【UPC CFI (The Hague) / 2026年08月10日】UPC_CFI_251/2025, UPC_CFI_769/2025 - 特許権侵害訴訟および特許無効反訴判決(EP2061230の新規性・進歩性欠如による特許取消)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、原告(反訴被告)であるマクセル株式会社(Maxell, Ltd.、以下「Maxell」)が、被告(反訴原告)であるSamsung Electronics Co., Ltd.ほか3社(以下「Samsung」)に対し、欧州特許(EP 2 061 230 B1、以下「本件特許」)の装置クレーム(請求項1, 2, 5, 6)に基づく侵害を主張し、差止命令、侵害製品の廃棄・回収、情報開示、損害賠償等を請求した事案である。本件特許は、携帯端末で表示中のコンテンツを外部表示装置に引き継ぐ「キャスト/ハンドオーバー(Handover)」技術に関するものである。

これに対し、Samsungは被疑侵害製品(Galaxyシリーズのスマートフォンおよびタブレット)による構成要件充足性を否認するとともに、反訴(Counterclaim for Revocation)を提起し、先行技術(D3等)に基づく新規性欠如および進歩性欠如等を理由に本件特許の全UPCA締約国(フランス、ドイツ、オランダ)における完全取消(Revocation)を求めた。

訴訟手続きにおいて、Maxellは特許性を維持するため、10の補助的請求(Auxiliary Requests: AR 3a, 3d, 5a, 5d, 6, 6a, 7, 7a, 8, 8a)を提示して抗弁した。

2. 判決の主文

【本訴(侵害訴訟)】
1. 原告(Maxell)の請求をすべて棄却する。
2. 原告(Maxell)に対し、被告(Samsung)が負担した訴訟費用およびその他の経費として、合意された200,000ユーロの支払いを命じる。

【反訴(特許無効訴訟)】
1. 本件特許(EP 2 061 230 B1)を、本件特許が効力を有するすべてのUPCA締約国において、その全体を取り消す(Revoke)。
2. 被告(Maxell)に対し、原告(Samsung)が負担した訴訟費用およびその他の経費として、合意された200,000ユーロの支払いを命じる。

3. 主な争点

  • 争点1: クレーム解釈(特に「コンテンツ情報」「履歴情報」の法的・技術的意義)
  • 争点2: 原特許(クレーム1、11、17)の新規性(対D3文献)
  • 争点3: 補助的請求(ARs、特にAR7a/8a等)の進歩性(対D1文献およびD3文献の組み合わせ、並びに「特徴の集積(Aggregation of Features)」の成否)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) クレーム解釈(EPC 69条に基づく解釈)

統一特許裁判所控訴審(UPC CoA)の確立した規範(NanoString判決等)および欧州特許庁(EPO)拡大審判決G 1/24に則り、クレーム解釈は当業者(電磁気学/情報科学の学位を有し、通信・家電製品の開発経験を有する者)の視点で行われる。

  • 「コンテンツ情報」(構成要件 F1.1/F1.3): Samsungは明細書の第3実施形態に基づき「Webサイトに基づくコンテンツ」に限定解釈すべきと主張したが、裁判所はこれを排斥した。明細書全体を統合的に解釈すれば、動画、音声、画像、テキスト等、ネットワーク経由で受信可能なあらゆるコンテンツを含むと解される。
  • 「履歴情報」(構成要件 F1.6): ユーザー操作履歴は複数回の操作ログに限定されず、単一の操作結果(例:再生停止位置、スクロールバーの位置等)も含まれる。また、「表示(display)」は視覚的表示のみならず、音声出力等の感覚的表現全般を含むと解釈された。

(2) 原特許(クレーム1等)の新規性否定(EPC 54条)

先行技術D3(US 2006/0263048 A1)は、操作制御装置から表示再生装置へコンテンツを引き継ぐ「スロー操作(throw operation)」を開示している。

