1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
(1)当事者および基礎的事実
原告(Edwards Lifesciences Corporation)は、経カテーテル心臓弁技術に関する欧州特許(EP 3 669 828 B2)の特許権者である。被告(Meril Germany, Meril India, Meril Italy)は、医療機器「Myval THV」およびデリバリーシステム「Navigator」等(以下「侵害製品」)を製造・販売していた。
先行する本案訴訟において、UPCミュンヘン地方部は2025年4月4日付判決(UPC_CFI_501/2023等)により、被告らによる特許権侵害を認定し、2021年5月5日以降の侵害行為に起因する損害賠償責任(連帯責任)を命じた。同判決は控訴されず確定した。
(2)申立の趣旨および内容
原告Edwardsは、UPCA(統一特許裁判所協定)第68条ならびにRoP(手続規則)第125条、126条、131条に基づき損害賠償額算定手続(Application for determination of damages)を申し立てるとともに、RoP第131条1項(c)および第141条に基づき、被告らに対して広範な帳簿開示(Lay open books)を命じるよう請求した。
原告が求めた開示範囲には、侵害製品の売上・原価・会計帳簿・社内移転価格データ等に加え、侵害製品から切り替えられた非侵害の「他の関連製品(Other Relevant Devices)」に関する販売実績、入札・償還協定における代替状況、CEマーク取得経緯等のデータ(争点となる項目(i)〜(x))が含まれていた。
(3)被告の反論
被告Merilは、帳簿開示請求のうち「侵害製品以外の製品(非侵害品)」に関する情報、政策文書、総勘定元帳等の詳細会計帳簿、ライセンス草案等については開示義務がないとして一部却下を求めた。さらに、開示に応じるための最低12週間の期間付与、および厳格な秘密保持命令(Confidentiality Clubの設置、対象者の限定、目的外使用禁止、違反時の制裁金等)を申し立てた。
2. 判決の主文
裁判長兼報告裁判官(Dr. Matthias Zigann)は、中間協議(Interim Conference)を経て以下の通り命令(Order)した。
- 2026年9月10日午前9時よりハイブリッド形式(ビデオ会議および対面併用)にて口頭弁論期日を実施することを確定し、当事者を召喚する。
- 当事者は、期日出席者氏名・役職および出席形態(対面/遠隔)を2026年9月3日までに裁判所に届け出るものとする。
- 口頭弁論におけるPowerPointプレゼンテーションの使用を許可する(ただしCMS登録済み証拠等に限定し、2026年9月9日16:00までに裁判所および相手方に共有すること)。
- 原告Edwardsは、協議で指摘された手続的・形式的事項に対する答弁書面を2026年8月21日までに提出することができる。
- 被告Merilは、上記Edwardsの書面に対する意見書を2026年9月3日までに提出することができる。
- 本件損害賠償算定手続の訴額(Value in dispute)を1,500万ユーロ(15 Mio. EUR)に設定する。
3. 主な争点
- 争点1: 訴額(Value in dispute)の決定基準
非侵害品に関する帳簿開示請求が含まれる場合において、損害賠償算定手続の訴額はどのように算定されるべきか。 - 争点2: 損害賠償算定および帳簿開示における準拠法
UPCA発効前の侵害行為を含む損害賠償請求および付随的開示請求に対し、UPC法が適用されるのか、各加盟国の国内法が適用されるのか。 - 争点3: 非侵害製品(代替品)に関する帳簿開示請求の適否およびRoP 141条の射程
特許期間中に侵害製品を非侵害製品へ切り替えて販売した場合、当該非侵害製品から得た利益が損害算定の対象となり得、これに対する帳簿開示命令が認められるか。 - 争点4: 開示情報に対する秘密保持体制(Confidentiality Regime)の設計
帳簿開示命令の発令に際し、どの範囲の者に対してどのような条件で秘密保持を課すべきか(二段階アプローチおよびPMACの活用)。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
(1)訴額の設定(争点1について)
被告は非侵害品に関する請求を訴額に算入すべきでないとして800万ユーロを主張したが、報告裁判官は「訴額は基礎となる損害賠償請求額によって決定される」と判示。現時点で原告が見積もっている損害額に基づき、訴額を1,500万ユーロと確定した(ただし、原告が損害額を確定計算した段階で裁判所が見直す権利を留保した)。
(2)準拠法および実体法上の判断基準(争点2について)
マンハイム地方部の先例(UPC_CFI_162/2024)を引用しつつ、UPC法を全面的に適用すべきか、あるいはUPCA発効前は国内法によるべきかについて整理が必要であるとし、当事者間に合意に向けた検討を促した。本件のように特許期間中に侵害品を非侵害品に切り替えた場合の損害算定は、国内判例でも確立した判断がない新規の論点であるため、控訴裁判所(Court of Appeal)による統一的判断が必要となり得る性質のものであるとした。
(3)非侵害代替品の利益と帳簿開示の範囲(争点3について)
報告裁判官は予備的見解(Preliminary Assessment)として、「侵害品Aの広告・オファーを見た顧客に対し、侵害品が撤回された後に非侵害品Bを販売したケース」の比喩を挙げ、侵害行為(侵害品のオファー等)と非侵害品の売上との間に相当因果関係が認められる場合(例:オープン入札において侵害品を非侵害品で代替・供給した等)には、非侵害品による利益も損害賠償の算定対象に含まれ得るとの見解を示した。これに伴い、因果関係を立証するための情報もRoP第141条に基づく帳簿開示の対象になり得ると示唆した。
(4)秘密保持体制(争点4について)
RoP第144条1項(a)および第190条1項に基づき、帳簿開示命令を発令する際には適切な秘密保護措置を同時に講じなければならないと判断した。開示範囲の確定度合いに応じた「二段階アプローチ(Two-step approach)」による秘密保持クラブの構成を提案するとともに、Attorney-Eyes-Only(弁護士限定開示)などより厳格かつ柔軟な秘密保護体制を実現するために、特許仲裁調停センター(PMAC)の活用を当事者に推奨した。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
(1)非侵害代替品に対する損害賠償・帳簿開示の拡張(UPC実務の最前線)
特許権侵害の差止や警告後に、侵害者側が「非侵害品(回避品・代替品)」に供給を切り替えた場合、その非侵害品の売上利益を侵害に起因する損害(逸失利益・不当利得的要素)として損害算定および帳簿開示の対象に含めることができるかという極めて重要な実務的論点を提示している。裁判所が「因果関係の濃淡」によって開示義務の成否を分けるアプローチを示唆した点は、今後のUPCにおける帳簿開示請求(RoP 141条)の実務において重要な指針となる。
(2)秘密保持命令(Confidentiality Club)の実務運用
詳細な財務データ、原価構成、移転価格ポリシー等の営業秘密開示が不可避となる損害賠償フェーズにおいて、裁判所は開示命令と同時に実効的な秘密保持体制の構築を求めている。開示対象の特定に応じた「二段階アプローチ」や、UPCの手続外での柔軟な合意形成(PMACの利用)を促している点は、今後のディスカバリー的証拠開示手続におけるモデルケースとなり得る。
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