1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、特許権者(Bristol-Myers Squibb Company、以下「審判請求人」)が保有する欧州特許第3288980号(発明の名称:「抗PD-1抗体を用いたPD-L1陽性悪性黒色腫の治療」)に対し、複数の異議申立人(被請求人ら)から異議申立てがなされ、異議部が欧州特許条約(EPC)第123条(2)(新規事項の追加の禁止)違反等を理由に特許取消決定(Revocation)を下したことに対する審判請求事件である。
審判請求人は、異議部で審理された補助請求20と同一のクレームセットを「主請求(Main Request)」とし、さらに修正を加えた「補助請求1(Auxiliary Request 1)」を維持して審決の取消しおよび異議部への差戻しを求めた。主請求クレーム1は、PD-L1陽性悪性黒色腫の治療に使用するためのニボルマブ組成物であって、①PD-L1陽性患者への投与、②「4週ごとに480 mgの固定用量(flat dose)を単剤療法(monotherapy)として投与」すること、および「抗CTLA-4抗体との組み合わせ投与を行わない」旨の限定(negative feature/disclaimer)を含んでいた。
2. 判決の主文
審判請求を棄却する(The appeal is dismissed)。
3. 主な争点
- 争点1: クレーム解釈(「単剤療法(monotherapy)」の意義および否定的限定の効力)
クレーム中の「monotherapy」の用語を当業者の通常の技術常識における意味(単一薬剤による治療)と解釈すべきか、あるいはクレーム内の否定的限定(抗CTLA-4抗体併用の除外)や明細書の記載に照らして独自の定義(抗CTLA-4抗体以外の他剤併用は許容する概念)と解釈すべきか。 - 争点2: EPC第123条(2)に基づく補正の適法性(新規事項の追加の有無)
出願当初の開示(Application as filed)全体から、当業者が共通の一般的知識に基づき直接的かつ一義的(directly and unambiguously)に、特定の固定用量投与レジメン(480 mg・4週ごと)と通常の意味でのニボルマブ「単剤療法」との組み合わせを導出できるか(G 2/10の「ゴールド・スタンダード」基準の充足性)。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
(1) 審判手続におけるクレーム解釈の原則および「monotherapy」の解釈
審判部(Board)は、クレーム解釈は法的な問題であり、審判部自身が判断すべき事項であるとして、審判段階で被請求人が新たに提出した解釈論の却下申立てを退けた。その上で、「monotherapy」という用語は当該技術分野において「特定の疾患・障害の治療に単一の薬剤を使用すること」という確立された通常の意味を有していると判示。クレーム中の「患者に抗CTLA-4抗体との併用投与を行わない」という否定的限定は定義規定として起草されておらず、通常の用語意義を修正するものとは認められないとして、本件主請求クレーム1は「ニボルマブを単一の薬剤として投与する単剤療法」を特定したものと解釈した。
(2) EPC第123条(2)(新規事項追加)に対する当てはめ
拡大審判部決定G 2/10が示した「ゴールド・スタンダード」(当業者が共通の一般的知識に基づき、出願当初の開示全体から直接的かつ一義的に導出できる範囲内でのみ補正が許容される)に基づき検討を行った。
- 出願当初のクレーム1および従属クレーム49(他のがん治療薬の投与を許容)の記載に照らすと、出願当初に開示されていた「単剤療法」の概念は、抗CTLA-4抗体との併用のみを除外し他剤併用を排除しない独自の定義が与えられていた。
- 仮に明細書中の記載(段落[0043]等)から通常の意味での単剤療法の開示が認められるとしても、出願当初の開示には、本件クレームで特定された「480 mg・4週ごと」という特定の固定用量(flat dose)レジメンと「通常の意味でのニボルマブ単剤療法」とを結びつける直接的・一義的な教示(ポインター)が存在しない。
- 出願当初の実施例1は体重基準用量(mg/kg)の臨床試験であり、固定用量レジメンを直接裏付けるものではない。また、複数の用量候補の中から特定の固定用量を選択し、かつ単剤療法と組み合わせることは、出願当初の開示から導出される範囲を超えている。
したがって、主請求クレーム1はEPC第123条(2)に違反する。
(3) 補助請求1の判断
補助請求1では単剤療法を「他の抗がん剤を併用しないこと」と明示したが、主請求と同様に、特定の固定用量レジメン(480 mg・4週ごと)との具体的な技術的結合関係が出願当初の開示において裏付けられていないため、同様にEPC第123条(2)に違反し、認められない。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
1. 医薬用途発明・投与レジメンにおける「選択の重複」と123条(2)の厳格性
EPO実務において、複数の選択肢のリスト(投与量、投与間隔、固定用量か体重換算か等)からの特定値の選択や、実施例(体重換算用量)と異なる態様(固定用量)を特定の治療形態(単剤療法)と組み合わせる補正については、明確なポインター(直接の示唆や結合関係)が出願当初の明細書に開示されていない限り、EPC第123条(2)違反(新規事項追加)と判断されるリスクが極めて高いことが再確認された。
2. クレーム解釈における否定的限定(Disclaimer/Negative Feature)の起草上の留意点
技術常識上確立された用語(本件では「monotherapy」)を使用しつつ、クレーム末尾の否定的限定等によってその意味を限定・変形しようとするドラフティングは、クレーム解釈上曖昧さを生じさせるだけでなく、出願当初の意図した開示範囲との乖離を生じさせ、結果として123条(2)違反を招く要因となる。明細書段階での明確な定義規定および中間概念・特定レジメンとの直接的結合関係の記載が不可欠である。
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