【EPO審判部 / 2026年6月25日】T 0448/24 - 熱変色性筆記具の摩擦体係合構造に関する特許付与後異議申立審決取消・特許取消請求事件

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

(1)当事者及び特許
本件は、特許権者である株式会社パイロットコーポレーション及び株式会社パイロットインキ(被請求人・被控訴人)が保有する欧州特許第2368721号(原出願:EP 08009365.1の分割出願、発明の名称:「Friction body, writing instrument and writing instrument set」)に対し、Société BIC(異議申立人・控訴人)が特許異議申立てを行った事案である。

(2)事実経過及び原決定
異議部は、異議申立人によるEPC第100条(c)(新規事項の追加・中間一般化)に基づく異議理由を認めず、異議申立てを棄却(特許維持)する決定を下した。これに対し、異議申立人が審判請求(控訴)を提起し、特許の全面取消しを求めた。

(3)当事者の請求および主張の骨子

  • 異議申立人(控訴人)の請求・主張: 原決定を取り消し、本件特許を取り消す決定を求める。登録クレーム1の特徴1.5〜1.7(摩擦体と軸筒等の突起同士の係合)は当初出願の実施の形態(図1等)に基づくものであるが、原明細書等に記載されていた「乗り越え態様で(in a climbing manner)」および「軟質合成樹脂製」「中空形状」等のスナップフィット(snapfit)係合を可能にする不可分な特徴を不当に省略した「許容されない中間一般化(unallowable intermediate generalisation)」であり、EPC第100条(c) / 第123条(2)に違反する。また、明細書から「in a climbing manner」を追加した補助請求はEPC第84条(明確性)に違反する。
  • 特許権者(被控訴人)の請求・主張: 審判請求の棄却(主請求:特許維持)、または予備的に第1〜第143補助請求に基づく補正特許の維持を求める。クレーム1は物のクレーム(プロダクトクレーム)であり、最終的な係合状態(機械的インターロック)を特定すれば足り、組立過程の動作(乗り越え動作等)や特定のスナップフィット構造・軟質樹脂材料に限定する必要はなく、中間一般化には当たらない。また、「in a climbing manner」の文言を追加した補正も明確性を満たす。

2. 判決の主文

1. 原決定(異議決定)を取り消す。
2. 欧州特許第2368721号を取り消す。

3. 主な争点

  • 争点1: 登録クレーム1における新規事項の追加(中間一般化)の有無(EPC第100条(c) / 第123条(2))
    当初出願明細書等に開示された特定の実施例から、スナップフィット係合に必要な構成(「乗り越え態様(in a climbing manner)」、テーパー形状、軟質材料等)をクレームに含めずに突起の係合構成のみを抽出・規定したことが、許容されない中間一般化に該当するか否か。
  • 争点2: 補助請求における記載要件・明確性要件違反(EPC第84条、拡大審判部決定 G 3/14)
    明細書から「engaged with each other in a climbing manner」という限定をクレームに導入する補正を行った場合、当該文言が物のクレームにおいて不明確性を生じさせ、EPC第84条に違反するか否か。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1)主請求(登録特許):EPC第100条(c) / 第123条(2)違反による取消理由の成立

  • 規範(中間一般化の判断基準): 当初開示における特定の特徴の組み合わせから特定の特徴のみを抽出してクレームアップする「中間一般化」は、抽出された特徴と他の特徴との間に明確に認識可能な機能的・構造的関連性がない場合、または抽出された特徴が他の特徴と不可分に結合(inextricably linked)していない場合に限り許容される。
  • 当てはめ:
    1. 原出願及び本件出願の当初明細書段落[0095]および図1(第1実施例)において、突起同士が「乗り越え態様で(in a climbing manner)」係合すること、摩擦体が軟質合成樹脂製の中空体であること、突起がテーパー形状を有することが直接的かつ一義的に開示されている。当業者であれば、これらはスナップフィット(snapfit)係合を実現するための構造および機能であると直接的かつ一義的に理解する。
    2. 突起同士の係合によって摩擦体の脱落を防止するという構成(特徴1.5〜1.7)は、スナップフィットを可能にする構造・機能と不可分に結びついている(inextricably linked)。
    3. 登録クレーム1は、スナップフィットによる係合を可能とする構造的・材料的限定を含んでおらず、スナップフィットが不可能な構造まで包含する広範なクレームとなっている。したがって、登録クレーム1は許容されない中間一般化に該当し、当初出願(及び親出願)の開示範囲を超える新規事項を追加したものである(EPC第100条(c)違反)。

(2)第30補助請求:補正によるEPC第84条(明確性要件)違反

  • 規範(特許付与後の補正に対する明確性の審査): 拡大審判部決定G 3/14に基づき、登録特許の明細書からクレームに導入された補正事項について、その補正によって生じる明確性の欠如はEPC第84条に基づき審査の対象となる。
  • 当てはめ:
    1. 第30補助請求のクレーム1に導入された「in a climbing manner」という表現は、当該技術分野において確立された技術的意味を持たない。
    2. 物のクレームにおいて「乗り越え態様で」係合するという文言が、筆記具に対してどのような必須の構造的・機能的要件を課しているのかがクレームの文言上極めて曖昧(vague and unclear)である。
    3. 明細書や図面を参照しても、当該用語の明確な定義は存在せず、単なる機械的インターロックを指すのか、特定の組立動作・スナップフィット構造を意味するのかの多義性(ambiguity)を解消できない。よって、EPC第84条に違反する。

(3)全補助請求(第1〜第143補助請求)の排斥

特許権者が提出したすべての補助請求は、(i)「in a climbing manner」の文言を含まず中間一般化としてEPC第123条(2)に違反するもの、または(ii)同文言を含み不明確としてEPC第84条に違反するもののいずれかに該当し、いわゆる「条文の罠(trap)」に陥っているため、いずれも認容されない。したがって、本件特許は取り消される。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 実施例からの要素抽出と中間一般化(Intermediate Generalisation)の厳格性: 欧州特許実務において、特定の実施例に開示された構成要素をクレームへ取り込む際、その構成要素が実施例内の他の要素(本件ではテーパー形状、スナップフィットを成立させる軟質樹脂材料・中空構造等)と機能的・構造的に不可分に関連している場合、それらを捨象した上位概念化はEPC第123条(2)違反として厳格に排除される。
  • 明細書の非技術的・曖昧な文言をクレーム補正に用いるリスク(G 3/14と明確性): 明細書に記載された日常用語・直感的な表現(例:「in a climbing manner」)を、中間一般化を回避する目的で安易にクレームに持ち込むと、G 3/14に基づきEPC第84条(明確性)の瑕疵を突かれ、「EPC第123条(2)(新規事項)とEPC第84条(不明確)の逃れられない罠」に陥る典型例である。ドラフティング段階において、機能・メカニズムを明確な構造的用語で多層的に定義しておくことの重要性を再確認させる決定である。

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