1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
(1)当事者および Streitpatent(対象特許)
申請人(Reinhausen GmbH)は、負荷時タップ切換器(Laststufenschalter)に関する欧州特許第3 427 284号(単一効力特許)の単独特許権者である。被申請人(上海華明電力設備 / Shanghai Huaming Power Equipment Co., Ltd.)は中国の電気機器メーカーである。
(2)事実の経過
- 2026年5月19日〜21日にベルリンで開催された見本市「CWIEME」において、被申請人が対象製品(負荷時タップ切換器「DET-24kV」)を展示した。
- 申請人は2026年5月19日、本案訴訟提起の準備として、相手方に事前告知を行わない(ex parte)証拠保全および査察命令(UPC協定(UPCA)第60条、手続規則(RoP)Rule 192以下)を申し立てた。
- ミュンヘン地方部(Spruchkörper 2)は2026年5月20日、ex parteにて査察・差押え命令(以下「原命令」)を発令し、同日見本市ブースにおいて執行・差押えがなされた。
- 被申請人は2026年6月19日、RoP Rule 197.3に基づき、原命令の秘密保持体制の不備等を理由として、原命令の変更・補正を求める再審査(Review)を申し立てた。
(3)被申請人の申立および主張の骨子
原命令第10項において、鑑定人や執行官には秘密保持義務が課されていたものの、査察に立ち会った「申請人代理人(弁護士・弁理士)」に対する明示的な秘密保持命令が欠落していた。展示品の一部分解により非公知の内部構造が開示されたため、申請人代理人に対し、依頼人(申請人・その従業員)および第三者への情報開示を禁じる義務を課すよう求めた。また、鑑定人との私的通信の禁止および製品の追加調査禁止を求めた。
2. 判決の主文
裁判所は、被申請人の再審査申立てを認め、2026年5月20日付の原命令を以下のとおり変更・追加した。
- 原命令第10項の変更: 査察・証拠保全に立ち会った申請人代理人(弁護士・弁理士)に対し、査察等で知得した被申請人の営業秘密について、裁判所または被申請人の事前の承認がない限り、申請人(その従業員を含む)および第三者に対して秘密を保持する義務を課す。
- 原命令第12項の変更: 申請人代理人が受領する鑑定人報告書について、裁判所等の許可がない限り、申請人本人・その従業員・第三者への開示を禁じる。
- 原命令第10項への追加: 申請人、その代理人および関係者は、鑑定人と対象物または鑑定報告書に関して直接通信してはならず、鑑定人は本案手続で別途裁判所から命じられない限り、対象物の追加調査を行ってはならない。
- その余の申立て(費用負担に関する修正申立等)を却下し、原命令を維持する。
3. 主な争点
- 争点1:再審査手続(RoP Rule 197.3)の適法性および権利保護の利益
命令全体の取消しではなく、秘密保持措置(Schutzmaßnahmen)の追加・修正のみを求める再審査申立てが適法か。 - 争点2:ex parte査察命令における秘密保持義務の範囲と主張立証責任
被申請人が具体的な秘密保護利益(営業秘密の内容)を個別具体的に立証しなくとも、査察に立ち会った申請人代理人に対して包括的な秘密保持義務を課すべきか。 - 争点3:展示会で展示された製品内部の非公知性
見本市で一般に公開展示されていた製品について、分解調査で判明した技術情報に秘密保護の必要性が認められるか。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
(1)再審査手続の適法性(争点1)
RoP Rule 197.3に基づく再審査申立ては執行から30日以内になされており適法である。秘密保持措置(原命令第10条、第12〜14条)は証拠保全・査察命令の本質的構成要素(RoP Rule 196.1, 197.3)であり、手続全体の取消しを求めず秘密保持条項の是正のみを求める申立ても権利保護の利益(Rechtsschutzbedürfnis)を有する。
(2)申請人代理人に対する秘密保持義務の必要性と立証責任(争点2)
- 規範の定立: UPCA第60条第1項および第5項に基づき、裁判所は迅速な証拠保全を行う一方で、被申請人の「秘密情報の保護(Schutz vertraulicher Informationen)」を確保する職責を負う。特にex parte(一方的)手続においては、例外的に秘密保護利益が存在しないことが明白である場合を除き、相手方からの具体的開示がなくても当然に(zwingend)十分な秘密保持措置を命じなければならない。
- 当てはめ: 原命令において申請人代理人に対する秘密保持義務の明記が漏れていたことは裁判所の脱落(versehentlich versäumt)であった。査察・分解の過程では、特許侵害立証とは直接関係のない技術的秘密情報が代理人の目に触れる可能性がある。これらは鑑定報告書(Beschreibung)の開示制限(原命令第12・14条)だけではカバーされないため、立会代理人自身に直接の守秘義務を課す必要がある。
- 相手方の立証負担: 再審査手続において、被申請人がどの情報が秘密であるかを具体的に特定・主張する必要はない。査察で実際にどのような情報が認識されたかを相手方が完全に把握できない以上、個別の秘密立証を課すことは衡平および訴訟経済に反する。
(3)展示品と秘密性(争点3)
対象製品は見本市ブースに展示されていたものの、プレキシガラスの後方に設置され、ハウジング(筐体)に覆われており、内部構造の詳細が公知になっていたとはいえない。したがって、現地での分解によって初めて露見した内部構造には依然として秘密保護の必要性が認められる。
(4)鑑定人の中立性確保および追加調査の禁止
期日における当事者間の合意に基づき、手続の適正・公平を期すため、申請人側と鑑定人との一方的接触を禁止し、本案訴訟での別段の命令がない限り鑑定人による追加の分解・調査を禁止する条項を命令に追加した。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- UPCにおけるSaisie(査察)手続の実務基準: UPCにおける一方的査察命令(Art. 60 UPCA)では、フランスのSaisie-contrefaçonやドイツのDüsseldorfer Verfahrenと同様、侵害立証に不要な営業秘密の流出を防止する強固な秘密保持体制(いわゆるAttorney-Eyes-Only体制の構築)が必須要件となることが明確に示された。
- 代理人の守秘義務明記の重要性: 申立人の訴訟代理人(弁護士・弁理士)が査察に立ち会う場合、職務上の一般的守秘義務にとどまらず、「自身の依頼人(申請人・従業員)および第三者への開示禁止」を定めた裁判所命令が不可欠である。ドラフティング時の脱漏は再審査(Rule 197.3)の対象となる。
- 見本市(Trade Fair)事件における留意点: 見本市で展示されている製品であっても、外観から視認できない内部機構(分解を要する箇所)については公知性が否定され、秘密保護の対象となり得る。展示会での証拠保全を申し立てる際の実務的指針となる。
0 件のコメント:
コメントを投稿