1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、航空宇宙分野等の構造用部材として用いられる展鍛用7xxx系アルミニウム合金製品、およびその製造方法に関する欧州特許(EP 3 911 777 B1、特許権者:Novelis Koblenz GmbH)に対する異議申立手続の控訴審判決である。
異議申立人(Arconic Corporation)は、本件特許には記載の十分性欠如(EPC 100条(b))、新規性欠如(EPC 100条(a)/54条・先行技術D13)、および進歩性欠如(EPC 100条(a)/56条・先行技術D4またはD9起点)の異議事由が存在するとして特許取消しを求めて異議を申し立てたが、EPO異議部は異議を棄却し特許維持の決定を下した。これを不服とした異議申立人が控訴(T 0189/25)を提起した。
2. 判決の主文
控訴を棄却する(The appeal is dismissed. = 原審決定を維持し、特許を有効と認める)。
3. 主な争点
- 争点1: 新たな不服理由の審理対象性(RPBA 2020 13条(2))
控訴審の口頭審理段階等で新たに提示された「請求項13に対する開示不備(EPC 100条(b))」の主張を審理に参入(admit)すべきか。 - 争点2: 開示の十分性・実施可能要件(EPC 100条(b) / EPC 83条)
請求項1に規定された特定の機械的特性の組み合わせを、当業者が過度な負担(undue burden)なく実施・達成できるか。 - 争点3: 先行技術D13に基づく新規性(EPC 54(3)条)
拡大された先願であるD13の開示内容から、請求項1の機能的技術特徴(特に亀裂偏向耐性:feature 1t)が暗黙的・必然的に開示されている(inherent/implicit disclosure)といえるか。 - 争点4: 先行技術D4またはD9を起点とする進歩性(EPC 56条)
スプレー成形合金に関するD4、または熱間圧延航空機用合金に関するD9を最寄り先行技術(closest prior art)として、本件特許製品の組成限定および時効処理による特性の達成が進歩性を有するか。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
(1) 請求項13に対する開示不備主張の不参入(RPBA 2020 13条(2))
控訴人は請求項13に対するEPC 100条(b)に基づく異議理由を審判手続の後期に提起した。控訴人は「請求項1に対する主張の単なる展開である」と主張したが、審判部(Board)は、請求項1と請求項13では攻撃の構造・本質が異なり(請求項13は下限値が実施例を超えているとの主張)、実質的に「新しい不服理由」であると認定した。審理後期における提出を正当化する「例外的な事情(exceptional circumstances)」が存在しないため、RPBA 2020 13条(2)に基づき、当該主張を審理から排除(not admitted)した。
(2) 開示の十分性(EPC 100条(b))
新規性判断と開示の十分性の判断は、異なる法規範に基づく別個の法的評価である。本件特許明細書の実施例1(段落[0057]等)には、具体的な2段階時効処理条件(T7テンパー状態への処理)が開示されており、発明合金(A5, A6)において請求項1の要件(強度1r、SCC耐性1s、亀裂偏向耐性1tの組み合わせ)が達成されている。当業者は明細書の教示に基づき、過度な負担なくパラメータをルーティン調整してクレーム全範囲で発明を実施可能である。控訴人はこれを覆す反対証拠を提出していない。
(3) 新規性(EPC 54条)
先行技術D13には、特徴1t(亀裂偏向耐性:Kmax-dev値)の明記がない。特徴が「暗黙に開示されている」と認められるためには、先行技術の記載に従うことで「必然的(inevitably)かつ直接・一義的に」その技術的結果に到達すること(Inherent property)を異議申立人(控訴人)が立証しなければならない(立証責任は異議申立人にある)。
本件請求項1は製品クレームであるが、「特定の3つの機械的特性を同時に満たすように時効処理された」という機能的限定を含んでいる。D13には一般的なT7処理の記載はあるものの、具体的な温度・時間の実施例が欠如しており、D13の記載に従った場合に必ず特徴1tを満たす製品が得られるとは証明されていない。したがって、暗黙の開示は認められず、新規性を有する。
(4) 進歩性(EPC 56条)
【D4起点】
D4のAlloy 4と比較すると、本特許発明は①Cr含有量が低い点(0.3 wt%以下 vs D4の0.35 wt%)、②鋳造(casting)品である点、③特定の機械特性(1r, 1s, 1t)を達成する時効処理がなされている点で異なる。明細書(段落[0019], [0022]等)によれば、Cr量は結晶粒組織および亀裂偏向耐性に直接影響を与える。課題(高強度・高SCC耐性・良好な亀裂偏向耐性の優れたバランスの提供)に対し、実施例で効果が実証されている以上、控訴人が反対証拠を出さない限り効果の奏効が認められる。また、D4は分散粒子形成効果のためにCrを0.3 wt%以上必須と教示(teach away)しており、当業者がCr量を0.3 wt%以下に減らす動機付けはない。
【D9起点】
D9の実施例(Alloy 1-3, 6およびAlloy 4)は、Zn量またはMg量が本件請求項1の範囲外であり、かつT6テンパー(処理)を前提としている。D9はT6テンパーの優位性を強調しており、当業者がD9の教示から離脱して、組成(Zn/Mg量)を変更しつつT7テンパーに改める動機付けはない。控訴人の主張は後知恵(hindsight)に基づくものであり、進歩性を有する。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
1. プロダクト・バイ・プロセス/機能的物性クレームにおける暗黙の開示(Implicit Disclosure)と立証責任
先行技術に同一カテゴリの組成や一般的な処理(T7処理)が網羅的に記載されている場合であっても、特定の物性パラメータ(本件では亀裂偏向耐性等)が先行技術から「必然的(inevitably)」に得られること(Inherent property)を異議申立人が客観的証拠をもって立証しない限り、EPO実務において暗黙の開示による新規性欠如は認められない。パラメータ特許防衛における厳格な立証責任の分配を再確認した事例である。
2. EPO審判手続規則(RPBA 2020)13条(2)の厳格な適用
控訴審手続の後期(口頭審理直前等)において新たな主張を参入させる基準は極めて厳しい。「従前の主張の単なる展開」と主張しても、法的論点や事実関係の構造が異なる場合は「新たな不服理由(new objection)」とみなされ、例外的な事情(exceptional circumstances)がない限り即座に不参入(not admitted)となるため、控訴理由書段階での網羅的な主張構築が実務上不可欠である。
3. 成分数値限定・阻害要因(Teach-away)に基づく進歩性の主張構成
先行技術(D4)で「特定の効果を得るために特定の成分(Cr)を一定量以上添加すべき」と教示されている場合、その数値を下回る範囲に限定しつつ別の物性(亀裂偏向耐性)を向上させた構成は、強い「阻害要因(teach-away)」として機能し、進歩性を確保する強力なロジックとなる。
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