1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、欧州特許第3402555号(発明の名称:「MEDICAL DELIVERY DEVICE WITH LAMINATED STOPPER」)に対する異議申立審判手続において、異議部が特許を補正された形式(amended form)で維持するとした中間決定に対する控訴(Appeal)事案である。
特許権者(W. L. Gore & Associates, Inc.)および異議申立人2(Hightone Management Limited)の双方が異議部の中間決定を不服として審判請求を行った。異議申立人2は原決定を取り消し、本件特許を取り消す(revocation)決定を求めていた。審判部が審判部手続規則(RPBA)第15条(1)に基づく予備的見解を通知した後、特許権者は2026年7月15日付書面により、付与された特許テキストに対する同意、および提出済みのすべての請求(requests on file)を無条件で撤回した。
2. 判決の主文
- 原決定(異議部の中間決定)を取り消す。
- 本件特許を取り消す(The patent is revoked)。
3. 主な争点
- 特許テキストへの合意撤回に伴う法的効果(EPC第113条(2)の適用): 特許権者が審理対象となる特許テキスト(付与時のテキストおよび補正請求)に対する合意を無条件で撤回した場合に、審判部が実体的な争点(新規性・進歩性等)の審理を経ずに特許を取り消すことができるか。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
審判部は、EPC第113条(2)に基づき、実体審理を行うことなく本件特許を取り消す旨の判断を下した。その論理構成は以下のとおりである。
- EPC第113条(2)の規範(処分権主義): 欧州特許庁(EPO)は、特許権者によって提出された、または特許権者が同意したテキストに基づいてのみ、欧州特許を審査し決定しなければならない。この原則は異議審判手続においても厳格に適用される。特許テキストの決定権は特許権者に専属(処分権の範囲内)しており、特許権者の意に反して特許を維持することはできない。
- 本件事実への当てはめ: 特許権者は、付与された特許テキストおよび提出済みのすべての請求に対する合意を、明確かつ無条件に撤回した。これにより、審判部が審判請求を審理するための有効な特許テキストが存在しない状態(no text of the patent)となった。
- 結論: 審査の対象となるテキストが存在しない以上、審判部は特許要件等の実体的事項を検討することなく、本件特許を取り消さなければならない(引用判例:T 700/14、T 0073/84)。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- 手続終了手法としての確立された判例法理の再確認: 本件は、特許権者が特許の維持を断念する場合に、テキストに対する合意および係属中の請求を包括的・無条件に撤回(disapproval of text / withdrawal of requests)することにより、口頭審理を経ることなく直ちに特許取消決定(Revocation)を得て手続を終結させるという、EPO審判部の確立した実務(T 73/84等)に則った決定である。
- 実務上の留意点: 特許権者側代理人としては、審判部の予備的見解(RPBA 15条(1)通信)等を受けて特許維持が極めて困難であると判断し、費用対効果の観点から口頭審理への出頭等を回避したい場合、本件のように明確・無条件にテキストへの合意を撤回することで、迅速に手続を終了させることが可能である。ただし、一度撤回すると手続の実体的な回復は原則として不可能となるため、意思決定には慎重を期す必要がある。
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