熟知し、代理人に適切な指示を与える立場にあるため、従業員のアクセスは公正な裁判の実現において本質的である。被告は先使用権を立証するために自ら当該技術情報を導入したのであるから、原告が防御を尽くすためには技術的知見を有する社内担当者による分析が不可欠である。原告が指定した4名はすでに別情報に関する秘密保持クラブの構成員であり、秘密保持義務に違反する蓋然性も立証されていないため、当該4名全員への開示が妥当である。
3. 研究開発・設計業務への関与禁止命令(Bar)の不均衡性
開示を受ける従業員に対し、5年間にわたりSDRAM関連製品の設計・研究開発への関与を包括的に禁止することは、当該従業員の職業選択・行使の自由(right to practice their profession)に対する過度かつ不相応な制約であり、正当化されない(Fujifilm v. Kodak事件参照)。秘密保持義務の遵守および違反時の制裁金規定によって十分な保護が図られる。
4. 被告の輸出管理規制リスクに対する衡平な救済措置
被告が主張する米国法上のリスクに配慮し、被告が原告従業員への開示を望まない場合には、証拠提出そのものを撤回できる猶予期間を設定した。撤回を選択した場合、当該証拠は先使用権等の判断において斟酌されないが、原告従業員への情報漏洩も回避されるという衡平な処理(撤回権の付与)を講じた。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- UPCにおけるAEO(Attorneys' Eyes Only)の厳格な不適用原則の再確認:
UPCにおいては、米国特許訴訟で一般的なAEO規定とは異なり、受領側当事者の合意・権利放棄がない限り、原則として当事者社内の自然人(最低1名)の関与を排除するAEO命令は認められないという判例準則(RoP 262A.6、Ericsson v. ASUSTeK)が厳格に維持されている。 - クロスボーダー規制(米国EAR・エンティティリスト等)とUPC手続規範の優越:
当事者が米国輸出管理規制などの自国・外国法上の開示制約を理由に手続上の保護範囲縮小を求めても、UPCは手続規則(RoP)が定める適正手続(公正な審判請求権)を優先させる。防御のために証拠を提出するか、輸出規制違反を避けるために証拠提出を断念(撤回)するかは、提出当事者自身がリスクヘッジとして選択すべき問題であると整理された点は実務上極めて重要である。 - 特許実務・R&D関与禁止(Prosecution / R&D Bar)の制限的解釈:
UPC実務において、従業員の広範な研究開発活動を長期間(5年間等)禁止する命令は、欧州法における職業の自由の侵害とみなされ、原則として認められない傾向が明確となった。
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