1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、特許権者であるVesuvius Group, SA(被控訴人)が保有する欧州特許第3706936号(「本件特許」、発明の名称:「SELF-LOCKING INNER NOZZLE SYSTEM AND METHOD FOR SECURING AN INNER NOZZLE」)に対する異議申立審決に対する控訴審事件である。
異議申立人であるRefractory Intellectual Property GmbH & Co. KG(控訴人)は、欧州特許庁(EPO)異議部に対し、EPC第100条(a)(EPC第54条の新規性欠如および第56条の進歩性欠如)等を理由として異議を申し立てたが、異議部はこれを棄却し特許を維持する決定を下した。これを不服とした異議申立人が控訴を提起し、特許の取り消し(Revocation)を求めた。
本件特許の主請求項(クレーム1)は、製鋼用取鍋等の溶融金属容器の排出孔に装着される「自重ロック式インナーノズルシステム」に関するものであり、外周に複数の突起(protrusions)を有するインナーノズル(10)、容器底部に固定される上部フレーム(30f)、および内部にL字型チャネル(32, 33)が形成されたロックリング(31)の組み合わせにより、モルタル等の封止材が硬化する間、外部からの保持手段を要さずにノズルを自己ロック固定できる構造を特徴としている。
2. 判決の主文
控訴を棄却する(The appeal is dismissed. 本件特許は特許査定時のクレームのまま維持される)。
3. 主な争点
- 争点1: EPC第54条に基づく新規性の有無(先行技術文献D1(US 5,335,896)の記載内容の解釈、とりわけクレーム用語の不当な拡張解釈(事後分析的読み替え)の可否およびD1との構成上の差異の有無)
- 争点2: EPC第56条に基づく進歩性の有無(D1を最接近先行技術(Closest Prior Art)とした場合において、D2・D3の技術の適用、あるいはD4・D5に示される技術常識(周知技術)との組み合わせによる容易到達性と事後分析(ex post facto analysis / hindsight)の排除)
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
1. 新規性(EPC第54条)について
審判部は、控訴人が提示したD1の2通りの解釈(第1解釈:文言通りの解釈、第2解釈:D1の複数部材を再結合・再定義した不当な広義解釈)の双方を検討した上で、以下の通り新規性を認めた。
(1)第1解釈(文言に即した通常解釈)に基づく検討:
D1に開示されたノズルセグメント(30)を本件クレーム1の「インナーノズル」と解釈した場合、D1のノズル外周には突起が存在せず、突起(ロックピン47)はロックリング(40)側に設けられている。したがって、D1は本件クレーム1の構成要件1D〜1F(ノズル側の突起)および1J〜1P(ロックリング側のL字型チャネル)を開示していないため、新規性を有する。
(2)第2解釈(控訴人が主張する再定義・読み替え解釈)に基づく検討:
控訴人は、D1の「ノズルセグメント30+ロックリング40」の結合体を本件の「2体構造のインナーノズル」とみなし、D1の「取付プレート(Mounting Plate 3)」をクレーム1の「ロックリング」、D1の「取鍋シェルレベルプレート4」を「上部フレーム」と読み替えることで、構成要件が網羅されるため新規性が失われると主張した。
しかし、審判部はこの主張を排斥した。技術用語(「ノズル」「ロックリング」「プレート」「リング」)は、本件特許およびD1の双方において当技術分野における通常の意味(ordinary meaning)で一貫して使用されている。明細書中に特別な定義がない限り、文脈を無視して異質な概念まで包含するように用語を拡張解釈することは許されない。仮に百歩譲って控訴人の読み替えを認めたとしても、D1の取付プレート(3)は構造上「プレート(板)」であって「リング(環)」ではなく(構成要件1Hの欠如)、またレベルプレート(4)は容器自体の構成部材(シェル)であって中間部材としての「上部フレーム」(構成要件1Gの欠如)ではないため、いずれにせよ新規性は失われない。
2. 進歩性(EPC第56条)について
(1)第1解釈に基づく検討:
D1に対する本件発明の相違点は、ノズル側に複数の突起を設け、ロックリング側にこれに対応するL字型チャネルを設けた点にある。本件発明が解決する客観的技術的課題(Objective Technical Problem)は、「封止材(モルタル等)が硬化する間、作業者やロボットによる保持を不要とし、自己ロック式インナーノズルの装着工程を簡略化すること」と設定される。
D1には、ノズル側に突起を配し、ロックリング側にL字型チャネルを設けてこの課題を解決する示唆はない。また、D2およびD3はクランプ機構(耐力要素)を用いた固定構造を開示するものであり、ロックリングを用いて固定するD1のシステムとは固定メカニズムが根本的に異なる。当業者がD1を出発点としてD2・D3を組み合わせる動機付けはなく、組み合わせるとしても大幅な構造変更を要するため、当業者が容易に本件発明に到達できたとはいえない。
(2)第2解釈に基づく検討:
控訴人は、D1の取付プレートの形状を日常的な変更として「リング状」にし、さらに周知技術(D4・D5)に基づき「薄い支持プレート(上部フレーム)」を挿入することは当業者にとって容易であると主張した。
しかし、審判部は、この主張は本件発明の構成を知った上での「事後分析(ex post facto analysis / hindsight)」に他ならないとして退けた。重量のある製鋼用容器を安全に支持するという技術的実態に照らし、取付プレートとしての機能を奪って単なる「リング」に変更し、別途中間プレートを導入するような大幅な設計変更を行う合理的理由は先行技術中(D1, D4, D5)に存在せず、かえって結合の機械的強度を低下させるリスクがある。したがって、進歩性は否定されない。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- 事後分析(Hindsight / Ex post facto analysis)の厳格な排斥
異議・控訴審実務において、相手方が先行技術の複数の部材を不自然に結合・再定義し、クレーム文言に当てはめる「事後分析的解釈」を試みることが頻繁に見られる。本審決は、明細書に特別な定義がない限り、当技術分野の通常の意味(ordinary meaning)を逸脱した不当なクレーム解釈および先行技術の読み替えを厳格に排除する姿勢を改めて明確にした。 - 技術用語(「プレート」と「リング」等)の構造的差異の重視
当業者の標準的な用語区別(例:「Base Plate」と「Ring」の形態的・機能的違い)を根拠とし、単に孔が開いていることのみをもって「プレート」を「リング」と同視することはできないと判示された。先行技術の部材の形態変更の容易性を主張する際は、対象機器の機能(本件では極めて重量のある溶融金属容器の支持強度)に与える影響まで考慮した実質的な技術的合理性が要求される。 - 課題設定アプローチ(Problem-and-Solution Approach)における機能的効果の考慮
モルタル硬化時の外部保持を不要とする「自己ロック(Self-locking)」機能という課題解決効果が明確に特定され、単なる選択肢の代替(mere alternative)にとどまらない非容易創作性が認められた点が実務上留意される。
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