1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、特許権者SOUDAL(請求人/Appellant)が保有する欧州特許第3936455号(発明の名称:「押出ガンに使用されるカートリッジおよびカートリッジアセンブリ」)に対し、Henkel AG & Co. KGaA(異議申立人・被請求人/Respondent)がEPC第100条(a)号(第56条:進歩性欠如)を理由として特許異議申立てを行った事案である。
欧州特許庁(EPO)異議部は、最接近先行技術である文献D2(DE 91 16 065 U1)に文献D3、D4またはD5のいずれかの教示を組み合わせることで、原付与特許(Main Request)の請求項1および12に係る発明は当業者にとって容易想到(進歩性欠如)であると判断し、補助請求4に基づく補正された形での特許維持を決定した。これに対し、特許権者が原決定の取消しおよび原付与状態(Main Request)での特許維持を求めて審判を請求した。
2. 判決の主文
1. 原決定(異議部決定)を取り消す(The decision under appeal is set aside)。
2. 本件特許を原付与状態のまま維持する(The patent is maintained as granted)。
3. 主な争点
- 争点1: 主請求(原付与請求項1および12)に係る発明の進歩性の有無(EPC第56条)
文献D2を最接近先行技術とし、文献D3〜D5を組み合わせることにより、管状本体を近位部と遠位部に分離する周方向の引裂線/引裂ストリップ(tear line/tear strip)を備える構成に想到することが容易であったか否か。 - 争点2: 組み合わせの動機付けおよび事後分析(Ex post facto analysis / Hindsight)の該否
異種材料の分別・リサイクルという課題に対し、当業者が構造・用途の異なる容器に関する先行技術(D3〜D5)の技術思想をD2の押出ガン用カートリッジに適用する動機付けが存在したか、またはそれが事後的な後知恵に基づく主張に過ぎないか。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
審判部(Technical Board of Appeal 3.2.07)は、以下の理由により異議部の判断を覆し、進歩性を肯定した。
- 最接近先行技術D2における課題解決の充足性:
異議部が設定した客観的技術課題(ノズルと管状部を分離してリサイクルを容易にすること)について、D2自体がすでに使用後の各部品(ノズル、ピストン、管状本体)を解体して分別廃棄・リサイクルストリームに供給できる旨を明示的に教示しており、D2の段階ですでに当該課題に対する解決策が示されている。 - 技術的動機付けの欠如(材料分離の観点):
仮に異議部が設定した課題を考慮したとしても、管状本体に引裂線を設けて分割すると、分離後にノズル側に管状本体の遠位部(残余部分)が付着したまま残り、結果として2つの異なる材料が混在した状態となる。したがって、より完全な分別リサイクルを目指す当業者が、かえって分別精度を低下させるような引裂線による分割手段を採用する合理的動機付けは見出せない。 - 先行技術(D3〜D5)の構造的・機能的差異および後知恵の排除:
文献D3〜D5に記載された容器は、D2が対象とする「可撓性バッグを収容して押出ガンで押し出す構造のカートリッジ」とは構造および用途が大きく異なり、部材の分離構造に関する概念も異なる。したがって、当業者がD2の具体的なカートリッジ構造に対してD3〜D5の教示を参酌・適用するとは認められない。異議申立人および異議部の論理は、本件発明の解決手段をあらかじめ知った上での事後分析(ex post facto analysis / hindsight)に基づくものである。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- Problem-Solution Approachにおける後知恵(Hindsight)の厳格な排除:
本件審決は、異なる分野・異なる構造を有する先行技術の組合せにおいて、「一般的な課題(リサイクル性向上など)の共通性」のみをもって安易に組合せの動機付けを認める異議部の傾向を否定し、対象製品の具体的な構造・機能・使用形態に照らした現実的な当業者の思考プロセスを重視した点に実務上の意義がある。 - 材料分別手段の変更に伴う技術的背反の主張手法:
先行技術を組み合わせた結果、部材の一部が残存して「異種材料の分離」という目的に対して不完全な結果を招く場合、当業者にとって阻害要因(または動機付けの欠如)として強力に機能することが明確に示されており、特許権者側の進歩性防御論の構築において参考となる。
0 件のコメント:
コメントを投稿