  • D3におけるスロー操作時、操作制御装置はコンテンツの識別情報(メタ情報)とともに、「再生位置(時間)情報」を送信する。
  • ユーザーが再生を停止した時点の「再生位置情報」は、ユーザーによる停止操作の履歴を反映したものであり、本件特許の構成要件F1.6およびF1.8.1における「履歴情報(history information)」を直接かつ明確に開示している。
  • したがって、原特許クレーム1はD3により新規性を欠く。独立クレーム11および17も同様であり、原特許は全体として新規性を欠く。

(3) 補助的請求(Auxiliary Requests)の進歩性否定(EPC 56条)

UPCにおける進歩性判断(Amgen v Sanofi判決等のCoA標準アプローチ)に基づき、当業者が現実的な出発点(D1: US 2007/0136488 A1)から、客観的技術課題を解決するために主張に係る構成に到達したか(would test)を検討した。

  • 審理の進め方: 補助的請求(AR)群は段階的に保護範囲を限定している。最も限定されたAR7a/AR8aが進歩性を欠く場合、それより限定の緩い上位のAR(3a, 5a, 6, 6a, 7, 8)も論理的に進歩性を欠くこととなる。
  • 「特徴の集積(Aggregation of Features)」の法理: 補正により追加された複数の構成要件(①ハンドバック機能、②認証情報の送信、③リモコン機能、④URL限定等)について、裁判所は「各構成要件が相互に機能的な依存関係を持たず、単なる技術的寄与の並列(Mere aggregation / Juxtaposition)に過ぎない場合、それぞれの変更が当業者にとって容易であれば、全体として進歩性は認められない」(ミュンヘン地域会頭判決 UPC CFI 846/2024 を参照)との規範を適用した。
  • 当てはめ:
    • 主たる技術的変更点である「ハンドバック機能(Handback: 外部装置から携帯端末への表示の連動戻し)」は、D1に記載された双方向ハンドオーバーの示唆(段落9)に基づき、D3に開示された「キャッチ操作(catch operation)」を組み合わせることで、当業者が容易に案出できたものである。
    • その他の追加要素(認証情報、リモコン機能、UTF-8エンコーディング、タッチパネル構成等)は、D1に内包されているか、当業者の一般的な技術常識に基づくルーチン的な変更・選択に過ぎない。
    • これらの構成要件の組み合わせによって、単なる各要素の和を超える「相乗効果(Synergistic effect)」は生じない。
  • 結語として、補助的請求(AR7a, AR8a, AR3d, AR5dを含むすべてのAR)は、D1およびD3並びに公知技術に基づき進歩性を欠く。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

1. UPC判例実務における「特徴の集積(Aggregation of Features)」法理の確立
本判決は、EPOの審決実務およびUPC各地方裁判所(ミュンヘン地裁等)で採用されてきた「単なる構成要素の集積」に関する進歩性否定の法理を、UPCミュンヘン判決(UPC CFI 846/2024)に続いて明確に適用した事例である。特許権者が複数の限定要件を追加して補正(補助的請求)を行う際、それらの要件間に技術的な相互作用(相乗効果)が存在することを主張・立証できなければ、個別の容易案出性の足し算により進歩性が容易に否定されるリスクを示している。

2. 広範なクレーム解釈リスクと新規性否認の関係
Maxell側は侵害立証を有利に進めるため、あるいは先行技術を回避するために「履歴情報」や「コンテンツ」の概念について一定の柔軟な解釈を展開したが、裁判所がEPC 69条に基づき「単一の停止操作位置情報も履歴情報に含まれる」と広義に解釈した結果、先行技術D3(再生停止位置の送信)に直接抵触し、原特許の新規性が全滅する結果となった。侵害訴訟におけるクレーム解釈の拡大主張が、無効反訴において自らの首を絞めるという実務上の古典的リスクが顕在化した例といえる。

3. 補助的請求(Auxiliary Requests)の効率的審理構造
裁判所は、多数提出された補助的請求に対し、最も限定度の高い請求項(AR7a/8a)から優先的に進歩性を判断し、それが否定されれば直ちにそれより上位の(限定度の低い)補助的請求も一括して否定するというロジカルかつ効率的な審理手法を採用した。UPCにおける補正・抗弁戦略(R. 30 RoP)を構築する際、どの補助的請求を最前線に配置するかという実務戦略上、極めて重要な示唆を与える。

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