【統一特許裁判所 パリ地方部 / 2026年8月19日】UPC_CFI_301/2025 (UPC_CFI_713/2025) - 音声復号化技術に関する欧州特許侵害訴訟及び条件付取消反訴本案判決

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

(1)当事者及び権利関係
原告(Orange SA)は、デジタル音声信号の復号技術に関する欧州特許「EP 2 345 029 B1」(以下「本件特許」)の特許権者である。被告(HMD Global Oy)は、Nokiaブランド及び自社ブランドのスマートフォン・タブレット端末を製造・販売するフィンランド法人である。

(2)事実経過及び請求内容
原告は、被告が販売するAndroid 9以降を搭載した端末が「USAC(Unified Speech and Audio Coding)」標準規格に準拠しており、同規格の音声デコーダの実装が本件特許の請求項1(方法クレーム)及び請求項6(装置クレーム)を不可避的に実施するものであるとして、直接侵害(請求項6)及び間接侵害(請求項1)に基づき、差止請求、侵害品の回収・廃棄請求、情報提供請求、損害賠償請求等を求めて提訴した。

これに対し被告は非侵害を主張するとともに、「特許侵害が認定された場合にのみ判断を求める」という訴訟内条件を付した条件付取消反訴(Conditional Counterclaim for Revocation)を提起し、あわせて権利消尽及びFRAND抗弁を主張した。

2. 判決の主文

1. 被告による特許取消反訴が条件付であることを確認する。
2. 原告の特許EP 2 345 029 B1に基づく特許権侵害訴訟を棄却する。
3. 訴訟費用は当事者間の合意に従い、原告の負担とする。
4. 費用に関する更なる裁判は要しない。

3. 主な争点

  • 争点1: 条件付取消反訴(Conditional Counterclaim for Revocation)の適法性及び審理順序
    侵害が認められた場合のみを停止条件とする取消反訴の許容性と、裁判所が侵害論を無効論に先行して審理することの当否。
  • 争点2: 本件特許のクレーム解釈(構成要件B、C2、C3)
    変換符号化(FD)から予測符号化(CELP)への移行時における重複領域(オーバーラップ)の利用と、追加の補正情報(データ)送信を要しないとする技術的思想のクレーム射程。
  • 争点3: 被告製品(USAC規格実装品)による本件特許の充足性(侵害の有無)
    USAC規格における「FAC(Forward Aliasing Cancellation)」の適用関係と、原告による標準規格必須性・侵害立証責任の成否。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1)条件付取消反訴の許容性及び審理順序
裁判所は、UPC控訴裁判所(UPC_CoA_40/2026, Emboline v AorticLab)等の確立した先例に従い、取消反訴の判断を「侵害の認定」を条件とする訴訟内条件に服せしめることは許容されると判断した。これにより、裁判所は無効論に先立ち侵害論を審理した。

(2)クレーム解釈(Art. 69 EPC及び解釈議定書に基づく規範)
クレーム解釈は文言の厳格な文字通りの意味のみに限定されず、当業者の視点から明細書及び図面全体を参酌して客観的・技術的に行われなければならない(NanoString v 10x Genomics事件等の法理)。
本件明細書において、従来技術(移行時の歪み・エイリアシング除去のために追加データを送信する構成)は伝送効率の観点から明確に批判・否定されている。したがって、当業者であれば、本件特許の構成要件(B, C2, C3)は、「エイリアシングを補正するための追加情報の送信を要さずに、重複領域(S-SEQ)の復号サンプルを利用してCELP復号を初期化・実行する」技術思想を意味し、追加の補正データを送信する解決手段は特許の技術的教示に反しクレームの保護範囲に含まれないと解釈する。

(3)侵害(充足性)の当てはめ
侵害の立証責任は原告にある(§74)。USAC規格において、周波数領域(FD)からACELPへの移行は「FAC(Forward Aliasing Cancellation)」ツールによって処理される。

  • 原告は「FACはフラグにより任意適用される追加ツールに過ぎない」と主張したが、仮にFACを用いない場合、本件特許が意図する技術的効果(品質維持)が達成されることの立証がない。
  • 他方、FACを適用する場合、FACは追加の補正データを伝送してエイリアシングを解消する仕組みであり、これは本件特許が排除した追加データ伝送を伴うため、本件特許の技術的範囲には属しない。
したがって、原告は被告製品(USAC実装)が本件各構成要件を充足することの立証に失敗したと判断し、非侵害を認定した。侵害が否定されたため、停止条件不成就により取消反訴及びFRAND抗弁等についての判断は不要とされた。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

(1)UPC実務における「条件付取消反訴」の定着
被告が防禦戦略として取消反訴を提起しつつ、訴訟効率(無効手続費用の節減や特許無効判断の回避等)を考慮して侵害認定を条件とすることが、UPC控訴裁判所に続き各地方部(パリ、ミュンヘン、マンハイム)でも完全に承認・定着したことが確認された。

(2)標準必須特許(SEP)訴訟における規格適合性とクレーム解釈の厳格性
規格準拠品を対象とする侵害訴訟において、規格が採用するメカニズム(本件ではFACによる追加データ伝送)が、特許明細書において従来技術として否定・差別化されている構成に該当する場合、単に「規格に重複処理が存在する」ことのみをもって均等や文言充足を主張することは認められない。明細書の課題・解決手段との整合性を厳格に問うUPCのクレーム解釈実務が明確に示されている。

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