1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、欧州特許第3802413号(EP 3 802 413 B1)に対する特許取消訴訟(Revocation action)の手続において生じた、証拠書類の取下げおよび秘密保持命令(Rule 262A RoP等)に関する手続的決定(Procedural order)である。
【事実経過】
- 当事者間において、原告(SYPOX GmbH:以下「Sypox」)の中小企業・小規模企業(SME)該当性が争点となった(SME該当性は裁判所手数料の減免や費用償還の上限額に影響する)。
- 被告(Topsoe A/S:以下「Topsoe」)は、定款(D27)の規定に基づき第三者(European Energy A/S)がSypoxを支配していると主張した。
- これに対しSypoxは、投資契約書(Investment Agreement:D36)により当該第三者の同意権は2026年7月1日に期間満了していると反論し、同契約書を提出した。その際、Sypoxは一部条項を秘匿する秘密保持申立て(Rule 262.2 RoP / Rule 262A RoP)を行った。
- Topsoeは、Sypoxの秘密保持申立ての無効を主張し、予備的に訴訟代理人および社内シニア特許カウンセルへの未マスキング版(非秘匿版:D36)の開示を求めた。
- 裁判所の判断前に、Sypoxは未マスキング版(D36)を取り下げて「未提出」として扱い、SME関連条項のみを開示したマスキング版(D36R)のみを証拠として維持する旨を申し立てた。
2. 判決の主文
- 本件手続において、未マスキング版の投資契約書(D36)は裁判所により斟酌されない(disregarded)。Sypoxはマスキング版(D36R)のみを証拠として援用することができる。
- D36およびD36Rに対する公衆のアクセス(Rule 262 RoP)に関するSypoxの秘密保持申立てに対する決定は、第三者(公衆)から閲覧申請がなされるまで留保する。
- Topsoeの申立て(未マスキング版へのアクセス請求等)を却下する。
- Topsoeに対し、2026年8月7日までにSypoxの2026年6月15日および25日付の提出書面に対する意見陳述を行うよう命じる。
3. 主な争点
- 争点1: 当事者が一度CMS(事件管理システム)にアップロードした未マスキング証拠書類(D36)を任意に取り下げ、マスキング版(D36R)のみに依拠証拠を限定することが認められるか。
- 争点2: 提出当事者が依拠しない未マスキング版の非公開部分について、相手方当事者(Topsoe)にアクセス(開示)を求める法的利益(legal interest)が認められるか。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
担当裁判官(Judge-rapporteur)は以下のロジックに基づき、未マスキング版の取下げを認め、Topsoeの開示請求を斥けた。
1. 証拠の取下げと審理対象からの除外(Art. 76(2) UPCA)
- Sypoxが未マスキング版(D36)を取り下げ、マスキング版(D36R)のみに依拠する旨を明言した以上、裁判所はD36Rのみを判断の基礎とし、D36にのみ含まれる情報は一切斟酌しない(統一特許裁判所協定第76条(2)および先行控訴決定 UPC_CoA_301/2024, ICPillar v. ARM を参照)。
- 未マスキング版(D36)はCMS上で「極秘(HC: Highly Confidential)」コードが付された状態で記録として保持される。
2. 相手方当事者の法的利益および利益衡量
- Topsoeは「マスキングされた非公開部分にもSME該当性を否定する事情(第三者支配を裏付ける条項等)が存在し得る」と主張するが、Sypoxがマスキング版に記載された情報のみを自らの主張の根拠としている以上、Topsoeの主張は十分に疎明(substantiated)されていない。
- 秘匿された商業情報(財務・評価・将来の発注・知的財産関連条項等)を保護すべきSypoxの秘密保持利益は、全文へのアクセスを求めるTopsoeの利益を著しく上回る。
- したがって、Topsoeには未マスキング版(D36)へのアクセスを求める十分な「法的利益(legal interest)」が認められない。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- 証拠提出後の秘匿化・取下げ実務の明確化: 機密情報を含む証拠(契約書等)を提出した当事者が、裁判所による秘密保持決定(Rule 262A RoP)の前に未マスキング版を取り下げてマスキング版に差し替える手続(実質的な証拠制限)が有効に機能することが示された。
- 処分権主義と不利益の不存在: 立証責任を負う当事者が自ら依拠する証拠範囲を限定した場合、裁判所はその範囲外の未マスキング情報を斟酌できず(Art. 76(2) UPCA)、相手方当事者にもマスキング版に対する反論の機会が保障されている限り、手続的権利(適正手続)は害されないと判断される。
- 相手方による広範な証拠開示(Fishing Expedition)の制限: マスキング部分に相手方に有利な事実が含まれている可能性があるという単なる推測・抽象的主張のみでは、秘密情報の開示(アクセス権)を正当化する「法的利益」としては認められない実務基準が確認された。
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